落し物は占い師と出会う
ご愛読ありがとうございます。
じりじりとですが旅は進んでおります…うん、多分…(汗)
迷子になって、初めて気が付いた。
私はこの世界に来て、本当の意味で一人ぼっちになったことはなかった。
最初の最初から、私の傍にはユージィーンがいて。
旅に出てからだって、私の傍にはたくさんの人がいてくれた。
だからこんな風に、360度見渡しても、周りが見知った顔がいないってことなんかなかったから。
そう、気づいたときから私は、プチパニックに襲われていたんだと思う。
居場所を知らせる便利グッズも、すぐに連絡できるスマホも持ってない私がまず、絶対にしてはいけないことはその場を離れてしまう事だったのに。
私は、ただ闇雲にリヒトの銀色を探して歩き続けてしまった。
今までの場所とは全く違う、同じ目の色、同じ髪の色だからこそ。
この人たちには馴染むことができない、異物でしかない自分を強く意識させる此処から、離れてしまいたい一心で。
「…そりゃあ、こうなるよね…」
そんな風に闇雲に歩き回った結果、既に戻るべき道すらも見いだせなくなったのは、本当に自業自得って奴で、さらに言えばもう一歩だって踏み出したくない位に疲れ切ってるのも、また当たり前のことだけど、だからと言って、救いになるわけでは勿論ない。
最初にいた橋ではないことしかわからない、もはや何色かも判然としない欄干にもたれて、私はしばしぼけっと沈みゆく夕日を見上げていた。
どこの街でも治安がぐっと悪くなるのは夜だと相場は決まってる。
たしかに盗られるものは全くないと言い切れる一文無しの私だけど、それでも人買いという存在がこの世界に存在していることを知ってしまった今となっては、なんの安心材料にもならない。
使用人として使うなら、この世界では超がつくらしい働き者の私は案外お買い得だしね…って、積極的にアピールしてどうする?!
だって、いざとなったら換金しなさいと言われたジークさんのペンダントがあるにはあるけど、いろんな人の心づくしのこれを手放すくらいなら、身を粉にしても働く方がマシなんだもん…!
煌々と明るい街灯の無いこの世界では、夜が来るのはずっと早い。
そんなくだらない物思いにふけってるうちに、いつの間にか自分の指先さえも見えない暗闇が忍び寄ってきて、すべてを覆い隠してしまう。
だから、こんなに気持ちまで暗く染まってしまうに違いない。
頭の片隅では、リヒトが、いや多分、リヒト以外の人たちも、今頃必死で私を探してくれているだろうと思えるのに、心の中には「違う」と叫ぶ何かがいる。
リヒトも、カイルさんも、そしてユージィーンも。
いまの迷子の私を探して、見つけ出してくれることは出来ても。
本当の意味で、この世界に一人ぼっちの私の孤独を、誰も理解することはできないって知っている。
だって、どんなにここが彼らにとって見たことのなかった遠い異国の地でも。
きちんと彼らには「帰るところ」があるって知ってるから。
皆の中で、ただ一人。
それが苦して、寂して、つらくて…何よりも、こんなことを思う自分が嫌だ。
迷子になって心細くて、早く助けに来てほしいと願うことしかしない癖に、自分から彼らを突き放すようなことばかり考えてしまう、そんな自分が嫌いだ。
それでも、その思いは消えない。
その寂しさが、空しさが、自分の心の奥底にある、真実だから。
夕日の最後のきらめきを宿す、川の水に吸い込まれるように思う。
あそこに飛び込んだら、全部が終わるんだろうかって。
最初の最初は、養命酒を飲んでいる時に神様にぶん投げられて始まった。
それなら、試してみたらいいんじゃないかって。
おんなじくらいの浮遊感、それがあったらもしかしたら飛べるのかもしれないって。
さっきの猪牙が通るのに苦労したような、そんな低さの橋じゃない。
下に映る自分の影すらも判然としない位の、高い橋。
その上、旅装のマントに、厚手の服に、これでもかって位の着込み具合で、こんなところに飛び込むのが狂気の沙汰でなくて、なんていうのかなんて知ってる。
全部終わりにしたいっていう逃げを、どうにか言いつくろっただけの穴だらけの理論だって、わかっていても。
それでも私は、肌身離さず持ってたそれを、久しぶりに口に含んだ。
慣れ親しんだ、薬臭い甘い味に思わず、口元が綻んでしまう。
忘れてたけど、この養命酒だけは私と一緒の境遇だった。
私がたった一つだけ、元の世界から連れてくることができたもの。
いや、おまけとして私をここに連れてきた…そんなたった一つの異界の落とし物仲間を握りしめて。
まさに欄干を乗り越えようとした瞬間に、私はぐいっと後ろに引き寄せられて。
「…水浴びするには、ちょっとまだ寒いと思うよ」
そんな風に穏やかに微笑む、黒い長い髪の男の人の腕に、私は抱き留められていた。
よりにもよって、お姫様抱っこ。
その上、見知らぬ青年にというさらなる辱めに固まった私を、その人は足を怪我した小鳥でもこうはいかないって位に、丁重に、柔らかく地面に下ろしてくれた。
「…あ、ありがとう…ございます…」
まさか誰かに見とがめられて、ストップがかかるとは思ってなかったけれど、こうして冷静になるとものすごく恥ずかしいことをしてしまった気がする。
ちょっと迷子になったくらいで気が弱って、衝動的に自殺未遂とか…ユージィーン辺りには一生知られたくないレベルの弱みになりそうな予感がする…!
「…そんなに俺と離れたのがショックだったの?」とかあのチェシャ猫の顔で言われたら、またうっかり黄金の右ストレートが出てしまいそうで恐ろしい。
「どういたしまして?って返すのが正しいのかな。本気だったなら、こっちがゴメンナサイっていうところだと思うんだけどね」
そんな風にさらっと言って笑うお兄さんは…なんていうか、ふんわりあったかくて柔らかい、陽だまりの猫みたいな人だった。
「たまたま、目についちゃったからね」
そう言って、私の自殺未遂を止めてくれた人は偶然にも、あの組み紐の落とし主だった。
紫陽と名乗った彼は、戻ってきた組み紐で、手慣れた仕草で髪を首の後ろでくくりながら、ちょっと苦笑しながらこう話してくれた。
「ユキが拾ってくれて助かったよ。髪の毛をまとめるものがないと鬱陶しくて困るんだ」
「?それなら、髪の毛切っちゃえばいいんじゃないですか?」
「ん―…僕もそうしたいんだけど…周りが煩いんだよね、色々と。それに出かけてるときにモノを失くすとこっぴどく怒られるもんだから」
そんな風に芝居がかった仕草で嘆かれると、笑わずにはいられなくて、その瞬間を狙ったみたいに口の中に何かをぽこんと投げ入れられた。
「ふひゃっ…なに?!」
驚いた私の変な叫びにか、顔にかわからないけれど、くすくすと笑って紫陽が「花飴だよ」と教えてくれて、掌に乗ったそれを見せてくれた。
親指の先程の大きさで、牡丹のような花をかたどったそれは、日本で食べる黒飴の味に似ていて、胸がじんとあつくなるのを感じた。
そんな私に気づいているのか、いないのか。
紫陽はふわりと微笑みながら、言葉を足していく。
「僕にとっては故郷の味を思い出す品物でね。なんだか見かけるとつい買ってしまうんだ」
故郷を懐かしい、という気持ちが、もう戻れないかもしれないってそんな恐れで拍車がかかるなんて、そんな寂しいことを実感する日が来るなんて思わなかったけど。
「…お腹がすくから、変なことを考えちゃうんだよ。人間、満ち足りていたらろくでもないことなんて、するきにならないんだから」
占い師だからなんだろうか。
紫陽の言葉は不思議な温かみに満ちている気がして、耳に心地よかった。
だから、何だと思う。
「…僕でよければ、話を聞こうか?」
花飴の甘さと、その優しい眼差しと、声に。
私は止められなくなった涙をボロボロ零しながら、頷いてしまっていた。
といっても話したのは、私が異世界人ということではなくて、今現在絶賛迷子の身の上ってことだけ。
それでも、紫陽は手の中にあるツヤツヤと綺麗な黒い石やら、緑の石やら、うすいピンクの石やらをじゃらじゃらと動かしながら、親身に聞いてくれたわけだけど。
「…良い大人なのに迷子になったら、たしかに発作的に身投げしたくなるかもしれないなぁ」
そんな風に納得して頷いてくれたのは良いけど…いいけど…なんか地味にグサグサ刺さるんですけど…!!
「ああ、そんなにむくれないでよ。僕が占ってあげるから大丈夫」
これでも評判の腕前だから、と薄い胸を張る紫陽が、その三日月型だった目を戻して、石を地面に放り投げる。
カラフルなだけじゃなくて、この石たちはそれぞれに強い「気」を持つ一種のパワーストーン的な奴で、放り投げた石がつくった形や、ぶつかったり飛んで行った石を見て、吉兆や失せモノを探す占い方法らしいけど…だ、大丈夫なのコレ??
なんていうか、うさんくさ…いや、適当すぎるように見えるけど、こっちのほうでは比較的メジャーな占い方法なんだって。
まあ、今の私の状況では縋れるものには全部縋っとくしかない訳で、それなら石の言うとおりに進んでいって皆が見つかるんだったら幸運くらいに思ってたんだけど。
「…見えた」
じっくりといろんな角度から散らばった石を吟味していた紫陽がそう呟いて、石を指さしながら。
「君のお仲間は、この道の先、曲がり角を右に折れて、その先を左にいったところにある翡翠亭にいるよ。それ以外の人間は散らばっているけど、一人はそこに常駐してるみたいだから、そこに行けばとりあえず合流できると思うな」
い、石は何でも知っている…ってこと?!
予想もしなかった詳細な情報に目を白黒させる私に、紫陽は猫のような切れ長の黒い目を悪戯っぽく細めると。
「…そうだよ、石は何でも知っている。…なんでも、ね」
隠し事のその先までも見通されているような、そんな目に金縛りにあったように身をすくめた私に、遠慮なく吹き出して。
「冗談だよ。依頼主が望まないことまで、石は占ったりしないから」
紫陽は私に散らばっていた石の中で、ひときわ珍しい色をしていた紫色に金色の筋のある石を差し出した。
「…君にあげる。身に着けると幸運になる石だから、困ったことがあったら使うと良い」
「え?」
いや、コレ占いに必要な奴じゃないのかな?!
それにそこそこ持ち重りのする石なんで、肌身離さずとかちょっと大変…なんだけども?!
それともこれもアレかな?!
いざとなったら身代わりに売りなさいっていう、エレインさん方式採用可能なんでしょうか?!
そんな私の手に無理やり、石を押し付けた紫陽がじゃあね、というように手を振った。
「大丈夫、君はすぐに仲間を見つけるよ…本当の、仲間を」
占い師らしい、そんな意味ありげな台詞を最後に紫陽は踵を返して、黒髪の人の群れに溶け込んでいってしまったのだった。