(5) 手柄を譲る理由
ああ、やっぱりそのことか。
どうやら、"ありのまま"に報告すればどうなるか、ミルカは良い方にしか考えなかったんでしょうね。根が純情な子だし。
「ありのままに話したら、危険なことをしたとして、たぶん僕は怒られることになるよ?
それに、ミルカの方は最悪の場合、騎士として力不足、と烙印を押されて、ここぞとばかりにクビにされるだけだと思うよ?
それでいいの??」
「うっ……それは……そうかもしれませんが……」
もっとも、実際のところはありのままに報告したところで、私のほうはともかく、ミルカがそこまで処分されることはないだろう、と彼女のことを見て思っていたりします。
まだ10代後半であり、訓練によって無駄な脂肪を極力落とし、そこそこ鍛えられた身体付きをしているとはいえ、それでもどちらかといえば華奢な身体つきの少女なのです。
いまは泥に汚れてはいるが、綺麗な赤毛をし、顔もそこそこ整っている彼女に対しては、騎士鎧よりドレスの方が似合うんじゃないか、という者も普段からいるくらいの少女です。
そんな彼女が4人もの、武器を持った男たちを相手に、多くの子どもたちを背後に守って善戦したのですから。
せいぜい、処分があるとしてもミルカは再訓練に回され、私の方は多少怒られた上で今後の護衛がむさい男の騎士になるだけ、というのが妥当なところでしょう。
けれど、敢えてそんなわかりきった損をする必要はありませんし、それになにより私としてはミルカに手柄を譲りたい理由がありました。
なぜなら……
「……それに必要なことだったっていうのは理解していても、いまだにまだ自分がこの手で人を殺した、ということは認めたくないんですよ、なんとなく」
「っ!」
わざと苦笑するように言ったつもりだったのだが、その言葉に対するミルカの反応は著しいものでした。
なにせ、ミルカの顔色が一気に青くなったのですから。
顔色を青くしたミルカの表情は、まるでこちらを気遣うような、どう声をかけたらいいのか迷っているような、とまどっている様子だった。
けれど、そんな彼女の様子をみたことで、改めて「あぁ、人を……殺したんだなぁ」という実感が湧いてきて、思わずあの時短剣を持っていた自分の手を見下ろしてしまいます。
あれ?……おかしいな。
何にもないのに、急に手が震えだした。
同時に、ぞわぞわっ、とした悪寒のようなものが背筋を這いまわってくる。
鶏や豚では何度も体験していて慣れていたというのに。
あの賊たちの身体を斬った時の感触が蘇って……ッ……なんだ、これ。
今頃になってとてつもなく気持ちが悪い。
胃液が逆流してきそうな感じを受けながら、自分の細かく震える手をみつめていると、突然、その手がぎゅっと包み込まれた。
「だいじょうぶ……だいじょうぶです。
もうだいじょうぶなんです。
ヴァルトさまはたしかに賊を斬られましたが、あれは、ご自身や、子どもたちを護るために必要なことでした。
ヴァルトさまは、なにも間違ったことはしておられません」
視線を上げると、そう言って微笑んでくれるミルカと目が合った。
そして、その言葉と自分の手を包み込んでくれる彼女の手の柔らかさを感じるおかげで、だんだんと湧き上がってきていた気分の悪さや震えが治まっていくことが感じられる。
「そうだね、あれはあの子たちを護るために必要なことだった。
……あと、ミルカのことを護るためにもね」
気恥ずかしくなってミルカの手から自分の手を引っこ抜きながら、照れ隠し的に最後にそう付け加えて言うと、ミルカが顔を真っ赤に染める。
「そ、それはその……あ!そう言えば驚きました!!
ヴァルトさまって普段は剣の稽古をあんなに嫌がっておられましたのに、あれだけの腕前を一体いつの間に身につけておられたのですか?」
さて、どうしたものだろう。
真っ正直にアスファリアとのことや前世のこととか話したりしても、恐怖でおかしくなったとか嘘をついてると思われては嫌だし。
かといって、根が素直でいまもキラキラとした眼でこちらを見てきているミルカを、適当な嘘をついてあしらうのもどうかと思う。
「あー、いや、あれはその、たまたま上手くいっただけだよ。
それにさっきも言ったけど倒したのはミルカだってことに……」
どうにか話題を逸らそうと焦りながらそう言っていると、ちょうどいいことにドアの外からトントントンとノックする音が聞こえてきた。
「あ、だれか来たみたいだね!
ほら、ドアを開けて対応しないと!!」
これ幸いとばかりに、そう言って私はドアへと駆け寄った。