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王の求婚、その結末

超絶お久しぶりで申し訳ありません。

ムーンの連載に掛かり切り&出産、インフルエンザ発症と怒涛の展開で気が付けば3か月近くほったらかしにしていました。

もう再開しないかもとさえ思わせていたらごめんなさい 汗


そんだけお待たせしといて、今回でもヒルダ王様編が完結しなかったという不思議…。

リアルRPG…!

私は目の前の光景に思わず息を呑んでしまった。

玉座の後ろに階段があるとか、どんなドラク○ですか?!

そんな私の驚きとは裏腹に。


「じゃ、行こうか」


いたって普通なユージィーンが気軽に声をかけてくる。

まあ、確かに自分で出しといてびっくりしてたらどうなんだって感じですけどね。


「え?行くってどこ??」


っていうか見るからに怪しいこの階段使っていけるとこなんて、ものすごく怪しい場所にしか思えないんですけれども?!


「そもそも、いなくなったヒルダさんを探さなくてもいいの?!」


広い王城内の捜索に人手はいるけれど、あんまり大事にしたくないから、とヒルダさんと知り合いのカイルさんにも声をかけに来たって。

だから手分けして、探しに行こうって。

確かにカイルさんにそう、助力を乞いに来たのはついさっきの出来事だと思うんだけど。

そんな私の疑問に、ユージィーンがチェシャ猫の笑いになる。


「だから、そのヒルダ様のところに行くんだよ、これから」

「…は??」


それって、ユージィーンは最初からヒルダさんが行くところがわかってるってこと??

という疑問がダダ漏れだったらしい私に。


「まあ、それなりの付き合いだからね。特にここでの彼女を知っているなら予想はつくと思うよ」


よほどのおバカじゃなければシオンもね、とさらりと言うユージィーン。


「じゃ、なんでカイルさんには教えてあげないのよ?!」


あんなことを言われたら生真面目すぎるカイルさんのことだから、一つ一つ手近な部屋から当たっていくことだろう。

どんなに面倒でも、無駄足でも。

からかうにしてもひどい、とユージィーンをにらむ私に。


「俺にだって、人並みに情けというものを理解しているつもりだよ」


そんな黒い笑顔で言われても、全然そうは思いませんけど!

でもその言葉ではたと思い当たる。

シオン様とヒルダさんが一緒ってことは、シオン様的にはもちろんそういう機会なんだろうし。

そうだったらああなるわけで。

それはもちろん、うまくいってもだめでも、同じ人を好きな人からしたら。


「…ふ、複雑すぎる…!」


しかも職務上上司だし、この後の関係にも響きそうな気がする。


「でしょ?だからしばらく、近衛隊長には走り回ってもらうのが一番でしょ?」

「そ、それは…」


理屈としては納得だけど、なんかこう…微妙に私怨っぽい感じがするのはなんでだろう?

色だけは柔らかい茶色の瞳に、若干の不機嫌の影があるからなんだろうか??


「ほら、急がないと肝心なとこ見逃しちゃうよ」


一向に足を踏み出さない私にじれたのか、ユージィーンの手が私の手を引く。


「え?!ちょっ…!」


いきなりひかれてバランスが崩れ、階段を転げ落ちそうになる私を受け止めながらユージィーンが笑う。

こういうとき、びくともしないのがなんか悔しい。

見た目ひょろひょろのくせに、なんかこういうとこだけちゃんと男の人なのはズルイ。


「いきなり危ないでしょ?!」

「だって、いつまでたってもそのままだから。まさか暗いとこ怖い?」

「ち、ちがう!!」


子ども扱いされてることにとっさにムカッときて言い返したけど。

若干じめっとした暗闇の空間は狭くて、先が見えなくて怖いのは確かで。

だから文句を言いつつ、手が離せないのもなんだかユージィーンの思うツボみたいで悔しい。

恨めし気な目で見上げたはずなのに、満面の笑みで返されてビビる私。

この人のご機嫌は本当によくわからない。


「ユ、ユージィーン…これ、どこつながってるの?」


どうしよう、宝物庫とか地下牢とかに行っちゃったら?

どっちも見ちゃいけないものであふれてそうだし、一生縁がなくて構わないとこなんだけど。


「んー、それはついてのお楽しみ?」


ユージィーンは夜目が効くのか、真っ暗な通路をすたすたと迷いなく歩いていく。

その足取りは浮かれてるみたいに軽快だから、なんていうかこっちだけ怖がっているのがばからしく思えて私は肩の力を抜いた。


「…なんか一つだけ確信したからいい」


正規のルートとは思えないこの道を、ユージィーンがこれだけ弾む足取りで向かうなら。

絶対に、絶対。

本人たちにばれないように、シオン様とヒルダさんの様子を盗み見する気満々なんだ、こやつは。

そして、大変心苦しいところながら。

…私自身、それに興味を惹かれないわけでもなくて。


「あ、そう?」


チェシャ猫の目をして笑うユージィーンをにらむ目にも力が入らない私なのだった。

でも、でもでも!

これだけ深入りしちゃったらやっぱり結末まで見届けるのが当然ってものだと思うんだよね!

でも同じことをヒルダさんの前で言い切る勇気のない私は、やましさとドキドキの両方で高鳴る胸を押さえて、ユージィーンの背中に付き従うしかなかったのでした。





その部屋はこうしてみると、本当に彼女に合わせて誂えたように、全てがしっくりと馴染んでいた。

どうかすると、この部屋の長い間の主であった彼以上に。


王宮のはずれに位置するその場所と同じく、質素で合理的な王の居室とは何もかもが正反対の部屋。

曲線を多用した女性的な家具、柔らかな色合いでも繊細な刺繍が施されたカーテン、天井から滝のように流れる天蓋を持つベッドも、金で縁取りされた豪華なつくりだ。


旧王朝時代には「王妃の部屋」と言われ、今は住むものもなく空き部屋になっているこの部屋に、シオンの探し人はいた。


この部屋で最も女性的と言える流線形の背もたれをもつソファーに座り、今は背に解き流されているくすんだ金髪を、あけ放たれた窓から吹き込む風が揺らしながら。


「…だから、頭の使い方を勘違いしている輩に、変に自由を許すからこのようなくだらない陳情書が山ほど届くのです」


…それはもう、猛烈に怒っていた。

手にしているのはどこで手に入れたか、あのやたらに凝った装飾文字の陳情書だ。


「わかっているのですか?陛下は舐められているのですよ?」


この地を治めながら、こんなに少ない収穫のはずがなく、気候的にも不作のはずがないとまくし立てるヒルダに、なんだか口元が緩んでしまうシオンはその引き締めに忙しい。

ついでに言うと、隣に座りながら微妙に空いた隙間が寒く、あの頃はしょっちゅうすり寄ってきたその体を引き寄せたくなる手を我慢するのにも忙しい。


あの頃。

シオンがまだここで王妃として振舞っていたときにも、彼女はこうやってよく怒っていた。

店で見聞きしたことから類推した各地の状況だったり、貴族の懐事情だったりをジークへの報告書としてあげていたのだ。

眉間にしわを寄せ、いかにも不本意だと言わんげな顔のくせに報告自体は欠かすこともなく、そして内容は精緻なものだったのだから、全くヒルダらしくて。


「ひいては王妃様のためになると思えばこそ、あの男の力になってやっているのです」


そうやって言い訳しながら仕事をこなす姿を見るたびに、笑いをかみ殺さずにはいられなかった。

ヒルダはいつだって正直だ。

言葉はひねくれていても、心の中はけしてひねくれない。

まっすぐに、ただ欲しいものだけに手を伸ばすのだ。


「あの男の時には震え上がって、一桁たりとも誤魔化さなかったくせに、年若い陛下になった途端にコレとは…!」


だからこそ、ズルや嘘を嫌う。

真っ当でないことを許さない。

だからこそ、シオンは今までヒルダに会うことができなかったのだ。

シオンは彼女を裏切ったから。

まだ、間に合うかはわからない。

それでも。


「…すまなかった」


シオンの謝罪に、ヒルダが眉を吊り上げる。


「王たる方が、みだりに臣下に頭を下げてはなりません」


彼女らしい反応に、笑みが漏れそうになるのを堪えて。


「悪いことをしたら謝る、それは王でも変わらないだろう?」


ヒルダの目元に手を伸ばす。

シオンはちゃんと気づいている。

彼が扉を開けるまで、彼女が泣いていたことも。

それがこの部屋で過ごした、自分と彼女の思い出についてのものなのか。

それとも、ちがう涙なのか。

まだ、シオンには聞く権利がないことも。

全ては。


「…お前とした約束、何度も破ってしまっていたんだな、俺は」


過去の清算から始まることを。




初めて会った時から、妙に気になる少女だった。

翠とも青ともつかない色よりも、そのあまりに大人すぎるまなざしが気になって仕方なかった。

だから声をかけた。

何がそんなに嫌なんだ?と。


「自分が役立たずだから、嫌なんです」


相手はそう面白くなさそうに呟いた。


「じゃあ、役立たずじゃなくなればいい」

「この体じゃ無理な話ですわ」


だって子供もできないんじゃ貴族失格ですもの、とさばさばと言い放って、彼女は丘の草をむしる。

ブチブチと引きちぎってはそれを散らす無為な虐待。

そんな風に一切の可能性を自分で否定しているのに、その目の奥にはまだ何かが残っていた。

どんなに力を込めて少女がちぎっても、土の中には根っこが残ってしまうみたいに摘み取り切れない、未消化のもの。

だから、シオンは考えた。

そうして、心に出てきた言葉を吟味する間も惜しく口にした。


「…それなら、俺の嫁になったらいい」

「…は?」


これ以上ない迷惑そうな顔をされて、シオンはちょっとたじろいだ。

ついこの間、婚約者候補だという娘をたくさん紹介されたので、自分では割合人気があるのかと思っていたけれど違うのだろうか。

それともこの相手は自分が誰かを知らないのだろうか。

だからつい、自分の身分を誇示するように言い張った。


「今は王子だけど、俺はいずれ王になる。王妃なら子供が生まれないと困る。そうなったらきっと、国中から医者が集まる。それでだめなら外に行けばいい。国の一大事なんだからいくらでも金を掛けたって大丈夫だ」


はっきり断られる前に一息にいいきったシオンを、相手は驚いたように見ていた。


「…そもそも子供ができないのに、王妃になれるわけがないと思いますけど?」


初歩的な問題を冷静に指摘されて、そう言われればその通りだとシオンは思ったけれど。

さっきまでの冷たさが嘘みたいに、その唇にわずかに刻まれている微笑みが見えたから胸を張った。


「それなら、お前自身が王妃にふさわしい人間になったらいい。子供が生まれにくいなんてことだけでガタガタ言わせない位に、とびきりに有能で優秀なやつに」


その時は舞い上がりすぎて、これがどれだけ身勝手な発言かなんて考えられもしなかった。

とにかくこの、目の前の綺麗な少女をもっと悦ばせてあげたかったから。

それだけのために、シオンはふんぞり返ってそう、言ったのだ。

後から思い出しただけで、何を子供が思い上がってるんだと、顔から火が出るほどにはずかしい。

そんな子供すぎるシオンの言葉に、少女は大きく目を見開いてそれからにっこりとほほ笑んだ。


「それなら貴方は、私が望むとおりの王になってくれるということですね」


そう指摘されて、自分がどれだけのことを彼女に言ってしまったのか、遅ればせながら気づいたシオンだったけれど、いまさら引き下がるという選択肢はなかった。

なにより彼女の湖水の瞳には、諦めの代わりにこの事態を面白がっている、そんな悪戯めいた光が宿っていたから。


「…や、約束しよう」

「じゃあ、指切りしておきましょう」


誓約書を用意するにはいささか時間がないですからと、不満そうに呟く彼女にシオンはちらっと思った。

なんだかこの少女は自分が思い描いていた病弱な美少女、というものから外れているような気がすると。

もしかすると自分は、とんでもない相手にとんでもないことを言ってしまったんだろうかと。

でもそれも、その冷たい指に自分の指を搦めた瞬間に飛んで行ってしまった。


彼女がとびきりの笑顔で笑ってくれたから。


どんな王を望むんだ?とそう聞いたシオンに、こう答えながら。


「私の体が治るまで、きちんと長生きしてくださる人です」


だって途中で死なれたら、私は王妃じゃなくなってしまいますから。


「そうしたら、流石に公費で外遊は難しいでしょうからね」


そう言って可笑しそうに笑う彼女に、シオンは胸がいっぱいになってしまったのだ。

滅多に笑わないその少女の笑顔の綺麗さと、あまりの可愛らしさに。






「…昔の話ですわ」


今はもう、そんな手放しの笑いなど見せてくれるはずもない、そんな淑女の鑑が唇を釣り上げる。


「私も陛下も、まだ子供でした」

「…そうだな」


子供すぎて、自分がどれだけ身勝手なことを言ったのかも分かってなかった。

自分にふさわしくあれ、などと相手に言える立場でもなかった、ただ守られてぬくぬくと生きているだけだったというのに。

年がたつにつれて、大人になるにつれて、自分の言ったことのあまりの無知さに羞恥を覚えてからは、無意識に内容を忘れようとしたのだろう。

良い王にならなくては、という気持ちと、少女の面影だけを残して約束そのものを忘れるなんて。


「俺は幼稚で、自分勝手だった。それでも、率直だった」


ヒルダがその緑の瞳をそらした。

次の言葉をわかってるみたいに。


「…ヒルデガルド」


扉をあけた瞬間、過去に舞い戻ったのかと思った。

でもそれと同じくらい、未来を見ている気がしたのだ。

ここに王妃として、ヒルダがいる。

そんなシオンにとって、当たり前の未来が。


「俺の妃になってほしい」


そこに見えてしまったから。




「承知しました」


あっさりと頷いて見せるヒルダに、シオンは呆気に取られてしまう。


「…い、いいのか?!」


けんもほろろに断られるだろうとおもっていただけに、やけにあっさりと受け入れられたことが信じられない。

そんなシオンにヒルダが眉をしかめる。


「陛下が望んだのではありませんの?」

「そ、それはそうなんだが…」

「王妃ともなるとそれなりの支度がいりますから、式は早くて半年後…できればそのころまでには検地もして税の見直しが必要ですわね。新婚旅行に偽装して怪しい土地を視察に回るという手も使えますし」

「あ、ああ…」


なんていうか、ちょっと違うっていうかだいぶ違うと思うシオン。

義務的というか、儀礼的というか、仮にもプロポーズの後なのだから、もうちょっとなにかある気がするのだが。

一応、シオンとしては一世一代の大告白だった訳なので。

そんなことは頓着しないヒルダ。


「側妃の選定も急ぎませんと」

「…は?」


あっさりと爆弾発言を落としてくれたのだった。




「俺は側妃など、迎えるつもりはないぞ?!」


なんだか、肝心なところは伝わってなかった気がしてシオンは思わず叫んだ。


「思い出したんですよね?陛下は」


それでわかるだろうと翠の目を細めるヒルダに。

シオンは怒りで目の前が赤くなる気がした。


「まさか、お前…子供は他所で作れとでもいう気か?」

「その通りです。世継ぎを作らない国は荒れます。貴方なら身に染みてお判りでしょう?」


逸らされない緑の瞳に、変わらない信念を見て、シオンは舌打ちをした。

どんな時も揺らがない。

その癖、こっちだけはゆさぶられる。振り回される。


「…だからどうした?」


国のため、それが自分の行動規範だ。

守られてきた自分ができる唯一の恩返し。

それでも。


「お前以外の妃は迎えない。お前の子供以外欲しくない」


隙間の空いた距離を一気に詰める。

久しぶりに引き寄せた体は覚えていたよりも小さくて、か弱くて。

いつの間にか自分の方が大きくなっていたことに気づく。

そして、まごうかたなき柔らかな女性の体に、まえはどうしてこれに普通に接していたんだろうと思うほど、体が熱くて堪らない。

恥ずかしくて、むず痒いのに、手放したくなくて、力が抜けない。


「…陛下、そんな子供みたいなダダをこねないでください」


抱きしめられるというよりは、抱き固められるというのが正しい状態に、腕の中から冷静なくぐもったヒルダの声が聞こえる。


「お前こそ、らしくないことするな。やる前から諦めるなどと…!」

「…今、国が乱れれば確実に東も西も、この地にやってきます。その中で下手な権力闘争が起きたらどうなりますか?私は陛下の正妃になるには肩書が多すぎるのです。前王朝に近かった私だけが重用されることは、陛下の今を支える臣下には不満が多いでしょう。子供の問題だけではないのです」


今この時は、ヒルダの持つこの手腕が憎かった。

そして、今はまだその不満を押さえられるほどの才覚を持たない自分が。


「…お前は、それでいいのか?」


いまだ王妃だった時のように、好きな人が幸せならそれでいい、と。

いつもはまとわりついて離れない癖に、妙なところで潔かったあの時と同じに、微笑んでいるんじゃないかと胸の中を見下して、シオンは目を開いた。

同じように見上げていた、ヒルダの緑の瞳が揺らいでいたから。

初めての感情に戸惑うように。


「…だって」


ヒルダらしくない、そんな子供のような口調で。


「私はいつ死ぬかわからないんですよ」


彼女は不安げに揺れる目で、怯えるように言葉を紡ぐ。


「きょうみたいに、ちょっとした花粉にさえも反応して…明日に亡くなってもおかしくない体です」


だから、とつないでヒルダの手が、シオンの衣服を掴む。

心細い子供のような必死さで。


「一人にしたくないんです。だってそれはとっても辛いことだから」


気持ちを預けた人が、ある日突然いなくなる。

そんな辛さを、何度も味わったヒルダだから。


「…妃として政務のお手伝いはいたします。だから、私に気持ちを預けないでください」


誰かに好きでいてもらうには、あまりに脆弱すぎる体だから。

だから高慢な、男嫌いの令嬢でいい。

残された人に、同じ思いをさせる位なら憎まれて、嫌われる方がいい。

逸らさない緑の瞳を、シオンの琥珀の瞳が見下ろす。


「お前は変なところで、間が抜けてる」


そういってシオンは笑った。


「とっくの昔に、俺の心はお前に預けてる。初めて会った時から」




「嘘です」


どきっぱりと言い放つヒルダに、シオンは肩を落とす。

次から次に、なんのためらいもなく振り払われると流石に凹む。


「だって、王妃様だった時には他の方がお好きだったのでしょう?」


ひたと見据えられて、シオンはたじろぐ。

たしかにそれは間違ってない、間違ってないのだが。


「…あれはお前と間違えたんだ。同じ髪の色と目の色だったクリスを」


あの頃はレイン付きの女官にばけていた補佐官は、それはそれは初恋の少女にそっくりだったのだ。

儚げで飛んで消えてしまいそうな感じが。


「まさか、目の色が変わってるとは思わなかったし…」


あの頃ははかなげだった可憐な令嬢が、逞しく成長しているとも思わなかったのだ、とは言わなかったけれど、察したらしいヒルダの目が剣呑に光る。


「…だから、あれは浮気じゃない」


その目力に気おされながら答えるシオンに、なおもヒルダは睨むのをやめない。


「今だって、そうでしょう?あんな風に、執務室にまで持ち込むくらいなのですから」

「なんのこと…まさか、アレのことか?!」


机の上に置いておいたシナモンロール。

恋を叶えるお菓子の話。


あれはそういうことではない、と否定しようとしてシオンは盛大に赤面した。

今更すぎて、なんとも恥ずかしい発見。

それなのに踊りだしたい位に、嬉しくなるそんなことに気づいた。


「…お前、本当に変なとこで間が抜けてる」


シオンの言葉に、ヒルダの瞳がムッと腹立たしげに揺れて、それからシオンの顔に遅ればせながら同じことに気づいたみたいに、その顔がジワジワ赤くなる。


「ち、違いますからね!これは焼きもちとかそう言うのではなくて!ケジメの問題なんですから!!」


真っ赤になっておこっても、今更だというのに頑張るヒルダに、シオンはニヤリと笑う。

心なしか養い親の一人にそっくりの顔で。


「…もう遅い」


さっさと額にキスを落とすところは、もう一人の養い親にも似ている手の早さだ。


「妃はお前一人でいい。焼きもち焼きの癖に側妃をすすめるひねくれものの、お前だけで」

「違います!」


否定しながらも服は握ったままのヒルダに、シオンは笑いが止まらない。

年上で限りなく有能な彼女が、わたわたする姿は可愛くて堪らない。


「約束を破って、すまなかった」


そして、その頬に手を添えて上向かせるとその琥珀の瞳をヒルダに据える。


「気のすむまでなぐっ…」


…最後まで言わせてもらえなかった。

鋭いパンチに辛うじてノックアウトされるのだけは堪えたシオンだが、かなり痛い。

数日は腫れる気がするが、これも自業自得なので仕方ない。

じーんと鈍く痛む頬を押さえると、何処かをきったのか口のなかにじんわり血の味がする。


「…こんな程度で許しませんから」


長い睫毛が震えて、緑の瞳が潤む。

握りしめた手をほどいて、シオンはその手に手を重ねた。

…けして二発目を警戒したわけではない。


「…私、怒ってるんですからね」

「ああ。分かってる」


ぎゅっと手に込められる力に、シオンは微笑む。


「お前は好きなだけ、怒っててくれ」


自分を卑下して、そっと立ち去るなんてこと、ヒルダには似合わない。

怒って詰って、こてんぱんにやっつけて。

約束はどうしたんだと、一生傍で文句を言ったらいい。


「…そうやって怒ってるお前が好きなんだ、俺は」


そうやって怒るだけ怒ったら、きっと彼女は。


「…いいご趣味でいらっしゃいますね」


嫌な顔をしながらでも、こうやって手を差し伸べてくれるのだから。






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