お気楽ご隠居、大海原をいく
いつもご愛読ありがとうございます。
前作を読んでない方に補足しようかとおもいましたが、ネタバレにもなるかとおもい割愛します。
作中で触れてもいますが、分かりにくいなーと思う方は、ざっくり前作の登場人物を閲覧していただけると参考になるかな…と。
あまり参考にならなかったらスミマセン…
思い付いていざやってみると、なんか違うなっていうことは意外と多いものかもしれない。
ユージィーンはそう、ぼんやりと窓を見つめながら思った。
例えば、気の赴くままに海に漕ぎ出してみる、とか。
地上にいたときは、とっても名案に思えたことも、数日経つと代わり映えしない景色と、やることが無さすぎる船室での暇をもて余して、ユージィーンは早くも地上が恋しくなっていた。
「あー…しまったな~。もっと近いとこにしとくんだった…」
自分が脚本、演出、監督をつとめた、一大恋愛巨編の締め括りとなる親友の結婚式。
折角なら驚かせてやろうと、船でどーんと乗り付けるつもりだったのだが、予想外に天気が荒れ、彼は数日海上で閉じ込められる羽目になった。
「せめて鳩は、間に合ってくれたかな…」
サプライズ登場に備えて、事前に手配しておいた代理父親はともかく、あのティアラは届いてくれないと困るのだ。
夜なべしてコツコツ作っていたあの姿を見せられたら、さすがのユージィーンも無事を祈らずにはいられなかった。
当の本人は作ったことに満足げで、届いても届かなくてもいいような風情だったが。
「なぁ、ザイフリート、あとどれくらいで着く?」
すっかりベッドでもあるソファーに、だらけきっている主からの問いかけに、白銀の髪をすっきりと後ろに撫で付けた壮年の男は苦笑する。
銀縁眼鏡の奥で、銀の瞳が柔らかく光る。
執事服を完璧に着こなして、揺れる船をものともせずに茶をいれる姿は、生まれついての執事のようだ。
「何回聞かれても、短くなりませんよ。東の帝国みたいに、高速挺でもあれば別ですが。これは優雅なご隠居さん仕様なんですから」
「へいへい。優雅なご隠居さんで申し訳ないねー。まぁお陰さまで、お痛でクビになった優秀な諜報員を引き抜けたわけだから、もう少し感謝してほしいけどね!」
ユージィーンの物言いに、今は執事として仕える男は肩を竦めた。
「感謝してますよ?だからこそ、こうして道楽に付き合ってるんですし?」
「うん?ザイ…慇懃無礼って知ってる?」
ザイフリート、以前は梟を名乗っていた前王朝の諜報員をやっていた男。
そして、前王朝の最期に起きた、王妃暗殺事件の黒幕でもあった彼を引き受けたのには、色々ある。
でも、一番はこの男の能力だ。
情報収集にはコツがあり、失敗の許されない仕事でもある。
梟の集めてくる、精度の高い情報はジークとユージィーンの戦略の礎となっていたし、これからも必要とされる能力だった。
シオン王がこれから人材を鍛えるとしても、一人前に育つまではまだ、彼は無くてはならない存在と言えた。
(大陸も…なかなか油断ならない状況だしね)
長らく、戦乱状態であったがゆえに、放置されていた島国であったこの国。
しかし、東と西の帝国が膠着状態を迎え、その打開策として、東は海の向こうに目をつけ始めている。
高速挺開発を進めているのが、良い例だ。
海の向こうを目指すには、この国はとても良い位置にあった。
人員や食料の補給先としてである。
(問題はそれを、どこまで友好的にやってくれるかだよね…)
強大な軍事国家である、東の帝国に対してあまりにこの国は小さい。
その差を補うのは、知恵だろう。
そのために、精度の高い情報は絶対に必要とされるところだったのだ。
何よりも、彼の持っている情報は他国に明かせないものが多すぎた。
(例えば、ジークとシオンの繋がりとかね…)
反目しあっていたはずの前王朝の王と、現王朝の王が繋がっていたことも、その死んだとされる王が生きていることも。
まだ、シオンが悲劇の王子という看板で王として立っているうちは、国を揺るがす事件にも成りかねなかった。
(必要なのも、優秀なのも分かってるけど)
元々タイプが似ている上に、ザイフリートのほうが年季が入っているだけに、どこか言いようにされて、それがユージィーンには滅多にないことでもあり、少し面白くないところだった。
しかし、泣いても笑ってもあと数日は、この男と二人きりである。
万事、なんでもそつなくこなす執事のお陰で、衣食住の心配が無いことは安心だが、有り余る時間の潰し方までは、その職務の範疇ではなかった。
ため息をつくしかないユージィーンである。
(あー…なんか面白いこと降ってこないかな…)
そんな不埒な物思いに耽りながら、凪の海の優しい揺らぎに身を任せているうちに、ユージィーンの瞼はいつの間にか落ちていた。
その姿にやれやれと、ため息をついたザイフリートが、彼に毛布をかけたことも気がつかないほど、ユージィーンは急速に眠りの坂を転げていった。
明るい中で見る夢は、どこか極彩色でグロテスクだ。
全てが意のままに操れる世界。
赤い髪のかつての恋人は、夢のなかでも輝いて見えた。
それはユージィーンの心が見せる、幻だから。
本当の彼女がどうだったかなんて、とうに分かっていることなのに。
夢の中の彼女は、どこまでも優しく。
ユージィーンをただ一人の男のように、見つめてくる。
何よりも美しいと感じていた、エメラルドの瞳が何を見ていたかなんて、すでに知っているのに。
それは夢だからこそ、ユージィーンの心のままにできている、歪な作り物。
ユージィーンは思わず、苦笑する。
夢でさえ、素直に見れない自分はやはり、筋金入りのへそ曲がりだ。
人によって顔を付け替える、ケルベロス宰相と呼ばれていた自分。
最後はこうすることだけ、夢と現実はリンクする。
綺麗な綺麗な宝石の瞳。
ユージィーンの忠実なる鉄の僕は、過たずそこを撃ち抜いた。
(貴方にも見つかるわよ)
優しいオリガの声が響く。
見つかる訳がないんだ。
地獄の門番の名を冠する、自分には。
例え神に祈ろうとも。
そんなものが、いるとすればだが。
がくん、という大きな揺れにユージィーンは眠りから覚めた。
明るいうちに眠ったはずが、気がつけば夜になっていた。
随分と寝過ごしてしまったらしいことを、苦笑しながら、未だにトリガーの感覚を残す右手をさすって、ユージィーンは起き上がる。
それと同時に肩を毛布が滑りおりて、優秀な執事の仕事に気づいた。
(後で礼を言わないとな…)
ひねてはいるが、実は育ちがいいユージィーンは変なところで律儀な男だった。
かけられた毛布をきっちたたみ直すと、彼は食いっぱぐれた夕食を求めて船室を出た。
煌々と耀く月に導かれてたどり着いた食料庫は、なぜか雑然としていた。
何事もきっちりしているザイフリートの性格にそぐわないその惨状に、ユージィーンは眉をひそめた。
(なんだ…?さっきの揺れで崩れたのか?)
それにしては、規模も大きい気がする。
もっと大きななにかが、落ちてきたような。
そう思ったとき。
手前の小山がむくりっと動いた。
「あいたたたー…もう…調子悪…」
(…ひと?密航者か…?!)
思わず腰の拳銃に手を伸ばそうとして、そこにそれがないことに気づく。
海上であることから、全く油断していた自分に、ユージィーンは密かに舌打ちした。
(お気楽隠居って言われても仕方ないね、全く…!)
とりあえず構える彼の目の前で、小山はふるふると震えるとピョコンと顔を出した。
毛布とはちがう、フカフカなもののなかからあらわれたのは。
まだ年端のいかぬ、少女のようだった。
胸から腹にかけてヒラヒした素材のものをつけて、白い二の腕を惜しみ無く晒している色気ある格好とは真逆の、アドケナイ顔には光を吸い込むような黒曜石の瞳。
泳いできたのか、水気の残る髪も黒だった。
(この組み合わせは…東国のものか?)
大陸随一の大国の人々には、貧富の差も大きいときいた。
食うに困った子供が、命がけで泳いできたというのだろうか。
「あー…こんな日は早く、養命酒のんで寝るに限るわ…」
少女は訳のわからない呪文のような言葉を呟いて、傍らにかかえていた瓶を手に、なにかを探し始める。
(ヨウメイシュ…なんだ、それは?)
戸口に立ち尽くしたまま、珍しく困惑しているユージィーンに、床に座ったまま中腰で探しものをしていた黒髪の少女の目線が合う。
「え…?なんで…ガイジンさん…?!」
またしても飛び出した謎の台詞に驚く間もなく、彼女はハっと辺りを見回した。
「え…?ここ何処??ドッキリ?!ドッキリなの?!」
いきなり立ち上がった彼女は、とても小柄だった。
そして、驚くほど薄着だった。
頼りない肩紐しかないヒラヒラした布切れで胸と腹を。
驚くほど短いズボンで尻を隠している以外は丸出しだ。
惜しげもなくさらけ出されているそれと、申し訳程度に隠されている場所。
それをじっくり観察して、ユージィーンは首を捻る。
(しかし…少女にしては発育状況が…)
マジマジと見つめてくる目線に、気づいたのか彼女はみるみるうちに赤くなった。
月光に耀く、ぬけるような白い肌は、朱色を帯びるとどこか妖艶で。
少女からたちのぼる不思議な色気にユージィーンは一瞬、見とれてしまった。
そして、およそ長らく友人であるジークや、養い子にあたるエレインあたりには、絶対に知られたくない失態をおかすことになった。
「いやー!!!」
パニックに陥った彼女が、その辺にあった何かを投げつけてきたのに、咄嗟に反応が出来なかったのだ。
それは見事にユージィーンの眉間にヒットして、彼はその場で悶絶する羽目になった。
「…っつ!!」
ユージィーンにぶち当たった後、コロコロと転がっていくそれに。
「あ、あったー!」
嬉しそうな彼女の声がして、華奢な手がそれを拾い上げた。
「これないと、計量できなくてこまるんだー」
それは驚くほどに小さい、透明な中に赤い線が引かれている不可思議なコップだった。
(割れてない…?!ってことはガラスじゃないのか…??)
床を転げても無事なそれに、ユージィーンは驚愕した。
(ただの少女だと思っていたけど…これは…)
ユージィーンはすっと、自分の中でスイッチが入ったことがわかった。
少女を見つめて、微笑みかける。
人好きのする、と評されるそれを。
「君は…誰?」
優しい声音で問いかける。
答え次第では、いくらでも冷徹になる、そんな己をおくびにも出さずに。
しかし、こんな返答とは思いもよらなかった。
「あー、えとアイキャントスピークイングリッシュ…あ?もしかしてフランス?フランス顔かも…ボンジュール??」
何故か、小首を傾げるその動作は、小動物を思わせて可愛かったが。
ユージィーンは頭を抱えた。
ひとつ話すごとに、数倍の不明な用語が増えていく。
(これは…長い夜になりそうだ…)
お互いの事情で、途方にくれた二人の男女を、月は余すことなく、照らしていた。




