96話 地竜の巫女2
たどたどしい口調だが、この短期間でこれほどまでにエルフ語を操れるようになるとはすごい。
私とナオは、クークー嬢の言葉に耳を傾けた。
それは、このような内容である。
レイアスに住み着いたリザードマンの中には、魔族と親交を持っていた者があった。
彼らは、魔族の信仰対象である、地竜を祀る祭器を譲り受けていた。
魔族たちはほどなくして姿を消してしまった。
祭器は今でも、集落の奥に眠っている。
祭器を得て以来、集落には時折、クークー嬢のような地竜と同じ鱗を持つ者が生まれてくる。
彼らは、地竜の巫覡、巫女だとして大切にされる……のだそうだ。
「ということは、クークー嬢は地竜の巫女なのだね?」
美しい翠緑色のリザードマンは、静かに頷いた。
なるほど、我々の言葉もよく聞き取れているのだな。
「勝手を承知で、クークー嬢に頼みがあるのだ。君の巫女としての存在と、祭器を使って、我々に手を貸してもらえないだろうか」
「どうダ、クークー」
新婦に確認を取る新郎である。
リザードマンの男女は対等なのだ。
肉体的も、そう差異はないから、男であっても女であっても、戦士にもなるし内働きの役割も果たすし、族長にもなりうる。
そのあり方は、夫婦になっても同じなのだな。
なるほど、勉強になる。
「先輩が話の途中で手乗り図書館に記録を始めてます」
「いつものことだろウ」
クークー嬢は首をくるんと傾げて、また逆側に首を傾げて、しばらく尻尾をぱたつかせていた。
その後口を開いて、ぱくぱくさせた。
そして困った顔をする。
「あっ、これは言いたいことがあるけど、上手くいえない顔です。わたしもよく分かります!」
「クロクロが伝えてやろウ。クークー」
二人はリザードマンの言葉で何か会話を始める。
彼ら独自の言語は、しゅるしゅると舌を出し入れする動きが加わるので、通常の人種には発音不可能なのだ。
「よシ、構わないそうダ」
顔を上げて、クロクロが伝えてきた。
すると、クークー嬢が憤然と舌を出し入れしつつ、尻尾でクロクロをひっぱたく。
結構な勢いである。
「ぐわー」
クロクロが転がった。
一回り以上体の小さいクークー嬢だが、大したパワーである。
「もしかしてクークーさん、言いたいこと省略されちゃいました?」
クークー嬢が、うんうんと頷いた。
「リザードマン、オン、ウケタ。ナカマ、ドワーフ、オン、ウケタ。オン、カエス。タスケアウ、オシエ」
どうにか、自分の持っている語彙で我々に伝えてくる。
なるほど、そういうことか。
「恩返しですね、先輩!」
「ああ。これは個人としての恩返しではなく、集落の総意として我々に恩を返すと、そういうことなのだろう。地底世界でダークドワーフと助け合い、生き延びていくための知恵でもあるのだな」
私は、クークー嬢に握手を求めた。
「よろしく頼む、クークー嬢」
彼女は私の握手に尻尾で応じながら、うんうんと頷くのだった。
約束は取り付けたが、三日間の結婚式は果たさねばならない。
これは、リザードマン本来の主である、火竜に捧げる儀式でもあるからだ。
何より、地底世界で長らく失われていた娯楽である。
二日目には、他のリザードマンやダークドワーフ、あるいはどこから来たのか、魔族の一団まで現れて、結婚式は大いに盛り上がった。
三日三晩、飲めや歌えやの大騒ぎである。
無論、食材などなどが乏しい地底世界のこと。
宴の最中、有志で結成された狩りのチームが出ていき、食材を確保してきて、それを調理チームが式のご馳走へ加工する。
出かけていった狩りチームで、時々戻ってこないものがいる辺り、地底世界の環境の厳しさを物語っている。
「あれじゃな。酔っ払った勢いで狩りに行って、暴れる牙に食われたな」
オブが酒臭い息を吐きながら説明してくれた。
「やはり、危険な環境に酔ったまま出向くことは良くないな」
「そうじゃな。狩りは酔いを覚ましてからじゃ」
ちなみに、酔った獲物を食べた暴れる牙は、お腹を壊すらしい。
誰も救われない話である。
「ジーン殿! 僕とガーシュイン殿は色々な素材を獲得しましたよ! いやあ、スリリングな狩りでした」
「ウニス殿、君は重要なメンバーだというのに、狩りに行っていたのかね……!?」
振り返ると、泥だらけなハーフエルフがいる。
彼はにこやかに笑いながら、暴れる牙から採取したと思われる素材を差し出してきた。
「いやはやどうして、エルフ以外の事も、面白いものです! ガーシュイン殿は早速、あの亜竜の骨格を使って古代魔法を再現しようとしていましたよ」
「地底でそんなことをしようとしていたのか」
「失敗したから問題ありませんよ。彼には応用力がないようですな。ですが、地底世界をもカバーする豊富な知識は素晴らしい」
この不良賢者と、遺失魔法の継承者は、狩りを通じて地底の住民たちと仲良くなったようだ。
私も、この三日間で多くの知己を得た。
コネクションを広げておくことは、後々地底世界で研究を行う際、必ず生きてくるであろう。
式が終わった後、我々はクロクロ、クークー嬢を伴って地上へ戻ることになった。
「必ずまたお会いしましょうね……! わたくし、絶対に忘れませんわあー!!」
アスタキシア嬢が、ドワーフとリザードマンの少女たちと抱き合って別れを惜しんでいる。
いつの間に友人になったのだ……。
あのご令嬢、とてもバイタリティがある気がする。
いつまでも、現地でできた友人たちから離れないので、アスタキシア嬢の両脇をアマーリアとシーアががっちりと掴まえてこちらに引きずってきた。
「あああ~! また、また絶対に再会しますわよー! わたくし、絶対戻ってきますからー!」
なんだなんだ。
「アスタキシアさん、すっかり地底を堪能したんですねえ。シーアも彼女のこと、人間だけどそう嫌いじゃないって言ってましたよ」
「サニーもワイルドエルフには認められていたが、あれは印を発見した功績ありきだからな。人徳だけで排他的なエルフに認められる公爵令嬢か。私は彼女に対する見方を改めねばならないのかも知れない」
「ですね! でも、いつも通りでいいと思います!」
そんな話をしながら、再びドワーフの通り道で帰還する。
我々一行の中程に、クークー嬢の姿。
彼女は初めて向かう地上に、緊張気味だ。
その時の感情が尻尾に出る性格なのか、私の後ろで、尻尾が地面をぱたぱた叩く音が聞こえている。
クロクロがリザードマン語で、彼女に何か囁いた。
落ち着くようにとか、なんとか言ったのであろう。
クークー嬢が抱きしめているのは、地竜の祭器と言われるものである。
ひと目見て、それは地竜の鱗を加工したものだと分かった。
かつての地竜が脱皮した時、そこについていた鱗を集めて作った盃である。
作りは大変素朴だが、これは地竜の鱗が生半可な工具を通さないため、加工が困難なためだ。
やがて、前方に三日ぶりの太陽の輝きが見えてくる。
即ち、地竜との邂逅が迫ってきているということだ。
実に楽しみなのだ。




