102話 ジーン、地竜に接近する
後日のことである。
ロネス男爵が領地に戻ってから、すぐに職人たちがやって来た。
彼らは素晴らしい働きぶりで、我々が作った水路を補強し、しっかりとした作りに建て替えた。
さらに、網戸のついた小屋を設置し始める。
「これはなんだね?」
私が問うと、職人の一人が答えた。
「こりゃ、伝書鳩を入れる箱ですわ。鳩の帰巣本能を刺激する魔法がかけられているんだそうで、男爵からの手紙がすぐに届くようになってます。鳩は速いから、馬の三倍くらいの速度じゃないですかね」
三倍と言うと、恐ろしい速度だ。
実際には空を飛ぶわけだから、それどころではあるまい。
男爵領で起こったことは、すぐにこちらに知れるようになるだろう。
「ありがたいな。かの男爵は実に切れる御仁だ」
「割と領内の見回りは穴だらけですけどね。治安が悪くならないギリギリを守ってるっていうか。おっと、男爵には内緒にしててくださいよ」
私と職人で、顔を見合わせて笑う。
かくして、我が領地に伝書鳩が迎え入れられるようになった。
魔法を除けば、最速の情報伝達手段である。
その魔法にしても、専用の通信魔法と、受信魔法が必要になる。
手軽さと汎用性で言えば、伝書鳩に軍配が上がるだろう。
「先輩!」
ナオがパタパタと走ってきた。
後ろに続くのは、アスタキシア嬢である。
今や、ナオの補佐官を務めるようになっている。
「ふう、ふう」
「ぜい、ぜい、開拓地、そんなに広くないのに、足場が悪いから走りにくいですわよっ」
ナオとアスタキシア嬢が、二人並んで肩で息をしている。
報告があるようだが、まずは息を整えてから。
「そうだな。道はある程度、踏み均す程度には整備していたが、本格的にしなければならないだろうな。ガルガドに依頼してみよう」
我が開拓地で最高の腕力をもつ、オーガ一家の大黒柱である。
あとは道を作る職人を一人、ロネス男爵領から派遣してもらう。
それで行こう。
「それはいいですわね! わたくし、道を作るところって見たことがないんですの。もしやるなら、是非ご一緒させてほしいですわ!」
「わたしもです!!」
二人揃って、目をキラキラさせている。
根っこの部分では似た二人なのかも知れない。
「ところで、報告はどうなのかね?」
「あ、そうでした! 先輩、ガーシュインさんと、師匠のところをそれぞれ見てきました。土の大きなお団子みたいな神様は、ほぼほぼできあがりだそうです。あとは、地竜の口の大きさが分かればちょうどいいサイズにするって言うことですねー」
「神のサイズが大きいほど、魔力を多く詰め込めるのかな」
「そうみたいです」
「よし、クークー嬢の手を借りて、早急にチェックしよう。アスタキシア嬢、トラボー殿の進捗を教えてくれ」
報告はナオの口から聞いてもいいのだが、こちらはやる気を見せている公爵令嬢に話してもらうことにする。
報告を要約して伝える能力を見る意味もあるのだ。
「はいですわ! 賢者トラボーの作業は、こちらも八割がた完了ですわね。一旦できていたものは、射出の威力が強すぎて神を粉々にしてしまったそうですから、今は威力の微調整ですわね。あとは、神の構成成分にもっと粘土を混ぜるなどして、頑丈にしてはという意見が得られましたわ」
「なるほど。それについてはガーシュイン殿に一任しよう。粘土を混ぜることで、神の純度が下がるなら、またこれはこれで考えものだな」
「それから、トラボーからの提案ですけれど。あの道具の名前を、ゴッドシューターにしてはどうかと」
「はっはっは、王都の神官たちが聞いたら目を剥きそうな名前だな。とりあえず、ガーシュイン殿の素性がばれてしまうからその名前は却下としよう。泥団子を撃ち出すのだから、マッドシューターと言ったところではないかね?」
会話をしながら、我々は歩き出した。
途中、昼食を作っているボルボとオブがおり、そこで立ち食いできるものを受け取る。
「今日の飯はな、エルフ麦を粉にしたものを水と芋と混ぜて練り、これを焼いたものに肉と山菜を挟んでおる! 味付けは塩と木の実じゃな。ご賞味あれ!」
味にうるさいボルボによる力作である。
オブは、彼から地上世界の味を学んでいるようだ。
受け取った昼食は、ちょっと無骨なサンドイッチと言った見た目である。
かじってみると、生地が分厚く、それなりに歯ごたえがある。
思ったよりも水分が残っているな。
水なしでもそれなりにいける。
「素朴な味わいですわねえ」
「わたしはこういうのも好きです!」
三人で食べながら歩き、リザードマンたちのために用意した宿舎に到着した。
扉をノックすると、中がバタバタと騒がしくなった。
「少し待テ!」
「取り込み中だったか」
慌てた様子のクロクロの声を聞き、我々は外で昼食を食べきることにする。
私の腰に水筒があるので、これを使って水を回し飲みする。
人心地ついた頃合いで、クロクロとクークー嬢が顔を出した。
軽装である。
警戒の必要がない、開拓地だからか。
「どうしタ。いよいよ完成したカ」
「うむ、そのことだが、地竜の口の大きさを調べる必要ができた。これが分かれば、計画は開始できるようになる」
「よシ。クークー、いけるカ?」
クークー嬢はこくこくと頷いた。
かくして、五名になった我らはむき出しになった地竜の元までやって来る。
「それにしてもあんなに慌てて……。何をしていたのでしょうか」
「なんでしょうね、リザードマンさんたちも、慌てたりするんですねえ」
アスタキシア嬢とナオが不思議そうに話をしている。
その辺りはプライベートなことなので、突っ込むべきでは無いかも知れない。
クロクロとクークー嬢の尻尾が、落ち着かなげにぱたぱたしているではないか。
「ジーン、では始めるゾ。どこまで地竜を目覚めさせればいイ?」
「こちらを向いてくれるように声を掛けてくれればそれでいい」
「よシ。クークー」
クークー嬢が頷いた。
そして、歌い始める。
今回の歌は、軽やかな小鳥の囀りにも似ている。
膜に包まれた巨大な地竜が、身動ぎした。
そして、膜の形を変えながら、大きな部位がこちらに近づくのが分かる。
「頭か!」
私は駆け出した。
「あっ、こラ、ジーン!」
賢者は急には止まれないのだ。
「ゴーレム、汝に生命を与える! 私の足場になりたまえ!」
地面に放り出した暴れる牙の歯が、ドラゴントゥースゴーレムに変わる。
彼は全身骨でできているため、足場として引っかかりになるところが多いのだ。
私はゴーレムを駆け上がり、こちらに近づいた地竜の頭の前に立った。
「ほう、広さはこれくらい……」
手を広げて、地竜の口の大きさを確認する。
そして、喉の大きさも。
「蛇のように大きな物を飲み込むならば、もっと大きな神を作ってもいいだろうが……。剥き出しになったこの歯の作りからして、これは飾りか。そもそも、地竜は魔力を吸っている。本来、口は食事のためでは無いかも知れないな。ならば神のサイズは口や喉よりも小さめ、飲み下しやすいサイズが妥当だろう」
即座に測り、手乗り図書館に記録した。
膜を隔てて、身を乗り出せば届きそうなところに巨大なドラゴンの頭部がある。
実に心躍る光景ではないか。
「よく恐ろしく無いものだナ……。躊躇なく接近したゾ」
「それが先輩ですからねえ。あのマルコシアスと出会ったときも、先輩、真っ先に飛び出していきましたから」
「長生きできんタイプダ」
「そこはわたしがカバーします!」
ナオの声がしたあと、彼女がむせた。
「あー、もう、ナオったら! 調子に乗って胸を叩くからむせるのですわよ!」
うむ、私には後ろを守ってくれる優秀な後輩にして家臣がいるのだ。
安心して飛び出していくことができるというものである。
さて、計画はいよいよ、実行段階に入るな。




