(6) 安心しました。
ドアを開けると、そこには8つ年上である次兄の姿があった。
「あぁ、なんだ。だれかと思えばアイギス兄様でしたか」
走ってきたのか、アイギス兄様はまだ少し呼吸が荒いようではあったが、ドアを開けた自分と、なにより部屋の奥に居るミルカがケガ一つない無事な姿であることを確認して、ホッとしたような表情をみせた。
「ヴァルト……それにミルカも……山で襲われたって聞いて慌ててやってきたんだけど、二人とも無事なようで良かった……」
はぁ~、と大きく吐息を吐くアイギス兄様の様子に、「どっちが特に無事で安心したんですか?」などと野暮なことは聞かないでおこう。
「ええ、ミルカが僕や街の子どもたちをしっかりと護ってくれましたから。
筋肉質な斧使いの斧で吹き飛ばされたりしてもなお、立ち上がって戦ったのはすごかったですよ」
代わりにそう言って、アイギス兄様とミルカの間から一歩横にずれる。
「な、ヴァ、ヴァルトさまっ?!」
「なんだって?!
ミ、ミルカ、吹き飛ばされたって、身体はだいじょうぶなのか!」
予想通り、アイギス兄様は慌てた様子でミルカの下へと駆け寄った。
「だ、だいじょうぶです。
多少の打撲はあるかもしれませんが、特に大きなケガとかはしてません!」
慌てて駆け寄ってきたアイギス兄様に、ミルカが顔を真っ赤に染めて答える。
「そ、そうか、それならよかった……」
「さすがに4人の巨漢を相手に子どもたちを護りながらだと、ミルカも手加減する余裕はなかったのでしょう。
全員を始末することになってしまいましたが、仕方がないことですよね」
そんな二人の姿をほほえましく思いながらヴァルトがそう尋ねると、アイギス兄様はしっかりと頷いてみせた。
「あぁ、気にすることはないさ。もちろん、生かして捕らえられたなら、背後関係を調べたりといったことができたかもしれないけど、ヴァルトやミルカ、それに子どもたちが無事であるほうが大事なことなんだから。賊を生かして捕らえる代わりに、ヴァルトやミルカにケガや被害がでていたら、そっちのほうが問題だったと思うよ。むしろみんなを無事に護ったことは褒められていいくらいのことさ」
予想はしていたが、そう同意を得ることができたため、少し安心することができた。
どうやらそれはミルカも同じだったらしく、視界の端でホッと安堵する様子が見受けられた。
「いま、騎士たちが現場に行って見分しているよ。彼らが戻ってきたら詳しいことを父様やグレウス兄と一緒に聞かせてもらうことになると思うから、それまでの間は二人とも一休みしておいてくれればいい。ここにはそのことを伝えに来たんだ。とにかく、二人とも無事でよかった、安心したよ」
そう言って微笑む次兄に、ヴァルトも微笑みを返す。
「わかりました。
では後で呼ばれるまで僕は休憩とさせていただきます」
そして、チラッとミルカに向けて視線を移し、
「ミルカも一度戻って髪を洗って着替えたりしてくるといいんじゃないかな?
少し時間があるみたいだし、父様やグレウス兄様と会うってことなら、泥だらけの恰好じゃないほうがいいと思うよ」
と、声をかける。その言葉にミルカは顔を赤らめて、
「エ、エイオスさまとグレウスさまに!そ、そうですね、それでは私はこれで失礼しますっ」
と急に慌てだし、部屋から走り去っていく。
その様子をあっけにとられたように見送っていたアイギス兄様ではあったが、はっと気がつくと慌てた様子で、
「あ、ま、待ってミルカっ!」
と追いかけて部屋を出ていった。
そうして二人が部屋から出て行ったドアを閉めてカギをかけ、やっと一人きりになったことを確信したヴァルトは、襲われたこととは別の"事件"について考え始めることにした。
「――さて、と。
まずはこの記憶が間違いでないか、女神アスファリアとの話にあったことを試してみるとしますか」