(17) 加護の検証。そして魔法と魔術と創造魔法
ヴァルトは自室にて、だれもいないことを確認した後に、アイテムボックスに収納しておいたアスファリアからの説明書を取り出した。
その説明書によると、授けられた加護は次の通りになる。
1.ドラゴンの体重にも負けない肉体強度の強化
2.高速再生能力
3.世界最高硬度であるアダマンタイトすら砕けるほどの物理攻撃補正
4.外見補正
5.戦闘能力についての補助
6.基礎体力の成長強化
7.毒物の無効化
8.抗魔力の強化
9.各属性魔法への魔素変換及び魔力制御能力を補助する加護
10.言語理解に関する加護
11.寿命に対する加護
12.創造魔法
アスファリアから授けられた加護というのは、あとはこの説明書が入っていたアイテムボックス、ということになるだろう。
3日ぶりに目を通してみたが、相変わらず頭が痛くなりそうな内容の羅列である。
毒物無効化、言語理解にアイテムボックス、基礎体力の成長強化といったものはまだマシである。
それらはどれも、自然成長や努力の結果、ちょっとした特異体質か運が良かった、といったことでごまかしが聞くことだろう。
外見補正や寿命の部分に関しては、成長してみないとわからないことではあるし、当面は無視しておいてもいい事柄だろう。
だが、他が問題すぎた。
肉体強度の強化や高速再生能力。物理攻撃補正や抗魔力強化。戦闘能力補助や魔法に関わる制御能力の部分の加護。
これらが危険すぎる。
これらの加護の部分のうち、肉体強度の強化や高速再生、抗魔力強化は第三者の目で視認することができるものであり、その異常性を下手なところに知られてしまえば、拘束されてしまうかもしれない。
(まぁ、最悪その場合は戦って逃げるなり、相手方を潰してしまえばいいんだろうけど……)
とにかく、この辺りはひとつひとつが検証可能なものばかりではあるものの、検証するにしてもなるべく秘密裡にしていかないといけないことだろう。
(けどまぁ、なによりも一番問題なのが……)
そう考えながら、加護の一覧の最後に記載されている『創造魔法』の4文字へと、ヴァルトは視線を向けた。
(アイテムボックスの中に説明書とは別で入ってた"教本"によると、この世界の魔法としては存在していない新たな魔法体系、ってことなんだよなぁ……)
アイテムボックスから加護の説明書とは異なる、前世でいうところのB5サイズの寸法で構築された薄い本を取り出す。
その薄い本こそが、アスフィリアが用意してくれていた創造魔法の教本であり、発動させるのに必要不可欠なアイテムであった。
この世界では、前世と異なり魔法と魔術の2つが当たり前の事柄として、存在している。
そのことをヴァルトは既知の事実として知っていた。
魔法と魔術、前世ではオカルトでしかなく、定義もあいまいだったこの2つの事柄だが、この世界ではきちんとした区別がなされて定義されていた。
両方とも、その発動には"魔素"と呼ばれる自然界に在る力を使って用いられるものである、ということは共通している。
例えば、"魔法"であれば、魔素を制御できる才能や魔素を魔力に変換する能力の高さ・低さや、触媒とする道具によって効力に差は出てしまうものの、発動経路の術式陣の構築さえできるのであれば、だれもがある程度同じように扱える"技法・技術体系"であった。
その一方、"魔術"とは、術者の個人的才能、もしくは魔素を直接制御できる精霊などの助力を得なければ発動すること自体が不可能な、一種の才能、異能を総称して表したものである。
言ってみれば訓練や修練は必要であり、才能が多少モノをいうものの、剣術や武術のように誰しもが身に着けられる可能性を秘めているのが魔法。
超能力や特殊能力のように生まれついての特異な才能や種族特性が絶対的に必要であり、それがなければ扱うことができないものが魔術、となっている。
そのような中で、これまでこの世界で見つけられている魔法は、その特徴から主に7つの属性で体系付けされてきた。
それは、
火や熱の制御を特徴とする『火魔法』、
水など液体の制御を特徴とする『水魔法』、
鉱物の造成や制御を特徴とする『土魔法』、
風や大気の制御を特徴とする『風魔法』、
発動時や発動中に光が発生することから特徴づけられた、光や治癒、回復に関する事柄を主とする『光魔法』、
光魔法とは逆に、発動時や発動中に闇が発生することから特徴づけられた、精神や幻影に関する事柄を主とする『闇魔法』、
空間に作用し、結界や封印、ループ空間や亜空間の構築などが行える『空間魔法』、
の7つの属性による魔法体系である。
一方、魔術は
術者の異能によって制御されるものは無属性魔術、
精霊の助力を得て実行可能なものは精霊魔術、
と呼ばれて区分けされているだけである。
これは魔術が、使用できる個人や特定の種族特有の異能的なものであり、再現や法則性がほとんどの場合解明されることがなかったことから、そうせざるを得ないという理由もあった。
また、人々が暮らす都市の外に生息する怪物の中には、魔術を有する種も存在し、そういった怪物は魔獣や魔物と呼ばれ、特に恐れ忌み嫌われている。
そういった世界、そういった社会構成の中で、アスファリアから与えられた、これまでのこの世界で扱う者が誰一人として存在しない、そしてヴァルト以外に権限をアスファリアから与えられていないが故に、扱うことができないであろう新たな分野となるのが、件の『創造魔法』であった。
アスファリアから与えられた教本によると、『創造魔法』それ自体の使用方法は、わりと単純な形式である。
手順としては、まず創りたい物について、その物体の構造や構成物質を術者が具体的に指定する。この時、単純な物なら術者であるヴァルトの想像だけでも十分であるが、複雑な形状の物であるのならば教本の最後の方にある白紙の頁が前世の液晶タッチパネルのようになっているのでそれを操作することで、3次元グラフィックソフトでモデリング(幅・厚み・形状・材質などの立体構造を指定していくこと)することにより、構造を指定する必要があった。
この指定した物が創造魔法により生み出されるというシステムになっているのである。
そうして創り出したいものについてのイメージを確定させれば、あとは自動的に創造魔法の教本が発動に必要な術式陣を描き上げ、さらに発動させるために必要な素材についても表示してくれるため、その必要な素材をヴァルトが用意して術式陣の中へと入れることで創造魔法が発動してくれるという仕様である。
試しにヴァルトが創造魔法を使用してみようと、前世で気に入っていた小さな銀の指輪をイメージして創造魔法を発動させてみたところ、教本の表面に術式陣が自動的に構築され、必要な素材として<銀または魔力(極少)>という素材要求が表示された。銀や魔力(極少)のところにはステータスバーが10等分刻みの目盛りでそれぞれあらわされており、ヴァルトが魔力(極少)を選んでみると、ほんの刹那の間、ヴァルトの身体から力が教本へと流れていく感覚が走った後に教本の表面から少し上方に光が生まれ、その光が複雑怪奇な術式陣を生み出す。
そして、教本の表面に浮かび上がって生まれた術式陣が縦・横・斜めに高速で回転して球状になったかと思うと、次の瞬間にはヴァルトがイメージしたとおりの形状をした銀の指輪が、術式陣があった空間から光に包まれるようにて生み出された。
* * *
(……これ、ホント誰にも言えないよなぁ……どうやら、意志ある生物は創り出しちゃならないそうだけど、それ以外なら食べ物でもなんでも、有機物無機物問わず創り出せる魔法みたいだし)
もぐもぐと、試しに創造魔法で創ってみたドーナツを食べながら、そう結論を出す。
ちなみに創造魔法で作ったドーナツの味は、いまは統一されヴァルト自身のものでもある前世の記憶にあったミスターさんのお店のものと同じ味であった。
そしていま、ヴァルトの周囲には、他にも試しに創ってみた色とりどりの小さな宝石などが転がっている。
(とりあえず、創ったモノはアイテムボックスの中に片づけておくとして……こういろいろと自由に造れてしまうのであれば、創造魔法は使う時と場合についてしっかりと気をつけないとヤバイものだよな……)
いちおう、ヴァルト以外が使えない、ということなので、分類的には魔法ではなく魔術としてバレても社会的には受け止められることになるのだろうが、それでもそれならばヴァルトやヴァルトの周りの者を脅したり捕えたり傷つけたりして従えて使わせればいい、という考えを持つ者がでてくるのは確実だろう。
思わず、はぁ、と大きな溜め息がでてしまう。
この創造魔法ひとつ取ってみても、経済や軍事、政治に人間関係など、多種多様なトラブルを引き起こすことは間違いない。
この力の存在を知られただけで、どれだけ多くの多種多様な危険を引き寄せることになってしまうものだろうか、と頭が痛くなってきてしまう。
検証すればするほど、頭痛がしそうなくらい人として生きるには強大な力が与えられたものだ。としか思えないアスファリアからの加護ばかりである。
けれど、きっとあの女神は完全な善意でくれた加護ばかりなのだろう。
ヴァルトが頭痛をこらえるようにしながらそんなことを考えていると、コンコン、と自室のドアを軽くノックする音が聞こえてきた。
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