ご隠居さん、鉄壁の女王様に拝謁する
ご愛読ありがとうございます。
不定期すぎる連載で申し訳ないです。
今回は前作知識がないと、ちょっと?なところもあるかもです。
補足説明いれるつもりなので、しばしおつきあいください。
ユキは面白い。
反応が素直でわかりやすいのに、それを表現するのはへたくそで。
たぶん、決定的に異性にたいする経験値が足りないのだろう。
こっちが何かするたびに、真っ赤になって右往左往する姿は本当に可愛い。
今も。
差し出したスプーンと、ユージィーンの顔を見比べて戸惑っている。
目の前の甘い匂いに誘われて、口を開けそうになるのを必死にこらえている顔だ。
今は、男じゃなくて女の恰好なのだから、そんなに恥ずかしがることでもないのに。
「ほら?こっちも味見してみなって」
にっこり笑って声をかければ、最後の迷いを吹っ切ったように口を開けた。
何故か、目を閉じて。
そこで閉じられると、スプーンに乗せたアップルパイじゃなくて、違うものを差し出したくなるんだけど。
そういう、男慣れしていないところもなんだか、面白くてからかい甲斐がある。
なんて、素敵なおもちゃだろう。
突っつけば突っつくほど、可愛かったり面白かったり。
もっともっと、突いてみたくなる。
もっともっと、こっちを見てほしくなる。
だから、まだこの信頼は裏切らない。
ユージィーンは微笑んで、スプーンをその口に入れてあげる。
その瞬間、ぱちっと瞳が開いて、ユキがバタバタと足を動かした。
「…おいしいの?」
ユージィーンの言葉に、ユキがうんうんと頷いている。
その顔は紅潮して、瞳はキラキラと輝いていて、うれしさではち切れそうな様子に。
餌付けっていうのも悪くないかも、とユージィーンは思う。
「それは良かった。並んだ甲斐があったね」
そんなことを考えてるとはおくびにも出さず、ユージィーンは自分の口にもスプーンを運ぶ。
あの時は、それどころじゃなくて味わえなかったのだが、確かにこれは美味しい。
「おいしいけど…このためにわざわざ、へん…着替える必要あったの?それにお城に行くのに…」
ようやく味わい終えたらしく、パイを飲み込んだユキが眉をひそめる。
余計なことを言う前に、もう一口スプーンを突っ込んでやって、ユージィーンはあたりを見渡して肩をすくめた。
「必要あるんだなぁ。このお店、女性限定なんだから」
「え?」
ユージィーンたちが今、スイーツを堪能しているこの店、ジンジャーブレッドハウスは王家の注文といえども、並ばないかぎりは買付ができない気位の高いお店としても有名だが、さらには店主の意向で女性しかお店に立ち入れないという決まりの特殊さでも有名だった。
「そんなことしたら、お客さんが限られて、商売がなりたたないんじゃない?」
「食べたい男性諸君は、女性に頼んで買ってもらうんだよ。というわけで巷では、ここのケーキを意中の女性に頼むのが流行っているらしいよ。買ってきてもらったそれを二人で食べると、末永く幸せになれるとか。おかげでこのお店の主は凄腕の仲人だといわれているんだよ」
ユキの質問に、そう答えてユージィーンは吹き出しそうになる。
もう顔を見れば何を考えてるのかわかるのだが、一応注釈しておいてあげる。
「今はこの格好だし、たぶん私と君では無効なんじゃないかな。持ち帰ってないしね」
その答えにほっとしたように、吐息をつくユキ。
なんというか、ユージィーンからしてみたら失礼な話なのだが、怒る気にはなれない。
ただ、意地悪はしたくなる。無性に。
「…そっちも、味見したいな」
そういって小首を傾げてみれば、ユキはぎくりと固まった。
「え?」
「私は、あげたのになー…」
これ見よがしに寂し気に呟いたら、ユキの目が分かりやすく泳いだ。
「あれは勝手に…ユージィーンが…!」
「でも、二口も食べたのに?」
ぐっと詰まる彼女。
本当にユキはからかい甲斐がある。
「ほーら、あーん」
わざと目をつぶって口を開けてあげたら、観念したのか口にスプーンが入ってきた。
恐る恐る、震えながら。
きっと、真っ赤になって悶えていることだろう。
わざとみせつけるように、ちろりと唇を舌でなめあげて目を開ければ想像した通り、真っ赤な顔のユキがいて、ユージィーンは笑った。
ああ、ユキは可愛い生き物だ。
場所も恰好も関係なく、抱きしめたくなるほどに。
オリガは最初、目を疑った。
巧く化けてはいるが、ユージィーンに違いないと思った女性が、あまりにも楽しそうな笑い声をあげたことに。
もしかしたら、人違いなんだろうかとさえ思えてしまうほど。
しかし、近くでみればその茶色の瞳は見間違えることはない、彼の瞳で。
「ユージィーン…?」
思わず小声で呼びかければ、ぴくりとその肩が動いて、こちらを確認した。
「オリガ。久しぶり」
少し高めに作った声でそう返して、ユージィーンが微笑む。
昔から変わらない、人好きのする笑顔。
「ユキ、こちらオリガ。このお店のNo2の女性。旦那の趣味は悪いけど、仕事は間違いない人だよ」
「相変わらず、口の減らない人ね」
ユージィーンの変わらぬ憎まれ口に思わず微笑みながら、オリガは彼がユキと紹介した少女を見つめた。
「初めまして。オリガと申します。ジンジャーブレッドハウスにようこそ」
「ユ、ユキです!あの本当においしいです!楽しませていただいてます!」
にこりとほほ笑んで名乗るオリガに。
彼女はわざわざ立ち上がると、ぺこりとお辞儀をした。
さらさらと流れる黒髪が、幼い顔とは裏腹に女らしい色気を振りまいていて、なんだか不思議な魅力になっていた。
どこか、はらはらさせるというか、あぶなっかしい感じに手を差し伸べたくなる少女。
ユージィーンもそう感じているのかしら。
そう思いながら、横目で確認すると。
見たことがないくらい、優しい目をしているユージィーンがいて、今度はオリガが吹き出しそうになる。
これはだいぶ、お熱なんじゃないかしら。
本人が気づいているんだかどうか、怪しいけれど。
笑いをこらえて微笑みを作って、オリガはユキに座るようにすすめてから。
「それは何よりです。今は店主は不在にしておりますが、帰った時に必ずお伝えします」
「…ヒルダはどうしたの?」
「ちょっとね」
オリガは眉をしかめた。
「しつこい求婚者とやらを、追い返しているところよ」
「あいかわらず、モテるね」
「彼女のじゃないの」
オリガの言葉に、ユージィーンはにやりとした。
「ああ…なるほどね。面倒見の良さは変わってないわけか」
「いつだって、ヒルダは人のことばかりよ。いい加減、自分のことも考えてほしいわ。陛下ともあのまま、お別れしたっきりで、誕生日ケーキのご指名もにべもなく断っちゃうし」
思わず、オリガはため息をついた。
彼女の主でもある女性を思うと、ついそうせずにはいられない。
「ユージィーンでさえ、こうしてお嫁さんを連れてきてくれたのに」
思わず小さくつぶやいたオリガに、ユキが飲んでいた紅茶に噎せた。
「なっ?!ちが、違います!ユージィーンは保護者みたいなもので…!」
「そうそう、今説得中なんだから、そっとしといて」
「違うでしょ?!余計に混乱させるからやめて!」
「もー、ユキは恥ずかしがり屋さんだなあ」
よくわからないが、仔細ありそうな二人らしい。
店内は程よく話し声に満ちて、こちらの会話を気にしている人はいないようだが。
ことによっては、別室に案内したほうがいいか。
オリガが、そう言いかけた時。
「ヒルデガルド!話を聞いてくれ!」
若い男の声が聞えた。
それはもう、オリガには耳馴染みになっている声で。
彼女は思わず天井を仰いだ。
「話を聞く必要はないわ。私はすでにお断りしています、それだけよ」
「…それが間違いだといっている。いつまで一人で肩肘張って生きるつもりなんだ?」
「肩肘を張っているわけではないわ。一人でも十分、楽しく生きているの」
小声ながら、確実に不機嫌そうな女性の声に、覆いかぶさるような男性の声。
どちらがどうで、こうなっているのか物語っている会話に、ユキはぽかんと口を開けている。
それとも扉を開けて現れた、その女性の美貌に声を失うほど驚いているんだろうか。
すこしくすんだ金色の髪は、滝のように背中を流れ落ちて、白い顔を彩っている。
怒りにきらめく瞳はエメラルド。
この国随一と言われる美女ながら、だれの求めにもなびかない鉄壁の女王様。
ジンジャーブレッドハウスの店主、ヒルデガルドの派手な帰還に、店中の視線が集まる。
それを知ってか知らずか、相手は足を止めない彼女の手を掴んだ。
後ろに引かれた彼女が手をかけていた扉が、がらんと大きく音を立てる。
その相手の服装を見て、ユージィーンは思わず扇を広げて顔を隠した。
紺色に、金獅子の縫い取り。
それは間違いなく、王の近衛隊の制服だったから。
彼の動作に気づいたように、オリガがそっと彼と男の間に体を入れて、ユージィーンを隠した。
「プリムローズ。…俺が君のことを一番知っているはずだ。幼い時から、俺は君だけを見てきたんだから」
彼の切なげな声に、店内の女性からため息が漏れた。
よく見れば相手は、なかなかの男前で。
この国によくいるオールブラウンではなく、瞳だけが明るい青色なのも、彼に似合っていた。
たぶん普通にしていれば、爽やかな男らしい面構えで、頼もしいという言葉が似合ういい男なのだろう。
ヒルダと並ぶ姿は、騎士と姫君といった感じで、なんとも絵になるのだが。
姫君は、あっさりと騎士の手を振り払った。
「…カイル。何度言ったらわかりますの?」
この上もなく綺麗で、燃えるようなエメラルドに射抜かれて、男は固まった。
まるで蛇に睨まれる蛙のように、身長も横幅も倍近い男を、圧倒するほどその瞳は強くゆるぎなく。
そして無条件に人をひれ伏させる力に満ちていた。
「…男は必要ないわ。私にもこの店にも」
立ちすくむ騎士の前で、店の扉は無情にも閉じられた。
求婚者の一人を、無慈悲に突き返したヒルデガルドは憤懣やるかたない様子で、オリガの元まで歩み寄ると。
「あー、むしゃくしゃしてしかたありませんわ!オリガ、塩まいといて!」
そして、座っているユージィーンに気づいて、その柳眉を逆立てた。
「…ついでに、こいつも叩き出して頂戴!」
さらっと吐き捨てられて、ユージィーンは肩をすくめる。
「久しぶりにあったのに、つれないねえ」
「会いたくもない方にお会いして喜べるほど、奇特な性格じゃありませんわ」
「ヒルダ様のそういうところ、嫌いじゃないな」
「私はあなたのそういうところが、大っ嫌いですわ」
ぎろりと睨まれて、ユージィーンはくすりと笑う。
ユキとは違う意味で、この女性は素直だ。
悪感情も隠すことなくぶつけてくる。
まあ、それだけのことを、彼女にはした自覚があるけれど。
「叩き出すのは、話を聞いてくれてからでも、遅くないんじゃないかな?」
それまでとは違う、真剣な茶色のまなざしに。
相対したヒルデガルドの瞳も、苛立ちからすっと冷静な色を取り戻す。
「…碌な話とは思えませんけど」
「それでも、聞くだけなら損にはならないでしょ?」
「あの…」
冷ややかにうかがいあうヒルデガルドとユージィーンの二人だったが。
横合いから掛かった声に、水を差される。
見れば、ユキが眉を下げて立っていた。
「ヒ、ヒルデガルド…様っ…お願いだからお話だけでも…聞いていただけませんか?!よろしくお願いします!た、たぶん。ユージィーンの話は…私のことなんでっ!」
勢いよく頭を下げすぎて、机に頭をぶつけるテンプレまでやらかす、小動物的な彼女に。
ヒルデガルドは、口元をぴくぴくさせて堪えていた。
言い寄る男を全て粉みじんに粉砕する、鉄壁の女王様である彼女だが。
「…わかったわ。話くらい聞くから!…ついていらっしゃい」
「…はいっ!ありがとうございます!」
その実、女性男性問わず、頼られることにめっぽう弱い、超世話好きのお姉さまでもあった。
ユージィーンは、レインを思い返して微笑んだ。
最初は敵対視していたあの娘にさえ、ヒルデガルドは手助けせずにはいられなかった位だ。
ユージィーンはともかく、この庇護欲をそそりまくるユキに対してなら、どんな願いでもかなえるべく尽力してくれるはずだった。
すっと背筋の伸びた後ろ姿に付き従いながら。
隣をあるくユキに、ちょっかいをだして怒られながら。
ユージィーンは、少しだけため息を漏らした。
あとは、誕生日ケーキすら作ってもらえなかったという王様が、どの程度この女王様に嫌われているか、というところが問題なのだが。
「…もう!ちっともまっすぐ歩けないから…!」
腕を組もうと手を伸ばす彼をけん制しながら、可愛く膨れるユキに笑って。
ユージィーンは伸びをした。
まあ、なんとかなるだろう。
ひとたび城にはいってしまえば、こっちのモノなのだから。
ジークが見ていたら、お気楽なやつだなと苦言の一つも呈したであろうその姿に、ヒルデガルドの血圧はひそかに上がっているのだが、彼は気にしない。
さて、手土産は何を持っていくのが妥当であろうか。
そんなあさってなもの思いにふけりながら、少しは成長しているであろう王様の、比類なき美貌を思い浮かべて、ユージィーンは笑った。
それは彼にしては柔らかく、そしてどこか気恥ずかしそうな笑みであった。