95話 地竜の巫女
儀式が終わり、飲めや歌えやの宴が始まる。
新郎新婦のもとには、次々に各部族の者がやってきて祝いの言葉を述べている。
これに対し、二人は厳かな態度で、
「火竜の吐息がともにありますように」
と応じるのだそうだ。
火竜信仰において、神の加護とはドラゴンの吐息なのである。
興味深い……。
「先輩、先輩、さすがにお二人の後ろに陣取ってやりとりを記録するのはどうなんでしょう!」
「なに、問題ないさナオ。二人も快く了承してくれた」
「そうですけどー! ほら、結婚式で大事な時を過ごしてるのに、後ろでごちゃごちゃされたらやじゃないですか?」
「むむっ、私が後ろでごちゃごちゃしているわけか。音を立てていないつもりだったが……」
「あ、すみません。そういう意味じゃなくってですね、えっとー」
「とにかく二人とも邪魔なのですわよ!! 後から話を聞けばよろしいでしょう!」
「あはは、ジーンらしいー」
アスタキシアとシーアがやって来て、私を引っ張って連れて行ってしまう。
ああ、なんということだ。
リザードマンたちによる、生のやり取りを見聞きできる機会なのに!
いや、結構なケースを記録できたから、これでよしとしてもいいのだが。
来賓席らしきところに連れて来られ、そこで人間用の食べ物を食べることにする。
苔などを材料に使ったパン、苔喰らいの肉、キノコのサラダなどがある。
なかなかどうして、凝った料理である。
「これ美味しいですねえ!」
「うむ。リザードマンの料理は香りにこだわると言うが、味もなかなかだな。ダークドワーフが調理に関わっているのだろう」
料理に関して、ナオと二人でああだこうだ言いながら食べていると、空の明るさが変わってきた。
そろそろ夜になっていくのだろう。
地底世界の光源であるヒカリゴケは、地上に近い時間間隔でゆっくりと明滅する。
夜の時間には、星空ほどの明かりになるのだ。
新郎新婦が、彼らの控室として作られている骨の家に入っていく。
リザードマンの結婚式は、おおよそ丸一日続くのだそうだ。
だが、それが部族同士の婚姻ともなると、三日間はぶっ続けになる。
明日も、明後日もこの式が続くわけだ。
「クークーさんに声を掛けられるのは三日後ですね」
「常識的に考えればそうだ。だが、別に常識的に考えなくてもいいのではないかね? 今声を掛けに行こう」
「あー、もう、先輩ー!」
そのようなわけで、私たち二人は骨の家の前にいる。
「良いかね、クロクロ」
声を掛けると、家の表に掛けられていた亜竜の皮がぺろりとめくれた。
中から、見覚えのある赤いリザードマンが顔を出す。
「どうしタ、ジーン」
「用事があってね。式が一段落ついたところで、クークー嬢に話がある」
「すみませんクロクロさん! 先輩がどうしてもってー。あの、あの、夫婦って、アスタキシアさんから聞きましたけど、あれとかそれとか、色々大変なんでしょう? お邪魔じゃなかったですか?」
ナオがとてもよく喋る。
結婚式に来てから、いつもとは違った感じの彼女が見られるのはまた楽しいものだな。
「構わなイ。他でもない、レイアスの恩人の言うことだからナ」
クロクロは目を細めた。
笑ったのだろう。
我々は骨の家に招き入れられた。
その中は、ぼんやりと輝く石に照らされている。
「蓄光石か。確か、ヒカリゴケの光を蓄えて、辺りが暗くなると光を放つのだったな」
「うむ。夜の明かりとなルが、希少ダ」
薄明かりに照らされて、家の奥に美しい緑の鱗をした女性がちょこんと腰掛けている。
「クークーさん、きれいでしたー」
ナオが彼女のところまで近づいて話しかけると、クークー嬢はひと目で分かるほど上機嫌になって、尻尾をぱたぱたさせた。
「おや? 彼女、我々の言葉が?」
「クークーは最近、エルフ語を勉強していル。外の世界に出て……お前たちの言葉では留学と言うのだったカ。それもしてみたいのだそうダ」
「素晴らしい知的好奇心だ。歓迎するよ。ところで本題なのだが」
「ふム。聞いていル。地竜のことだナ? 確かに我々リザードマンは、火竜と深いつながりがあル。だがこうして地底で暮らしているうちに、先祖は地竜とも繋がりを持ったようダ。それが、クークーの部族と言われていル」
奥で、クークー嬢がこくこくと頷く。
肯定のジェスチャーは、我々と同じなのだろうか。
もしくは、我々に合わせてくれているのかも知れない。
「なるほど。私が知る限り、魔族は地竜との関係を失っている。故に、地竜がどこにいるのかも誰も知らなかったのだ。実は、我が開拓地のすぐ目の前にいるらしいことが分かってね。地竜が大地の養分を吸っているようで、そのために開拓がなかなか進まない。神土も無限にあるというわけでは無いからな」
「ふム。ジーン、お前は地竜と交渉しようというのカ。つまり、開拓のために土地を分けて欲しいト」
「そういうことだ。これは私が任された業務ではあるのだが、それ以上に我が開拓地が新たな住民を迎え入れる上で、農地の拡張はどうしても必要になってくる。森から離れた農地ならば、スピーシ大森林の影響も受けにくいかも知れない。そうなれば、小麦や野菜なども育てられるようになるだろう」
「何もかも、人間の事情だナ。だが構わなイ。皆、己のことを考えて動いているものダ。クロクロは力を貸そウ」
「そうか! 実に心強い!」
私はクロクロと強く握手を交わした。
あとはクークー嬢だが……。
私が目を向けると、彼女はナオと二人で、手のひらを合わせたり絡めたりして、何やら遊んでいるようだった。
「クークー」
クロクロが呼びかけると、彼女は首だけをこちらに向けて、大きな目を瞬かせた。
鱗の色とはまた違う、深い緑色の瞳が、じっとこちらを見つめた。
「オハナシ、シマス。イイツタエ。チリュウ、トビタツ、ソラヘ」
彼女の口から、鈴が転がるような美しい声が響いた。
まだ、言葉はたどたどしいが、しっかり聞き取れる。
「しゃべった!」
「しゃべった!」
私とナオは驚いて、言葉の内容どころではなかったのだが。




