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東方への羅針盤

ご愛読ありがとうございます。

毎度更新が亀ですみません…ようやく船が出ました。


だ、誰?!っていうかまた愛人かゴルァァァァ!!!

心の中で大絶叫の私をしり目に、ユージィーンは腕の中の、突然の出来事に驚いた風なのに、もうちゃっかり腰に手が添えられてる辺りホントエロ、ホントエロだよこの腹黒ご隠居!の美女を見下ろしてつぶやいた。


「お久しぶりですね、茉莉花ジャスミン様。お元気そうでなによりです」


そんなユージィーンの言葉に、美女は嫣然って言葉がぴったりの妖艶な微笑みで答える。


「もうその名前は捨てたって知ってるくせに。相変わらず嫌味な男ね。今はただ茉莉マツリと名乗っているわ」

「ああ、そうでしたね。何分、好意のない相手の顔と名前を覚えない性質でして」

「うふふ、難儀な性質をお持ちの方だこと」


…あ、アレ…なんか思ってたのと違う、かも?なんていうか、形だけ見ればすっごいラブラブの恋人が久しぶりの再会に飛びついて喜んでいる図、なのに…お互い目の底が笑ってない気がして。


「そういえば、ジークとレインはお元気かしら?ヒルダとは商用でお付き合いがあるんだけど、あの二人は辺鄙なところにいるから、情報が入ってこないのよね」


そんな美女の言葉に、ユージィーンがにっこりと笑う。


「殺し損ねた相手の動向は、流石に気になるものですか?」


なんですと…?!不穏すぎるその発言の衝撃に固まる私を他所に、美女はちょっと目を開いた後でクスクス笑った。


「ああ、ごめんなさい。意外と貴方、引きずるタイプなのね?それだけ大事なご友人、ということかもしれないけれど」

「まぁ、加害者は被害者より鈍感な生き物ですからね。図太くなくては生きていられないんでしょうが」

「うふふ。商売人としては最高の褒め言葉ね」


…怖い。なにこのやり取りすごい恐い。思わず傍らにいるカイルさんに縋りついてしまう。


「カ、カイルさん…せ、説明プリーズ」

「申し訳ありませんが、自分も今混乱中で、なんとも…」


よもや生きていたとは、と呟いて固まってしまったカイルさんに、私は頭を抱えるしかなくなる。

ガーン…どうすんの、この最悪の雰囲気…!これから船という一種の密室に閉じ込められるにあたって、どうやったって素敵な船旅にならない感じがすさまじいよ!!と涙ぐんでいたら。


「ま、姐さんも元宰相の旦那も遊ぶのはそこまでにしてやんなよ。そこで一名、関係ないのにガクブルになっちゃってる子がいるから」


舵にもたれかかったままのやる気のない体勢と呑気な口調で、リヒトさんがそう割って入ってくれる。

あ、ありがとうリヒトさん!っていうか遊んでたってナニ??と首をかしげる私に。


「ごめんなさい、つい悪い癖がでちゃったのよね」


ふわっといい香りがするな、と思ったらさっきまでユージィーンの傍にいた美女さんがこっちに手を伸ばしているところだった。そのまま、思ったよりも力強い手が私の手を握りしめた。


「ご用命たまわりましてありがとうございます、ユキ様。僭越ながら今回、帝国までの水先案内人を務めます、茉莉と申します。よろしくおねがいいたしますわ」


拳を手のひらに当てて膝を折る独特の礼をして、茉莉さんはにっこりと微笑んだ。


「ユージィーン様が宰相だった折、ジーク様のお傍に使えていた関係で、彼やヒルダとはよく知った間柄なんです」

「ジークさんの??」


元残虐王、今は嫁溺愛の金細工師さんの名前に小首を傾げる私に、茉莉さんはこともなげにこういった。


「ええ。元側妃の一人なの」


あ、愛人はそっちのだったんかい!!





思わず心の中で全力で突っ込んだ私だったけれど、ばっちりしっかり顔に出ていたらしく、茉莉さんは改めて一同を集めた席上で笑いながら説明してくれた。

あ、ちなみに船は無事出港済、つまりは泣いても笑ってもこのメンツで東方までの楽しい船旅をしなくてはいけないってことで、少しでもお互いを知ろうという簡単なお茶会を開催中なのです。

ただし真面目人間のカイルさんは何の仕事もしていないのに休むのはちょっと、という理由で船を動かす水夫さんたちのお手伝いに行っております。


「政治的な話題は、私の得意分野ではありませんので」


と沈鬱な顔でさっていった姿が印象的でした。うん、私もそっちがいいな…結構力持ちなんですけど!

メンツがメンツだけに喋る内容がどれもこれも殺伐としているんだよね…普通に世間話したいだけなんですけど!そんな私のお構いなしで宰相、元宰相、元側妃の鉄壁の布陣でご教授いただいたことによると。


曰く、黒狼王の即妃の一人であった彼女は帝国の皇子様たちと結託して、王を暗殺しようと企んだことがあったらしい。でもその計画は事前に阻止されて、皇子様と黒狼王との密約の結果、彼女はその最中のどさくさに紛れて死んだことにされて、東方に帰されたのだとか。その地で皇子の養子になった彼女は元々の商家の伝手を頼りにこうして海をめぐる海運業で今は身を立てているらしい。


…うん、色々と理解が追い付かないとこもあるけど、要するにユージィーンやヒルダ様とは浅からぬ仲で、その関係で今回の「おじいちゃんに養命酒を届けようキャンペーン」に参加してくれることになった人、ってことだけわかれば問題ないみたい。よかった。それならなんとか追い付く。それにしてもジークさん嫁多すぎ…名目上だって言ってたけど、まだあってない人がもう一人いるらしい。総勢5人うち一人は男だけど、もう一人でフルコンプか…微妙だ…。


「ま、アヴィは今物騒なとこにいるから、会おうと思っても難しいかもね」


最後の一人、アヴィカさんは東と西の帝国の境界線に位置する遊牧民族のお姫様らしい。この遊牧民族はいってみればプロの傭兵集団らしく、いままではどっちの帝国にも味方をすることで草原の覇権を握ってきたらしいけど、それがどうも最近では事情が違うらしい。


「どうも西側に取り込まれている一派が、現在の首領から離反する流れになっているみたいで、アヴィカも巻き込まれていると思うわ。もともと元気にしてる、とか相変わらずスキンシップ激しいとか短文でしか返ってこなかった通信も切れちゃったし、まだ生きててくれてるといいんだけど」


最後のセリフが気になりすぎて突っ込み損ねたけど、途中にも若干引っかかるところが散見されましたよね?スキンシップ激しいって、誰の?もしくはペットかなにかなの?しかも通信内容は牧歌的なわりに最終的に殺伐とした感想で終わってるし!


「…じゃ、あっちの情報についてつかめている奴はいないんだな?」


横から口をはさんできたのは、意外なことにリヒトさんだった。


「…そうね、私の知る限りでは。でも伯父様ならもう少し、詳しいとこまで掴んでいてもおかしくないと思うけど」


初めて見る茉莉さんの嫌そうな顔に、リヒトさんは頓着せずに口元をゆがめた。


「…竜焔リュウエン様なら有り得るか」


えーと…どなた?という私の?顔に気づいた茉莉さんの補足説明によると。

東方の帝国のおじいちゃんはなんでも子だくさんな人らしく、御多分に漏れず後継者争いでごたついているそうだ。うんテンプレだよね。このあたりまでは前に紅華ちゃんが話してたような気がする。

まあその中でも優勢な人というのが数人いて、その最有力候補と目されているのが第二皇子にあたる竜焔様という人らしい。

で、この人の弟が現在茉莉さんの義理のお父さんである竜翔リュウショウ様で、帝国では「知力の竜焔、武力の竜翔」と並んで称されているらしくつまり、情報操作に特化しているお兄さんの方ならもしかしたら二つに割れている草原の現状っていうのも把握済なのではないかってことらしいけど。


「あれ…?でも竜焔様が第二皇子ってことは第一皇子がいるのでは…?」


私の質問に、茉莉さんの目が細められる。


「第一皇子である竜昂リュウコウ様は、お体が弱くて…あまり公の場にお出にならないの」


何でも幼少のみぎりに盛られた毒物の影響で、常に床に臥せりがちなのだという。

巷間の噂では下手人は第二皇子の側近とされているけれど、真相はやぶの中。


「でも、そんな訳が…」

「いえ、あの男ならやったとしてもおかしくないわね」


どきっぱりと言い切る茉莉さん。あ、あの…一応義理とはいえ親族なんですよね?

でもそう聞く勇気を振り絞るには目が据わってる美女に結局何も言えないまま、私はこれから向かう先のあまりのドロドロ具合に、はやくもくじけそうになる自分がいるのを必死に励ますので精いっぱいだった。


「それにしても、異界の客人なんて珍しいもの、どこで拾ったのかしら?」

「あ、それは俺も初耳」


興味津々な二人の前で、今度は私がここに来たいきさつを語る。っていっても養命酒片手に船に落ちてきたっていう身もふたもない話ですけどね!だって私だってよくわかってないんだもん。


「ふーん…寄りにも寄ってユージィーン様の船にねぇ…」


そう呟きながら茉莉さんが横目でうかがうのに、ユージィーンがにっこりと例の笑みで答えている。


「…何か問題でも?」

「いえ?ユキは運がいいってことかしら」


大海原に落っこちてもおかしくなかったってことですものね、という茉莉さんのセリフにそういわれてみればそうだと今更ビビる私。


「ま、そういう目的なら皇帝のところに直接落ちてきても不思議ではないでしょうに。神様も回りくどいことをなさるものだわ、とは思いますけど」


茉莉さんの言葉に、私も大きくうなづく。


「ほんとそうですよね!そうだったらこんなに大変な目に合わずに済んだと思います!」

「ま、その場合くせもの扱いで速攻、刀の錆になってた可能性も否定できないけどな」

「…マジで!!?」

「たしかに、その可能性は大ありでしたわね」


リヒトさんの発言を後押しする茉莉さんの言葉に本気で飛び上がった私だけど、よくよく考えたらその通りだ。いきなり飛ばされてきて訳わかってない私が、皇帝様に納得のいく説明ができた可能性はほぼゼロだし、その状況下で私が丁重に扱われる可能性に至ってはマイナスから始まってもおかしくなかった訳で。


「そう考えると手前のユージィーンの船で落っこちたのは運が良かったってことであってるかも…」


ユージィーン的には貧乏くじの可能性は否めないけど。

なんだかんだ楽しんでいるけど、言い出しっぺはこの人だったけど。

思わず上目遣いでちらっと伺ったら、ユージィーンは眉間に皺を寄せて考え事の最中だった。

今更だけど、なにかに気づいたみたいなその反応に私は首をかしげる。


「…ユージィーン?」


小声で呼びかけた私に、ユージィーンのオークの瞳が一瞬だけ揺れて、すぐに元の光を取り戻す。

人を食ったような笑顔と一緒に。


「…まあ、いい暇つぶしにはなってるからね。アレコレ役得も…」

「ぎゃーーーー!!!」


明らかになにかよからぬことを、例えば風呂での遭遇とか、お布団でのアレコレとか、昨日の酒癖の悪さとかをばらされる気配に、私は急いでユージィーンの口を塞ぐ。

あれが役得と言われる部類かは不明だけど、ばらされたら困る事実なのは確かだから。


「やっぱり運がいいとか嘘!」


悔しまぎれに叫ぶ私に、ユージィーンはいつものチェシャ猫の微笑みで何も言わず、茉莉さんとリヒトさんは目を合わせてから、生ぬるい眼差しと微笑みでこっちを見つめてくるんだけど。


いや、ナニ?!その微妙な雰囲気は?!


何はともあれ、こうして強力な羅針盤を手に入れた私たちは、一路おじいちゃんの待つ東に向けて出立したのでした。


…嗚呼…この時点でなんだか前途多難っぽいんですけど…!!


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