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世界で一番我儘で正直な人

ご愛読ありがとうございます。

忘れたころに更新する、こんな作品でごめんなさい 汗


ようやくヒルダと王様編の終わりが見えてきました!

そのまま中庭まで連れ出したカイルさんに私のことを説明するのはいささか骨が折れた。

私がここではない世界から来た、ということを伝えていいのかわからなかったので、我ながら説明はどうもぼんやりとしたあいまいなものにならずにはいられなくて。


「…ヒルダの居候?それが何故、王に面会など申し入れるのだ?」

「そ、それは特別な事情がありまして…とにかく怪しいものではないんです!」


…まあ、怪しいひとでも自分では怪しくないっていうだろうしなぁ。

自分で言っときながらそう思うほどに、さっぱり説得力のない私の言葉に当たり前というか、生真面目らしい性格をそのまま表したようなカイルさんの眉毛はしかめたられたまま。

そんな私の窮状を助けてくれたのはジークさんのペンダントだった。

必死でうったえる私の胸元からこぼれたそれに、何気なく目を落としたカイルさんがはっと居住まいをただしたのだ。


「…それを詳しく見せてもらってもよろしいか?」


眉間の皺はそのままながらわずかに目の険はとれているカイルさんに、私はこくこくと大きく頷いた。

外して見せようとする私を手で制して、カイルさんはそれをすっと手に取ると石の部分をわずかに傾ける。


「あ」


一緒にのぞき込んでいた私は、思わず驚きのあまり声を出していた。

傾けたその白い石の表面には魔法のようにそれまでになかった、なにか模様のようなものが浮かび上がっていたのだ。

図柄は盾と剣だろうか?中世の騎士団の紋章のようなそれに、なぜそんなものがここに刻まれるのか不明で。

はて?と首を傾げる私に、石を検めていたカイルさんがそれを放して視界から消えた。

それが彼がその場に膝まずいたから、ということに気づいたのは一瞬後で。


「え?!!」

「センティネル家の客人を疑うような真似をして、申し訳ない。どんな処罰も甘んじて受けよう」


頭を垂れる相手に、私はどうしていいかわからずその前に正座する。


「あ、あの全然、わかってもらえればいいですから!頭あげてください!!」


狼狽えながら必死に言い募る私に、頑なに膝まずき続けたカイルさんがようやく姿勢を崩してくれたのはそこから30分くらい後で、私は既にこの生真面目すぎる武人さんに疲労困憊していた。

ユージィーンののらりくらりにも困らされるけど、あんまりまじめすぎるのも別の意味で大変なんだなと、また一ついらない知識を増やしたところで。

私は改めて腰かけ直したベンチで、背筋を伸ばしてカイルさんに向かい合った。

このベンチに一緒に座るのもまた一苦労だったんだけど、まあそれはおいておいて。

聞きたいことがあるんです、と居住まいをただす私にカイルさんはその瞳を細めた。


「私にこたえられる範囲であれば、なんなりとお答えしよう」


その言葉に私は息を一つ吸った。


「…昔、ヒルダさんと王様の間に何があったのか。それを私に教えてほしいんです」




その瞬間、私は背筋を冷たい氷が滑り落ちていくような恐怖を感じた。

私を見据えるカイルさんの瞳にある、冷徹な光に。

抜き身の刃を突きつけられたような、そんな緊迫感に身じろぎすらできなくなる。


「…なぜ、そのようなことを知りたいと?」


答えによっては命がないのではないか、とそんなバカげた考えさえ浮かんでしまう厳しい目を、私は必死にそらすまいと見続けた。


「…ヒルダさんと王様の、すれ違いを解きたいんです」


カイルさんの瞳に一層の不審が宿る。


「それが、ユージィーン殿の意思なのか?」

「ち、違います!っていうかなんでユージィーンが出てくるんですか?!」


突きつけられた殺気の恐れも忘れて、私は思わずカイルさんにぷんすか怒ってしまった。

たしかに見張って邪魔して来いと言われたけれど!


「私はただ、あの二人がじれったいだけなんです!だって!」


うっかりその先を言ってしまいそうになって私は慌てて口をふさぐ。

相手がヒルダさんに惚れている、しかも結構年季の入った片思い中の人なんだということを忘れてしまったいた。

あれだけ熱烈な告白を耳にしていながら。

そのあからさまにしまった、という顔がおもしろかったのか。

カイルさんはその薄い唇に微かに笑みを浮かべた。


「…傍から見ていれば、一目瞭然なのだがな」


ヒルダも、陛下も。

そうつぶやく瞳が哀しくて、私は思わずカイルさんに手を伸ばしていた。

ぎゅっとその手を握り締める。

掌の皮膚がまるごとそっくり違うものになってるみたいな、厳めしい固い手はそれでもあったかくて。


「…私も貴方と同じで、幼馴染に恋をしました」


話さずにはいられなかった。

私ととても似ている、かなわぬ恋をしてしまった人に。


「貴方よりももっとずっと臆病で、私はいまだに言えないままだから」


関係を壊したくないとか、そんなものはごまかしで。

私はただ、プライドが高かっただけだ。

何の感情も抱いていない相手に、自分だけがずっと特別扱いしていた。

そんな馬鹿さ加減を知られたくないという、そんな意地で。


「…でも、それでも私たちには足りないものがあるんですよ」


戦わないで手に入るものなんていらない。

そうつぶやいたヒルダの姿が浮かぶ。


「なんでも分かった気になって、私は結局…誰とも戦わなかったんです」


どんな女性が来ても、最後には私のところに戻ってくる。

やっぱりお前じゃなきゃダメだったと、きっとこの長い年月が証明してくれる。

それだけに縋って、私は同じ土俵に立つこともしなかった。

そこに立ってしまえば、私も他と同じになるとそう頑なに信じて。


「きっとヒルダさんは、カイルさんに戦ってほしかったんですよ」


手に入るとか手に入らないとか、そんなものは抜きにしても。

簡単にあきらめたのではないかもしれない。

貴族社会で身分は絶対の価値基準のはずだから。

そこには彼なりの葛藤もあったのだろうけれど。

それでも、と思うほどの強い思いでないなら、ヒルダはいらないのだ。


「ヒルダさんって、我儘で自分勝手で…でも、ものすごく正直な人ですね」


常に一番の、全力の愛情でなければいらないなんて、誰もが思っていても口にすることのない願望を、素直に一途に追い求めている人なんて、そういない。

私の言葉に、カイルさんは今度こそ笑みだと分かる深い皺を口元に刻んでくれた。


「…そうだ。だから私の手におえない」


きっと同じくらい我儘で自分勝手で、正直な人にしか。


なんで私たちは、かなわない恋をするのだろう。

かなわないと知りながら、手を伸ばしてしまうのだろう。

自分で見切りをつけなければいけない恋なんて、そんな無意味で、残酷なものを。

それでも無駄ではなかったと、そう慰めるのは間違っているんだろうか。


思わず握りしめた手に力がこもって、カイルさんはその瞳を細めた。

どこか、すっきりとしたようなその目は穏やかで。

そうしているとこの人は凛々しい男前なんだと気づいて妙に気恥ずかしくなる。

王様に比べたら美貌という点では劣るけど、こんな人に本気で迫られてそれでもノーと言えるのだからヒルダさんの意思の固さは折り紙付きだと思う。


「…そ、それで…!」


王様とヒルダさんのすれ違いの原因は何なんでしょう?と不可抗力で赤面しながら聞き出そうとする私に。


「…何やってんの?」


降りかかるのはひんやりとした、聞きなれた男の声。


「ユージィーン!!なんでここに?!」


私の疑問をきっぱりシカトして、繋がれたままの手をじっと見下され、私は握り締めたままだったカイルさんの手を慌てて放す。


「別に色仕掛けをしてこい、とまでは言わなかったはずなんだけど?」


笑っているのに声だけが怒ってるって、そんな器用な真似をするユージィーンにカイルさんが改めて膝まずきながら。


「いや、客人は私のことを気遣って元気づけてくれようと…」

「発言を許可したつもりはないんだけど」


バッサリと切り捨て、膝まずくカイルさんを見下ろすユージィーンの目の冷たさに、私は思わず身を竦めた。

いままでご隠居だ、元宰相だと、言っておきながらこの時初めて私はユージィーンがまぎれもない貴族なんだと悟った。

有無を言わせないその冷徹さと、温度のない態度に声を無くす。

ただ、怖かった。


「ユキ」


だから名前を呼ばれて、手を差し伸べられて。

思わず知らない人になったみたいなユージィーンのオーク色の瞳に射抜かれて。

私はその声にはじかれたみたいに、身を震わせていた。

後じさりできない、座ったままの体をわずかに逃げるように引いてしまっていた。

差し出された手を避けるように。


その様子にユージィーンが驚いたみたいにわずかに目を見開くのが見えた。

そして、ぐしゃっと自分の髪の毛を掻き上げることで、その手を引くのが。

窺うように上げた目の先に、カイルさんを見下ろすユージィーンがいた。

もうその目には冷たい光はなかった。

ただ淡々と、ユージィーンは彼に指示した。


「ヒルダ様が行方不明だ。手を貸してくれ」


その言葉にカイルさんと私は、弾かれるように立ち上がっていた。




ただ黙って寝っ転がっている、という状態が最もふさわしくなく、そして最も苦手であろう彼女がいつまでもそこにいないだろうことは、当然予測の範疇だったのだが。


「…で、ヒルダはどこに消えた?」


僅かにぬくもりを残す寝台に手をつきながら、問いただした声は自分でもしまったと思うくらい尖っていて、伝言を受けたという小柄な侍女を怯えさせるには十分だった。


「す、すみません!!陛下の大事な客人とは知らず…!」


謝ってほしいのではなく、彼女の行方の手がかりが欲しいのだと苛立つ気持ちが抑えられない。

結局、体調不良では御前に参上できないという、簡単な非礼を詫びる手紙だけを残して。

顔さえ見ずに去っていこうとするそんな相手にぶつけられない気持ちを転嫁しているだけと理解しながらも。


「もう一人位は見張りをつけておくべきでしたね」


痛恨の表情で呟く補佐官に、シオンは思わずため息を漏らす。


「…そう決めたヒルダを邪魔できる奴なんか要るか」

「…いませんね」

「今更悔いても仕方ない。とりあえずアイツがまだ城の中にいるうちに捕まえないと」


ここに呼ぶだけで一苦労だというのに、きっとここで逃せば二度とヒルダは来ないだろう。

彼女がこうと決めたら、それは王命でも曲げられない。

焦る気持ちが主従に競歩のような速度で廊下を歩かせていた。

すれ違う女官の驚きの目を優雅に見返しながらクリスが微笑む。


「シオンの今日の仕事が片付いててよかったです」


早起きは三文の徳といいますが本当ですね、と嬉しそうに呟く彼に、何かを見抜かれているような気恥ずかしさを感じてシオンは咳払いする。


「あー…それにしてもアイツ、どこいったんだろうな」


シオンの言葉にクリスは優雅に首をひねった。


「城門は真っ先に閉めましたからね。あれだけやり込められた門番ならまず間違いなく、ヒルダ様を侍女と見間違えて帰してしまうということもないでしょうし」


もしかして、とクリスは言葉を継いだ。


「忘れ物があるのかもしれませんね。…それか何か、思い入れのある場所があるのか」


もう二度と来れないとなったらきっと、そういうところにいくんじゃないでしょうかと続けるクリスに、シオンは思わず立ち止まった。

突然の友人の挙動不審に怪訝そうに振り返ったクリスは思わず、微笑んでいった。


「…シオン、なにか心当たりがあるんですね?」


慈愛に溢れる笑みを向けられて、シオンは口元を押さえて立ち止まったまま頷いた。

一言でも発したら、なにかとんでもないことをしでかしそうだった。

赤面したまま走り回るとか、この場で勢いよく転げまわるとか、壁に頭を打ち付けるとか。


そんな王の様子に、クリスは黙って臣下の礼を取った。


「じゃあ、行ってきてください。半日くらいは私だけで頑張ってあげますから」

「…いいのか?」


事務仕事は片付いているとはいえ、王の仕事はそれだけではない。

自分が抜ける大事さを重々自覚していながら、代わりの誰かを迎えにとはいえない、そんな我儘を許すといってくれる補佐に。

思わず問いかけるシオンに、クリスは目を丸くしてから笑った。


「貴方以上に、玉座にふさわしい人を迎えに行くのに不満など申し上げようがありません」


だから必ず、連れ帰ってくださいねと釘を刺してクリスは臣下の礼を取った。


「…ご武運を」


いささか仰々しいその言葉に、シオンの背筋が伸びる。

確かに戦の前よりも高揚して、緊張している己を静めるように。


「…すまんが後を、頼む」


そう友人兼優秀な補佐に声をかけて、シオンは女官の驚き顔をものともせず走り出した。


もし、ヒルダが自分の想像通りの場所にいるのなら。

一刻もはやく駆けつけたかったから。

無駄にしてしまった歳月の先に、より長い未来を得るために。

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