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お気楽ご隠居、鼠になる

ご愛読ありがとうございます。

そしてとってもお待たせして申し訳ありません。

その割に話は進んでませんが 汗

ようやく旅にでるめどが立ったかなーってくらいです。

外交は面倒だなあ。

膠着していた状況を突破することをブレイクスルーといって、元々は壁をぶち壊すって意味らしいけど。


でもだからって、本気で壁を壊す人がいるなんて思わなかった…。


そんな私の視線もどこ吹く風。


「あんなものですぐに壊れてしまうなんて、脆すぎるんじゃありませんこと?」


ヒルダ様の声掛けに連行している側の兵士がびくつく。

壁をぶち壊したあと呼ばれた門番からバトンタッチされた瞬間に、警備や設備の穴を怒濤のように責め立てられたのだから、この怯えぶりも分からないではないけれど。


終始一貫してブレナイ女王さまぶりに、衆愚は黙してつき従うのみなのですが。


「ひ、ヒルダさま…!あの…ユー…」


ユージィーンはどうやってここに?と言う疑問は、あのエメラルドの眼光にいぬかれた時点で諦めた。


はい、ごめんなさい、もう聞きません…!


瞬時に震え上がった私に、女王さまは寛大なため息をついた。


「…心配する必要はありませんわ」


そして、その美しい顔をほんの少し弛めると。

私はおろか、震え上がった兵士も見とれるほど美しい笑顔でこう言った。


「…鼠には鼠の、それ相応の出入り口というのがあるんですわ」





こうして鼠呼ばわりされた元宰相は、その呼び名にふさわしい侵入の仕方で、王城に忍び込んでいた。

そして、首尾よく目当ての人物を見つけたまでは良かったが。


「そんなに頑張ってると、若はげになるよ」


かつての養い子にかけた第一声がそれとは、我ながらどうかと思ってしまうけれど。

しかし、すでに明けたとはいえ大方の人は寝ているだろう早朝に、目の下に隈をこさえたシオンが執務机に噛り付いているところをみたら、そう声をかけたくなるのが人情ではないだろうか。


若禿ではなくて、素直に体調を崩すよといえないあたりが、ユージィーンのユージィーンたる由縁だと、ジークあたりなら評しただろうが。


突然、声をかけられた側の彼の行動は素早かった。

即座に天井に向かって投げつけられた小刀を交わしながら、ユージィーンはすとんと地面に降り立った。


「いきなり、それはご挨拶じゃない?仮にも育ての親なんだけど」

「…その親の方針で、いきなり声をかける奴には攻撃していいことになっている」


特にこういうところで一人の時はな、と渋面で語る彼の顔に成長を見て、ユージィーンは笑った。


「躾が行き届いているようで、嬉しいよ」

「…鼠の穴は全部塞いだつもりだったんだがな」


どうやってここまで来たんだ?とあいさつもそこそこに追及してくるシオンに、ユージィーンは肩をすくめた。


「鼠が、全ての穴を教えているとは限らない」


例えば、僕個人の趣味の通路なんかはね、と付け加えるユージィーンに、シオンは机に突っ伏した。


「なんで、一国の宰相が趣味で城に隠し通路なんか持ってるんだ…!」


ユージィーンに言わせれば、一国の宰相でもなければ城に隠し通路なんか作れない訳なのだが。

まぜっかえしたところで建設的な意見は生まれない。


「まあ、そのおかげで久しぶりに親子が再会できたわけなんだから、良しってことで」


っていうかこの隠し通路、もとい覗き穴があったおかげでレインとジークの決定的決裂を防ぐことだってできたのだから、むしろ記念として保存しておいたっていいくらいなのだが。

難点は趣味用だったのでこの隠し通路が外と通じておらず、一度城内に忍んでからでないと入れないことだろう。

そこはヒルダの画策したあの大騒ぎのおかげでクリアして、ユージィーンは一人悠々と、王の執務室に侵入することができたのである。


さあ、俺の胸に飛び込んできてもいいよと腕を広げたところを邪険にしながら、シオンはため息をついた。


「…で、何の用で来たんだ?」


伊達や酔狂で、危ない橋渡りをするほど愚かな人物ではない。

そのくらいのことがわからないほど、浅い付き合いではない。

むしろ深すぎて迷惑なほどだ。


子は親を選べないというが道理だ。

選べるんだったら、ジークはともかくユージィーンを親と仰ぐ人生は御免こうむりたかった。

そんな忸怩たる思いを顔に乗せるシオンに。


「ちょっと東に行きたいんだけど」


軽い口ぶりで切り出された用件に、シオンの眉毛に深い皺が刻まれる。


「そんなお使い気分で行ける先か」

「お使いみたいなもんなんだけど、あっちの探し物を見つけてあげたんだし」

「…どういうことだ?」


不審げなシオンの声に、ユージィーンは笑う。


「不老不死の妙薬、ってやつだよ」




ユージィーンの説明を聞いたシオンは、その美しい顔を盛大にしかめた。


「上手くいく、としたら相手は相当なうっかりものだな」


俺なら盛大に疑って、突っ返しておしまいだけどなというシオンの独白に、ユージィーンはにやりとした。


「疑われないように、足元は固めるつもりだよ。だからこそ、お墨付きが欲しいんだよ。僕たちの身元のね」

「つまりはお前たちを、正式なこの国の特使としてあの国に送れってことか?」


お前自分の立場忘れたのか?とシオンがあきれ顔になる。


「俺とお前は名目上、反目しあっているもの同士だ。そんな犬猿の仲の相手を異国に特使で送るなんてことがあるか?」

「目の上のたんこぶを遠隔地に飛ばす、なんて嫌な上司のやりそうなことじゃない?それにそうやって捨石として切り捨てられた、と思っていただけるなら一石二鳥だよ」

「…あちらにスパイとして雇われるということか?」

「そういう使い方もある、と思わせられるなら向こうに便宜を図る言い訳が立つ、ってものじゃない?」

「…騙されるか、あの竜兄弟が」

「だます必要はないだろうさ」


その言葉に、シオンの瞳が丸くなる。

そうすると為政者然としていた仮面が崩れて、年相応の柔らかさが垣間見える。


「あいつらにとっても、皇帝は目の上のたんこぶ。つまり…」

「敵の敵は味方、ということか」


まさかそれも見据えて、あの子をお使いにやったのか?とそう尋ねられて、ユージィーンは首を振った。


「いや、あれはヒルダ様の発案だよ」


ここまでの思惑なんて匂わせもしなかったはずなのに、即座に見抜いたあの嗅覚。

この王のとなりにあれば、あれは値千金の価値がある。


「あの方ほど、女王が板につく方もおられないと思うのだけど?」


からかいも込めてそう口にして、ユージィーンは驚いた。

厳めしく眉をしかめていた養い子の姿はどこへやら。


「…そんなことは、とっくに気づいている」


懸案事項が多すぎて、手が付けられないだけだ、とそう口にする彼に。

珍しくユージィーンは「あ、そう」とだけつぶやいて口を閉ざした。


憮然として真っ赤になる、なんてわかりやすい態度で来られて、その不器用ぶりに絶句したこともあるが。

為政者としては立派に立っているシオンの、意外というか当然というか、そんな急所をみたことにいささか面喰っていたこともあった。


ヒルダ様もヒルダ様だけど、こっちもこっちで相当だな。


これは思ったより力技になりそうだなと、独り言ちた彼に呼応するように、王の執務室の扉が力強くノックされた。





案内された部屋は、一目で特別!とわかるRPGでおなじみのどでかい玉座がどかんと置かれた明らかに王様がいそうな部屋だった。

終始怯えっぱなしの兵士が、深く頭を垂れたのに合わせて、私も慌てて頭を下げる。


え?私たち不審者なのに、こんないきなり王様に会っちゃうとか、そんなドラク○みたいな展開があるの?!

実はお姫様が攫われて大変とか、街に魔物がとかいわれても困る…!

でもヒルダ様ならスライムと言わず、そこそこ強い奴もビシーッとやっつけてしまいそうですけど!


「ようこそお越しくださいました。ヒルダ様、ユキ様」


混乱する私にかかったのは、柔らかい響きはあるけどたしかに男の人のもので、王様というイメージの割に優しいそれに私はかかっていた肩の力を、ほんの少し緩めることができた。

恐る恐るその声のするほうをうかがって、私はぽかんと口を開けた。


王子様だ。

王子様がいる。

長く伸ばした金髪をむすんで背中に流し、お目目は人形みたいな碧眼。

白を基調にした軍服みたいな服を着ているけど、全体の雰囲気はとっても柔らかい。

まさしく少女漫画の王子様みたいな人だ。


その人は玉座ではなく、私の目の前に膝をついていた。


「って、わあ!!めっちゃ近い!」


びっくりしてのけぞる私に、びっくりする王子様。


「ごめんなさい。お顔が見づらかったので。貴方が昨日、荔枝を受取りにきたというお嬢さんですね?シオンからお話は聞いていました」


その言葉に、私は案内してくれたこれまた美形だったお兄さんを思い出す。

名前を聞き忘れていたけど、シオンさんというのか。


っていうか、これってもしかして不味い?

この王子様っていうか王様にばれている??


「あ、あの!あれは私がどうしてもってお願いしたことで、シオンさんは何にも悪くないんです!!だからあの、怒らないでください…!!」


ジャパニーズスタイル土下座がこの国に通用するのかわからなかったけれど、とにかく誠意をつたえるために私はその場に平伏する。


「今日の壁をぶち壊したのも私の不注意で!!ヒルダ様全然悪くないんです!!だから怒るなら私だけで!この世界の刑罰がどんなものかわからないですけど、こんななりですけど結構頑丈なんで!!」


さあこき使ってください!と顔を上げた私に、しんと沈黙が降りる。


「…ヒルダ様、あの…色々なカン違いが生まれてるみたいなんですけど…」

「しょうがないでしょ?あの男がいきなり店に連れてくるんだから」


事情なんか説明する暇ないわよ?と答える女王様に、王子様は優雅にため息をついた。

そしてその白魚のような手を差し出してくれる。


「女の子なんだから、体は冷やしちゃだめですよ?」


床は冷たいでしょうと引き起こされて、私は思わず頬を染める。

なにこの完璧王子様…!

無駄にときめくじゃないか!

そんな私に王子様は優しく微笑んだ。


「ヒルダ様とあなたは今日、ここに王が依頼したものを届けに来てくれただけです。その際にちょっとした手違いがあって壁は壊れましたけど、防衛上の不備が見つかったということなら安いものでした」

「王が依頼したもの…??」


私が持ってきたのはヒルダさんが作ったライチのシャーベットなんだけど?

そういえば転がったあれはどこまで旅に出ちゃったんだろう。

無事にできてればいいのだけれど。


私の疑問に、王子様はぱちりとウィンクした。

様になりすぎてなんだか怖いです!


「一日遅れの誕生日祝いですよ。もともとヒルダ様には祝賀パーティー用のケーキを依頼していたのですが、王に献上するにたる材料が見つかりませんので、とけんもほろろに断られておりまして」


その言葉にヒルダさまをうかがえば。

おう…めっちゃ苦虫かみつぶしているぅー…。

っていうか、仮にも一国の王様にヤダとか言っちゃうって!

流石ヒルダ様っていうか、真似できないっていうか、真似したらえらいことになるっていうか。

嫌い方が徹底しているっていうか。


あれ…?なんか今ちょっと引っかかったな。

ヒルダさまにしては、嫌い方がネガティブな気がする。

嫌っていって、顔を合わせないだけってなんか…消極的すぎないだろうか。

ヒルダ様ならもっと徹底的に痛めつけるんじゃないのかな?

それこそユージィーンに対するみたいに。


「そこでこちらから下賜させていただいたんですよ。盟約の実なら不足はないでしょうから」


成程。理屈はわかった気がする。

ヒルダ様の断りを逆手にとって、王様が材料を下賜したことで彼女は献上品を届けざるを得なかった、という図式を、いまこの二人が作り上げたということが。


それであの王宮に私はお使いに出されていたのかぁ…。

なんていうか…めんどくさいよ!王様って!!

なにこの回りくどい手続き!


こうまで体裁を繕わないと、顔すら合わせられない元婚約者たちって。

穏やかに柔らかに微笑んでいる王子様と、殺伐とした空気すら醸しているヒルダ様。

どっちがどうわだかまっているのか一目瞭然ですけど…


でもわからないでもないなー。

だって、一番苦しいときにはこの人は他所に逃げていたんだし。

そりゃあ彼女に愛想つかされてもしょうがない気がするよね?


付き合い的にもヒルダ様に肩入れしてしまう私は、だんだん王子様がエセに見えてきた。

そんでもって、帰ってきたら何事もなく誕生日を祝うものを作れって言われてもね?

そんなもの素直に祝えるわけがない。

あー、男ってどんな世界でもやっぱりバカなんだなぁ!

なまじっか顔が良いからってなんでも許されるとか思ってないでしょうね?!


ついつい目付きがきつくなる私に、似非王子がたじろぐ。


「…ヒルダさま。なんだか余計なこと言ってませんよね?」


誤解を解くつもりがどんどん深みに嵌っているみたいなんですけど?という似非王子に、ヒルダ様がふうと嘆息をついた。


「たぶん根本的に間違ってるんじゃないかと思いますわ」


そして彼女は私に、似非王子を指さしていった。


「あのね、ユキ。こちらはクリス。国王の補佐官を務めている方です」

「え?!」

「ああ…そういうことでしたか」


私の驚きに、似非王子あらためクリスさんがくすりとほほ笑んだ。


「とっくにシオンが名乗っているものだと思っておりましたので、失念していました」


…えーと。

その言い方だとなにか、あれですよね?

あの私を案内してくれた超絶美形のお兄さんが、まさかのまさかだってそういうことみたいな?


助けを求めて見上げたヒルダ様は、つんと顎を上げていった。


「市井で顔を知らぬ者がいるなんて、思いもしなかっただけですわ」


なにせ顔がよくて絵姿も飛ぶようにうれる方ですから、とのたまわれて私はオリガさんの話を思い出す。

ああ…たしかに聞いていたわ、私。

王様はとても顔が良いから、若い女性に大人気だって。


「ということはやっぱり…あのお兄さんがシオンさんで」

「…この国の王様です」


にっこりと申し添えるクリスさんの笑顔は、温かく優しくて。

なぜか泣けてくる私だった。



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