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家族のようで家族でないもの

ご愛読ありがとうございます。

じりじり更新になりましてすみません。

私生活が少し落ち着いてきましたので、もう少しコンスタントに、更新かける予定でいますので、今しばらくご容赦ください。

酷い顔色で帰り着いた私を、ヒルダさんは品物を受け取るのもそこそこにお風呂に入るように命じた。

薔薇の花びらいりなんてセレブなお湯につかった私は、ひとかけらでも残したら口に無理やり詰め込むと脅されながら、焼き立てのパンとスープでお腹まであったかくなって、布団に詰め込まれた。


「そんなひどい顔色で、明日陛下に拝謁するわけにいかないでしょ!」


怒ってるような顔と口調とは裏腹に、やさしい手つきで布団をかけてくれるヒルダさんに言われたら、逆らうなんて選択肢はなくて。

そのまま、仮眠用だという部屋につるされているハーブや、なぜか枕元の机に置いてある乳鉢を不思議に思いながら見つめているうちに寝ていた。


この枕が変わっても寝れる図太さは、われながら異世界向きだと思う。


そうして目覚めた部屋が暗くて、今夜はどうやら曇っているらしいことに気づいた。

それでもぼんやりと明るいのは、燭台があるからだろう。

あのくらいの位置かなとあたりを付けた、大きな背もたれの椅子の向こう。

ちょうどそこから手を伸ばせば届く位置に。

なんとか燭台を探し出して、それを持って窓に近寄った。

時計のない部屋で、時間の検討をつけようと思ったら外の様子をみるしかない。

それに、なんとなく夜風にあたりたい気持ちだった。

窓を開ければ、すでに寝静まった街の向こうに大きな王城が見えた。

真っ黒に沈むその大きな影は、昼に見るものより一層魔王感が強くてちょっと怖い。


王様は怖くない人だといいのだけど。

そういえば相談官さんもすごい美形だったけど、王様はそれ以上なんだろうか。

だとしたら、命が危ういかも。


そうでなくても。


あそこにはあの人がいるんだ、と。

そう思ったら、一気に体が冷えて。


ふるっと震えた肩に、暖かいものが被さる。

それが男物の上着だと分かった瞬間。


「そんな格好だと風邪ひくよ?」

「っひゃ…!」


おもわず小さく上げた驚きの声に、小さな笑いが返ってくる。


「…びっくりしすぎでしょ?」

「びっくりもするわ!」


一人だと思ってた部屋にいつの間にか、別の人が現れて上着を着せ掛けられるとか!


「ちょっとしたホラーでしょ?!」


振り返った先に、燭台に照らされたオールブラウンの顔。

人の悪い笑みを浮かべているところを見れば、私を驚かすのが目的だったんだろう。

そのために隠れてるって、なんつー暇な奴だ!


「いるならいるって言ってよ、ユージィーン!」

「え?でも最初からいたんだけど」


その場合はいつ言うの?ってユージィーンの言葉に。

一体どこにいたんだとか。

なんでそもそも、この部屋にいたんだとか。

そういう質問もすっ飛ばして、私の脳裏によぎったのは。


「じゃーな。気を付けて帰れよ?」


と、笑って見送ってくれた銀髪のヒト。

そして、黒い髪に黒い瞳の。

私の幼馴染の姿だった。



幼馴染は家族でもあり、友達でもある。

両方を兼ね備えているようで、どちらにも大事ななにかが足りていない。

中途半端で、曖昧な間柄。


その足らない曖昧な部分を不服に思うとき。


幼馴染、という関係は崩れているのかもしれない。

すくなくとも、私はそうだった。


恋をしたのがいつかは覚えていない。


利人はいつも雪と一緒だな、とからかわれる度に。


「こいつは特別だから」


とさりげなく、特別だと示されるのが快かった。

どんなに仲良しの、時に彼女という存在ができても「家族で友達」の幼馴染の私は、その特別な座から降ろされることはなかった。

彼をリヒトと呼ぶのは私だけだし、その呼び方は彼女にも許されてなかった。

私を雪と呼び捨てにするのも、またそうで。

彼女が私との仲の良さに嫌気がさして別れるってときだって、利人は私を排除しようとはしなかった。


「雪は他とは違って…一緒にいると楽なんだ。いわば俺のシェルターだから」


恋と友情だったら、友情を取るよなんていう、きれいな言葉を。

そんな甘えみたいな言葉を、宝物のようにうけとっていた。

変わることのない幼馴染という特別な関係に、酔いしれていたんだと思う。

この座を脅かせる人なんていないと。


私は気づかなかった。

そうやって、崩れることのない関係はいつの間にか。

自分からは崩せない、そんな関係になっていたことに。


「お前だけだよ、俺をわかってくれるのは」

「言わなくてもわかるって楽だよな」


そんな言葉に、私だってそうだと答えながら。

本当の意味では伝わってないことなどわかっていた。

たった一言。

そのひとことがいえないだけで、私のその気持ちは「家族でも友達でもある」幼馴染の言葉になる。

性なんて関係ない。

むしろ性を感じさせてはならない関係に。


「今度、結婚するんだ。雪のおかげで、ようやく決心できたんだよ」


嬉しそうに報告する利人に、私はひたすらクリームソーダの泡を見つめていた。

私が見たことのない、男の顔をしている利人を見つめたくなくて。

それは覚悟を決めた人の顔だ。

一生を一人にささげようと。

家族でもない、友達でもない半端者なんかじゃかなわない。

ただの他人でしかなかったのに、それでも。

一番彼の愛を受けた女性を、家族にすると決めた人の。


どうしても出てこない、おめでとうの代わりに。


「…一年で離婚とか、ご祝儀もったいないからやめてよ」


そうひねくれた私の言葉に。


「一年で出産祝いにしてやるよ」


そう呑気に幸せそうに笑う利人の顔を、嫌いになれたらよかった。

やんちゃな子供みたいな顔に。

ほんの少しだけ、大人の男が顔をのぞかせる。

それは彼女の力なんだって思ったら。


特別なんかじゃなかったって思い知らされるしかなかった。

永遠に変わらないのは。

競い合う相手がいないのは。


それに価値がないからだって。


恋も、愛も、結婚も。

価値を認められて初めて成立する。

自分とは違う、他人なんだって。


一体、いつ私は間違えたのだろう。

いつまでさかのぼれば、私は彼と恋人になるチャンスがあったんだろう。

彼が最初の失恋を体験した時?

私に恋人ができたけど、やっぱり諦められなくて別れた時?


いつ、私は利人に「私がいるよ」って言ったらよかったの?

貴方を好きなんだと、そういったらよかったの?



そう思ったら、気づかぬうちに涙が流れていた。

月が雲に隠れている今日は、この部屋は暗くて。

明かりだって、手元の燭台しかないから。

私の顔なんて分からないはずだ。


それなのに、いつだって人の弱みに付け込むこの男は。

ひっそりと涙を流す、なんて許してくれないのだ。

見下ろすんじゃなくて、わざわざ同じ目線まで降りてきて。


「ユキ」


あの人だけが呼んでいた、私の名前を囁くのだ。

こんな時だけ、優しい茶色の目をして。

縋りたくなるような仕草で、涙をぬぐってくれるなんて。


「…酷い奴」


人の泣き顔は、見て見ぬふりがデフォルトじゃないの?

そんな私の無言の睨みなんてどこ吹く風のユージィーンは、何を思ったか。

涙をぬぐった指をぎゅっと握りしめた。


「ね?魔法かけて?」


そして、突然その拳を突き出されて、私はきょとんとしたまま彼を見上げる。


「え?なんで?」

「いいから。やってみて?」


そういわれて、訳が分からないながら、小声で「チチンプイプイ…」とつぶやいてみせる。


「…かけたよ?」


気の済むようにやらすしかないと、そう憮然と返せば。

にやっと微笑んだ彼が、ぱっとその拳を開いて見せる。


「…ハイ。ユキの涙」


そこには見覚えのあるイヤリングが、ちょこんと二つ乗っていた。

恋人ごっこの、小道具でしかなかったそれが返ってきたことにビックリして。

なにより。


「ユージィーンがモテるって…今なら信じられる気がする…」

「え?ようやく気づいた?俺の魅力に」


思わず赤面して呟いた言葉にそう、笑って返してくる彼に。


「こんな恥ずかしいことを、普通の顔で出来るなんて、相当場数ふんでないと無理だから」


本心から返したそんな言葉に、ユージィーンは笑った。

意地悪ないつもの笑顔じゃなくて、本当に楽しい時だけ彼が見せてくれる、そんな屈託のない笑顔を。


「相変わらず、ユキは誉めると見せかけて貶すのが得意だね」

「…ユージィーンにだけは言われたくない」


いつだって誉めてるつもりなんだけどな、といってユージィーンは私の手に、イヤリングを落とした。


「…もう必要ないんじゃない?」


役目の済んだその小道具に、そう問いかければ。


「そう?でも、役に立ったでしょ?」


涙止まったみたいだから、と笑うユージィーンを見られなくて。


ちょうど顔を覗かせた月に輝く、丸い光を帯びたそのイヤリングはほのかに温かくて。


私の気持ちをくるむように、守ってくれる気がした。


突然に放り出されたこの世界で。

ばったりと出会った幼馴染みにそっくりなひと。


これが、誰かの作為じゃないって。

私の願望じゃないって、誰が言えるの?


どこかのおじいちゃんの、長生き願望じゃなくて。

私自身の、その未練が呼び寄せた世界じゃないって。


叶うことならもう一度。

初めから、彼との恋をやり直したいって。


そんな、愚にもつかない、願いを。


突然に、ぐっと引き寄せられて気がつけばユージィーンの腕の中にいた。

どうしたの、って聞くより早く声がふってくる。


「…震えてるよ」


寒いなら窓閉めて、寝台に戻ろうって言われて。

俯いたままで頷いた。


もう一回、彼を見上げて。

あの目があったら、きっと全部を打ち明けてしまいそうで。


私は寒いんじゃない。

ただただ、恐くて堪らないのだと。


似ているひとをみただけで、こんなにも心を揺さぶられてしまう。


そんな恋をもう一度、やり直すなんて。

塞ごうとした傷をひっかいてしまうようなことを。


もしかしたら、しなきゃいけないのかもしれないって。

そう思ったら。


私は黙ってその胸に額を持たせかけた。


この人は。

意地悪が過ぎるこの人だけは、私の想像の産物であることはあり得ないから。


醜悪な夢の世界かもしれないここで。

唯一の存在に、私はしがみつくしかなかった。






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