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仕掛けられた恋

いつもご愛読いただきありがとうございます。

亀というのもおこがましい不定期更新で申し訳ありません。

こんな小説ながら地味にブクマ登録が増えてることが励みです。


ありがとうございます。

でかい。

むやみやたらにでかい。

目の前に広がる王都のその威容は、そうとしか表現できないものだった。


石造りの城壁に囲まれた、大きな扉。

その先には、色とりどりの屋根の家がつらなる街になっている。

そしてその家々の屋根よりもさらに高い尖塔をもつ、西洋風のお城。

夢の国でみるお城とはちがい、もっと無骨で厳めしいそれはどちらかというと、RPGの魔王とか竜王とかが住んでいそうなたたずまいである。


これまでと違うのは、風景だけではなくて。


「ユージィーン・センティネル殿、今回の来訪の目的をお尋ねしても?」


流石に王都、というところか私たちは初めてともいえる、検問にあっていた。

濃紺の制服に身を包んだ兵隊と思しき人間が二人。

どちらも体格が立派で、ユージィーンと同じオールブラウンの瞳はにこりともしていない。


通行票の有無を確認するだけではない、こうした職務質問をされるのは初めてで、私は思わずびくびくしてしまう。

なんといっても、小市民である。

権力には弱いし、こんな怖い人できればお話しないで一生を終えたかったとさえ思えるほどだ。


そんな逃げ腰の私を、ユージィーンはぐいっと引き寄せる。


「観光だよ?彼女が王都を見てみたいっていうものだから。恋人のお願いは断れないでしょ?」


こ、恋人って?!

焦って問いただす前に頬に唇を寄せられ、チュッとなったリップ音に思わず頬を染めてしまう。

そんな私とは対照に、兵士たちの険しい顔はさらに険しくなる。


「本当かどうか、同行させていただいても?」


えっ?!こんな厳ついひとと一緒に?!

っていうか、警備のひとがついてきたら、お城にいくのは難しくならないの?!

あきらかに危険人物扱いのユージィーンを、王様に会わせてくれるわけないよね?!


私は思わずユージィーンの顔を見上げてしまう。

そんな私を安心させるように、にこっと微笑んでから、ユージィーンは兵士に目を向けた。


「ダメっていってもついてくるでしょ?わかってるよ。自分の立場位はね」


その言葉で、私はユージィーンの言いたいことを理解する。

見張りが付くという事態が、どうやら想定の範囲内であることを。

それでも、こうして堂々と王都にきたわけだから、ユージィーンは何とかするんだろう。


「その代り、普段通りだけどいいよね?」


それは兵士に確認しているようで、私に言っているようでもあったのだけど。



全然、普段通りじゃないし!

私は思わず盛大に胸の中で突っ込む。

なぜ、胸の中かというと今は二人だけではなくて、見張りの兵士を連れているからだ。

でもそうかといって、ずっと腰に回されているユージィーンの腕は無視できない。


逃げたりしないからとにかく離してくれ、と伝えようとして、私は傍らの男を見上げた。

昨日とは打って変わって、とっても柔らかく優しいまなざしでこちらを見ている彼に。


「…ちょっと、ユージィーン…!」

「え?どうしたの?花飾りが重い?」

「そんなことないけどっ」


私は思わず、顔を赤らめた。

さっき道端の露店で見かけた、色とりどりの花で出来た花飾り。

ちょっと珍しくて見つめていたら、いつの間にかユージィーンの手にそれが握られていて。

そっと恭しく頭に飾ってくれたのだ。

まるでお姫様にするように。


「とってもよく似合ってるよ。すごく可愛い」

「っな…!」


さらと褒められて、発しようとしていた言葉を忘れてしまう。

なんなの?この人は?!

やっぱり昨日、頭も強く打ってたんだろうか?!


こんな調子で、ユージィーンは昨日までとずいぶん違うのだ。

なんというか、優しい。優しいというか、甘い。


ユージィーンじゃなかったら、惚れられてるんじゃないかと思ってしまうほど。


こっちは片思い歴20年の、ほぼ男性経験などない女である。

異性からのプレゼントなんて、あまったからやるといわれたお菓子くらいなもんである。

そこへきて突然、こうして姫扱いをされると、わかっていてもドキドキしてしまう。


あ、あとはジークさんにもらった、この白い石のペンダントもそうだけど。


私は思わず、それを見て微笑んだ。

ここで手に入れた、私の大切な宝物。

ここにいても大丈夫だと思わせてくれる、その石を握り締めると、ぐっと反対の手が引かれた。


「な、なに?突然…」

「あれなんか、似合いそう」

「え?ちょ…」


迷う間もなく手を引かれて、入ったのはどうやらアクセサリーショップのようだった。

そこに並んでいるのは、さまざまな石でできた宝飾品の数々で。

ジークさんが作ってくれた、この白い石のペンダントには劣るが、細かな意匠が施されたキラキラと輝くそれには、やはり乙女心がときめく。

ただし、鏡越しに厳つい兵士の顔が見えた瞬間、正気に戻るけど。


「ユキ、これは?ペンダントとお揃いでよく似合うと思うよ?」


そんな後ろには一切構わず、にっこり微笑みながら、白い石がついたイヤリングを差し出してくるユージィーン。

わざとなのか、自然になのか鏡の前に立たれて、後ろの兵士が見えなくなる。

そして、少しだけ身をかがめて茶色の瞳を細める。


「つけてあげるよ」


そっと耳たぶに指が触れて、イヤリングがつけられる。

ゆらゆらと揺れる石に手をかけて、ユージィーンが微笑む。


「よく似合ってる」


いつものいじわる猫じゃない微笑みに、思わず胸が跳ねる。

美形というのとは違うのに、どこか惹きつけられる顔立ちに見入ってしまう。


「んー…やっぱりキスしたくなる…この唇」


その隙にすっと唇をなでられて、抱き寄せられてしまう。


「ちょっ…ユージィーン?!」


慌てて胸をたたく私の耳元で。


「…純情そうな人たちで良かったよ。アランの部下らしい」


ユージィーンの笑いを含んだ声音に、はっと見えるようになった鏡を見た。

そこにうつる二人の兵士は、私たちの抱擁に困ったように眉を下げている。

目のやり場に困っているように。


それを見た瞬間、すっと血の気が下がった。


…そうだ、お芝居なんだ。


分かっていたはずなのに、つい慌ててしまった自分を笑う。

今朝の戯れも、今日の触れ合いも、ユージィーンにとっては仕事に必要な芝居でしかない。


必要ならば恋さえ操れる、という人。


気を付けて、といったマリカの声が蘇る。

そう忠告されていたのに、忘れていた自分を戒める。


これが仕掛けられた恋ならば。

きっと私の帰る道につながっているはずで。

それなら私のするべきことは一つだった。


私は見下ろしてくるユージィーンの目を見つめ返した。

そして、その背に腕を回して微笑み返す。


「…これ、気に入ったわ」


そんな私にユージィーンは、少し驚いたように目を大きくして。

それからゆったりとほほ笑んだ。

年下の恋人を甘やかす、そんな男に見える顔で。


「じゃあ、これを贈ろう」



ユージィーンに贈られた花飾りと、イヤリングを付けて、私たちはまた街歩きに戻っていた。


そろそろご飯時なのか、少し離れている間に人が増えている往来を、縫うように歩いていく。

手を繋ぎながら。

腰を掴まれるのは嫌だと伝えたら、代わりに手を取られて恋人つなぎにされたのだ。

なんというか、こういうところは異世界でも変わらないのだな、と妙におかしな気持ちになる。


「どうしたの?」


含み笑いの私に気づいたのか、ユージィーンが不思議そうに見下ろしてくる。


「ううん。ちょっとね…この世界と私の世界と、同じこともあるんだなって」

「同じこと?」

「そう。私たちの世界でも、恋人同士はこうやって、手をつなぐから」


穏やかな声で聞かれたものだから、ついサラッと答えてしまってから、なんだか恥ずかしくなって赤面してしまう。

ふり、とはいえ今、ユージィーンを恋人として扱っていることを、はからずも認めたような言葉になってしまって。


「どこの世界でも、恋人は変わらないよ」


柔らかい声と、繋がれた手と。

とびっきり綺麗なオーク色の瞳。


「できる限り、そばにいたいって…この手に捕まえていたいって気持ちは」


まるで本当のように聞こえる言葉に、なぜだか泣きそうになる。

どうして嘘なのに、こんなにも真摯にやさしく聞こえるのだろう。


お前の傍が一番、楽だ。


そうつぶやいて笑っていた、幼馴染の顔が浮かぶ。

きっと嘘ではないんだ。

確かな心が言わせているんだ。

ただ、私が勘違いして受け取っていただけで。


楽しいわけじゃなくて、楽なのは、私が彼にとって「友達」だったから。

ユージィーンが恋人のふりをするのは「仕事」だから。


「そうね」


私はそうつぶやくと、振り払えないその手を握り返した。


「ユキの世界では、恋人はどんなことをするの?」

「え?そうだなぁ…普通は、ご飯食べたり、買い物したり、映画みたりするんじゃないかな?」

「えいが?」

「あ、えーとお芝居…みたいなものかな?」

「ふーん。それでユキはどんなことがしたいって思ってたの?」

「えっ?」


私は思わず、ユージィーンをまじまじと見上げていた。


「ユキはごはんたべたり、買い物したり、えいが?をみたかったわけじゃないんでしょ?」


まるで見透かしたみたいに言われて、微笑まれる。

そのオーク色の瞳に驚いた私の顔が映っていた。


「…そうね。ただ二人でおんなじものが見れれば…それでいいって…思ってた」


いつだって、居心地がいい場所でいたかったから。

けして打ち明けなかった恋心は結局、そのまま萎れてしまった。

萎れてしまったのに、消えてしまうことはなくて。

そうまでして守りたかった、彼の「友達」という立場が。

こうして今は、とてつもなく重い。


ここから戻れば、またその場所に戻らなくては行けなくて。

笑顔で彼の幸せを願わなくてはいけなくて。


ここにいるうちに薄らいでいた、その気持ちを思い出して、私は唇をかみしめた。

その時突然、頭をふんわりなでられて。


「…え?」


大きな手の感触は、あの時と同じ。


そばにいて。

そう引き止めたあの手は、もしかしてエレインさんじゃなかったのかもしれない。


驚いている私を見下ろして、ユージィーンが笑う。

屈託のないその笑顔は子供のようで、つられて笑いたくなるくらいに明るい。


「ユキは欲がないね」

「え?」

「俺なら、もっと色々したいよ。手も繋ぎたいし、キスしたいし、もっと色々…」


そんな笑顔で悪戯を仕掛けるように、いきなりぐっと引き寄せられて。

キスをされる、と思わず背けた目の先で、付いてきていた兵士たちの目がそらされていることに気づいた。


その一瞬の隙をついて、ユージィーンに建物と建物の隙間に引き込まれる。


そのまま壁に手をついて、囲い込まれて見下ろされて。

おもったよりも近くにあるオーク色の瞳に、昨日と同じ色をみて本能的に身がすくんだ。


「…だから、俺にしときなよ」

「…絶対いや」


ここは路地裏だから。

今は見張りがいないから。


そう答えて見上げた私を、ユージィーンは見慣れた意地悪猫の笑顔で見下ろしていた。


「それは残念」

「…これからどうするの?」


見張りの目が離れた今しかないかと、私は気になっていたことを尋ねる。

その言葉にユージィーンの目から、あまやかな光が消えた。


「王宮に自由に出入りできそうな人物に、あたりがあるんだ。でもその人に会いに行くためにはちょっと、下準備が必要でね…」


囲い込んでいた腕を外して、再び手を繋ぐと路地裏へと歩き出す。

迷路のようなそこを、ユージィーンは迷いのない足取りで抜けていく。

やがて、何故か青い庇に覆われている通りを、抜けた先に。

ポッカリとあいたスペースにいた人を見て、私は驚きの声を上げた。


「紅華ちゃん!」


小さくて可愛いその姿は記憶にあるとおりで、でもその格好に、違和感を覚える。

彼女がいつも来ていたのとは違う、その服はまさに、いま自分が着ているものとそっくりで。


「なんでその格好…?」

「はい。ここからはユキさんの身代わりです」

「私の??」


その言葉にユージィーンを振り返れば、ユージィーンはまさに、着替えの真っ最中だった。


「ここからは、紅華とあの男に囮になってもらうんだ」


その言葉に慌ててみれば、路地裏にはもう一人男がいて、その男は今しがた脱いだユージィーンの服を着ているところだった。


うっかり半裸の男を二人もみるはめになって、私は慌てて目線を反らす。


再び紅華の方に向き直ったとき。


「じゃあ、その花飾りとイヤリング、お借りしますね」


そう声をかけられて、一瞬動きがとまった。


渡したくない、とそう思った自分に気づいて。

なぜ、そんなことを思うのか、深く考えると良からぬところに行き着いてしまいそうで、私はあわててそれらを外して、彼女に預けた。


「それでは、いってきます」


手早くそれらを身に付けた紅華ちゃんと、ユージィーンの服を着た男が手を繋ぎながら、裏通りをぬけていこうとするのに。


「…ありがとう。気を付けて」


思わずかけた声に、可愛い笑顔を返して、二人は行ってしまった。


「大丈夫。万が一バレても、人違いで済むから」


ユージィーンの言葉に、少し安堵して私は彼を振り帰って、絶句した。


綺麗に巻かれた茶色の髪に。

薄化粧を施した顔は、いつもより妖艶で。

くるりと上を向いた睫毛に彩られたオーク色の瞳は変わらないけれど。


「…なんで女装なのよ?!」


彼がまとっているのは上品な仕立ての新緑色のドレスだったのだ。

しかも妙に似合っているのがまた、神経を逆撫でされるというか。


あと、明らかに私より巨乳なのはなんでよ?!


思わず胸を見つめてしまった私に、いつもよりパッチリした目を瞬いてユージィーンは小首を傾げた。


「貸してあげようか?」

「…いるかっ!」


そんな会話をしながら、私は胸を撫で下ろす。

どうやら恋人ごっこの時間が終わったらしいことに。


遠慮なく突っ込めることが嬉しい。

あのよく分からないオーク色の瞳じゃなくて、意地悪猫の微笑みを浮かべるユージィーンに戻ったことが。


あの瞳のユージィーンは、危険だ。


仕掛けられた恋と知っているはずが、知らぬ間に引き寄せられてしまう自分を感じて、たまらない不安に襲われる。


勘違いの恋は、もう充分なのに。


「じゃ、行こう」


そういって差し出された手を、私は握らなかった。


「大丈夫。きちんと付いていくから」


そう答えた私に何か言いたげに、ユージィーンは口を開いたけど。

結局、諦めたようにため息をついて身を翻した。


「…遅れないでね?」


と釘だけさして歩き出す、その背中を追って、私はひとつ、息をついて歩き出した。

少しだけ変わり始めた、自分の心に蓋をするように。


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