(16) 検証
あれから3日が経った。
騎士団の詰め所から領主館に戻った時には、すでに詰め所に居た騎士たちのだれかから報告が行っていたようで、エイオスやグレウスたちには、にやにやと微笑まれながら、ヴァルトはいろいろと弄られる結果となってしまった。
腹が立ったからとはいえ、父までもが「若いっていいねぇ」と言ってきた時に、つい「父様、その発言はまるで場末のおじさんみたいですよ」と言ってしまったのは、自分でも失言だったとヴァルトは思う。
直後に頬を引き攣らせたエイオスから、
「ちょうどいいから、ヴァルト、キミもそのティアナって娘と一緒に行儀作法の講義を再度受けたらいいよね、うん、そう決めた」
と、反撃を食らってしまうことになったのだから。
その後、騎士団からティアナが館へと連れてこられた。
詰め所の食堂での一件について報告を受けていたエイオスは、ティアナの振る舞いや行動、言動を見て当初の予定を変えることにしたらしく、彼女のことを侍女として保護するのではなく、賓客として扱うことに方針を変えると言い出した。
そのエイオスからの申し出をティアナは冷静な様子で受け入れ、彼女は領主館にあるヴァルトの部屋の隣の部屋を自室として与えられてヴァルトの家族たちと一緒に住むことになった。
その際、ヴァルトはエイオスから、
「詰め所での誓いの話によれば、彼女は私にではなくヴァルトに保護を求め、ヴァルトは君の名の下にあの娘のことを保護するって誓ったんだろう?
ならば、彼女のことについてはキミが傍に居て面倒みてあげないとね」
と言いだし、この3日間はずっとヴァルトにとって忙しい日々であった。
それというのも、ティアナは本当にいろいろな事を知っていなかったのだ。細々とした物の使い方から基本的な礼節、この地では子どもでも知っていそうな「当たり前」の常識についてまで知らないでいたため、ヴァルトとしては一つ一つ丁寧に教えていく必要があった。
もっとも、人に教えること自体は前世での仕事経験から、ヴァルトにとってはそれほど苦ではなかったことが幸いした。それにティアナ自身も素直に学び身に着けようとする態度で説明を聴く姿を見せ、理解や飲み込みも早く、さらには時折、教えることに対して何故それを行うのか、ということまで理解しようとして質問を積極的に投げかけてくるため、ヴァルトにとっては指導者冥利に尽きる生徒でもあった。
さらに、そんなティアナの純粋さと利発さは、見た目の愛らしさと合わさって、ヴァルトの母であるアイナの心をすぐに鷲掴みにしたようである。
4年前に遠くの伯爵領へ姉が嫁いでから、女の子が欲しいー、と時折言って父様を困らせていたヴァルトの母は、ティアナのことをすぐに気に入り、姉が小さかった頃に着ていたというドレスや日常着を彼女がアルシュタイン家に来たその日のうちに仕立て直させ、何着もプレゼントしてしまうほどである。
――最も、あまりにも猫可愛がりするように構われまくり、さらにその全てが善意と好意で行われているため拒否することもできないティアナが、アイナの着せ替え人形から解放された頃には疲れ果ててしまっていたのは、さすがにヴァルトとしても苦笑せざるを得ないものであったが。
(……頑張れ、ティアナ。その母様の可愛がりっぷりは1か月に1度は起こる発作のようなもので、以前は私かミルカが被害者だったんだ!)
もっとも、そういう状況であったため、ヴァルトとしては良い身代わりができた、と内心でホッと安堵していたことはティアナには内緒である。
そしてミルカはというと、騎士として子どもたちを人攫いたちから護り抜き、その賊たちを討伐してみせたということで、騎士団にて表彰されたらしい。
もっとも、本人は事実と違うということで表彰されることには最後まで遠慮しようとしていたそうだが、結局は騎士団という組織全体での信賞必罰の必要性を鑑みて受け入れざるを得ないことについても理解し、乗り切ってくれたようだった。
ただ、受け入れる代わりとして、褒賞については礼状などは全て辞退し、代わりに騎士団長や部隊長たち直々による模擬戦と指南を求めたということであったが、これはきっと彼女なりの矜持として譲れないものであったのだろう。
その人攫いたちに拘束されていた子どもたちはというと、結局残り一人の身元不明だった少年についても有力な手がかりは違法奴隷商たちからは得られなかったため、最終的に騎士団長であるアーノルドの預かりとして引き取られるという結末になった。そして違法奴隷商たちは、関連している者たちについて全て吐かされた後に王都に連れていかれて犯罪奴隷として扱われることとなった。
そして、それ以外の身元が判明していた子どもたちについては、それぞれの出身の地へと伝令が出されたため、おそらくは一月と経たないうちに親元へと無事に帰ることができることだろう、という話である。
そんな誰しもが事後処理や新しい人間関係の構築などから忙しくなった、まるで嵐のような時間が過ぎ去り、やっと一息つけるようになってきたことからヴァルトは、それまでのずっと忙しさで放置しっぱなしだった女神からの加護について、可能な限りの検証をしてみることを決めたのだった。
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