落とし物は、護衛隊長を勧誘する
毎度毎度お待たせしてすみません。
そしてそろそろ旅立つぜいといいながら、けっきょく旅にでれなくてすみません…。
…育て方を間違えただろうか。
ユージィーンはちょっと遠い目になりながらそう思った。
この顔面偏差値をもってしてコレって、いささか残念すぎはしないだろうか。
この方面ではもう一人の親は頼りにならないっちゃあならなかっただろうからなー。
と思って傍らを見れば。
「…よ、よかったですねっ…ヒルダさんも、シオン様もっ…」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃなユキがいた。
…この告白もどきのどこにそんな感動的な要素があったんだろうか。
この子の頭は大丈夫だろうか。
というか知り合ったばかりの人物にここまで感情移入して、よく今まで生きてこれたなぁ。
諸々心配になりつつも、ユージィーンはユージィーンなのでこれ幸いとユキを抱え込んでしまう。
「あんまり音たてると向こうにばれちゃうからね」
そう、二人が今いるのは王妃の部屋のとなりに設けられた隠し部屋の中なのだった。
そこには面談室にあったようなこちら側からは向こうが見えるが、あちら側からはタダの鏡に見える、そんな窓がついている特別仕様のこの部屋の存在を知っているのは、ごく少数の人間だけだった。
何故、こんな部屋がという疑問は素直なユキには浮かばなかったのは幸いだった。
さすがのユージィーンもこの部屋のある種の用途には言及したくない。
悪趣味ともとれるが、賭けてもいい。
作った本人は、こっそりとお妃様がなにをしているかを楽しみたかっただけなのだ。
やってきた当初は相当怖がられていたからな、とユージィーンはため息をつく。
だとしてこっそりやったって本人には伝わらない上に、本人に知られたら大目玉だろうが。
王としての素質に恵まれながら、私人としては残念すぎるあたり、シオンは似なくて良いところまで父親に似たってことなのだろう。
そんな物思いにふけりながら、素直にされるがままのユキにほくそ笑んだのも束の間、気のせいじゃなければ服で鼻かまれてるけど、とりあえず気にしないことにする。
「…ユキ?ほら、泣き止まないと出ていけないよ?」
「…う…わかってる」
胸元をのぞきこむユージィーンを見上げるユキの真っ黒な目は涙で潤んで、鼻は真っ赤だ。
ついでに言うなら眉毛はハの字で全身で困っていることを教えてくれている。
そんなユキを笑顔で見下ろして笑いかけながら、ユージィーンは思う。
…あー、押し倒したい。
今は違う涙にぬれるこの瞳に、もっと違う涙を浮かべさせたい。
今はそっとしか添えられていないその手を、自分に縋りつかせたい。
薄暗い部屋に二人っきりで、しかもこの場所は誰にもわからないなんて。
なんて強姦向きな状況なんだろう。
「…ユージィーン…?」
しかしなんでなのか、君はものすごく俺の笑顔を見分けるのが上手だから。
この笑顔にこもった邪さはすぐに見抜かれて、あからさまに怯えた顔で見上げてくるから。
「…あいにく魔法は品切れだから、このままだと実力行使するけど?」
そうやって涙の珠をぬぐった手で、わざと思わせぶりに唇を撫でてやる。
本当はもっともっとすごいことを考えてるけどその手前の、そんな行為をにおわせるだけで。
瞬時に怯えた猫は、ぶわっと毛を逆立てて離れていった。
「だ、大丈夫!間に合ってるから!!」
そんな姿にユージィーンはくすりと笑う。
今はまだ、逃がしてやれる。
今はまだ、怯えられる方がまずいからだ。
でもそう遠くないいつか、そうじゃなくなることを彼は知っていた。
ユキは必ず、ここでないどこかに帰る。
そうであることを、ユージィーンは忘れたことはないのだから。
たぶん、それはユキ以上に。
きらびやかな照明の下、笑い踊りさざめく人々。
誰もかれもが浮かれて、先ほど発表された若き国王の婚約を祝っていた。
だれもが上質の酒、料理に舌鼓を打ち、そこかしこに飾られた花々の良い香りにうっとりし、バルコニーから人々を見下ろす彼らの王とその補佐の麗しさにため息をついた。
そして、なによりも不機嫌そうな顔のままでも十分に美しい王の婚約者の姿に。
こうして見ると、この二人は本当にお似合いだ。
まるで一幅の絵のような光景にユージィーンは微笑む。
「おめでとうございます」
ヒルダは何食わぬ顔で挨拶に来るオールブラウンの男に、思いっきり眉をひそめて小声でささやく。
「…何もかも、あなたの筋書きというわけね」
相変わらずの言葉に、不機嫌そうな顔。
いつも通りのヒルダにユージィーンは吹き出したいのを我慢する。
「少なくとも、ヒルダ様に関してはシナリオ通りとはいきませんでしたよ」
「…どうだか」
「本当ならもっと早く、まとまっていただく予定でしたから」
「そのために、ずいぶんと手の込んだことをされたみたいですけど?」
その言葉には答えずに、ユージィーンは食えない笑みを浮かべて笑った。
「貴族の方はともかく、市井に大変人気の王妃をお迎えできて幸せですよ」
二人の婚約発表と前後して、巷間ではまことしやかに一つの噂がささやかれるようになっていた。
それは王であるシオンと王妃になるヒルダは実は黒狼王の後宮にある時も思いあっており、彼女を助けるためにシオンはこの国に舞い戻り玉座を奪いとったのだという、いかにも若い女性に好まれそうなロマンチックでドラマチックな噂だった。
もとより美形の王に好意的な彼女たちのおかげであっというまに広がった「玉座をかけた恋」のおかげで、シオンの支持率にともない、ヒルダの人気もうなぎ上りであるという。
「…さらにいえば、それを陰ながら手助けしていた貴方の人気もうなぎ上りなのよね?」
そんなヒルダの当てこすりに、ユージィーンは笑う。
「まあ、ついでにね」
そう、この噂話では二人の間を取り持ったのは目の前にいるこのオールブラウンの元宰相ということになっている。
確かに見た目だけなら人好きのするユージィーンには黒狼王の時代からそれなりの支持があって、あの残虐非道な王のもとでも政が暴走せずに済んだのは、その頭脳役を任されていたこの宰相のおかげとする世論の声もあり、たしかに若い二人の橋渡しをするその役どころはぴったりだとみられていた。
「いつまでも裏切者の家では申し訳ないですからね」
そんな風にうそぶくユージィーンに、どっちが目的だったんだか、と言いたげな顔でヒルダは舌打ちする。さすがに周りの目もあるから扇の影で、のことだったけれど。
そんな二人の様子に見かねたのか、隣にいたシオンが言葉を添える。
「我が婚約者のために、はるか遠い東方まで出向いてくれるのだからな。いつまでも昔の確執は持ち込むわけにいかないだろう?」
その言葉に、ユージィーンも頭を垂れる。
「今も昔も、わがセンティネル家は王の忠実な臣下でありますので」
若造が、うまくやりやがって。
あちらが倒れたらこちら、とは節操のないやつだ。
そんな胸の内を込める列席の貴族たちの視線を理解しながら、あえてそう言い切る相手にヒルダは渋々、左手を差し出す。
「これまで同様、なにとぞよろしくお願いいたしますわ。ユージィーン様」
ヒルダとこの若き野心家の繋がりを正面切って認めたわけではないが、含みのあるその言葉に貴族はざわめく。
それは間違いなく、ユージィーンのこれからに王家のお墨付きが加わったようなものだったから。
「よき報告ができるよう、尽力いたします」
これでユージィーンの求める言葉はすべて引き出せた。
東国を訪れるための大義名分、そして資金と足のすべてを。
その左手に恭しくキスをするユージィーンにヒルダは嫣然と微笑んで見せる。
「…今日は服が濡れてないようですわね」
去り際にかけられた声に、ユージィーンは一瞬だけ、ほんとに一瞬だけ動きを止めた。
やっぱりこの人には隠し事は難しい。
自分一人はともかく、ユキがらみのことは特に。
隣ではてな、と首をかしげるシオンの姿にこみあげる笑いをかみ殺して、ユージィーンはめったにしない全開の笑顔で答えて見せる。
「滅多にないことでしたので」
シオンの告白はともかく、ヒルダの泣き顔は貴重だ。
泣いても美人は美人だったが、ヒルダにとっては大変悔しいことだったらしい。
扇を握りしめた手に力がこもるのを見て、ユージィーンは早々に退散することにする。
「それでは」
短い辞意の言葉に、ヒルダはふんと鼻を鳴らし、シオンはそんなヒルダをやれやれと、その実どこか嬉しそうに見守っている姿にユージィーンはふと友人の姿を思った。
預かった子供を、とにかく玉座につかせることが第一で、それ以外のことなんて考える余地がなくて。
そうやって、決めてしまったことを自分はともかく相方はずいぶんすまなさがっていたものだった。
それはきっと自分が、望まぬ地位につく苦しさを十二分に知っていたせいなのだろうけれど。
それでも、結果論でしかなかったとしても。
シオンは王様になってよかったんだろう。
「…ヒルダ様には王冠以外似合わないからね」
思わず小声でつぶやいて、ユージィーンはひっそりと笑った。
それは彼には珍しく、晴れやかな微笑みだった。
まったく可愛げのかけらもない男だわ。
そう思いながらその背中をにらみつけるヒルダに。
「…あんまり虐めてやるなよ。自分のためにやったわけじゃない」
そうシオンが諫めてくる。
「…あいにく、あの人とは相性が悪いんです。たまねぎみたいに剥いても剥いても皮ばかりで中身がないんですもの」
ツンと顎を上げるヒルダに、シオンはその紫の瞳をゆがめた。
「ひどい言われようだな」
「…ああやって、いつまでものらりくらりと暮らしていけると思っているのが嫌なんです」
そう、認めたくないのはこれが同族嫌悪というものだからなんだろう。
自分の気持ちに蓋をすることばかり得意になってしまった、その天邪鬼さが。
いつか破たんするとわかっていても、見て見ぬふりをする臆病さが。
「…とっとと、化けの皮をはがされて来たらいいんですわ」
そんなヒルダの言葉に、軽く肩を竦めてシオンはその左の手をとってキスを落とす。
「…怒るヒルダは好きだが…他の男のためだと思うと面白くないな」
「…っな…!」
もとより造作に優れた相手に恥ずかしげもなく言われる言葉は不意打ちで、ヒルダは思わず顔を赤らめた。
ぴしりと厳しくやり込めたかと思えば、そうやって他愛もない言葉に照れる婚約者の可愛さに、王は一層輝く微笑みを向ける。
「だからもう、笑っていてくれ」
「……シオンはもう、黙ってください」
なんだかんだ言って、ヒルダを飼いならしつつある王様の姿に、今日も今日とて王子様然とした補佐はほっと安堵の吐息をつき、この手のことには疎い宰相は口一杯に砂を詰め込まれたような顔になり、そして控えていた護衛隊長は、事情を知る上司にそっと肩を叩かれて交代を告げられたのだった。
「…ユージィーンが…モテている…!」
ヒルダへの挨拶を終えると同時に、色とりどりのドレスを身に付けた令嬢に囲まれるユージィーンの姿に目を疑う私に、オリガさんが可笑しそうに笑った。
今日は郷里である西方の伝統にならった紗の薄布を巻き付けているので、見えるのはその琥珀の瞳だけなのだけれど、なんだかかえってなまめかしいのはその薄布がピッタリしているうえに縫い付けられている石のお陰でその体のラインがかえって強調されてしまっているせいかもしれない。
その胸のボリュームを、よせばいいのに自分のと比べてしまいそうになるのを慌てて振り払う。
いいの…私は見た目より中身を見てくれる人を見つけるんだもん!
いや、オリガさんの旦那さんがそうじゃないということではないですよ!
この世界にきてから美形ばかりお目にかかっていたせいか、筋骨隆々の刀傷ありまくりの強面はインパクトありすぎて危うく卒倒するかと思いました…。
美女と野獣ってホントにありうるカップリングなのね。
いやだから旦那さんが呪いをかけられているっていうお話ではないですから…って駄目だこれ、永遠にループする…。
そんな私の葛藤をいざ知らず、オリガさんはおっとりと頬に片手を添えて首をかしげる。
「あの方は地位がある上に遊び方が上手でらっしゃるから、社交界では人気があるのよ」
「遊び方が上手…?」
「…ええと…その、割りきった大人の間柄ってことかしら?相手がいらっしゃるときにはよそ見もされないし、大変に尽くして下さるんですって。それでいて別れ際もさっぱりしてらっしゃるから既婚者や未亡人には魅力的な方なのよ」
…なんていうか、思いっきり爛れてるな…!!
そんなことをこんなおっとりな人に、当たり前のように言われるって衝撃だ…!
この世界ではどうやら不倫は文化らしい、と理解したけど。
「そのわりに、周りにいるの…若い女性が多くないですか??」
今、ユージィーンに話しかけている令嬢も遠目だけどかなり若い。
多分まだ十代前半くらいじゃないだろうか。
そうじゃなければベビーピンクのふりふりドレスなんて身に付けたら駄目な気がする。
…確かにかわいくてよくお似合いですけど。
私の疑問に、オリガさんが苦笑する。
「今までは前政権での地位が問題にされてましたけど…今回のことでシオン王の覚えもめでたくなったとなれば未婚の方にも魅力的な方に成られたのでしょうね。まぁ男性の方は多少遊んでても、問題にはなりませんから。家格さえあれば」
「…げ、現実的…っ!」
この世界で身分があるっていうのは、物凄いアドバンテージらしい。
今まで録に実感する機会がなかっただけに、今更ながらカルチャーショックだ。
ということは身分どころか、明確な戸籍すらない私の地位は限りなく低いってことなんじゃ…。
私、ここにいていいのかな…?
思わず、有無を言わさずヒルダ様に着せられた淡いピンクのドレスを見下ろす。
私が見世物にされるのに抜け駆けは赦さないって言われたんで仕方なくだから!
ふ、フリフリじゃないから二十代でもオッケーってことでお願いします…。
だってヒルダ様のおさがりだともう、入るものが子供時代のものしかなくて…って余計へこむわ!
「…でも、やっぱりっていうか、納得するけど納得しない!」
私に対するアレやコレやからしたら間違いなく、相当に経験ありなんだと思ってたけど。
こないだだって、やたら色気たっぷりな感じでちょっと焦ったりしたけど!
密室であの雰囲気は本当にヤバイとおもうんだよね、相手はからかって楽しいだけだろうけどさ…。
ってそんなことよりも。
「実家の力でモテモテってどうなんですか?!」
そこは男らしく、己の魅力のみで立ち向かうべきところなんじゃないでしょうか!?
という私の清い主張に返ってくるのなんて、オリガさんの嬉しそうな笑顔と、その後ろのおつきのひと(私のではなくオリガさんのだ。たぶん護衛じゃなくて虫よけの)の生ぬるい視線ばかり。
いや、だから違うんだってば!
や、のつくありがちなあれではけしてないんだってば!
そう否定しようとした先で、ユージィーンと目が合った。
かなりの距離があるのに、なんでわかったかというと奴の顔にもこの二人と全く同じ表情が刻まれていたからだ。
いや、この二人よりもずっと悪意を感じる笑顔だったけど。
「…だから、やきもちじゃありませんから!!」
あんまりにもいろんな視線が痛くて、ちょっと…といって抜けてきてみれば。
ひっそりとベンチに座る色男一人。
いやあ絵になりますよね…ぼーっと月を見上げてるだけでもって、なんかすごいデジャヴなんですけど…。
護衛隊長がなんでこんなとこに、と聞くほど私も鈍感にはできていない。
まだつらいよね、だって失恋したばっかりなのに立場的にはその二人から目を離せないわけで。
なんという、明日の私…!
婚約者の結婚式につつがなく参列していたら間違いなくこうなったに違いない、そんな私を見る思いにそっと立ち去るという選択肢はなくて。
「…カイルさぁぁぁん!!」
…気づけば、思いっきり泣きながらその前にスライディングしていました。
「…もう私は大丈夫ですから」
「だって、そんなわけないです…っ。カイルさんだって、カイルさんだって、ずっと思ってたのに…!」
「…これで良かったんです。ただの貴族の次男坊では彼女の病を治すことはできない」
「そ、そんな、こと、…う、うわぁぁぁん!!カイルさんが!カイルさんが可哀相すぎます~!!!」
「ユ、ユキ殿…本当に私は大丈夫ですから」
そして気が付けば慰めたい相手に慰められている始末。
この感情が大暴走する癖、社長にもよく怒られたなあ。
花嫁の手紙にだれよりも号泣するスタッフは確かに使えないよね…今思えば。
「…よろしければお使いください」
男前護衛隊長は鼻水には言及しなかった上にハンカチ貸してくれた。
…さすがに腹黒ご隠居とは違う紳士ぶり。
泣き止まなかったらほにゃらら的な脅しをかけるとか、本当あの女たらしは全く!
ちょっとちやほやされて鼻の下伸ばしちゃってからに…ってそこは別にどうでもいいけど!
でも思い出してムカッときたおかげで涙は止まった。
「…あの、すみません…泣きたいのはカイルさんの方なのに…」
おかげでむっちゃ恥ずかしくてたまらないけどね。
そんな私にカイルさんは目を細めて笑ってくれた。
「いえ。私の代わりに泣いてくれる人がいるというのは嬉しいことです」
そう言ってもらえると、私としても泣いた甲斐がありますけど。
わー…なんていうか男前ってすごいなあ。
大して甘いセリフじゃないのにこのさわやかスマイルでいわれると結構な破壊力だ。
ちょっと恥ずかしい、っていうか結構恥ずかしい…!!
思わず足をじたばたしたくなるのをこらえていたら。
「…つらい、とはいえません。たかが失恋ですから」
そんなぽつんともれた言葉に、私はカイルさんを見上げる。
月に濡れたように光るその頬は、それでも泣いているわけじゃなくて。
「…たかが、なんてことないですよ。だって、そんなに簡単に忘れられるものじゃないもの」
相手がそうじゃないからってわかっていても、思いは途切れないように。
望みがないから、ほかのだれかがいるから。
どんな理由があっても、それが思いを断ち切る理由にはならない。
ただ自分が、自分だけがその思いに見切りをつける以外は。
その助けになるものがあるとしたら。
「…カイルさん、私たちと一緒に東にいきませんか?」
ただ一つ、時間のみなのだと私は知っているのだ。
そんな私の誘いとがしっとつかまれた手に、カイルさんは目をぱちぱちと瞬かせた。
男前の驚き顔、ちょっと可愛いかも。
そんなカイルさんに、私は畳みかけるように話す。
「たしかに一緒に行くのが私と、あの腹黒男だとちょっと嫌かもしれないですけど!今、お二人のそばにいるのはカイルさんにとってもつらいし、ヒルダ様もつらいと思うんです…ヒルダ様ってすごくキツく見えるけど本当はすごく優しいから、あの、それでシオン様が気づいちゃたりしたらまたそれはそれで、大変だし…だから今、すごくお買い得だと思うんですよ?!ついでにあっちでいい人が見つかったらそれはそれで結果オーライだし、あの…どうですか…?」
最後は自分でもなにが言いたいのか全く分からないけれど、勢いだけはあるそんな言葉に。
ふっとカイルさんの頬が緩む。
「ユキ殿は本当にお優しいのですね」
「っえ?!いや、おせっかいなだけなんですけどなんか他人事じゃないっていうか、並々ならぬシンパシーがあって…で、でもそれだけじゃないですよ?!カイルさん自身も大好きなのでぜひ、一緒に行きたいなあって!」
いや、勢い余ってすごいこと言ってしまったけど!
そこはあの、ラブではないライクの方ってわかってくれるよね?!という目で見上げる私に、カイルさんが目元をわずかに染めて頷いてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
いや、そこで恥じらうなよ男前…!
紛らわしいじゃないですか、なんか勘違いされちゃうじゃないですか!
「…さすがあの男の客人。なんともだらしがない女のようですわね?」
…ってこういう風にさぁ。
って、え?だ、誰?!
脳内にしてはやたらはっきりと、そのうえ知らない誰かの声で再生されたそれに、声のした方をふりかえってみれば。
そこにいたのは針のように細い体を夜目にもわかる豪華な衣装に身を包んだ中年の女性が立っていた。
絶対に友達にはなれそうにない。
そんな非友好的な目で尊大に見下ろしてくるその人は、どこか見覚えのある感じで私は思わずあ、とつぶやきそうになってしまった。
しゃ…社長に似ているんだ、この人!
ワンマンすぎてついていけない、私の勤め先のボスそっくりのその女性は、まさに生き写しという冷徹な口調で。
「…こそこそと抜け出していくから、きっとなにかしでかすに仕方ないと思って後をつけてみれば…まったく仮にも当家の客人身分でありながら、なんと尻軽なこと…!」
わー、そっくりだぁ。
思わず吹き出しそうになるくらいのそっくりぶりに肝心の内容は右から左だった私の代わりに、カイルさんの目が厳しくなった。
「ご婦人に対するくだらない誹謗中傷は、貴方といえども見過ごすことはできませんが?」
殺気立つその様子に恐れるでもなく、社長のそっくりさんはその神経質そうな眉をしかめた。
「発言を許可した覚えはないわ。黙りなさい」
その言葉と、そっくりさんの瞳と髪の色に私はようやくその人がだれなのか合点がいって、思わずぽんと手を打った。
「あ、もしかして…?!」
でも、その発見を口にする前に氷よりもなお冷たい、そんな声にさえぎられてしまった。
「…姿が見えないと思えば、こんなところにお隠れ遊ばしてましたか。わが敬愛する母上殿は」
にっこりと笑うその姿に背筋が一気に粟立った。
「私の客人に何か問題でも?」
果たして、見たくない気持ちで一杯のそんな体をなんとか振り向かせたその先には。
これでもか、というどす黒いオーラを背負ったユージィーンがいた。