(4) 後始末って大変です。
あれから後は大変でした。
突然の暴漢たちの襲撃に、目の前で起きた刃傷沙汰。しかも賊とはいえ人の死です。
長閑で平和な田舎で育った子どもたちの中には、さすがに耐え切れず気絶する子も出ましたし、そうでない子であっても体験した恐怖から泣き喚く子たちばかりでいっぱいでした。
「悪いやつらは、ミルカが、やっつけてくれたよ」
ミルカにその場での後処理を任せ、子どもたちを安全な場所へと移動させます。
移動させながら子どもたちにむけて、その言葉を何度も繰り返し、ゆっくりと穏やかな声音で投げかけ、少しずつ少しずつ落ち着かせていきます。
なお、告げるときには"ミルカが"の部分を特に強調してではありますが。
そうして賊たちの死体をミルカが片付けて戻ってきたときには、『人さらいの賊たちから身を張って守り、退治してくれたのはミルカである』という印象を、子どもたちにしっかりと植え付けることに成功しました。
運良く返り血が私には一切かかっていなかったことも説得する上では幸いでした。
……戻ってきたミルカが、なにやら少し言いたそうな顔をしてきましたが「ミルカ"が"護ってくれてありがとう」と言うと、ひとまずその場は黙って受け入れてくれました。
そうして子どもたちが落ち着き、気を失っていた子が意識を取り戻したところで念のために警戒しながら街へと戻り、全員を解散させて家に帰すと、自分たちも急いで館へ帰りました。
館ではまず、警備の騎士たちへ事情を話し、賊たちの死体を回収しに行ってもらいます。
三男坊とはいえ、領主の息子が人さらいに襲われかけたこと、街の子どもたちまで被害にあいそうになっていたことを聞いた騎士たちが、慌てて行動を開始し始めます。
その際、騎士たちは現場にいた騎士としてミルカを連れて行こうとし始めますが、死体の在りかや交戦場所については地図で詳しく説明したうえで、怖いからミルカにはしばらく私のそばに居てほしいということを彼らの隊長にお願いすると、隊長は少し逡巡した上で私の願いを聞き届けてくれました。
これまたミルカが、若干なにか言いたそうな顔をしていましたが、それは黙殺してそのまま自分の部屋へと彼女を連れて移動します。
部屋へ移動するまでの間は互いに無言でしたが、ミルカが何か話したそうにしている気配はひっきりなしな状態でした。
* * *
そういった処置がすべて終わり、ミルカと共に自分の部屋へと辿りついてドアを閉め、カギをかけたことでやっと一息つくことができる状態になりました。
肩の力が抜け、ふぅ、と自然と自分がため息を吐いて気を抜こうとしましたが、実はこれで後始末全部終了、と思ったのはまだ早い状況でした。
なぜなら、自分がため息を吐いて気を抜きかけたその瞬間に、ミルカがガシャ!と鎧を鳴らしながら片膝を地面につき頭を垂れ、
「申しわけありませんでしたっ!」
と、大きな声で謝罪の言葉を口にしたからです。
突然のことにびっくりして、思わずそちらへと視線を向けると彼女は、
「御身を守護する立場でありながら危険に曝し、挙句の、果てにはっ……」
と、最後には泣き声になりそうな声音でつっかえつっかえと謝罪の言葉を述べようとしているところでした。
「この身を、貴方様に、逆に……」
「はい、そこまで」
「護らせて…………は?」
ミルカは謝罪の言葉をなおも続けようとしていたようだったが、私がのんびりした声で停止の言葉を告げたことで遮られてしまい、それが予想外だったようで思わず呆けてしまった、といった感じの様子で顔を上げてきます。
そんな彼女に対し、私は苦笑しながら、
「私を含め、子どもたちを身を張って守ってみせたのはミルカだよ。
謝罪してもらうことなんて"何も無い"んだ」
と、声をかけました。
「い、いや、しかし……」
私が言ったことがあまりにも意外だったのか、ミルカが慌てた様子を見せてきます。
だが、そんなことは気にしない。することはできません。
「たしかに僕も"少し"は援護をしたけれど、彼らを撃退してみせたのはミルカ、キミだ。
――いいね?」
「そんな! それでは……………っ……はい……」
私の言葉に、思わずといった様子で反論しようとしかけたミルカではありましたが、私がジッと彼女のことを強い視線で見据えると、しばらくためらう様子を見せた後に、しぶしぶといった様子で静かに頷いてくれました。
うん、物わかりの良い子は好きですよ。
とりあえず、今後のためにミルカと簡単に状況を再確認という名の打ち合わせを行うことにします。
状況を整理すると、
1.いつも通り子どもたちと山に遊びに行った。
2.人さらいたちに襲撃された。
3.ミルカが身を挺して自分たちを護り、余裕がなかったために人さらいたちは全滅させた。
ということになります。
……3.のところでミルカが再度なにか言いたそうにしたが、言葉にはせず、視線で黙らせます。
はぁ、とため息をついた上で「わかりました、わかりましたよ!」とあきらめたように言うのでわかってくれたことでしょう。
ひとまずはこれを騎士団長や父様たちへの報告の基本方針とします。
そのうえで、あとは細かい部分のつじつま合わせを行い、報告する内容を固めておくことにしました。
そうして"事実の内容"についても一段落ついたところで、やっとお茶でも、と思いましたが、ミルカがどうしても納得いかないといった様子で疑問の声を投げかけてきました。
「……どうしてご自身の手柄を誇ろうとはしないのですか?
今回のことをきちんと言えば、お父君や兄上様方もヴァルトさまのことをお褒めになられることだと思うのですが」