婚礼衣装がもたらすもの
とりあえず、私の服から着られるものを探しましょう、とエレインさんに連れてこられたのは、屋敷の中でも特に日あたりがよさそうな部屋だった。
とりわけ大きなベットのある部屋に、ここが夫婦のものと知れて、妙に気恥ずかしい私を他所に、エレインさんは真剣に自分の箪笥を物色している。
「うーん、いつも作業用ばっかりだから…あんまり綺麗な恰好がないのよね、参ったわ…」
作業用?と首をかしげる私に気づいたように、エレインさんが笑って説明してくれる。
「こーんな田舎の領地だとね、領主といえども働かないわけにいかなくてね。そうすると汚れても大丈夫な頑丈なのしか作らないから」
「え?!エレインさんがご領主さま…なんですね?」
服装といい、景色といい、中世ヨーロッパに近い世界だと思っていただけに、それは私を驚かせた。
案外、封建的な社会ではないということなのかな?
それなら、私が働くのも大丈夫かしら??
しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「そうなの。まあ、私は変わり者だから」
やっぱりかー。
やっぱりっていうのは失礼だけど…
でも、それならジークさんは何を?という私の疑問を察したのか、なぜか照れながらエレインさんが教えてくれる。
北欧系イケメン、ジークさんは金細工師らしい。
そういわれて手元を見れば、エレインさんは複雑な意匠の指輪をしていた。
きっとお手製なんだろう。
うーん…ラブラブ過ぎて、いたたまれないデス。
「うーん…布ならたくさんあるんだけど」
そういって、エレインさんが出してきた色とりどりの布に、私は思わず目を輝かせた。
特に鮮やかな赤に染め上げられたそれには、見覚えのある花の柄が入っていて、思わず手に取ってしまう。
「これ、椿の花…ですか?」
私のつぶやきに、エレインさんが首をかしげる。
「ツバキ…?私たちはカメリアの花と呼んでいるのだけど…あなたの国では、違う名前で呼ぶのね」
その何気ない言葉に、なんだかわからない衝動がこみ上げて、私はぐっと力を込めた。
そうだ。ここは異世界だ。
私の世界とは違う場所。
「あ、ちょっと待ってね、もしかしたら紅華がまだこのあたりにいるかも」
エボニーなら追いつくかもしれないから、ジークと相談してくるわね、と言い残してエレインさんが去っていく。
私はその背中を見送って、大きくため息をついた。
せめてもの手伝いに、ベットに所狭しと広げられたドレスをたたんでいく。
申し訳程度にレースやフリルが付いたそれらは、かつて私が手にしていたどのドレスよりも地味だったが、その感触が私にあの場所を思わせた。
どうやって帰ったらいいのか、見当さえつかない場所。
もしかしたら…帰れないかもしれない場所。
ダメだ、いけない。
このまま、暗い気持ちになったところで何も解決しない。
泣く暇があるなら、考えなくてはいけない。
気持ちを切り替えるべく、頬をはたいて私はドレスたちを箪笥に戻すべく立ち上がった。
そしてそこで、それを見つけてしまったのだ。
箪笥の暗い空間にあっても、輝くように美しい純白のドレス。
それは世界はちがっても、婚礼衣装だとハッキリと分かる代物で。
おめでとうございます、どうか末永くお幸せに。
そう願って送り出してきた、数々の花嫁を思い出させた。
蘇るその記憶は鮮明で。
まだ、その言葉をかけられていない、あのお葬式カップルの仏頂面すらも浮かんできて。
これまで堪えてきたものが、暴れだしそうになる。
そんなことをしても、何の意味もないのに。
ぐっと喉がなった瞬間。
私は誰かに抱きしめられていた。
ふわふわと首筋を擽る栗色の髪の毛で、それが部屋に戻ってきたエレインさんだと気づく。
驚いて見つめる私に。
エレインさんは、ふっとその紫の瞳を和らげると、より一層強く抱きしめてくれた。
優しい声で、囁きながら。
「あなたは、泣き方をしらない人ね」
暖かい腕は、力強くて。
力強いのに、とても優しくて温かい。
「ここは田舎だから、大声で泣いても大丈夫よ。誰も聞いたりしないわ。私以外は」
頑張ったね、というように優しく頭をなでる手を感じたらもう、あとは涙腺が決壊したように泣くしかなかった。
ずっとずっと怖かった。
この全てが夢ならよかったのにと、何度も思った。
どうしてか突然、放りだされてしまったこの世界で、どうしたらいいのかわからなくて。
最初のうちは良かった。
慣れることに一生懸命で、余計なことなんて考えられなかったから。
でも一日、一日と過ごすうち。
ここが異世界なんだと思いださせられる度に。
帰りたい。
その思いが、私の中で暴れまわって叫びだしたくなった。
つらいことだって、哀しいことだっていっぱいの世界だ。
戻った私を待っているのは、ずっと思ってきた片思いの相手の結婚式だ。
あのお葬式カップルを無事挙式にこぎつけるのだって、並大抵の努力ではかなわないだろう。
それ以外のカップルだって、ひとつとして問題の起こらない結婚式はあり得ない。
また、朝から晩まで走り回る日が始まるだろう。
それでも、私のいる世界はあそこなのだ。
何故来てしまったのか分からないこの異世界で、私は。
私はどうしたら、あの私の世界を取り戻せるんだろう。
泣いて泣いて、散々泣いて。
子供のようになんでなんだ、どうしてなんだ、と叫び疲れて。
いつの間にか眠っていた。
夢うつつに、頭をふわふわとなでる手を感じて。
私は思わず、その手を掴んでいた。
いかないで、とすがるように。
一人になるのが怖かった。
夢から覚めた時、自分がどちらの世界にいるのか。
もし、覚めてもこの異世界にいるというのならせめて、誰かにいてほしかった。
花の名前さえ違う、この世界で。
誰か一人くらいには、落とし物である私を。
この世界にいてもいいのだと言ってほしかった。
手の持ち主は一旦戸惑ったように動きを止めて、ゆっくりと私の手を握り返してくれた。
安心させるように優しく、指の腹を撫でられる。
「大丈夫。ここにいるよ」
優しく頭を撫でるようなその声と、指を撫でるゆったりしたリズムに誘われるように、いつしか私は本物の眠りに落ちていた。