98話 地竜の祭壇
騎士たちが帰っていったので、早速本題に取り掛かろう。
ここに、レイアスから持ってきた地竜の祭壇がある。
大きさは抱えて持ち歩ける程度。
底が錐状になっており、地面に突き刺して使用するようだ。
一見して太い柱なのだが、あちこちに地竜を表すらしき紋様が刻まれている。
「先輩、それ石でできてますよね? よく重くないですねえ」
「うむ、大体ナオと同じくらいの重さだ。つまり、平均的な女性よりもちょっぴり重いくらいだろうか」
「注意注意! 先輩、それはデリカシーがない発言です!」
ナオに脇腹を突かれてしまった。
むむっ、くすぐったい。
私はたまらず、祭壇を適当なところに下ろしてしまった。
すると、祭壇は意思でもあるかのように、地面に自ら潜り込むではないか。
「興味深いな。こいつも遺失魔法の一種で作られているに違いないぞ」
ガーシュインが、荒れ地に錐状の底部をすっかり埋め込んでしまった祭壇を眺める。
「おい、リザードマンの女。これはどうやって発動させるんだ」
「まあ待テ。クークーしかやりかたを知らなイ。急かしてはいけなイ。クークー、いけるカ?」
クロクロの問いかけに、クークー嬢がこくこくと頷く。
エルフ語の聞き取りはかなりこなせるようになっているのだな。
彼女の努力もあるのだろうが、リザードマンは学習能力が高い種族かも知れない。
私も負けてはいられないな。
早急にドワーフ語をマスターしよう。
クークー嬢はトコトコと歩み出て、祭壇の前にひざまずく。
そして、口を小さく開けて、細く息を吐き出し始めた。
やがて息に声が混じる。
リザードマンの言語とは、しゅるしゅると言う呼吸音や、舌を出し入れする音を用いた特殊なものだが、彼女が今発し始めているこれは明らかに違う。
明確に、私の耳が捉えられるような、歌声のようなものが聞こえ始めたのだ。
これは、リザードマンならぬ他の種族でも再現が可能だろう。
なるほど、これは本来、リザードマンが作り上げた歌では無いのだ。
彼らは魔族から祭壇と共に、歌を譲り受けたのだろう。
やがて、歌に呼応して祭壇が揺れ動き始める。
光り輝いて自ら音を立てたり……はしない。
揺れているだけだ。
「地味に動いてますね」
「思ってたよりも地味ですわね」
ナオとアスタキシア嬢が同じような感想を述べる。
うむ、お伽噺では、派手な展開が待っていることもある。
だが、現実とはえてして地味なものである。
そもそも、祭壇に動きがあったこと自体が驚きなのだ。
ポジティブに受け止めようではないか。
そんなことを考えていたら、祭壇が周囲の地面を巻き込んで、ゴゴゴゴゴと盛り上がり始めたではないか。
「うわーっ」
「うわーっ」
「うわーっ」
私とナオとアスタキシア嬢が大変驚き、思わず叫んだ。
この場に集った仲間たちも同じ心地であろう。
トーガなど臨戦態勢であり、シーアは自分だけ逃げの姿勢になっている。
「なんだ……!? 危険はないんだな……!」
大変剣呑な空気を纏ったトーガが問う。
クロクロが頷いた。
「多分ナ」
「多分とはなんだ! はっきりしろ!」
「クロクロもこれは初めて見ル」
「ならどうして多分なんて言える!」
「クークーのすることだからダ! クロクロはクークーを信じていル!」
クロクロの宣言に、女子たちがにっこりした。
愛を信じる男気溢れる発言だからであろうか。
周囲の空気が一変したので、トーガが顔をしかめた。
「いいか、おかしな事があったら、俺が止めるからな。それからジーン! お前、自分の立場をもっと理解しろ。この開拓地で、お前の身に何かあったらどうする! だのに、事が起こる最前線へ突っ走りやがって。ほら、もう少し下がれ! 下がれ!」
「ぬうっ、言うことは分かるが、せめてあと少し前で見ていてもいいだろう……?」
ということで、一定の距離を取って眺めることになった。
盛り上がった地面は、荒れ地全体へと広がっていく。
スピーシ大森林の前面に広がる平野が、まるごと高く持ち上がっていっているのだ。
とんでもない光景である。
荒れ地の真下には、幾重にも重なった地層があった。
そして、それらの地層を貫くように、何か巨大なものが埋まっているのが見える。
「これはなんだ!? 確認せねば!!」
「あっ、ジーン待て! またお前、好奇心で突っ走ったな!」
トーガの声を後に、私は姿を現した巨大な何かに駆け寄っていた。
クークー嬢のすぐ目の前。
そこに、暗い緑色の膜に包まれた、大きな何者かが存在している。
緑の膜は、まるで繭のような形をしている。
その中は半透明に透けて見えており、やはり巨大な何かを包み込んでいた。
これが地竜であろう。
「クークー嬢、これが地竜かね?」
問うと、彼女は頷いた。
「チリュウ、トビタツ、ソラヘ。チリュウ、トキ、マッテル」
「時を待つ……。それは一体、いつのことなんだね?」
クークー嬢は、口を閉じて、むにゅむにゅと動かした。
言葉が見つからないようだ。
彼女は尻尾をパタパタさせてクロクロを呼ぶ。
「なんダ。通訳が必要だナ」
二人はリザードマン語で会話を始め、少しすると伝える内容が纏まったようだ。
「ジーン。クークーはこう言っていル。地竜は長い間、魔力を吸っていタ。それは、空よりも高い空へと旅立つためダ。真のドラゴンはみな、最後は遥かに高い空へと旅立ツ。地竜にも、その時が近づいていル。あと少しダ」
「ほう。ということは、まもなく荒れ地から地竜は旅立ち、ここも草木が芽吹く大地となるということか」
「うム」
なるほど、それならば話は早い。
地竜が旅立つ手伝いを行い、彼、あるいは彼女に、この荒れ地を後にしてもらえばいい。
それによって、開拓事業はまた大きく進むことになるだろう。
「よし、地竜を手伝おう。我々で、この巨大なドラゴンが旅立つために手を貸すのだ。クークー嬢、どうすれば、地竜の旅立ちを早められる?」
クークー嬢は少し考えた後、またクロクロに言葉を伝えた。
「魔力ダ。濃厚に固められた魔力を、直接地竜に食わせればいイ」
「なるほど、ならば話は早い」
「分かりやすい話になってきたじゃないか。ジーン、貴様といると退屈せんな」
ガーシュインがにやりと笑う。
そう。
地竜をどうこうして、荒れ地を実りの大地へと変えるという当初の計画は、そこへ至るための道筋が見えない状態だった。
だが、計画を果たすために必要なピースが今与えられた。
計画達成のための要素は集まりつつある。
「よし、諸君! 我が開拓地は、地竜の旅立ちを全力で支援する! かの巨大なドラゴンには気持ちよく旅立ってもらい、我々は跡地となった大地をいただくとしよう!」
私は高らかに宣言したのだった。




