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鉄壁の女王様、壁をぶち壊す

いつもご愛読ありがとうございます。

不定期すぎる連載におつきあいいただいている方々、本当にありがとうございます。

今回は色々むちゃくちゃです。

理論上はたぶんこんな軌道にならないはずなんですが…ただただ、やってみたかった、というだけなのでご容赦いただければと思います 笑

「ザイフリートさん!」


その白銀の髪を後ろに撫でつけた、執事然とした姿をみた瞬間。

私は懐かしさのあまり、その胸に飛び込んだ。


「ユキさん、お元気そうで何よりです」


薔薇の蔓が絡みつくアーチの下で、危なげなく私を受け止めながら。

ザイフリートさんは白銀の瞳を柔らかく輝かせた。


「道中、何か問題はありませんでしたか?」


社長の旦那、オットさんに似ているけれど、断然男前の顔をほんの少し曇らせて。

心の底から案じてくれるその声に知らず安堵がこみ上げる。


「色々…大変だったんです…!」


特に、あなたのご主人の御守ですけど…!

言葉にするのにはばかったその部分は、しっかり伝わったようで。

ザイフリートさんは、その白い眉を下げて私に小さく詫びた。


「…それは…申し訳ありませんでした」


むちゃくちゃな上司を持つと、部下は苦労する。

それを知らない訳じゃない私は、ザイフリートさんの胸元で首を振った。



陸路で王都を目指した私たちから遅れて数日。

王都に海路からたどり着いたザイフリートさん。

でもその遅れは補給に加えて、頼まれていた品物を受取りに行ったせいでもあったらしい。


「少し遠方に出向きまして…合流が遅れましてすみません」


恐縮して頭を下げてくれる彼に、私は慌てて首をふる。


「ザイフリートさんのせいじゃないです…!」


この有能な人をとことん振り回す、あの男が悪いに決まってる。

絶対悪い!

今もしれっとあくびを噛み殺しつつ、一人呑気なこの男が!


「あー、ザイ、おはよ。頼んでたもの何とかなったの?」


それにしても、途中で抱き枕が居なくなったからイマイチ寝た気がしないな、とかつぶやいてこっちを見るのは止めてよね?!

勝手に抱き枕にしたのはそっちでしょうが!!


そんな私たちの様子に何を察したのか、ほんのりとため息をついたザイフリートさんはそれでも穏やかな口調で告げた。


「今年は暖冬だったようで、品薄だったようですが…何とか間に合いました」

「そうか。了解」


ご苦労だったね、と短くねぎらうユージィーンに、ザイフリートは一礼する。

こういう顎を人で使うのが板についているあたり、全くこの人は貴族なんだなと思うけど。


それでも、頑張って品物を用意したザイフリートさんを見つめる目が冷ややかなのは、ひどいと思う!

抗議するように目を険しくした私に、にっこりとほほ笑むユージィーン。


「ところで、いつまでザイに抱き付いてる気なの、ユキ?」


そういわれて、私は彼に抱き付いていた体を離した。

いや、久しぶりに会った嬉しさでつい、長々と抱き付いてしまったのは私もちょっとやりすぎだったかと思うけど。

そんなに怒ることないと思うんだけど?!





「…全く、何なのよあの男は…!」


結局、文句を言うだけ言って荷物を下ろすのはザイフリートさんにお任せしっきりというユージィーンに、ひとしきり文句を言う私に。


「あの方は、あれでよろしいのですよ」


そう穏やかに話す、ザイフリートさん。

こうしてヒルダさんの館についてから、休みなく働いている彼と対象に、優雅な朝食を堪能しているはずの主人に恨み節をいうわけでもない、そんな人格者の彼に。

そこまで人間のできていない私は憤然と返す。


「全然よくないです!甘やかすのは駄目です!ちょっとは働かないと!」


私のその言葉に、ザイフリートさんは私が入る位の大きな壺のようなものを抱えた。

これは今回の荷物ではなく、以前エレインさんの領地で王都へのお土産だと馬車に詰め込まれたよくわからない品物の一部だ。

鈍く銀色に光る、ハイジの世界で見るような牛乳缶のような形のもの。

そこそこ持ち重りのするそれを、私は反対側から持ち上げるのを手伝った。


「ありがとうございます」


穏やかにお礼を言ってくれる彼だけど、大部分は彼の力でもっていることは手伝っている私が一番わかっている。

それでも私の気が済むように、形だけでも手伝わせてくれる、この人は優しい人だ。


それに比べて…とまたその主人に対する怒りに燃える私の顔に。


ヒルダさんの仕事場でもある店の厨房に向けて二人で壺を運びながら、彼は苦笑まじりに教えてくれた。


「もし、あの方が私どもの仕事を手伝ってしまえば、すなわちそれはその者を失職させることに他なりません」


使うものと、使われるもの。

その仕切りを間違えてしまえば、それはすなわち弱いものにより多くの災禍になる。

それが貴族社会というものなのだと、静かな白銀の瞳が語る。


「あの方は、それをご存知なのです」


国内でも指折りという名家の子息に生まれたユージィーン。

貴族である、ということに付随するすべてを、生まれた時から享受もして。

反面。


「それは…可哀想ですね」


誰か困っている人を助けたいと思う。

その瞬間に、相手がどんな身分で立場なのか。

そんなことを考えなきゃいけないなんて。

なんて、窮屈な世界なんだろうってそう思ったら。


思わずつぶやいた私に、ザイフリートさんは驚いたように目を開いて、それから笑った。


「貴族は可哀想ですか…ユキさまはやはり、不思議な方ですね」


でも、そこがきっといいのですねと小首を傾げる彼に、なんだか落ち着かない気持ちになりながら。

私は何気なく、荷馬車に積んであった小ぶりの素焼きの壺を持ってびっくりした。


「つめたっ…!」


茶色のその壺はよく見れば表面に水滴が付くほどに冷えていた。


「すみません、断るべきでしたね」


ザイフリートさんが渡してくれた手袋をはめながら、私は首を傾げた。

とても冷たいそれは、この世界では初めての感触だった。

この国では流水で冷やしたものが一番冷たく、それも時がたてばぬるくなる。

さらには持ち上げた瞬間に、液体ではない個体のものが動く感触がしたのだ。


「もしかして…氷?」


私のつぶやきにザイフリートさんは微笑んだ。


「はい。ヒルダ様の頼まれものです。新作のお菓子に必要だということでしたので」


ヒルダさんの頼み事って例の王宮潜入作戦とは別なのかな??

そう聞けば、私が王都へのお土産として持たされた品物のなかにも、ヒルダさんの頼まれものがあったらしい。

大小二つの壺、一つは私がすっぽり入る位大きいもので、いったい何に使うものかと首を傾げたから覚えている。


「それと、硝石もですか」


塩でも代用できるんですけどね、少し高級なのでと注釈されて。

私の脳裏に、ずいぶん前に一度だけ余興で使用した、あのおもちゃがうかんだ。


サッカーボールのようなものを転がすと、真ん中の筒の部分にアイスクリームができる、あのおもちゃ。

たしかあれの中身も、こんな二重構造で、その間に氷と塩をいれていた。


なんでそんなものを知っているかというと。

サッカー好きな新郎とアイスが大好きな新婦のために、新郎の友人がサプライズで用意したいと要望があり。

せっかくならと庭を解放して招待客全員で作る余興をやったのだが…。

目測を誤ったお客の一人が放った、奇跡的に鋭いシュートが、危うくウェディングケーキを倒しそうになって、あわや一大事になったことがあるのだ。

救いはそのウェディングケーキがいわゆる作り物で、一段だけ用意された本物は、私の決死のダイブにより救われていたので無事だった。

でもあれは、もう一度やれといわれても二度は発揮できない、まさしく神の右手だったと思う。


「つまり、ヒルダさんが作ろうとしているのは…ライチのシャーベット…ってこと??」


大小二つの壺に。

大量の氷、そしてさっき踏みしめて絞り出したライチの果汁。

塩の代わりの硝石。


そこから導き出される新作のお菓子は、きっとあのサッカーボールの原理と同じだ。

でもそうであるなら、ひとつ問題がある気がする。


それなりに持ち重りがするそれ。

サッカーボールに比べてはるかに巨大で重い、その牛乳缶もどきを。


「…どうやって転がすんですかね?」


私のその疑問に答えたのは、ライチの芳醇な香りを漂わせる、小さな壺を手にしたヒルダさんだった。

あれだけ朝から立ち働いていたというのに、まったく疲れを見せないその姿は、拝みたくなるほど神々しい。

あれ?そういえばこの人だって貴族のはずなんだけどな?

さっきうっかり同情しちゃったけど。

うまいことザイフリートさんに誘導されてたけど。

やっぱりユージィーンの怠けぐせは本人のせいなんじゃないの…?!


ふたたび怒りに打ち震える私に、小さくため息をつくザイフリートさん。

そんな私たちとは正反対に、ヒルダさんの鮮やかな青いドレスに身を包んだ姿は、文句なしにゴージャスで。

その姿に似つかわしい、それでいてなぜか背筋が凍りそうな位に恐ろしい笑みを浮かべながら。

彼女はびしっと指さした。


「もちろん、これを利用するのよ」


その先を見たくない気持ちでいっぱいになりながら。

私はそれでも、目を向けた。

私とオリガさんがたどった、石畳の道が指さされていた。

それはまっすぐに、そして緩やかな下り坂になりながら。

一直線にお城に向けて伸びていたのだった。





「わあぁぁぁ!!」

「な、なに?!なに今の?!」


高速で転がる、何やらわからないデカイ物体に対する人々の反応は意外に機敏だった。

或る者は左に、或る者は右に飛びのいて、迫る牛乳缶もどきをよけていく。

幸いにして、いまだ一人もけが人が出ていないのが幸いだ。

街はまだ目覚めたばかりのようで、城に続く道にはまばらにしか人影がないことも幸いした。

今度は鶏連れの女性が驚いて尻もちをつくのに。


「ごめんなさぁぁいぃ~!」


ひたすら平謝りしながらゴロゴロと加速していく牛乳缶もどきをひたすらに追いかける私。

これはもはや黄金の右手では止まらないわけで。


久しぶりの全力疾走に、脇腹が痛い。

涙すら浮かんでくる。


「なかなかのスピードですわね。これは思った以上に上手く仕上がりそうですわ」


隣を並走するヒルダさんはどこか楽しそうだ。

まるでボールを追いかける犬…というよりは獲物を追う狩猟犬って感じなのはひとえに、その人徳のなせる業なんだろうか?


「ひ、ヒルダさんっ!く、苦しくないんですか…?!」


ドレスを優雅にたくし上げて走る姿なんて、たぶんこれがガラスの靴を片方落として走りさったシンデレラの姿だといわれてもそうかと納得できそうな雰囲気なのが怖い。


「苦しい、のは慣れてますから」


サラッと答えた彼女の、エメラルドの瞳が輝いた。


「いよいよですわね!」


その言葉で私はよそ見していた目を前方に向け直す。

石畳のものらしき石を積んだ荷車が、道路をふさぐようにしてとまっているのが見えた。

その前にいたのは、石畳の補修箇所を話し合っていると思しき筋肉質の職人たち。

そしてその石畳の近く、いまだ開かれていないお城の門の前で、彼らに油断なく目を走らせている門番の姿だった。

話に夢中で全く気付いていない彼らに、私は精いっぱい声を張り上げる。


「よけて!!」


私の声に気づいた男たちが、ゴロンゴロン転がってくる牛乳缶もどきから蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

そのなかに妙に見慣れた色が見えた気がしたけれど、この国ではありふれた色だったと思い直して、私はようやく止まりそうなその牛乳缶にほっと息をついた。

…のもつかの間。


「え?!?」


荷車に引っかかって止まると思われたその牛乳缶は、その手前。

補修用に詰まれていた石にぶつかってその軌道を変えた。


まっすぐから斜めに変わった、その軌道の先。

そこには高くそびえるお城の壁が迫っていた。


そこからの出来事は。

まるで映画のワンシーンのように、スローモーションで見えた。


あわてて止めようと走ってくる門番。

手前で軌道を変えた牛乳缶を、茫然と見送っている職人さんたち。

長い坂道を転がり続けた牛乳缶と。

それがぶち抜いた、大きな穴の空いた城の壁。

がらがらと崩れる石組みに、私は思わず立ち止まり首をすくめた。


中からわずかに聞こえた悲鳴は女性の声で。

だれか廊下を行く女官の前に、あれがごろごろと転がって行ったんだろうと思う。

さすがに王城の中に入るわけにはいかなくて、どうか誰も怪我しないうちにとまりますように!と祈ることにする。


どうしよう。本当にやってしまった。

日本でいったら、犯罪級…いやたぶん、ここでもそうだと思うけど。


「大丈夫ですわ。人に当たっても、もう大怪我をするほどの威力はありませんから」


この壁を壊すだけでも相当、勢いは殺されているはずですもの、と。

青ざめる私の横で、女王様は満足そうに微笑んだ。


「…前々から趣味が悪くて大嫌いでしたの」


見れば彼女の足元には、石膏と思しき何かの作品が転がっている。

とするとこの付近は、なにか王城の美術品的なものが収められた部屋だったのかもしれない。

どうしよう…罪状リストが増えている…!!


というか、まさかそれがこの「壁をぶち抜いてしまえ」作戦の動機なんでしょうか?!


そんな戦々恐々な私とは裏腹に、エメラルドの瞳を爛々と輝かせたヒルダさんはその細い足を踏み出した。

ガラスの靴よりずっと強靭なその靴のつま先が、故意か自然にか、既にひびの入っていたその石膏の顔を踏みしだく。


「…さ、乗り込みますわよ」


じょ、女王様…!一生ついていきます!!

私は畏怖か、ただの怯えか、はたまた武者震いなのか。

全く判別付かない震えに襲われながら。


「誰か、ありますか!」


凛とした声で、門番を呼び寄せるヒルダさんの、頼もしすぎる背中を追いかけた。

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