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落し物は特訓の成果を発揮する

ご愛読ありがとうございます。

久し振りの話がこんな感じで申し訳ないです(汗


ようやく東国上陸、しかしこんな感じでドタバタ旅は続きます…。

生理的に嫌いだ、というよりも怖い。

とにかく反射神経的におびえてしまう、そのことが一番気に入らないのだと思う。

その細すぎてどこを向いているのかわからない狐目がこちらに向けられると、それだけで緊張してしまう。

ただ単に、目の前にいるものを無感情に映しているだけなのだとしても。

それを威圧感と言い換えるには、この男を「格上」と認めたくない私の、子供じみた自負心のせいだとわかっているけれど。


そんな風に固まる私の前に立ち止まった狐目の男…私にとっては今は伯父という続柄の男、劉焔リュウエンが私にかけたのは。


「…ずいぶんと、みすぼらしくなったな」


傲岸にして尊大な姿にふさわしい、冷たい声と、一瞥だった。

あまりの言葉に一瞬、脳が何を言われたのか認識できずから回る。

まさか、私を、この私を捕まえて、みすぼらしいだなんて、そんな評価をする男がいるとは思えなくて。

茉莉にとってこの美貌は、武器だ。

商売において、見た目は重要な要素の一つで、それは商品のみならず売り手にも言えることで。

だからこそ、相手の皇太子という身分には釣り合わない格の服だったとしても、化粧をしていない素顔のままだとしても、すくなくとも見苦しくない程度には、磨いているはずだったのに。

それをバッサリと切り捨てられて、茉莉は思わず唇を釣り上げた。

腐っても海賊の娘、その矜持はいまでも茉莉の根にある。

だから、内心の気後れを気合で押し殺して。


「…義父はともかく皇太子様までこちらにお越しとは、存じ上げませんでしたので…」


あからさまに他人行儀に振舞う茉莉の姿に、劉焔が不機嫌そうに続ける。


「いったところで、その態度が変わったとは思えないがな」

「すくなくとも、表向きはなんとかしましてよ?」


化粧の一つくらいはしただろうとツンと顎を上げる尊大な美女に、劉焔の手は思いのほか素早く動いた。

口紅を差してない茉莉の唇を、その指がさらりとかすめたことに、茉莉は驚いて声を失くした。


「…化粧をしてないのは本当か」


人間は振り切れると行動の全てが止まる様になっているらしい。

そのまま固まってしまった茉莉に、劉焔はその薄い唇をわずかに弧にゆがめた。


「…お前は見ただけではわからんな」


そして、茉莉の後ろで亀甲縛りのまま床に転がっている男に、一瞥を投げかけた。


「その男を船に引き入れるというなら、化粧の一つでもしてるかと思ったが」


色仕掛けでもするつもりだったんだろうと、あてこすられたように思って、茉莉が眉をしかめた瞬間、再び動いた劉焔の手が喉元に触れた。

ぴりっと痛んだように感じたのは、そこがほんの少し傷つけられていただけなのに。


「…あまり、アレを心配させるな」


そんな風にほんの少しだけ、いつもは冷淡な瞳に優しさがともる気がするのが、嫌なのだ。

その親愛の情は多分、今も心配そうにはらはらとこっちをうかがっている彼の大事な弟、劉翔に贈られていると思うのに。


「…言われずとも、二度も同じ失敗はいたしません」


固くこぶしを握りしめて、唇をかみしめる茉莉に。


「…当たり前だ。こんなことは二度とさせるか」


その目を細めて、腕に手をかけた竜焔にグイッと引き寄せられて、茉莉は小さく悲鳴を上げた。




夜目にも美しく、金糸、銀糸をふんだんに使って、皇族にしか許されない竜の文様が描かれた東国らしい襟の高い服に負けない位に、人目を引く風貌をしている狐目の男に、立っているだけで仄かに漂う色香のようなものを感じるあだっぽい美女を引き寄せている姿は、一枚の絵のように完成されたもので、そんなふうに見た目だけなら、凄くお似合いの二人だというのに。

そんな心の声を我慢しきれず、ユージィーンはその二人を見つめて、今にも足踏みしそうなほどに焦れている、熊のような大男に話しかける。


「…とりあえず、確認したいんだけどさ…」

「…皆まで言ってくれるな…!」


声にまで滲みだす疲労に怯んで、先を続けるか迷うより先に、武力の劉翔とまで讃えられる、勇猛果敢な将軍はその武功が嘘のように、弱り切った声音で愚痴りだした。


「…信じがたいことだが、アレが兄者の精一杯なのだ…!」

「…へー…東の方って変わってんだね」


手持ち無沙汰に、ついさっきまで即席の武器にしていた花巻、もとはふわふわのパンのような生地なのだが、時間がたつとビスケット位の固さになるのでちょうどいいらしい…でお手玉を始めながら、リヒトが呆れた顔で呟けば、将軍の眉間がぐぐっと盛り上がって、より凶悪な顔に変貌する。


「あれは兄者だけだ…!俺は妻にはあんな扱いをしたことは天に誓ってない!」


ひそかにこの熊にも嫁がいたことにびっくりしたことをひた隠して、ユージィーンは船上で緊迫した空気を作り出している二人を見やる。

目の前のこの熊のような将軍も含めて、かつて友に仇なした間柄でもある人間に抱く感情ではないと思うが、今の感情を言葉にしたら「可哀想な奴」としか表現できない。

それこそ周囲には声を大にして「ただ一人の愛する者」だと宣言できるというのに、当の本人を前にしては皮肉しか出てこないというのは、言いたくはないが前世でよっぽど女に恨まれるような何かがあったんだろうかと勘ぐってしまうレベルで酷いと思う。


せめて、言葉に出来ない分態度に出てるなら救いようもあるのだが、それすらもないとは…天邪鬼を通り越して、本当に好きなのか疑うレベルでそっけないにも程がある。

出会った頃のレインとジークだってもうちょっとマシだった気がする、と思うユージィーンの前を、何かすさまじい勢いのモノが突っ切る。


「…あ、やべ…」


そして、それが何か、いや何者なのかに気づいたときには。


「ちぇすとぉぉぉ!!」


怒れる酔っ払い、ユキの飛び蹴りが東の帝国の次期皇帝かもしれない男に繰り出されていたのだった。









家族が迎えに来ました、っていう、普通に考えたら喜ばしいはずの報告を。


「…つきましては、このままユキ様には船を乗り換えていただきまして、一刻も早く帝のもとに…」

「ま…茉莉さん…大丈夫ですか?」


思わず、そう聞かずにはいられない位に昨日とは打って変わった死んだ魚の目をした美女は、その言葉にふっと疲れた微笑みを浮かべて、首を振った。


「ええ。勿論ですわ。今更、心の底から嫌いな男と首都まで一緒に旅をするなんて、今すぐ舌をかみちぎりたいほど嫌ですと素直な所感を述べたところでどうなるモノでもないですし、忍耐ということを知らない程、子供でもありませんので」


…うん。それは多分…大丈夫じゃないよね?!

っていうか、自害するほど嫌な男とか…どんだけ確執が深いのか正直、理由すら聞けない程に引いちゃうんですけど…!!




目が覚めたら、甲板に縛り上げられた大人がごろごろ転がっていて、尚且つデカすぎて視界に収まりきらない熊のような男と、底意地の悪い狐のような男がいました、っていう説明は正しいけれど、充分ではないと思う。

でも、私もそこまでしかわからなくて、そんな事態なのに今日も今日とて私を抱き枕にすやすや寝てたらしいユージィーンを速攻でたたき起こして、事情説明を求めた結果。


「…んー…早い話がお家騒動に巻き込まれたってとこだよ。まぁ、売れるだけの恩は売ったから、後は好き勝手やるでしょ」


全く、説明になってないことを気怠そうな声で、あくび交じりにこぼしながら、あろうことか私を抱きなおして二度寝にしようとするお気楽御隠居に一発お見舞いして、もっと話の通じやすそうな人を捜し求めてさまよった結果、出会った茉莉さんに聞いてみたら「義理の父親が心配して、迎えにきまして」とものすごく歯切れが悪い口調で、冒頭の説明を始めてくれたのでした。




東の帝国を治める皇帝陛下は子だくさんだ。

勿論、超がつく子供好きとかそういうほのぼのしたものじゃなくて、国内の有力な豪族から一人ずつ献上される姫に手を付けていった結果としての、子だくさん。

まぁ、中にはそのお姫様のお供で、とかいうパターンもあるらしいから女好きではあるのだろうけど。

そして、こういう子だくさんの権力持ってる人にはありがちな、後継者問題って奴はここでも変わりなくあって、今その後継者争いで一番の有望株なのが、例の不老不死キャンペーンでいち早く、そして多大な成果を上げているらしい、茉莉さんの義理のお父さんのお兄さんに当たる、2番目の皇子である劉炎様、ちなみに底意地の悪そうな狐目の男の方がそうらしい。

そんでもって、デカすぎて視界に収まらない熊男の方が、劉翔様で皇位継承権は劉焔様に次ぐ第三位なんだけど、本人は「兄者のが適任だから」ってことで、いち早く皇位継承権を返上してしまったかわりに、将軍として刀を振るって、劉焔様をサポートしているんだって。

あ、そんでもって縛られてる優男さんもまた、皇位継承権が第四位の劉なんとかさんで、今回もお手柄をあげそうな劉焔様に苛立って、それを横取りしちゃおうとしたら返り討ちにされちゃったってことらしい…って、今ここまで来てようやくつながったけど、狙われてたのってめっちゃ私?!

私っていうよりは、養命酒だったんだろうけど…今更過ぎて実感わかないけど、結構ヤバい橋わたってたりするの、今?!

今、ようやくそこに思い至った私に、ちょっと同情のにじむ目を向けた茉莉さんが、こう続ける。


「…そんな訳で、警備面の強化は余儀ないということになりまして、将軍閣下直々のお出ましとなったのです…」


ちなみにその将軍閣下が茉莉さんの義理のお父さん、竜翔様。

確かに筋骨隆々っていう体つきは歴戦の猛者って感じですけど。

反面、確かに頭を使うのは苦手そう…っていう評価は申し訳ないけれど、でも茉莉さんを見かけるなりひょいっと抱き上げて、綺麗に結い上げた髪の毛がぼさぼさになるのもかまわず撫で繰り回すっていう、明らかに雑であけっぴろげな感じは、そうとしか表現できない。


「閣下…!」

「こら、お義父様と呼べといってるだろう?!それにしても、なんだかやつれているがどうした?悪いものにでもあたったのか?」


…うん、それは間違いなくこの人のせいっていうのも一部ありそうだけど。

でも、死ぬほど嫌いと言っていたのは、この人の方じゃないようだ。

茉莉さんも普通に抱き上げられてるし、もう少しよく見るならば嬉しそうにも見える位だ。

嫌がっているのは子供みたいな扱われ方で、素直に振り向けられる家族の親愛の情は嬉しいっていう、そんな雰囲気。


「そんなもの、この船にはありませんわ。義父上のおかげで、見た目はともかく、中身は最新の設備が整っているじゃありませんか」


ご存知でしょうと言われて、返ってきた笑い声は「がっはっは」で、なんか漫画みたいな人だなぁってことを思っている私に気づいたのか。

所在投げにぽつねんと立ちすくむ私に気づいた熊さんが、私を見てなぜか内股であとじさった。

勿論、茉莉さんは片手で抱えあげたまま。


「おお…仙人様、そちらにいらしたとは気づきませんで…失礼いたしました」

「え?せ、仙人…?」

「昨夜は素晴らしい武術を見せていただきまして、この劉翔まだまだ力足りぬと、ご教授いただきまして!」


め、目が合いませんけど…?!

なんでかわかりませんけど…怯えてません?

この熊さん、私にむっちゃおびえてませんか??

い、一体…昨日の私に、何があったの?!!




パタパタと足音が近づいてくる気配に、ユージィーンは布団をかぶりながら、にやりと笑う口許を隠した。


「ちょっと、ユージィーン!!」


予想通りに大慌てて駆け込んできたユキを抱きとめると、それにびっくりするでもなく、ユキがユージィーンの胸元を掴んで揺さぶった。


「き、きのう…わ、私、何…した、の!?」


この分だと会ったのは弟の方だったのかなと予想して、あの巨体にビビられたユキはさぞかし驚いたんだろうな、と笑い出してしまいそうなのをこらえて、沈痛な顔を作る。


「…ホントに聞きたい?」

「…え?!」

「世の中には知らないほうが良いってことも…」

「…ええ?!」

「ユキって、お酒入ると人変わるよねー…まさか、あんな…」


そんなユージィーンの言葉に、ユキの顔が見る見る青くなっていく。


「…え…まさか…誰か…ころ…し、ちゃった?!」


…いきなり物騒な所に飛躍したな、と思いながら、ユージィーンはこれも役得とユキの体を抱え込んで、その温もりに目を細める。


「…ふふ、それは未遂だよ」


少なくとも、頭をねらったモモの飛び蹴りの方は当たらなかったのだから。

それなりに命を狙われる立場の男は、その程度では沈まなかったから。

ただ、それでも襲ってきた相手が明らかに自分よりも年下の、しかも酔っ払いの女子であることに気づいた段階で、少しの隙が生まれたことはやはり、まだ至らないところなのかも知れない。

まさかその酔っ払い女子が。


「ふっ、甘いわ!!」


と高笑いして、跳ね返された蹴りから間髪入れず、より確実な急所の方を狙われるとはよもや思いもしなかったのだろうな…と思えば情状酌量の余地があるとは言えると思うが。


「まぁ、似たようなことかもしれないけどね」


…いちはやく事態に対応した、リヒトが花巻をユキにぶつけていなかったら、次期皇帝候補の1人からその肩書を奪うくらいのことにはなったかもしれない、的確にして正確な攻撃に、少なくとも同じ急所を持つ男たちは皆、背筋がゾッと凍りつく思いをさせられたことは確かだ。


おしえたリヒトも「まさかここまで出来ると思わなかった」という、完璧な二段技だった。


変な所で真面目な彼女だからこその。

でも、だからこそ気が晴れたなんて言うのはおかしいだろうか。

自分の中でいまだに、許せていない部分があったなんて、驚いたけれども。

少なくともこの先、一緒に旅をするにあたって、蟠りは小さくなった気がするのだ。

かくんとまた寝てしまったユキを、信じられない恐ろしい生き物を見るような、そんな顔をしていた劉焔には。


「ユ、ユージィーン…」


今にも泣きそうなユキに、ニッコリと笑いかけてユージィーンは小首をかしげた。


「ところで、ユキ…ちぇすとって何?」



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