傾城の果実
ご愛読ありがとうございます。
最新話更新に伴って、過去回の誤字修正をしました。
既出回に棗と記述した果物は荔枝の間違いです。
前作既読して混乱させた方がいましたら申し訳ないです。
私は幸運とシナモンロールに助けられて、王城の温室に案内してくれることとなった、面談官の後ろに付き従いながら。
あまりにコンパスが違いすぎて遅れ気味の私を時折振り返る、その人をまじまじと見つめる。
先ほどまでは声だけしか聞こえなくて、すりガラスのようなもの越しで見える、ぼんやりとした像でしか把握してなかったのだけれども。
いやいや!この顔で片思いとかないでしょ?!
眩しくて直視できないレベルですけど!
軽々しくかっこいいとか言えないくらいの、お美しさなんですけど?!
ジークさんに会った時も、かっこよさにびっくりした記憶があるけど、この人のはもっと、魔的なものを感じるというか。
なんか、もっとこう…神聖というか、神様に近い美しさって感じがする。
逆にいえば、人間らしさが希薄なんだけど。
「そういえば、名を聞いてなかったな」
追いつこうと必死な私がおかしかったのか、かすかに微笑みながら左腕を差し出される。
これは掴まっていいってことなのかな?
「ユキ、と言います。あの、ありがとうございます!こんな…お願いをかなえていただいて…大丈夫ですか?王様に叱られたりしませんか?」
遠慮がちに腕に手を回して、改めて不安に駆られてその目を見上げる。
今歩いている、広い廊下に人の姿は見えないが、どう考えても裏道でもなさそうなところだ。
人目を忍んで、ちょこっと入って帰るんだろうと思っていたのに、予想外に堂々としている相手に戸惑う。
ひょっとして私が知らないだけで、温室って一般のヒトにも開放されてるとか言わないよね?
でも最初はこの人も渋ってたんだしな…
そんな私に、相手はちょっとだけ目をそらして。
「あー、王様は…まあ大丈夫だ。それより、なんで王宮の温室の果物が必要なんだ?…見たところ、どこかの店で働いているようだが…主の使いか?」
その言葉に、今度は私が目をそらす。
…どうしよう。
強力してくれているこの人には訳を説明したいけど、あんまり言ったらいけないのかな。
この人はこういってくれてるけど、万が一怒られた時に、詳しくしらないほうが助かったりするよね?
「えーと…そんなとこです」
明らかにあやしい私の様子に、相手はちょっと目を見開いて。
そして爆笑した。
「お前ッ、嘘つくの、ど下手だなっ…!」
体を震わせて笑うその姿は、ぐっと人間らしくて。
笑われているのは自分のことなのに、なんだか怒る気が失せてしまう。
失礼という点では、ユージィーンと同じくらいのヒトなんだけど。
なんていうか…この人はユージィーンとは違って。
相手の気持ちとか動きに基本的に無頓着なせいで、結果としてそれが失礼になっている気がする。
冷たいとか、我儘だとか、そういうのではなくて。
意のままに振舞う、ということが板についている人。
まあこれだけの美貌で、面談官がどのくらいの地位かはわからないけど、こうして王城を自由に動き回れるほどの身分のヒトなんだし、たぶんエリート貴族なんだろう。
傅かれることはあっても、傅くことなんてめったに…それこそ王様ぐらいにしかないんだろうから、それも当たり前かも。
「仔細がありそうなことはわかったから、特別に不問にしてやる。まあ、あり余っているものを多少譲ったくらいで、こっちは痛くもかゆくもないからな」
その代りここでのことは他言無用だぞ、と念押しして、美しい人は笑った。
そういう表情をすると、一気に親しみやすい美貌になって。
不思議な色合いの切れ長の瞳に見下ろされるのは、ユージィーンとはちがった意味でドキドキする。
性別、というものを感じさせない美しさながら、捕まっている腕が厳然とした男性のものであることも急に意識してしまって、恥ずかしい。
わずかに煩くなってきた鼓動の音に、更に顔を熱くする私の目の前が、急に開けた。
「着いたぞ」
簡潔に告げるその声にこたえることはできなかった。
色とりどりの花が咲き乱れる庭園には小川まで流れていて。
その先にはキラキラと日の光を浴びて輝く、ガラス張りの家たちが見えた。
どうやらあれが温室のようだった。
私は思わず小さく吐息をついた。
「…きれいですね」
自然に咲く花ではない、丹精を込めて手入れされていることがわかる、そんな美しさ。
それはどこか目の前のヒトにも似通っている、人工でありながら自然でもある、そんな美だ。
「そうだろう?場所が場所じゃなければ、もっと市民に開放したいんだがな。警備の連中にはこんな城の内部にまで、素性のしれないものが入るのは望ましくないと怒られる」
苦虫をかみつぶしたような相手に、素性のしれないものである私は恐縮する。
警備の人たちが言ってることの方が正当なだけに、余計申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「なんか、すみません…」
物だけいただいたらすぐ帰りますので!と頭の中で言い訳しておく。
その言葉に、相手は苦笑して首を振った。
「お前も素性は知れないが…ここまで嘘をつけん奴を間者に使う主なら、恐れるにたらんからな」
「…なんかすみません…」
間者ではないですけど、私を遣わした方は恐れたほうがいいと思うんだけどな…
この人とは違う意味で、ひれ伏したいお方です。女王様過ぎて。
という言葉は胸にしまっておくことにする。
なんだか揉め事になっても困るしね。
温室の中には、甘い香りが満ちていて、私は思わず鼻をひくつかせた。
この国は、建物とかお城とか、人の感じとかがどこか東欧や西欧を思わせるところなんだけど。
今温室にあふれている香りは、そこからは少し外れた、もっとオリエンタルな香りだ。
この香りを私は知っていた。
「ライチだ!!」
かの楊貴妃が愛したとされる、その赤茶の実をたわわに実らせた木に、私は思わず歓声を上げた。
芳醇にしてどこか甘やかな香りは、それこそ傾国の美女をおもわせる妖艶さに満ちている。
傾国、かどうかはわからないけど、まぎれもない美人からのお使いの品には、これ以上ふさわしいものもないのではないかと、おもわずにやついてしまう私。
「果物ならなんでもいいんだよな?」
「はい!ありがとうございます!」
しばし、二人して無言でひたすらに摘み取り、籠いっぱいになったそれをホクホク顔で持ち上げる。
最終的には、今朝積んだばかりという実までもらって、両腕いっぱいになったところで、私の体格とのアンバランス差にか。
「お前…大丈夫か?持って帰れるか?」
「だ、大丈夫です…!」
結婚式場は力仕事も多い上、基本的に一人で行動しているせいで、少々の重いものなら体格に見合ってなくても運べるくらいには力がついている。
立派な胸はないけど、立派な力瘤はあるわけで。
いや、いっといてなんだけど…こんなむなしい事実確認はしたくなかった!
たぶん出入り口には、オリガさんが待っていてくれるはずだ。
そこまで頑張ればいいのだし、なんとかなるだろう。
「色々、ありがとうございました…」
多少よろめきながらも、腰をおって礼をする私に、相手はしばし沈黙して。
「…リヒト、来い」
小さくつぶやくと同時にふわっと風が動いて。
気づいたときにはこの国にしては小柄な、一人の青年が現れていた。
青年というには若すぎて、少年というには大人びている、不思議なその人は。
私には見慣れた色を持っていた。
銀の髪に、銀の瞳。
ザイフリートさんと同じ色を持つ人。
でも、それよりなにより。
「お前な…勝手にいなくなっておいて、好きな時に呼びつけるとかどんだけ、暴君なんだよ?!」
不機嫌そうにひそめられた眉毛。
そんな顔を見ることは、めったになかった。
どっちかというと、やんちゃな笑顔ばかりを見ていた気がする。
それを私が望んで、相手の気を害さないように気を付けていたから。
望むままの、彼が欲しい言葉だけを返す、そんな友達であり続けたから。
「あー、悪かった、悪かった。仕事は後で片づけるから。とりあえず、こいつを門まで送ってやってくれ」
「…気持ちなさすぎだろ…」
なんでこんなところで。
この人に会うんだろう。
いや、ちがう…こんなところにいるわけがない。
ましてや、この人はこの美しい人と親しく話している。
間違いなくこの国に、この世界に根を下ろしている人なんだから。
「…この男がお前を送り届ける。…どうかしたか?」
相手に対してはとことん関心の低い、この人をしても気づかれるほどに。
私は青ざめていたらしい。
慌てて頷いて、相手に頭を下げる。
「いろいろお気遣い、ありがとうございました…」
「気を付けて帰れよ。主によろしくな」
そうさらりと、それでも切れ長の瞳を柔らかく和ませて告げて、美しい人は去って行った。
その背中を悔しそうに、それでいてほっとしたように見送ったリヒトとよばれた青年は。
「…しかたねえ。ちゃちゃっと送るか…ってお嬢ちゃん大丈夫か?」
「わあっ!」
そうぼやきながら、いきなり顔を覗き込むようにかがまれて、私は思わず飛びのいた。
跳ね回る心臓を押さえる私に、突然よけられて呆然とする相手。
「え?別にとって喰ったりしないけど…つか、そこまでビビられると、正直凹むんだけど」
「ご、ごめんなさい…!あの、怖いとかじゃなくてですね!し、知り合いにそっくりな人がいて…」
慌てて言い募る私の必死さがおかしかったのか、リヒトさんが笑い出す。
「そこまで必死にならんでも…からかい甲斐のあるお嬢さんだな」
その笑顔に、胸が締め付けられる。
何より好きだった、その顔までそっくりなんて。
秋野 利人。
私だけが「リヒト」と呼ぶ、その人に。
お前は春川で、俺が秋野。
名前まで対になってるなんて、面白いよな。
そうやって、私にとっては特別な。
相手にとっては何でもない言葉をつぶやいて、笑っていたひと。
幼馴染にして、20年越しの初恋の相手。
こんなところで会うとは思いもしなかった、その顔に。
違う人とわかっていても、騒ぐ胸を押さえて。
「よろしくお願いします、リヒトさん」
私は頭を下げた。
「本当に大丈夫だった…?」
籠いっぱい、それも二つ分のライチを持って帰ってきたわたしを見て、開口一番オリガさんはそう気遣った。
その位、ひどい顔色だったんだろう。
「大丈夫です…早く持って帰りましょう」
きっと、ヒルダさんは心配してくれている気がする。
そして。
きっと戻るなり、色々嫌味を言ってくるに違いない、あの男も多分。
人を食った笑いで、どれだけ待たせるんだとかなんとか言ってくるに違いない、あの茶色の瞳を思い浮かべた時。
嘘みたいに騒いでいた心が、すっと落ち着いた。
そうだ、ここはあの人のいる世界じゃない。
あの人が結婚して、別のヒトのものになる世界は、ここじゃない。
私は大きく息を一つすると。
心配そうに私を見つめているオリガさんに笑いかけた。
「…一刻も早く、自慢したいから」
自分なりに考えた、その作戦のおかげで。
すっごい美人に出会って、きれいな庭園を見られた。
そういったら、あの男はなんていって皮肉るんだろう。
そう思ったら、不思議と重たかった気持ちが軽くなった気がした。
オリガさんに持ってもらった、ライチの籠のように。
そのことが今は、不安よりも安心をくれた。
この世界でもまた。
同じ報われない思いを抱いてしまうのではないかという、得も言われない恐れを。
今だけは半分、減らせたような。
そんな気持ちにしてくれた。