97話 望まぬ来訪者なのでスルー
地上へと戻ってきた我々を出迎えたのは、開拓地に漂う緊張感だった。
「おお、帰ってきたかジーン。人間どもが開拓地の外に陣取っていてな。強行突破しようとするので俺たち試練の民で軽く撫でてやったのだが」
トーガが言う。
彼は、ドワーフの通り道が出現したのを精霊力の動きから察知し、真っ先にやって来たのだ。
「人間が? 複数かね? 一体何なのだろう」
私は首を傾げながら外に踏み出した。
トーガの近くには、大森林の奥からやって来た、試練の民とは違う部族のワイルドエルフが立っている。
シーアとはまた違った、大人びた雰囲気の女性で、ナオが試練の民の里に留学している間、私のサポートを務めてくれた人である。
ナオと入れ替わりで森に帰ったはずだったが。
「ジーン、やっぱり人間は野蛮ではないの? 問答無用とばかりに入り込もうとして来たわ。これが森であれば、即座に射殺されても仕方がないのよ? 彼らは死にたいのかしら」
緑の髪をした彼女は、私が仮にローラと名付けている。
仮の名をつけられる事には慣れているようで、彼女はそれを受け入れた。
ということで、ローラは何やら考え込んでいる。
「ふむ。君たちエルフでは、人間の見分けはあまりつくまい。詳しい者に聞いてみよう」
開拓地を横断しながら、声を張り上げる。
「イールス卿! イールス卿はいるかね!」
「ああ、こちらですよビブリオス卿!」
荒野側から、うなぎに似た男が走ってきた。
「ちょっと入り口で、公爵の手勢と睨み合っていましてね。いやはや、ビブリオス準男爵が戻られて一安心だ」
「公爵の手勢? サッカイサモン公爵がもう手を回してきたというのかね?」
「どうでしょうなあ。あれは恐らく、ロネス男爵領に駐留していた分隊なのでは? そちらのお嬢さんを護衛してきた一団だと思いますが」
「え、ええ、間違いありませんわ」
遠くに見える、サッカイサモンの紋章旗を見て、アスタキシア嬢が頷いた。
「わたくしの手紙を見て、これはシャレにならないと思ったのでしょうね。余計な気を回すんだから!」
「ええと、つまりあの人たちは、アスタキシアさんを取り戻しに来てる?」
「恐らくそうですわ。……戻りたくはありませんけど」
アスタキシア嬢が硬い表情をする。
その手を、ナオがギュッと握った。
「大丈夫ですよ。先輩がなんとかしてくれますから。ね、先輩!」
「私は一介の賢者に過ぎないので、あれだけの武力をどうにかするのは本来手に余る仕事なんだが……、あっ分かった、分かったから頬を膨らまさないでくれたまえ、ナオ」
どうやらやるしかないようだ。
まずは、あちらの言い分を聞いてみるとしよう。
私は、騎士イールス、そして護衛を名乗るトーガ、ナオとアスタキシア嬢、シーアとローラを連れて公爵軍がいるところまでやって来た。
彼らは、数人のワイルドエルフが立つ、荒野と開拓地の境界線を越えられないでいるようだった。
「やあ諸君。大人数でやって来るとは、何の騒ぎだね」
私が声を掛けると、彼らは一斉に私を見た。
緊張にこわばっていた顔が、あからさまにホッとする。
「おお……ビブリオス準男爵……!! お待ちしていましたぞ! 領地を空けてどこに行っておられたのですか……!」
代表して声を上げたのは、私が手紙を握らせ、お帰り願った騎士の一人である。
彼が、アスタキシア嬢を護衛するものの代表だったのか。
「うむ。重要な用事があり、地底世界レイアスに赴いていた。そこで、朋友の結婚式に参加してね。地竜との交渉に彼らの協力が必要だったのだが、これは無事に果たせそうだ」
「………………な、何を仰っておられるのか」
明らかに、理解できないという顔の騎士たち。
彼らは、以前に見かけたときよりもボロボロである。
鎧は凹み、薄汚れ、旗にも土がついている。
「無理やり入ってこようとするから、風の魔法でふっとばしてやったんだ」
「トーガの手にかかって生きているということは、かなり手加減をしたようだね」
「無闇な殺しはお前が嫌うだろう」
「いかにも。色々とややこしい事態になってしまうからね」
トーガも柔軟な判断を下すようになっているようだ。
私の意を汲んでくれるというのは、嬉しいものである。
「私は別に、殺してもいいと思ったのだけれど。だって人間なんて野蛮よ。開拓地の人間たちと大違いだわ。どうやって見分ければいいのかしら」
ローラは鼻息も荒く、まだはらわたが煮えくり返っているようだ。
シーアが遠い目をした。
「そうだねー。私たちも前はそんな感じだったねー。ま、でもさ、話ができる人間とできない人間がいて、大体話ができる人間は群れてないから」
「あっ、そういうことなの? 頭数が少ない人間になら話が通じるわけなのね?」
ワイルドエルフの間で、妙な知見が共有されつつあるぞ。
だが、それも間違った考えではあるまい。
人間は群れになる時、その群れの頭目の思考に染まる。気が大きくなり、多様な意見を持ち得なくなるのだ。
だが、一度群れを取り払えば、個となった人間は比較的話が通じるようになる。
全ての後ろ盾を失って初めて、人間は素のままの自分をさらけ出せるようになるのである。
なるほど、我々人間は社会的動物だ。
そして、ワイルドエルフとは違って、単体単体では弱い。
故に群れる。
群れの方向がぶれないよう、意思をまとめる。
「狼みたいなものね。人の形をしているくせに、まだまだ動物みたいな思考なのはどうかと思うけど」
「未開なのねえ」
シーアとローラが、騎士たちに聞こえるところで人間を揶揄している。
「くっ……くううっ」
騎士たちも黙って聞いていたい訳ではないのだろうが、よほどワイルドエルフに手ひどくやられたらしい。
激高する気配はない。
「ビブリオス準男爵……!」
「何かな」
「アスタキシア様をお返し願いたい。公爵家の六女ともなれば、それこそ引く手あまた。サッカイサモンの下につかぬならば、かのお方を置いておく意味はありません」
「わたくし、物では無くってよ! わたくしの意思というものがあるわ!」
「なりません、アスタキシア様! 公爵は、早く戻られよとの仰せです! 公爵のご意思に逆らわれるのか!」
「お、お父様が……!」
「魔道士が、手紙を公爵にお送りしました。公爵は大変お怒りです。公爵家の名を汚すつもりかと……!」
「…………っ!!」
アスタキシア嬢の顔が、真っ白になった。
なるほど、サッカイサモン公爵が怖いのであろう。
彼はその権力と威厳で、しっかりと一族を従えているようだ。
群れの長として正しいあり方である。
「ふむ、話は分かった。だが、現状我が開拓地に、アスタキシア嬢のような人材はとても重要なのだ。なんとか返さないで済む方法はないかね?」
私が彼女の代わりに答える。
すると、騎士たちはぽかんとした。
「じゅ……準男爵。あなたは、公爵令嬢を返さぬというおつもりで……?」
「本人としても、我々としても、ここにいるべきであるという考え方だ。それを通すにはどうしたらいいかと言う話だね。どうしたらいいかね?」
「それを我々に問う……!? な、なんという人だ」
騎士が呻いた。
「アスタキシア嬢とご婚約され、公爵の派閥に加わればよろしいでしょう。それで話は済みます」
「首に紐を付けられては、好きな研究ができないだろう」
「いや、ですが貴族とはそう言うもので……」
「私は貴族である前に賢者だ。誰も私の研究意欲を止めることはできないぞ。そもそも、我々は公爵ご自身の言葉を聞いてはいない。我々を説得するならば、使いの者ばかりではなく、本人かそれに準ずる方が来るべきでは」
「な、な、なんたる無礼を……!!」
「だが君、私は別に公爵に仕えてはいないぞ? 爵位が違うが、それは領地の大きさによって呼び方が異なるだけで、地位の上下を表すものではない。ツナダイン三世陛下に仕える、同じ貴族であるだけだ。それが私に、一方的に女性を送りつけてきて、下につけというのは何事かね? そして私は忙しい。これから地竜と交渉せねばならないのだ。公爵に連絡を取っている暇など無いのだよ。いいかね? この一面に広がる荒れ地の下で、地竜が眠っているという。これと交渉し、荒れ地を畑にできなければ、我が開拓地の未来は明るくないのだ。そのための手段を講じ、実行しようという時なのだよ。誰も見たことがない伝説の地竜と、荒れ地が蘇っていく決定的な場面をこの目にできるかも知れないのだ。それほどの一大事を前にして、私に政治を優先しろと? ナンセンスでは?」
「いかん、準男爵の目が本気だ!!」
「話が通じない! 言葉が通じているはずなのに!」
騎士たちに動揺が走る。
私の背後では、ナオとトーガ、シーア、イールス卿がくすくす笑っている気配がある。
「先輩はいつもぶれないですからね」
ナオの声はなぜだかとても嬉しそうなのだった。




