小説家になろうの現状の考察と今後の展開について
(1) かつてインターネットがない時代には、趣味で書かれた小説は公開場所が限定されており、文芸サークルのように狭い範囲でしか読者がいなかった。
このような状況では、作者が多数の読者を募るためには、出版社を媒介にしなければならなかった。
それが、インターネットの普及により、各個人は自らのHPで全世界に対して小説を公開することが可能となり、作者の不便は解消された。特にインターネットの匿名性により、小説の執筆が趣味だが、身近な知人に読まれるのは恥ずかしい、といった層も気軽に公開出来るようになった。
しかし、インターネット上に無数にある各個人のHPの中から面白い小説を探すことは読者にとって大変な労力を要求するため、結果としてはそれまでと同じように、一部の範囲でしか読者を確保できなかった。
そうした公開場所の不便、読者獲得の困難を容易にしたのが「小説家になろう」(以下「なろう」と表記)のような大規模な小説公開サイトの登場である。
こうした公開サイトは、大規模な文芸サークルのような役割を果たした。
作者は大勢の読者に対して小説を公開することが可能となり、読者は面白いと話題になっている小説をランキング等の機能によって容易に発見可能となった。
出版社を媒介としなくても、作者と読者のマッチングが可能となったのである。
(2) こうした背景から、「なろう」は発展を積み重ね、その利用者を増加させて活動を活発化させていったが、ここで1つの転換期を迎える。
「書籍化」の登場だ。
それまで、自分の小説を「書籍」にすることは容易ではなかった。
自費出版は当然費用が過大でリスクが高かったし、出版社への持ち込み、投稿も厳しい審査にさらされた。
こうしたハードルの高さから、小説の執筆は好きだが、あくまで趣味と割り切る作者も多かった。
しかし、「なろう」の発展はそのハードルの高さを解消した。
既に多数の読者を獲得し、人気を得ている小説ならば、厳しい審査は必要ない。
既に人気を博しているのだから、書籍にしても失敗する可能性は低い。
こうした背景から、「なろう」のランキング上位の作品には、次々と「書籍化」の誘いが現れるようになった。
「書籍化」とする小説の中には「なろう」から完全撤廃したりダイジェスト化したりする小説も多い
また、「なろう」での公開を続ける場合も、書籍化作業に労力をとられ、更新の速度が遅くなるケースも多い。
もちろん、無料サイトなのだから、自分が公開した小説をどうしようが、作者の自由であるが、こうした現状に不満を感じる読者も少なくない。
「書籍化」により、「なろう」はそれまでの「作者と読者のマッチング」という役割から少し外れ、「作者が商業作家になるためのステップ」としての役割も果たすようになっていったのである。
(3) さて、ここで少し話を転換し、読者側の変化について考える。
(1)で述べたように、「なろう」の役割は、作者と読者のマッチングにあった。
作者はより多くの読者に小説を読んで欲しい。読者はより面白い小説を楽に(安価に)読みたい。
この二つのニーズを満たすことが「なろう」の最大の機能だったのである。
しかし、「なろう」の発展や「書籍化」の浸透は、もう1つ大きな機能を生んだ。
それは読者の作者への転換、言い換えれば「新規の執筆者の増加」である。
出版社を介在しない作者と読者の交流は、この二者の距離を縮めた。
それにより、「小説の執筆」という趣味の知的で高尚というイメージは、より気楽で手軽なイメージへと変化していった。
また、そうした身近な作者が「書籍化」していく様は、読者にとって憧れの対象となった。
こうして、「なろう」はいわゆる読み専(小説家になろうで執筆を全くしない読者)と呼ばれる人々が書き手になるきっかけのとしての役割を果たすようにもなっていった。
これが「新規の執筆者の増加」という機能である。
(4) ここで、少し今までの話をまとめてみよう。
「なろう」の登場は、それまで趣味として小説を執筆していた者に、広範な公開場所を提供し、面白い小説を求める読者とマッチングさせた。
また、「なろう」で人気の小説の作家には「書籍化」の誘いがかかるようになり、結果として「なろう」から距離を置く実力のある作者が増加した。
さらに、「なろう」内における読み専のうちから書き手となる者が増え、「新規の執筆者の増加」という機能も果たすようになった。
結果として、今の「なろう」の現状はどうなったか。
作者ピラミッドの上部の実力溢れる作者はなろうから離れていき、ピラミッド下部の未熟な執筆者初心者が増加した。
そしてその現状を受け入れられない読者の不満が爆発し、「最近のなろう小説は~~」と語るエッセイがちらほらランキングに載るようになった。
つまり、なろうは衰退したのだ。
(5) 現状認識を終えたところで、「なろう」のこれからの展望を語ろう。
そもそも、これまでの「なろう」の盛況ぶりは、むしろ異常であったように思う。
「なろう」の盛況の背景には、在野の実力溢れる作者の存在があった。そうした作者が、小説の公開の場所を求め、「なろう」に集った。
その中には本当に魅力的な小説を書く作者も多く、そんな小説を求めて読者の数も増えていき、「なろう」の利用者は増大していった。
一種の爆発といっても過言ではない。公開場所を求める作者と面白い小説を求める読者のエネルギーが、「なろう」という一点に集中した結果、巨大な爆発が起こったのだ。
しかし、そうした「なろう」の発展を牽引した実力溢れる作者の多くは、「書籍化」等を理由に「なろう」から離れていってしまった。
もちろん、「書籍化」した作者の中でも、それまでと変わらず「なろう」での活動を続ける作者もいるが、それは本当に一握りだ。
また、「なろう」の利用者の増加は、それまで在野にいた実力溢れる作者のほとんどを掘り尽くしてしまった。
これから先、「なろう」の人気を牽引してくれるような偉大な作者が登場する可能性は低い。
新規の執筆者の中から才能溢れる作者が登場することもあるかもしれないが、いずれにせよ、「なろう」の最盛期は既に終わったことは確かで、これからは衰退期に入っていく(というか既に入っている)ことだろう
(6) では、もはや「なろう」はいわゆる「オワコン」なのだろうか?
その問いに対して、私ははっきりと「否」と答えたい。
確かに「なろう」はこれから衰退していくだろう。
しかし、(5)で述べたように、そもそも「なろう」の盛況自体が、公開の場所を求めていた在野の作者達が急激に「なろう」に集ったことによる異常現象である。
これから先、「なろう」はその本来の形を取り戻していくだろう。本来の「なろう」とは、(1)で述べた、初期の頃の「なろう」であると思う。つまり、作者と読者のマッチングを目的とした、「文芸サークル」の延長線上にあるモノだ。
小説を好きな人が集まって、自筆の小説を書いたり見せたり、意見を交わしあったりして楽しみ、より面白い小説を書く原動力となる場所という純粋な役割に「なろう」は回帰していくだろう。
特に、新規執筆者の増加に着目すると、これまでの「執筆者に公開の場を与える」ことよりも、これからは「執筆者に成長の場を与える」ことのほうが、「なろう」の中心的な役割になるとだろう。
「なろう」をきっかけに執筆を始めた作者が、読者との交流を通じて、より面白い小説を書くことができるように成長していく。
そうした成長の舞台として、「なろう」は活躍するはずだ。
言って見れば、これまでの「なろう」はスカウトマンであり、在野の実力者に活躍の機会を与えた。これに対し、これからの「なろう」は、新規の実力者を育成するための養成所としての機能を果たすことだろう。
(7) しかし、一部の読者は未だに黄金期の「なろう」を引きずっているかのように感じる。
今のランキング上位の小説と黄金期のランキング上位の小説を比較して「最近のなろう小説は~~」と偉そうに上から目線で語る読者が後を絶たない。
その行為は、経験ある実力者を規準に初心者に接する行為だという自覚はあるのだろうか?
このエッセイの読んでいる方で、もし自覚がある方がいたならば、気付いてほしい。
そもそも、無料で誰でも完成度が高くて面白い小説を読むことが出来るという全盛期の「なろう」こそが異常だったのであり、もはや、そんな夢のようなサイトは存在しないということに。
最近のなろう小説のレベルが下がったのではなく、過去のなろう小説のレベルが異常に高かったのだということに。
こんなことを言うと身も蓋もないが、無料のモノは、それ相応の品質であるのが常識だということに。
某小説がアニメ化までされているのにも関わらず、未だに無料公開されていることは、作者様並びに出版社様の異常な懐の広さによる奇跡としか言い様がないということに。
完成度の高くて面白い小説を読みたいのなら、本屋に行くべきである。
これからの「なろう」の楽しみ方は、文芸サークルと変わらない。
まだ未熟な小説を未熟であることを前提として楽しみ、感想を交わし、時にはどうすればもっと面白い小説になるか話し合ったりすることで喜びを得る。
自分好みの小説を見つけたら、お気に入り登録したり、コメントしたりして、作者のやる気を引き出し、もっと面白い小説を書いてくれるように仕向ける。
そうして仲の良くなった作者の小説が人気になって書籍化なんてしたら、自分のことのように喜ぶ。
そうした、作者と読者の交流こそが「なろう」の本質であり、「無料で面白い小説を読むことが出来る」と言うのは、単なる副次効果に過ぎず、そのことに固執する読者ははっきりいって有害だ。
どうか、読者の皆様には、自分が文芸サークルの一員であると仮定して、その言動がマナーに反しないか考えてほしい。
皆アマチュア作者なのだから、未熟で当然。そんな作者の成長を楽しむのが、文芸サークルの読み専の通な楽しみ方だと私は主張したい。
無名の頃から応援していた作者が、今やランキング上位の常連に!
そういったことに喜びを見いだす読者が、いちばん「なろう」に合っている。私はそんな風に感じる。
(8) 最後にここまで読んで下さった読者の皆様に感謝を。
本当に長々とお付き合いくださってありがとうございます。
何か感想等ありましたら、気軽にコメントしていただけると幸いです。「それは違くね?」という批判なども大募集しています。
「なろう」とその利用者のこれからに幸あれ!
5月28日 作者名:ヤドカリ