森の盗賊
「おきのどくですが、ぼうけんのたびはまだおわりません」
月明かりが闇夜を照らす頃
六大大陸の一つであるイルイヒア大陸
その南部に位置する広大な森。
普段は人が立ち入る事などはあまりなく、森の中にある村の人間でも下手に夜出歩けば迷って出てこれなくなるほど広く鬱蒼とした森をかき分けながら歩く姿があった。
その姿は何かから逃れるようにフードの付いたマントを羽織り、背中と腰に一本ずつ柄に装飾が施された立派な剣を携えていた。
さらにその後ろを小さな歩幅で必死に付いて歩く姿がもうひとつ。
同じようにフード付きのマントを深くかぶり時折道に咲く花や転がる小石に気を取られながら、はぐれないように小さな足跡を道に残していく。
「マーフェル。平気か?」
〝マーフェル〟――それが後ろを歩く子供の名前であるらしく、呼ばれたことに反応して顔を上げる。
一瞬きょとんとしてガラス玉のような赤い瞳をパチリパチリとした後、体全体を揺らすように大きくかぶりを振った。
既に森に足を踏み入れてから数時間が経過していて、入った頃にはまだ空で輝いていた太陽はとっくに姿を消して代わりに淡い光を放った月が森に微かな輪郭を帯びさせていた。
しかし何処まで行こうが風景は一向に変わらず、男のフードから覗く瞳には心なしか疲労の色が見える。それと対照的に小さな同行者は物珍しい植物に興味を持ちながら嬉々として歩いていた。
「ふぁああぁ……あれ?ゴーア。まだ村についてないの?」
突如どこからか飄々とした声がする。
前を歩く男は〝ゴーア〟と呼ばれ、唐突に聞こえた声にも特別驚くこともなくすぐにそれに応じる。
「やっと起きたのかテルグラ。起きたのならちょっと飛んで上から村の位置を確認してくれよ」
「嫌だよ。面倒くさい」
一蹴されてしまった。
薄情な奴だ。ゴーアは苦い顔をしながら指にはめている指輪を指で小突くと小さく「いてっ」という言葉が聞こえた。
村の明かりは一向に見えない。
今日はもう野宿でもしようかと考えを巡らせていたゴーアは不意に足を止めた。
余所見をしながら歩いていたのか追いついたマーフェルは立ち止まったその背中にぶつかり、衝突したおでこを撫でるように押さえた。
「…………?どうしたのゴーア?」
指輪が淡く光り、不思議そうに尋ねる声が耳に届く。
マーフェルもゴーアの様子を窺うように前に回り込んで顔を覗き込む。
一方ゴーアは立ち止まってからずっと一寸先も見えないような森の向こう側を、険しい顔で見つめ続けている。
―――――――――ゴォン……―――――――――
森の奥深く、見据える遥か先で何か大きな物が薙ぎ倒される……そんなような音が木霊のように耳に届いてきた。
その音を聞いてゴーアは静かに手だけを、背中の剣へとゆっくりと伸ばす。
―――――――――ゴォォン―――――――――
音は次第に大きくなり、着実にこちらへと向かってきていた。
目の前に高くそびえる木々の向こう側に狼煙のように土埃が高く上がる。
先程まで静寂に包まれていた森は嘘のように、寝静まっていた動物達の逃げ惑う鳴き声や、草木がさざめきあって危険を知らせ合う音が鳴り響いている。
音の正体を見ようと前へ乗り出すマーフェルを制しながらゴーアは腰を落として臨戦態勢を取る。
気が付けば音の塊はすぐ目の前まで迫ってきていて、目の前の茂みが音を立てて大きく揺れた。
その直後―――――
「いやああああああああああ!!助けてええええええええええええええ!!!」
悲鳴を上げながら飛び出してきたのは――――若い女だった。
女は茂みから飛び出すと前傾姿勢で真正面のゴーアへと飛び込むように手を伸ばした。
ゴーアはそれを――――――――――――
――――――ひらりと躱した。