(15) 交わされた契約
今話は少し長めとなります。
ティアナがおとなしく椅子に座ったことで、周囲で何時でも割り込んで止められるように腰を浮かせながら様子を窺っていた騎士たちも姿勢を戻して食事を再開し始める。まだ少し、ちらちらと様子を気にしているそぶりはあったものの、これは彼らとしても職務に関わることではあるのだから、無視してろという訳にもいかないのであきらめるしかないことだろう。
「それで、貴方はわたしにいったい何の用があってやってきたの。
いくらなんでも、これで単に偶然とか気まぐれだとか、物珍しさで見にきたなどという訳ではないのでしょう?」
争うそぶりこそ引っ込めはしたものの、当初より警戒度を増した様子でティアナがそう尋ねてくる。
ここはひとつ正直に答えて、わざと怒らせたことに対する誠意を示すべきだろう、とヴァルトは判断した。
「うん、たしかにキミに用があってやってきたのは事実だよ。
ただ、そうだね……どうせだから食事を一緒に取りながら話そうか」
そう言って視線を厨房へと向けると、ちょうど食堂と厨房を隔てるカウンター上にある食膳へ、本日の料理当番の騎士が料理を載せているところだった。そのまま配膳係の騎士が料理を持ってくるのを座ったまま受け取り、テーブルの上に置いたヴァルトは、
「じゃ、食べようか。
さっきも言ったけど、大味ではあるけど美味しいし、けっこう量もあるから食べ応えはあると思うよ?」
と、ティアナに向けて声をかけ、備えられた食器を使って食べ始める。
ヴァルトがそう言って、膳に添えられた食器を使って食べ始めると、ティアナもしぶしぶといった様子で食事を採りだし始めた。
なお、フォークなどの彼女が落とした食器類に関しては、配膳係がヴァルトの料理を持ってきた時に新しい物を一緒に運んできて交換してくれていた。
「……もしかしてナイフやフォークを使ったことが無いの?」
チラチラとヴァルトの手元を見て、マネするようにしながら慣れていない手つきで料理と格闘しているティアナの様子に、思わずヴァルトがそう尋ねると、途端にティアナが顔を真っ赤に染める。ちなみに、この領や近隣諸国で食べるのに使われる食器は、スプーンやフォーク、ナイフが庶民でも一般的であったりする。
「し、仕方ないじゃない!
その……住んでたとこにはこんなの無かったし、あいつらの下での食事は、パンか薄いスープくらいだったんだもの……」
ヴァルトから恥ずかしそうに目を逸らしながら、ティアナが小さな声でそう告げるのを聞いて、ヴァルトは自分の失敗を悟った。
(あー、しまった。
一人だけ食事を摂ってなかったのは、警戒とか気構えが、とかだけじゃなく食器の使い方がわからなかったからっていう、根本的な理由もあったのか)
「あー、まぁ、それならいまは作法とかは気にせず使えばいいと思うよ。
そういうのはこれから一つずつ教えていくことになると思うからさ……」
気まずくなりかけた雰囲気をごまかそうと、わざと大振りな動作をしながらヴァルトはそう言って料理を食べるのを再開することにした。
そして、そんなヴァルトの様子に合わせようとしてか、料理を食べるのを四苦八苦しながら再開しようとした様子のティアナだったが、握ったフォークでどうにか刺した大きな肉の塊を口元まで近づけたところで、ピタっと手を止めて、不審そうにヴァルトの顔へと視線を移動させた。
「これから……一つずつ教えていく?」
その問いかけるティアナの視線を受けて、ヴァルトは料理を食べる手を一旦止めて食器を置くと、口元を軽く手巾でぬぐってから彼女に向けて頷いてみせた。
「騎士たちから報告を受けているんだけど、キミは生まれ故郷については話してくれていないんだろ?
それが意識してなのか、場所がわからないからなのかはわからないけどさ。
一方で、僕たちの側としても、この辺りで獣人の、それもキミと同じ部族と思われる方たちの居留地や集団には心当たりが無い。
もしも捕らえた連中の生き残りが、キミのことをどこから連れてきたのか知っていたのなら連絡を取ることもできるんだけど……今のところ、連中は死んだ連中が連れてきた、って言ってて教えてくれなくてね」
ヴァルトの言葉の最後の部分に対し、ティアナは頷いてみせた。
「……馬車の御者はあいつらの仲間だったみたいだけど、途中で合流してきていたわ。騎士たちに保護された時、あそこにはいなかった4人が居るんだけど、そのうちの2人なら知っていたと思う」
「そっか。
しまったな、その4人は全員、すでに死亡しちゃってるんだ」
「……知ってる。なんでもそれがきっかけで私たちが助けられたって聞いてるから」
「きみ自身は自分の生まれ故郷のことは知らないのかい?」
「わからない。森の中だったことは知ってるけど、密閉された馬車の中に監禁されてずっと連れまわされてきてたから」
「……そっか」
「あと、他の武器を持ったやつらは、つい最近あそこの子たちを連れてやって来た連中だったから、あっちの子たちのことなら知っているかもしれない」
そのティアナの言葉で、ヴァルトとティアナの二人が食堂の中央に座っている子どもたちに視線を向けると、こちらの様子をずっと窺っていた子どもたちが慌てた様子で彼らから顔を背け、料理を食べ始めた。
「……あぁ、それで一つずつ教えていく、ってことについてだけど」
そんな少年たちから視線を外し、ティアナの方へ顔を向けなおしたヴァルトがそう言うと、ティアナもまた、少年たちから視線を戻して小さく頷いて続きを促す。
「僕の父様……この地の領主なんだけどね、その父様からの命で、キミと年の近そうな僕に、キミの世話役兼教育係をやれって言われたんだ」
「貴方が?
というか、貴方の父親が領主っていうことは、貴方は……」
「あぁ、父様は領主だけど、僕は三男だから、後継ぎとかじゃないよ。
だから、僕のことを呼ぶにしたって、ヴァルト、って気軽に呼んでくれたらいい。
まぁ、でもそういう訳で、僕は騎士団の詰め所であるここにも入れたりするんだ」
最初の時に問いかけられていたまま、答えていなかった事を付け加えて口にすると、ティアナはハァ、と大きなため息を吐き出した。
「……そう。
でもそれで貴方のことを止めたりはしないのに、周囲の騎士たちがやけに緊張して構えていたのにも理解できたわ」
「ヴァルト」
「え?」
「貴方、じゃなくてヴァルトって呼んでよ。
貴方、だとなんだか肩が凝っていきそうだし、さっき名乗った時にもヴァルトで良いって言ったでしょ?」
そのヴァルトの言葉に、ティアナは一瞬ためらった様子は見せたものの、
「ヴァルト……ヴァルト、ね」
と、受け入れてくれたようだった。そしてさらに、
「……じゃあ、わたしのことを呼ぶ時は、ティアナでいいわ」
と返してきた。
「……じゃあ貴方が……こほん、ヴァルトがわたしの世話役だとかになるってことは、わたしはこのままこの地に束縛されることになるのかしら?」
ヴァルトがジッと見つめるため、途中で一度呼び直したティアナがそう言ってヴァルトのことをジッと見つめてくる。
「まぁ、君が嫌っていうんじゃなきゃ、そうなるんじゃないかな。
ただ、束縛する、っていうのはちょっと間違いだね。
そのまま放り出したりしたら、お互い色々と危険な目に合う事態になりかねないから、こちらの事情としても安全と判断されるまで保護させてもらいたいってことでもあるし。
もちろん、キミが、ティアナが、ここで保護を受けることをどうしても拒否する、っていうのであれば話は別だけど、そうでないなら話を受けてくれた方が僕たちの立場としても助かる」
キミが、と言ったところで今度は逆にヴァルトがティアナにジッと見つめられたので、慌ててヴァルトも言い直す。
そしてヴァルトの説明を聞き終えると、ティアナはしばらくの間、目を閉じてジッと考え込み始めた。
しばらくして瞼を開いたティアナは、ヴァルトに向けてしっかりと頷いた。
「――わかったわ。
わたしとしても、自分が元々いた場所がどこなのかはわからないもの。
森の中だったってことは知ってるんだけど……攫われた時は眠り薬を嗅がされたみたいで意識を失ってたし、連れ去らわれてた間も、ほとんどは馬車の中で外が見えないのがずっとだったんだから、どこをどう連れてこられたのかも判らないから帰りようがないのだし」
そこまで言うと、ティアナは何かを決意した様子の表情で椅子から立ち上がり、テーブルを回り込んでヴァルトの傍までくると、今度はそのまま片膝立ちの姿勢になって、ヴァルトへと向けて頭を下げてきた。
そして、
「わたし、オルガナの裔、ジルクの娘たるティアナは、今ここに貴方とその部族から保護を受けることを求めます。
これを受けていただけますならば、我が身、我が魂をかけて、わたしは貴方に付き従うことを、我が祖たるオルガナの名と魂に誓いましょう」
と、厳かな様子でその言葉を流れるように紡いだのだった。
この展開はさすがに予想もしていなかっただけに、ヴァルトは最初慌ててティアナを立ち上がらせようとしかけたが、ティアナの真剣な様子から軽々しく否定したり止めさせてはいけなさそうだと考え直し、この儀式に付き合ってみることにした。
「僕、いや私、ヴァルト=フォン=アルシュタインは、汝、ティアナからの求めを受け入れる。
我が名、我が家名、我が魂に誓い、汝を保護し、汝を守り、汝を教え導くことをここに誓おう。
いまこの場に居る全ての者、全ての神々が、我ら両名によるこの契約の証人である。
この誓いは両名の同意に依って破棄されるまで続く物なり」
と、前世の世界ではこんな感じだったかなと考え、彼女の下げた頭に向けて手をかざしながらそう言葉を紡ぎ言い終えた。
その瞬間、ヴァルトは自分とティアナの間で何か見えない糸が結びついたかのような感覚を感じ、思わず自分の掌を自身の顔へと近づける。
その感覚はどうやらティアナも同じように感じたらしく、一瞬顔を不思議そうにしていた。けれど、彼女の方はすぐに意識を切り替えたらしく、スッと立ちあがると微笑んでみせた。
その顔を、初めてみたティアナのその笑顔に、ヴァルトは一瞬の間、完全に心を奪われてしまい思考が一瞬停止しかけてしまう。
そして少し遅れて、立ち上がったティアナが右手を差し出してきているのに気がつくと、慌てて地震も右手を差し出し、彼女と握手を交わしてみせた。
その瞬間、周囲でそんな様子を目にしていた騎士たちがドッと沸き立ち、万雷の拍手をする者、ヒューヒューと囃し立てて来る者、ニヤニヤとした様子で微笑ましそうに見て来る者など様々な反応が二人に向けて一斉に投げかけられた。そして、それまで静かだった食堂が一気に騒がしくなり、ヴァルトとティアナ両名の顔を恥ずかしさで真っ赤にさせるのであった。
そしてそのまま、その喧噪はあまりの騒ぎに騎士団長であるアーノルドが「何事だ!」と怒鳴り込んでくるまで続けられることになるのであった。
――なお、その囃し立てた食堂の騎士たちのうち、ヴァルトに向かって
「よっ、坊は口説き上手っすねぇ」
と言い放った騎士については、ヴァルトが思わず殴り倒してしまったが、これはご愛敬というものであろう。
次話からはしばらく、ヴァルトとティアナの日常生活の話に混ぜて舞台説明や設定等の説明を行う回が続きます。なお、一応、あと半月くらいは毎日更新できる……つもりです。
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