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ご隠居さん、落とし物に贈り物をする

ご愛読ありがとうございます。

前半はシオン、後半はユージィーン目線になっております。

お互い、ぐるぐるしています。

「という訳で、持たせてやったんだが…まずかったか?」


珍しくばつが悪そうな顔をする主に、クリスは微笑んだ。


「いえ。むしろありがたいですよ。毎年たくさん取れても、保存がきかなくて困っていたところですから」


東方の帝国の有力後継者である竜兄弟から贈呈された若木は、いまや温室中に広がっていた。

このよい芳香をもつ、赤茶の実は美味であったけれど。

残念ながら傷みやすく、摘み取りの際は枝ごと取らねばならないうえ、保存があまり効かない木の実でもあった。


「氷室に入れるにも、量が量ですからね…」

「帝国と違って、こっちでは冬にならないと氷ができないからな」


常に寒冷な環境を有する高い険しい山を持つ東の帝国と違い、この国にはなだらかな山しか存在しない。

したがって、城の裏側に位置する、山の斜面を利用した貯蔵用の氷室には冬に採取できた氷のストックが入っていて、これがなくなれば新しいものは冬にしか採取できないという、きわめて貴重なものだった。

貯蔵が効かないとなれば、生で食べきるほかなくて。

この時期の城の食卓は必然、荔枝が毎食供される羽目になり、一部のものから不興を買っていた。

かくいうシオン自身も、誰よりも頻繁に、荔枝を目にして食べる羽目になってうんざりしている一人である。


そういえば、なぜあの娘はこの庭園に実のなる木があると知っていたのだろう。

非公式とはいえ、帝国のNO2に等しい権力者からの贈り物をおいそれと、城のそとに出すわけにもいかず、だからこそ必死に自家消費をしてきたわけなのだが。

温室の様子に目をみはっていたところを見れば、詳細は知らなかったようだが。

主に聞いてきたのだろうか?

しかし彼女の主はどうして、それを知っていたのだろう。


そんなことを考えていたシオンの耳に。


「そういえば、ヒルダ様のお店で、夏の新作に面白いものがでるとかいってましたね。オリガさまに聞いたという西方の菓子だとか」

「ヒルダの…?!」


気持ちが盛り上がったからと言って、じゃあすぐに駆けつけるという行動は、王たるシオンには無理難題だった。

そもそも外出することすらままならない身の上で、なおかつ半日さぼった仕事も溜まっている。

いまだってこうして、書類の山と格闘しているのに一向に嵩がへらないそれに嫌気がさしているところだった。

どうしてこう、正式な文書というのは持って回った言い方ばかりなのか。

やたら貴族的な凝った文面を噛み砕いてみれば「もっと予算をよこせ」だと判明したときなど、それまでの苦労も含めて、二つに引きさいてやりたい気持ちになる。


かといって、補佐官のクリスがチェックしているからと言って、いうなりにハンコを押しているだけというのでは自分がいる意味がない。

彼を信じてないのではなく、そうしないといざなにかあった時にクリス一人に責を押し付ける羽目になってしまう。


こんなときに彼女がいてくれたら。

そう、シオンは思ってしまうのだ。

彼女がこの場にいて、これを読んだなら。


「予算の無心よりも先に、限られたものを有効に使う心を身につけろと、そういうべきですわ」


そう便箋3枚にもわたる大作を切り捨てそうだな、と思っていたところに。

タイミングよく飛び出した名前に、シオンは思わずぎくりと身をすくませた。


「なんだ、藪から棒に…!どうしてそんな話が…?!」


考えていることが読まれたのか、ひそかにあせる彼に。

しかし、同じく書類の嵩をへらすことに躍起なクリスは主の不審な動作に気づくこともなく。

シオンが傍らに置いている、シナモンロールの袋を指した。


「その紙袋が目に付きましたので。そういえば姉上が妙なものを無心されたんだと手紙に書いてきたのを思い出したのです」

「…妙なものを?ヒルダがレインにか?」


それはなんだ?と怪訝な顔をするシオンに、クリスはほほえんでつづけた。


「硝石が欲しい、とそう申されたんだそうです」


硝石といえば、火薬の原料の一つでもあり。

主に家畜のふんなどが堆積したものから産出される物質だったはずだが。


「…戦争でもやらかす気か?」

「それなら、姉上もさすがに止めますから。あくまで新しい菓子のために必要なんだそうですよ」

「…なにを作る気なんだ…」

「ジークさまには、巨大な鋳物の制作を依頼されたそうですよ。大きいのと小さいのと何故か二つ分」


ユージィーンさまに持たせたっていうからもう、引き渡されている頃では…とつぶやいて。

はたと何かに気づいたように、クリスの言葉が切れた。


「荔枝を使って作る、砂漠の国の菓子…もしかして…?」

「…クリス??」

「高級品と聞いたけど…そういえば確かに、あれなら…」

「…クリス?俺は何が何だかわかってないんだが?」


小声で何事かつぶやいている補佐に、シオンは恐る恐る声をかけた。

そんな主にあらためて気づいたように、クリスは顔を上げると。


「陛下、急いで明日の分の仕事も片づけませんと。きっと…」


クリスはそういって、満面の笑みを浮かべた。


「心待ちにしていた方が、お見えになるはずですから」



明日、ヒルダが城に来る。

よくわからないが、クリスはそう推察したらしい。

それが当たるのか外れるのかはわからないけれど。


これを逃したら、きっとヒルダは二度とこの城には来ない気がして。

それでも今日気づいたばかりで、いきなりこう事態だけが先行しているとつい待ってくれと言いたくなる自分がいる。


一体、何をどういったらいいものか。

どういったら、ヒルダとの関係を取り戻せるのかわからない。


いや、俺は取り戻したいんじゃない。

あの無条件の讃美者としての彼女や、有能な片腕としての彼女じゃなくて。

もっと生身の、ヒルダという人に。

王でも王妃でもない、シオンとして、向き合いたいんだ。


でも、そのためには。

この気持ちを言葉にするには。

どうしたらいいんだろう?


掛け違えてしまったボタンを、止め直すそんな言葉は。


そこまで考えた時、夜の庭にいるのが自分だけでないことに気づいた。

闇夜に紛れるような、紺色の制服に、そこだけがかがやいている太陽の縫い取り。

沈み込むには明るすぎる青い瞳に、正体が知れてシオンはため息をついた。


「カイル…こんなところで何してる?」


それはベンチに深く沈み込み、わかりやすく落ち込んでいる自分の近衛隊長だった。

いつもは自信に満ち溢れている精悍な男前が、ここまでうち萎れている姿は珍しい。


「…ハア。陛下、こんばんは」


律儀に挨拶をする近衛隊長。

あの堅物の一番弟子らしく、こんな凹んでいるときでも礼儀は重んじるらしい。


「もしかして、俺のせいでアランとなにかあったのか?」


ちょっとの間とはいえ、警護対象を見失ったわけで近衛としてはかなりの失態だろう。

上官に絞られたくらいで、こんなに萎れるようなこともなかろうが念のため確認したシオンに。


「いえ。陛下がいなくなるのは日常茶飯事。城から出なければもはや、隊長も諦めております」


いざとなればリヒトさまがおりますので、と注釈する近衛隊長にそれもそうだったと納得しながら、シオンは首をかしげる。


「じゃあ、なにがあったんだ?さては女にでもフラれたか?」


シオンとしては軽いからかいくらいのつもりだったのだが。

それを聞いた近衛隊長は、それが凶器でもあったかのように胸を押さえて。


「…結婚を申し込んで…断られました」


沈鬱な口調で打ち明けられて、さしものシオンも処遇に困った。

気にするな、というのもおかしいし。

元気出せよ、というのもなにか違う。


「それは…気の毒だな」


とりあえずそう答えたシオンに、近衛隊長は空を見上げた。


「…ずっと、彼女だけを思ってました。幼馴染の俺ならば彼女の事情も知っているし、子はなくとも幸せになれると、そう伝えたのですが…」

「…子はなくとも??」


思わず聞き返したシオンに、近衛隊長はその青い瞳を向けた。


「彼女は…プリムは昔、重い病にかかって…その薬の副作用で子ができにくい体質なのです。彼女は口にはしませんが…そのことを気に病んで、どこにも嫁がぬつもりなのです」


嫁いだところで、その男の子供は産めないかもしれない。

そうなれば相手は、家をつなぐことはできなくなるから。


「それは…哀れなことだな」


シオンは思わず、つぶやいた。

呟きながら思い出すのは、金髪の不思議な瞳の少女だ。

彼女も重い病を抱えているのだと聞いた。

まだ事例が少なかったその病は、決定的な治療法がなくて。


「ずーっと薬を飲むんですって」


細すぎて痛々しい足を揺らしながらそう語っていたのも、確かこの庭だった。

あのころはこんなに花もなくて、きれいでもなかったけれど。

それでも、芝生に彼女と寝っ転がってみる空は綺麗だった気がする。

蒼のようにも、碧のようにも見える。

辛いも苦しいも、通り越してしまったようなその瞳に似て。

すこしでも明るくしてあげたくて、約束した。

搦めた指の細さと冷たさは覚えているのに。

どうしてか、約束の内容は遠い記憶の海に沈んでいる。


「俺なら、そんなこと気にしない。次男だし長男のところには子供もある。もう家のことを気にする必要もないんだ」


独り言ちる近衛隊長に、シオンは苦笑した。


「家のことだけじゃないだろう。きっと、お前の幸せを相手は思ってるんだ」


血を分けた子供をその手に抱く至福を。

自分以外の誰かなら、普通に与えられるその幸福を。


今ではなく、未来にまで残る、その幸せを自分が取り上げることを良しとしていないだけで。


「それか、あれだな…幼馴染で全部理解してるお前が、同情して結婚を申し込んでいると勘違いしているのか」


その言葉に、近衛隊長の男前の顔が崩れる。

この様子だとどうやら後者に思い当たる節があるらしい。

こっちもどうやら初手から不味いことをした仲間らしい。


「どういったら、伝わるんでしょう?俺は俺の意思で、彼女と生きる幸せを選ぶんだって」


そう頭を抱える近衛隊長の隣に腰かけながら。

シオンもため息をついた。


「…それが分かれば苦労しない」


そもそもは単純なはずなのに。

そこに立場が絡むとどうしてこんなに、ややこしくこじれてしまうんだろう。


「…はぁ…」


それぞれにため息をつきながら、二人は暗い庭のベンチで座りこんで空を見上げた。

雲の隙間から差し込む月光に、もしかしたら妙案が浮かばないかと、あらぬ期待をしながら。





戻ってきたユキの様子がおかしいことには気づいていた。

顔色は蒼白で、まるで幽霊でも見たかのような、そんな怯えさえ混じった表情。


ヒルダにすぐさま風呂に連行されて、あったまった赤い頬で帰ってくるころには、それでもいつもの顔を取り戻していたけど。

それが、無理やりにでも被った仮面なんてことは、俺以外の、オリガやヒルダにさえわかることだった。


一体、何が彼女をここまで怯えさせたのだろう。


こちらが思っている以上に、彼女は首尾よく必要としていたものを手に帰ってきたというのに。


とってもカッコいい相談官さんに会いました、と聞いて驚いた。

彼女が話した特徴が確かなら、相手は一人しかいない。


幸運で片づけるには、あまりに狙いすまされた結果に。

なにかの作為を感じずにはいられないのは、宰相時代のなごりだろうか。

上手い話程、裏を読まねば気が済まないのは。


でも狙った誰かがいるとして、そいつの目的は何だというんだ?


そんな、とりとめない考え事に没頭しているうちに、ユキは目覚めていたらしい。

すっと闇から伸びた手に燭台を持ち上げられて、とっさに声をかけ損ねた。


今日は月が隠れているから、ユキの目にはほとんどが闇に沈んでいるはずだ。

それでなくても、高い背もたれのある椅子に腰かけた俺の姿を把握できるほどには、彼女は周りを警戒していないだろう。


さて、どのタイミングで声をかけたものかと逡巡したのは。

なんでここにいるのか聞かれるのは、ちょっとまずいかもしれないという考えのせいで。


自分でも、よくわからない澱のような不安に突き動かされていたのだと。

ヒルダに言いつけられた仕事を、いつになく本気で片づけて駆けつけて。

ふと、ユキは寝顔を見られたくないんじゃないかな、って柄にもなく気遣ったりなんかして。

それでも、そばにいてそこにいることを確かめていたかったなんて。


そんな諸々の自分らしくない行いを、どう説明したらいいのか、わからなかったのだ。

いつものような女性が相手だったら、手にキスでもして。

君が心配だったからだよ、なんて軽く言ってしまえることが、この娘相手だとできなくなる。

それが言葉だけじゃなくて、本当の気持ちだから。


そんな迷いに動けなくなっているうちに、ユキは窓を開けていた。

とたんに入ってくる夜風が冷たくて、その小さな体がふるっと震えたのが見えたら今度は、そんな迷いなんか飛んで、自分の上着を着せ掛けてあげてた。


びっくりしたように身をすくめる仕草は、小動物みたいで可愛くて思わず笑えば、いつもみたいにからかわれていると理解したらしいユキが怒る。


その顔が変わったのは、自分の言葉のせいだったと思う。

大したことない、普通の言葉だ。

でもその言葉に黒い瞳が揺れて、俯いて。


確かな予感に目線を下せば静かな涙がその頬を濡らしていた。

何度か見た涙と、同じようで違うそれに。

胸が騒ぐ。


これは、彼女の世界を思う涙じゃなくて。

誰かを思って流す涙だ、と思ったから。


どんなことをしても、その涙を止めたいと思った。


魔法をかけて、といった俺に謎の呪文を唱えるユキ。

そうやって、開いた掌のなかにイヤリングを認めて、彼女の瞳がわずかにほころんだ。


「もう必要ないんじゃない?」


…そのはずなんだけど。

でもおかしなことに、君にこれをつけておいてほしいってそう思う俺がいる。

ひそかに贈った、そのネックレスを君が大事にしているのを知って。

なぜかちょっとだけ、面白くない自分を持て余す。

だって彼女は知らないんだ。

知らないからこそ、ジークとレインからの贈り物だから大事にしてるのかもって。

そんなあほな考えが離れない。


だから、俺が贈ったんだと間違いなくわかるものを、もたせたかったなんて。

くだらなすぎて、口にも出せない。

つまらない独占欲みたいなもの。


でも、反対に気づいてほしいとも思う。


震えている彼女を、迷わず抱きしめたその腕に。

腕の中におさまる小さな体に。


自分の方こそ、震えそうになる。


いつだって手放せたはずの、そんな恋という名のゲームを。

降りられなくなってる自分に気づいて。


忘れるなんて、ありえない。

あの裏切りを。

そう思っていたくせに。


また同じ気持ちを抱きそうになる自分に。


いずれここからいなくなる。

そんなことが決まっている相手。

永遠に共に、なんてそんな思いを裏切ることが決まっている相手が。


どうしてこんなに、可愛くて守りたい生き物に思えるんだろう。


「…ユージィーン?」


思わず、体を抱きしめた腕に力がこもって、不思議そうな黒い瞳が見上げてくる。

あーんにはあんなに恥じらうくせに、なぜか抱き寄せられても抵抗しない体はきっと。

だれかにこうされたことがあるからだ。

ちくりと刺さるものを無視して、見上げた彼女の頬に手を添える。


「…だから、俺にしときなよ」


恋も愛もなく、そんなことができる男よりも。


わざと軽薄に装った声に、彼女の頬がかっと熱くなる。

涙も不安も恐れも。

多分彼女の思い人も、その瞬間は吹き飛んでいる。


「…ぜっったいに、嫌」


だからいつもの、こころなしかいつも以上に強い、その返答に笑って。

俺は寝台に送り届けた彼女に布団をかけた。


「…強情だなぁ」


捕まえたいとおもう心のどこかで。

逃げ続けていてほしいとも思う。


そんな気持ちを込めて、俺は彼女の額にキスを贈った。

これは経験がなくて、顔を赤く染める彼女に。


ほんの少しの優越感と、湧き立つような喜びに微笑みながら。


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