(9) 報告
「よく来た、ヴァルト。
報告では聞いてはいたが、おまえの無事をこうして目で見て確認することができて良かったよ」
ヴァルトが父の執務室に行くと、父親以外にもヴァルトの兄であるグレウスとアイギス、ほかにミルカと子爵領の騎士団長であるアーノルドなどがすでに勢ぞろいしていた。
ミルカはどうやら髪を洗った上で着替えてきたらしく、いまは騎士鎧を一切身に着けてはおらず、飾り気の少ないワンピース姿である。
逆に騎士団長のアーノルドは現場に行って戻ってきたところらしく、脛当てのあたりに少々飛びついた泥がついているのが見えた。
そんな大人たちばかりの場所にやってきたヴァルトに対し、ミルカ以外の全員が安心させるかのように微笑んでいた。
「ミルカのおかげです。彼女が僕と子どもたちを護ってくれましたから」
ヴァルトがそう言いながらミルカに視線を向けると、彼女は若干困ったようなあきらめたような顔をするのが一瞬だけ見えた。
そして、そんなミルカに、ヴァルトの父ではなくその横に立っているグレウスからねぎらいの言葉が投げかけられる。
「そうか……騎士ミルカ、護衛の任、見事である。……ヴァルトの兄としても感謝するよ、ありがとう、ミルカ」
「はっ! 身の程にあまるお言葉、感激であります!!」
一方、この子爵領の後継者であり、年齢も近く理性的であるため、若い女性の間で人気の高いグレウスから直接声をかけられたミルカは、頬を真っ赤に染めながら軽く頭をさげてその言葉に応じた。
ちなみにヴァルトの父親の名前はエイオスといい、今年で44歳である。口元に蓄えた髭をチャームポイントとしている、息子から見てもナイスミドルな人物であり、グレウスもまたそんな父親の血が濃いのか、19歳にしては若干渋みのある漢らしい顔つきをしているうえに、鍛えられ無駄な肉付きを落とした身体つきの美青年であった。
なお、その弟たちであるアイギスとヴァルトの方は、父親よりも母親であるアイナの血が強く出たのか、どちらかといえば中性的、むしろ女の子に間違えられやすいタイプの顔立ちと、細身と言っていいくらいの華奢な身体つきだったりする。
加えていうと、騎士団長であるアーノルドについては、完全に筋肉質な体形であった。
「それで、アーノルド。現場の方はどうだったかね?」
ヴァルトの父であるエイオスがそう尋ねると、騎士団長アーノルドが姿勢を正して報告し始めた。
「はっ、手が空いている者たちを総動員して現場に急行し、その場を改めました。たしかに報告にあった4名の賊の死骸を発見したため、周辺を探索したところ襲撃された場所から北に移動したところに、見慣れない馬車が停まっており……」
アーノルドの報告によると、その馬車を騎士たちで包囲した後に一斉に取り囲んで詰問したところ、当初は言い逃れしようとしていた馬車の御者と護衛達ではあったが、騎士の一人が幌をかけられた荷台の中を調べようとしたところで暴れて逃走しようとしだしたのだという。そのため、馬車の護衛の一人をその場で斬り捨て、残りの男たちは捕らえることにしたとのことであった。
「そうして制圧したところで、再度馬車の荷を検めようとしたところ、どうやら賊どもはこの地に来る前にも他の地で罪を重ねていたらしく……」
馬車の荷を調べようとして騎士の一人が荷台に乗り込んでみたところ、5人の子どもたちが首輪や足枷をつけられ、檻の中に監禁されていたのだという。
「現在、その子どもたちに関しては詰所のほうで暖かな食事と着替えを与え、保護しております。
内3人については生まれ故郷について聞き出すことができており、この後それぞれの地へ早馬を出し、可能であれば親元へと送り届けようと思っておりますが、それでよろしいでしょうか?」
アーノルドの今後についての方針の説明に、エイオスが頷いて了承の意を示す。
「そうか、ではその3名についてはその方針で対処を進めてほしい。
それで、ほかの2名の方は?」
「うち1名は行商の子で親と行商で町から町へと移動しているところを襲われたらしく、親は殺され、身寄りも知らないとのことでした。そして、もう一人の方なのですが……」
そこでアーノルドは、竹を割ったように常に真っ直ぐな彼にしては珍しいことに、少しばかり言い澱んでから、その場にいた全員の頭を抱えさせる報告を口にした。
「……残りの1名なのですが、どこから攫ってきたのかがわかりませんが、銀狼系の獣人種である少女でした」