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船の上の大宴会

ご愛読ありがとうございます。

ムーンが忙しくて、ちっともこっちが更新できずにすみません。

完結まではのろのろですが進んでおりますので、引き続きお付き合いただけたら嬉しいです。

どうも私は美人が苦手らしい。

苦手っていうか、なんていうか。


「もうすぐ陸地に着くよ」っていうニュースを伝えてくれたのが、ユージィーンでもなく、リヒトでもなく、カイルさんでもなく、この茉莉さんってあたりになんだか身構えてしまうくらいには、どうやらちょっと引いてしまう何かがあるというか。


「随分窮屈な目に合わせてしまって…ごめんなさいね?」


っていう、お詫びのような言葉が妙に笑い混じりで、窮屈な目ってやっぱりあれかな?

部屋がちゃんとあるのにユージィーンのとこに入り浸ってるのバレてるの?とか、そんな状況の割にスッカリ落ち着いてるわ、なんなら陸地に着くということに微妙な気持ちになってる私を見透かしてる?っていう気恥ずかしさを感じるから、とかいうことではなくて。


「その上で申し訳ないんだけど…」


さらに言えば、けして押し付けがましい訳では無いのに、妙に断りづらい導入からもちかけられたお手伝いが、ドーナツ的なお菓子を100個ばかり作るっていうなかなかの重労働だったから、ってわけでもないんですけど。

…なんか思い返せば、ヒルダ様のとこでもこんな感じでこき使われ…いやお手伝いさせられていたんじゃないかなって思ったら、やっぱり私は美人に弱いらしいなってことをしみじみ実感したってことなんです、ハイ。





驚異的なスピードで出来上がった種を次々と花形にひねって、蒸し器のなかに投入していく茉莉さん。

なんていうか…この世界の美人さんって、ほんとオールマイティだわ。

王様のお妃さまの一人だったってこともすんなり頷けるような、そんな生まれてこの方料理なんてしたことありませんっていう白魚の手なのに、さっくり料理もできちゃうとか、不思議でたまらないんだけども。

思わずじっと自分の手とか見ちゃって凹むとか、余計な作業を入れるのはすんででこらえましたけども!


「ユキが手慣れてて助かったわ。こうも数が多いと毎回、大変なのよね」

「…ですよねー」


あ、ちなみに何故そんなにも大量の花形の謎のパンみたいなものを作っているかというと、ようやく今日陸地が目視できる距離になって、明日には上陸できそうな運び…何故今日じゃないかというと入港許可とか諸々の手続きが間に合わなかったらしい…になったので、そのお祝いとしてこの界隈ではメジャーなお菓子らしい謎の花形を大量に作ってるわけなんです。


これは先代…茉莉さんのお父さんが海賊として7つの海をぶいぶい言わせていた時代からの伝統なんだとか。


「か、海賊?!」

「今はすっかり足を洗って、悪徳商人やってるんだけどね」

「あー、足を洗って…ない…ですよね、ソレ?!」

「やだ、冗談よー。ちょっとお金にガメつくて、ぼったくり気味で、裏社会に顔のきく商人ってだけだから、安心して?」

「あ、安心ポイントが一個も見当たらないんですけど!?」


私のツッコミにコロコロ笑う茉莉さん。


「ユージィーン様が言ってた通り、ユキって揶揄い甲斐のある子なのね」


っていうその感想は、いろんな意味で素直に頷けないですけれども!


「それにしても、海賊の娘さんなのにどういう経緯で、ジークさんのお嫁さんに…?」


そんな私の質問に、茉莉さんは笑顔のままでしばらく沈黙した。

うん、目が真剣なのに笑顔は完璧って余計に怖い…怖いから…!!


「…まあ、そこは色々ありまして…」

「あの、なんか…」


思わず謝ろうとした私に、茉莉さんはほんのちょっと困ったように眉を寄せて、ため息をついた。


「…人身売買、みたいなものかしら、ね」


最初はお父さんがお母さんを売って、海賊から商人になりあがって。

その後で今度は新たな父親である帝が、他国の王であるジークさんに茉莉さんを売って。


「…それでも、大切にしてくださいましたから。あの方は」


そう言う風に懐かしむように囁く茉莉さんは、かすかに嬉しそうに微笑んでいて。

ほのかに色づくその頬を見なくても、そうかと思うものはあったのだけれども。

蒸し器の温かい湯気に触れながら、私が思ったことをなぞる様に、茉莉さんが続けた。


「…それなのに、どうして?って思います?」


つくづく、自分の疑問が全部筒抜けになる顔に嫌気がさしながら頷けば、茉莉さんはふふっと微笑んだ。


「好きだから、憎かった…というのは、まだあなたには難しいことかしらね?」


どうあがいても、振り向いてもらえなかった人。

それが、目の前で違う誰かには微笑んでいる。

その姿が耐えられなかった、という茉莉さんに、私は思わず胸を押さえた。


今はまだ、そうじゃなくても。

もしかしたら、いつかはそんな姿を見ることになるかもしれない。

もし、私が。

この世界に生きていく羽目になったんだとしたら。

きっと、遠くない未来に起きてもおかしくない…そんなことだから。


「…今でも、そう…ですか?」


思わず聞いてしまったそんな質問に、茉莉さんは大きく目を見開いた後に、ゆっくりと横に首を振った。


「…いいえ。今は…違うわ」


生きていて、幸せになってくれて。

それでよかったとそう思えるのは、多分。


「私も…幸せになれたから」


思い描いていたのとは違うけれど。


「鬱陶しいけど、ありがたい…私の家族ができたから」


色々あった中で得たその絆は、義理ではあるけれど。

それでもかえっていい場所がある、ということが幸せと語る茉莉さんの笑顔が眩しくて。


「…私も…」


そう思えるだろうか。

いつか、同じ目にあった時に、この人みたいに澄んだ目で。

好きな人の、幸せな姿を。

こうやって、きちんと見送ってあげられるだろうか。

帰るところもないのに?


そう思った瞬間に、胸の辺りが熱くなって、掌に当たる冷たい石の感触に、微笑んだ。

自分がいるよとでもいうように、もう手放すなんて考えられない程、宝物になってしまったそれに。


「…頑張ります」


帰るところならあるんだと思いだしたから。

全ての力を出し尽くして、それでも帰り道が見つからないときは帰っておいでと言ってくれた人たちのことを思い出したから。


優しい青い瞳と、その人に寄りそう強い菫色の瞳を思い出して、私は我知らず微笑んでいた。







花巻は、東国ではお祝いに欠かせない料理だ。

それだけで食べるということはまずなくて、花形に作られたその真ん中に、肉や、野菜や、魚など好みのモノを挟んで食べるのが一般的。

だから、何を挟むかっていうのはその人のセンスによるところが大きいわけなんだけど。


「…ユキってほんと、イメージを裏切らないよね」

「…ごめん…」


欲をかいてあれもこれも、と包み過ぎて、反対側からこぼしまくるという芸術的なまでのお約束を決めて、洋服を台無しにするという一連の流れなんて、スムーズ過ぎて止める暇がなかった位だった。

今度は適度な大きさになる様に包みなおした花巻に、そのあたりにあった大きな葉物野菜で巻き上げるというやや邪道だけど食べこぼしは格段に減る仕様に変更したそれを渡すと、あからさまにへにょっと萎れる雪に、漏れそうになる笑顔をため息でカモフラージュする。

本当は盛大に食べこぼしの後がある胸元も拭いてあげたいけど、公衆の面前でやるのは色々とさわりがあるからやめておくことにする。

隙あらば、ちょこまかと甲板を走り回っていたユキは、ひそかな船のマスコット…アイドルじゃないあたりはきっと、どう頑張っても20を超えてるようには見えない童顔が原因、になっていて、何気に注目度が高いのだ。

今も、この日のために取っておいた酒樽が解禁されてご機嫌の船員たちに、汚れた口元や服を盛大に揶揄われて、膨れる姿をめでられているくらいには愛されている。

それもこれも、ユキがその見た目の割には物おじしない性格だからだろう。

明らかに普通の社会で生きている男たちとは見た目も雰囲気も違う、その筋の男はましてや体も大きくて、

ユキからしたら見上げるばかりの奴らなのに、彼女はちっとも怯えたそぶりを見せないのは、ユキがいた世界にはこの程度の身長の男がゴロゴロしてたってことなのか、話に聞く限りでは平和としか言えない彼女の世界にもやはり、裏社会と言われるものがあって、彼女自体がそこになじんでいるということなのか、よくわからないところではあるのだけれど。


まぁ、後者に関してはあり得ない想定だな、とユージィーンは小さく笑う。


なにせ就寝中でも剣は手放さないと語る護衛隊長に「それって、めちゃくちゃ寝づらくないですか?」と真剣に質問してしまうくらいだから。


「…楽しかったみたいだね、この船は」


そんな風に話しかけるユージィーンに、リスのように膨れていた頬をようやく元通りにして、ユキが笑い返す。


「うん!にぎやかなのって、いいね!」


皆とは明日でお別れなんて信じられない、と言ってちょっと寂しそうに目を伏せる姿に、誘われるように頭を撫でてしまう。


「うまくいけば、帰りもこの船で送ってもらえるんじゃないかな?」


東に戻るのは久しぶり、と言っていた茉莉の言葉が本当なら、帰ったら最後しばらくは出航できないと思うから。


「…お預け食らって、素直に引くような人じゃなさそうだしね」


そんなユージィーンの独り言に、頭に置いたままだったその手をどけてユキが首を傾げる。


「誰の事?」

「うん、こっちの話。…っていうか、ユキついてるよ?ほっぺた」


だからそれもお約束、っていうか誘ってるのかなって一瞬、ふわっと思考と理性が泳ぐのはきっと、東国の酒だという独特なこの富貴酒の香りが原因だと思う。

けして、そこもお約束って感じで反対側のほっぺたを焦ってぬぐっちゃうユキが、びっくりする位可愛く見えるせいじゃないと思う。


「…そっちじゃなくて、こっち」


ぴろりと舐めた頬は、甘辛い肉のたれの味のはずなのに、感触に引きずられているのか、桃みたいな味がした気がして、笑ってしまう。


「ごちそうさま」


耳元にそう囁いたら、真っ赤になって固まるユキが、何よりオイシイご馳走で。

ああ、たしかに楽しい船旅だったなぁって、そこで終われたら本当に、そう思えたんだろうけれど。


あいにく、そうは問屋が卸さないってやつ。




「…旦那」


結局、どこのどいつに勧められたんだか、富貴酒を舐めてみたらしいユキが案の定、ぶっ倒れて。

勿論、そんなちょっとでこうなるとは思ってなかった船員が慌てるのを横目に、船室に連れ帰って寝台に横にしてやった途端に、そんな風に声がかかるのは予感してなかったわけじゃないけど。


「…いいところでお邪魔して、すみませんね」


詫びのかけらもない声がムカつかないかと言われたら、それはそれで別問題。

今にも耳まで避けそうな口でにやりと笑うリヒトに、ユキには絶対向けない眼差しで射抜いて置いてから、立ち上がる。

ちょっとだけなやんで、銃じゃなくて剣を取ったのは、眉間に皴を寄せて寝ているユキが、物音で起きたら大変かなって、そのくらいの差。


「…割と遅かったね。…もう陸地ってところで、なんて」

「なんつーか、現場主義の人らしいっすわ。相手の方」

「げ」


短い単語にめんどくさい、やりたくないを満載に詰め込んでやったら、リヒトが面白そうに大笑いした。


「全く同感ですけど、ね」


大きな貸しにはなりますよねぇと呟く彼の手に武器はない。

素手じゃないと手加減できない、という殺し屋稼業の男には「殺さず生け捕り」なんて、一番面倒で厄介でやりたくない仕事の範疇だと思うけど、意外と本人は楽しみらしい。


「なまってたんで、助かりますよ」


少しは手ごたえあるといいんですけど、と何かの試合か何かの様にうそぶいて、リヒトはにやりと微笑んだ。





結論から言えば、手ごたえはなかったとしか言いようがない。

月が傾くほどの時間もかけず、自称「海賊」の皆さんは甲板に正座して縛り上げられているところだ。

ちなみに縛ってるのは足の親指だけ、という縄の節約兼特殊部隊仕様だけど、若干一名だけ亀甲縛りというあたり、縛り上げた奴のセンスが疑われるところだ。

屈辱に歪んでいるその白い顔をみれば、ヤラレた方の精神的ダメージはそれなりにあったみたいだけれども。


「…似てないな…」


そんな面構えを見て、最初に思ったのはその一言。

何番目かは不明ながら、同じ父親の血を引いているはずの、あの兄弟とはかけらも似ていない、優男な面構えは多分、それなりの年齢の女性をきゃあきゃあ言わせるのには役立ちそうな感じだったけれど、傍らでその面を冷たく見下ろす茉莉にはあんまり効果はないらしい。


…まあでも、顔を見るなりいきなり「助けに来たよ、僕のお姫様」的な台詞に始まり、その後も「こんな奴らにこき使われて、怪しげな品物までつかまされて可哀想に」だの、「もとはといえばあいつらのせいで、美しい君がこんな汚い船で海になんか」的な、その目玉は腐ってるのか、もしくは頭が究極に残念なのか、判断に悩むくらいのお門違いな言葉の羅列に襲われたら、誰でもこんな「無」の顔になるに違いないけど。


「…で、なんなのこいつ?」


あからさまにドン引きっていう顔で聞いてくるリヒトに、茉莉が吐き捨てるように答える。


「継承順で言えば5、6番目位の方なのかしら?…竜凱リュウガイ様ですわ」

「うわ…意外と高い方だった…!」

「主に実家の力と、後は考えなしのあの方がポイポイ殺しまくったから順位が上がっただけの、棚ぼた殿下です」


ひでえ、マジひでえと腹を抱えて笑うリヒトに、暗い憎悪の目だけは一丁前な竜凱様を、どこか気の毒そうな目で見下ろす護衛隊長が面白い。

本当に育ちのいい男、というのはどんな輩でも一定の敬意を払わないと気が済まないものらしい。


たとえそれが、己の身分諸々をすっかりと忘れ去った上で、先を越されたというその激情だけで、政敵の息のかかった船に単身、乗り込んできちゃうようなおバカさんだったとしても。


「…最後の夜にどんちゃん騒ぎしたら、うっかり妙なものが釣れるかもしれないって聞いたときはまさかと思ったけどね…」


あの男と同じ血を持ちながら、こうまで違うと拍子抜けというか、妙な哀れみが浮かんでくることは確かだ。

逆に言えば、この男にはあの国をまとめ上げる才覚など、欠片ほど見当たらなくても、ともすれば国を注いでしまう位置に座ってられるという血縁継承の恐ろしさも。


「…まさか、私も本気で釣れるとは思ってませんでしたけどね」


そういって、その男の前にしゃがみこんだ茉莉はおろか、その場にいた誰もが油断していた。

だから、気が付かなかったのだ。

暗い憎悪の眼差しに隠されていた、一瞬だけ浮かんだ勝ち誇ったようなその目の色に。


「…動くな」


だから、その喉元に銀色の輝きを見た時に、茉莉が思ったのは「亀甲縛りは捕虜には向かない」というばかばかしくも切実な実感だったのだった。





「…あの方の言うとおりだった。やはりお前は売女なんだな?俺をたばかって、上手いこと利用するだけ利用して、挙句の果てにあんな男のもとに走るなんて…」

「たばかるも何も…」


ろくな接点を持ったことなどないはずだ。

精々、やり手と評判の高い彼の母親位には商売を持ち掛けたこともあったかもしれないが。

しかし、今はそんな正論など唱えたところで空しいだけだ。

そんな馬鹿で、間抜けだと思っていた男に、裏をかかれた悔しさではらわたが煮えくり返りそうになりながら、目線だけで事態を打開できそうなものを探す茉莉は、とっさに感じた寒気に全身に立った鳥肌に、男の腕にかみついて、しゃがみこんだ。


その頭の上を、銀色の輝きが切り裂いていった。


「おー、間に合ったなぁ」


そんな呑気な馬鹿デカイ声に、今度は違う頭の痛みに襲われながら、茉莉は自分の命をあと少しで奪いかけた矢が、馬鹿男の肩を射抜いているのを見届けた後、声の主を振り返った。


「竜翔様…」


帝国が誇る快速艇、その舳先に仁王立ちになって弓をつがえていた姿勢を崩した相手は、夜空に響き渡る大きな笑い声を響かせていった。


「なんだ、他人行儀に…義父上と呼べ、といっただろう?!」


馬鹿男が去って、また違う馬鹿男か…とこみあげてくるため息を堪えて、茉莉は口元を意地で釣り上げて、渡し板がかかる少しの間さえ待てない様子で、船の間にある距離をものともせずに飛び移ってくる大男に、正式な礼を送った。


「…ただいま帰りました、義父上」


その言葉に嬉しそうに破顔して、抱きしめてくる男の、暑苦しくも懐かしい熱に包まれて、自然に微笑み返しながら。


その笑みが固まってしまったのは、きちんと渡された板を超えて、わたってきたその姿を見た時の事。

あの寒気の正体はこっちだったのかと一瞬で悟るような、冷徹な鋭い目のその男は、年月が立っても変わらないその冷たいその細い瞳を細めて、茉莉を見下ろしていた。


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