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10話 進め魔狼調査隊

「見ろ、フンだ。調査隊、ストップ」


 マルコシアスの痕跡を辿りながら、歩くことしばし。

 我々、賢者二人とワイルドエルフの兄妹……仮に、魔狼調査隊と呼んでおこう……は、大森林の奥深くまで到達していた。


「なんだ、その調査隊というのは……? フンがあるからどうしたというのだ。むっ、凄まじい精霊力……!! なんというフンだ!」


「兄さん、あれって魔狼のフンだよ! えっ!? ジーン、一体何をするつもりなの!?」


「先輩が両手に尖った木の枝を持ってるでしょう。これから解剖してフンを調べるんです。先輩は生物学が専攻だから、こういうの得意なんですよ」


「フンの解体が得意……?」


 エルフ兄妹の奇異の視線にはすっかり慣れた。

 私は鼻歌などしながら、マルコシアスのフンに近づく。

 魔力感知は、青く輝く光を捉えている。

 間違いなく、マルコシアスのものだ。

 一体、かの悪魔は何を食べているというのだろうか。


 分解してみた。

 未消化の骨、何らかの獣の体毛。

 他は良く消化されている。

 並の狼よりも、胃の処理能力は高いようだ。

 話に聞く巨体と比較すると、フンのサイズは大きくないな。


「この毛は……すぐには断言できないが、恐らくは大型の動物のものか。トーガ、シーア。マルコシアスが現れてから、森の獣の数が大きく減少するようなことは?」


「無い。あの魔狼は、妙なことにあまり食事をしなくてな。だが、時々物を食べ、排泄すると、そのフンが強烈な精霊力を放って辺り一帯を汚染する」


 汚染とは、マルコシアスによる臭い付けがされてしまうということであろう。

 この強大な悪魔は、己の臭いや魔力の痕跡をあちこちにつけることでテリトリーを維持している。

 逆を言えば、フンが放つ臭いや魔力が薄れるまで、マルコシアスは食事をしないということではないか。

 これはつまり、かの魔狼は食事を必要としていないと言えるかも知れない。


「ナオ、空き瓶を!」


「はい、先輩!」


 瓶を受け取り、フンを分解したものを入れておいた。

 これは後々使えるだろう。

 アロマよりも、臭いによるモンスター避けなどの効果が高そうだ。

 私がホクホク顔で戻ってくると、スッとシーアが離れた。


「どうしたのだ」


「ジーン、臭い!」


「研究とは臭くなるものだ。仕方あるまい」


「あ、あんなこと言ってる! いいの、ナオ!?」


「うん、先輩はずっとああですからねえ。わたしは気にしてません! 先輩、私のリュックに空きがあるので、瓶は保管しておきましょうか?」


「頼む」


 よくできた後輩である。

 本当に、ナオがついてきてくれて助かった。

 いつも通りの反応を見せるエルフ二人を引き連れ、我々調査隊は奥地へと向かうのである。


 木々が密集してきた。

 頭上は葉が生い茂り、陽光があまり差し込んでこない。

 自然環境でこれほど密集することは珍しい。

 何らかの魔力が働いているのかもしれない。


「ナオ、どうだ?」


「はい。先輩の予測どおりですね。これ、根本は離れているんですけど、幹の半ばから上が一箇所に向かって枝葉を伸ばすように操られてます。結構長い時間をかけて、植物の生育を操作したみたいですね」


「ならば、間違いなかろう」


「ですね! さすが先輩です」


 二人で合点し、盛り上がる我々。

 それを見て、トーガが尋ねてきた。

 濃厚なマルコシアスの魔力に当てられてか、顔色が悪い。


「何が間違いないのだ。俺はできることなら、一刻も早くここを離れたいのだが」


「うむ。この奥に、マルコシアスがいるであろう、ということだ。言うなればこの木々が集まり、外部と遮断されたこの環境こそが、マルコシアスの巣穴なのだ」


「なんと……!? これほど早く魔狼の巣を探し出してしまうとは……。変人ではあるが、お前は優秀な狩人でもあるのだな」


「私は狩人ではなく賢者だ。遠い国では学者とも言うようだがな。そして早期にマルコシアスの巣を発見できた理由だが、犬やそれに類するモンスターには、臭い付けをする時にある一定の癖がある。それを辿ることで、容易に彼らの拠点に到達することができるのだ。ちなみに彼らのこれは、同じ種族に向けたテリトリーの主張である。彼らは捕食者の頂点であるがゆえ、この癖によって危機に陥ることはない」


 私は立ち止まり、仲間たちを見渡した。

 心強き、魔狼調査隊の面々である。


「おい、勝手に調査隊とやらにするな!?」


「いいか諸君。マルコシアスは絶対的な強者であるがゆえに、己が残した痕跡に無頓着だ。これを辿り、自らのもとへと到達する者がいるということを、そもそも発想できない。故に、我々は必ず、無防備なマルコシアスと対峙できるということだ」


「先輩、トーガさんを華麗にスルーしましたね」


「兄さんいじけないで」


「さあ、行くぞ諸君。マルコシアスとの対面は、目前に迫っている!」


 進むほど、木々の密集度は高くなっていった。

 まだ夕刻にもならないというのに、その空間に光は差し込まない。

 薄闇の中、私の耳には、巨大な獣の吐息が聞こえた。


 より暗い方へ、一歩踏み出す。

 エルフの兄妹は、思わず立ち止まっていた。

 魔力……精霊力に敏感な彼らならば分かるのだろう。

 すぐ目の前に、いる。


 漆黒の小山が、寝息を立てながらゆっくりと上下している。

 折りたたまれてはいるが、その背には巨大な翼が見えた。

 私は、あえて落ちている枝を踏んだ。

 乾いた枝が折れる音。


 寝息が止まる。

 闇の中で、ゆっくりと目が開いた。

 金色の瞳だ。

 私のそれによく似ているな。

 濃く魔を宿す者は、金色の瞳を得るという。


 熱い、炎のような鼻息が吹き付けてきた。

 私はこれを浴びながら、口を開く。


「初めまして、悪魔マルコシアス。私は賢者ジーン。君に、質問をしに来た」


 魔狼の目が、見開かれていく。

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