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不機嫌な王様

いつもご愛読ありがとうございます。


今回は少し前作の知識がないと、苦しいかもしれません。

その先で補完するつもりなので、今しばしお付き合いいただければ、幸いです。

きらびやかな照明の下、笑い踊りさざめく人々。

その誰もが浮かれ、そして祝っていた。

その日、彼らの王が成人である18歳を迎えたのである。

だれもが上質の酒、料理に舌鼓を打ち、そこかしこに飾られた花々の良い香りにうっとりし、バルコニーから人々を見下ろす彼らの王とその補佐の麗しさにため息をついていた時。


ただ一人、この国の王にして本日の主役、シオンは不機嫌だった。

どのくらい不機嫌かというと、いつもならどんなことがあろうとも、標準装備で張り付けていられる愛想笑いすらも、したくないほどの不機嫌であった。


「陛下。いい加減、子供じゃないんですから、へそを曲げるのはおやめください」


室内にあっても光を振りまくように美しい、王子様とも評される美貌を曇らせて、補佐官たるクリスに注意されて、シオンはようやく仏頂面を改める。


「…へそなど曲げてない」


たとえ成人の儀にかこつけて、自分の断りもなく高位の貴族たちに、掌中の珠であるところの娘たちをずらりと取り揃えられて、まことしやかに「どれでもお気に入りのものを…」などと、押しつけられそうになったとしても、断じてそんなつまらないところで不機嫌になったわけじゃない。


「ただ、デザートに俺の好きなアップルパイがないのが、気に食わんだけだ」

「…それこそ、ただのお子様のわがままですが」


そういって、クリスは苦笑いをする。


「…残念なのは、あなただけではないですよ」


国でもっとも有名で、しかも絶品であるそのアップルパイを供する菓子店。

そのオーナーの勝気なエメラルドの瞳を思い描いて、シオンはさらに憮然とする。


「…どうして、アイツは来ないんだ?」


答えはわかっていても、問いかけずにはいられない。

そんな主の心境を察して、クリスはため息をつく。


「…あの方のお立場上、この城に立ち入ることを遠慮しているのではないですか」


ジンジャーブレッドハウス、という菓子屋を仕切るオーナー、ヒルデガルドは。

くすんだ金髪と、少しキツイが豪奢なエメラルドの瞳をもつ美女であり、前王の側妃として仕えていた女性でもあった。


「…俺が菓子屋として呼んでるのだから、関係ないだろ?」

「あの方は、そう思っていらっしゃらないのでしょう」


だからこそ、ヒルダは来ない。

たとえ、王といえども店に並ばないものには販売しない、というその強気なスタイルが受けて、店はますます繁盛していると聞く。


「…強情な女」

「素直に陛下が会いたいとおっしゃれば、来てくれるかもしれませんのに」


クリスのつぶやきに、シオンの顔が紅潮する。


「…そ、そんなわけあるか!だれがあんな可愛くない女に…」

「そんな可愛くないお方は、相変わらず、引く手もあまたでいらっしゃいますよ。ご本人は片っ端から突っぱねてるご様子ですけど」


そんな言葉に、複雑な顔を見せる主人に、クリスは苦笑する。

本人は気づいてないようだが、こちらとしてはわかりやすすぎる反応だ。

ヒルダに言い寄る男たちが気に食わず、それを突っぱねる彼女には安心して。

そしてそんな自分が納得いかない。


「ではデザートにケチをつけるのは止めて、きちんと役目を果たしましょう」


道理を説くという、一番嫌な戦法で来られて、シオンは嫌な顔でこの同年の部下を睨む。


「…いやだ」

「嫌も応もありません。陛下も18、そういうお話がくるのも、想定の範囲内でしょうに」

「お前だって、同い年だろ」


シオンの反論を、クリスは微笑みでさらりとかわす。

3年間で、この男もだいぶ海千山千の世界で鍛えられていた。

このくらいの反撃では、かつてのように狼狽えたりもしない。


「私と陛下では、お立場が違いますので」


こういわれてはぐうの音もでないシオンだ。

この玉座に到達するまでに、犠牲にしたものを知らないわけではないから。


脳裏に浮かぶのは赤い瞳の隻眼の男だ。

冷酷にして非情といわれた、黒狼王とよばれた男。


彼ならば、このくらい眉ひとつ動かさずに片づけるのだろう。

国内の勢力図、これからの成長力、有益なコネクションになるか。


そんな条件だけで選ぶ婚姻だって、自分のように悩んだりしなかったはずだ。


「…この曲がおわったら行く。順番に踊れば文句ないんだろ?」


憮然と答えるシオンに、クリスはほっとしたように頷く。


「…当面は」

「…半分、お前に押し付けるのはダメなのか?」


シオンの悪あがきに、クリスは少しだけ唇をゆがめた。


「それに頷いたら、全部押し付けられかねませんので」

「薄情な部下をもって、俺は悲しい…」


主の愚痴に、王子様はにっこりとほほ笑む。


「有能な上司をもって、私は幸せですよ」


その顔に、初恋の面影に胸が疼く。

お互いに、まだ性別すら知らぬ頃に出会ったクリスのことを。


間違いなく探していた人を見つけた、と思ったあの時。


(…約束する)


小さな指を絡ませて、そう誓い合った。

その指の先にあった、抜けるように白い肌の、折れそうに細い手足。

髪は柔らかなたんぽぽ色で、瞳は澄んだ湖のような、緑とも青ともつかない風変わりな色だった。

あのまま無事に、大きくなっていればきっと、自分と同じくらいになっているはずで。

ひたすらに儚かった、その面影にシオンは首を振る。


もしかしたら、もうこの世にはいないかもしれない少女。


「陛下?」


不審げなクリスの声に、シオンは目をつぶった。

父親とは少し色の違う、琥珀のようだと評される瞳。

豪奢な輝きを放つ金髪は短く整えられ、3年前に比べて逞しくなった姿は、金獅子とも評された父親に生き写しなのだと聞く。


既に記憶に遠いその姿と威光に、今はまだ追いつける兆しすらない自分。

それでも、追いつくことを求められているから。

そのために得た玉座なのだから。


「役目を果たす…か」


つくづく王というのは、因果な仕事だな。

胸の内の青い瞳に呟いて、シオンは足を踏み出した。



あけて翌朝。

なんとか婚約者候補たちの波状攻撃をかわしながら、自室に戻るなりソファーに飛び込みふて寝するという、たいして面白くもメモリアルでもない誕生日の締めくくりを経験したシオンは盛大に愚痴った。


「あー…だる…もう、あいつらの顔みたくねえ…つーか誰一人顔覚えてねー…早くおわんねーかな…」


だらけきった姿勢のまま、そう愚痴る主に同じく波状攻撃をしのいできたクリスが苦笑する。

昨日の首尾を確認したくてうずうずしているだろう貴族たちを避けて、二人はクリスの管理する温室に逃げ込んでいた。


数えるほどだった荔枝の木は、いまでは温室を埋め尽くすほどになり、どの木もたわわに実り、クリスはそれを慈しむようにひとつづつ摘み取っているところであった。


王であるシオンほどではないが、もうすぐ成人を迎えるクリスにも、この手の縁談は降ってわいたようにある。

ただ、彼の場合は、前王の暗殺事件の犯人である寵姫を姉にもつという複雑な家庭事情が、親である貴族をためらわせる結果となり、よほどの気概と情熱のある令嬢以外は断りやすかったというのが違いであろうか。


「貴方がだれか一人を選ぶまでは、この茶番はおわらないと思いますけどね」


部下の冷静な一言に、シオンは恨みがまし気な目を向ける。

それはわかっているのだ、彼自身も。


王である以上、子孫を残さなければいけない。

そんなことは重々承知なのだ。


「…理解してるさ。自分の立場は」


自分は祭り上げられた王なのだ。

そうなるべくして、他人を踏み台にこの場に座っているのだから、役目を果たすのは当然だということも承知しているのだが。


こういう時、思わず叫びたくなる衝動を抑えられない。


俺は王になることなんて、望んでいなかった。

犠牲を払ってまで、こんな生活を求めたわけではなかった。


何不自由はなくとも、こうしてどこか自分に絡みつく鎖の存在を。

ふとした時に思い知らされるような、こんな暮らしを。


「…シオン。君は…」


きつく拳を握りしめる友人に声をかけようとして、クリスは入口にたつ男の姿に気づいた。


その男は、いつもあっちこっちに飛び跳ねて、おさまるところのない白銀の髪をわしわしとかきながら、報告書を手にずかずかと二人の元まで歩み寄ってきた。

その肌はコーヒー色で、その瞳が銀色であることは、この男がとある部族の血を引くものであることを物語っていたけれど、それを知っているのはごくわずかなものだけだった。


「なー、この憲兵隊の報告書なんだけどっって…あだっ!」


近づいてきた男の頭を力いっぱい叩いて、シオンはふんぞり返る。


「リヒト!お前、足音ころすんじゃねーって、あれほど言ってんのに…!」

「いいじゃねーかよ?!聞かれて困る話ならこんなとこでしないだろ!!」

「そういう問題じゃない!気分が良くない!」

「機嫌が悪いの間違いだろ!このやつあたり暴力王が!!あの不細工共を押し付けたのは俺じゃねーし!」

「二人とも落ち着いて」


いつもの言い合いを始める困った主従にため息をついて、クリスは二人の仲裁に入る。


「リヒト、それで何が気になるのですか?」


話を仕事に持ち込めば、仲が悪いとはいえ、有能な二人は憤然と鼻息をもらしたものの、矛先を収めた。


「…昨日、イシダルの街で捕まったこの窃盗団の件、検挙者が空欄なんだ」

「じゃあどうやって捕まえたんだ?」


シオンの疑問に、リヒトが肩をすくめる。


「半殺し状態で、憲兵の派出所の裏にまとめてころがしてあったらしい。全員足の骨を折られてな」


大方、縛る紐がなかったんだな、と呑気に評するリヒトに、クリスは少し口元を抑える。

王子様めいた容姿にふさわしくというか、この男はこの手の血なまぐさい話が苦手だった。


「それだけ大々的にやられて、気づかなかったとは…当番のものは減給だな」

「それはちょっと、かわいそうかもよ」


一方冷静に憲兵隊の怠慢を詰ったシオンは、反論してきたリヒトをにらみつけた。


「そういうからには、お前はこの検挙者に心当たりがあるんだな?」


その視線を面白そうに受け流して、リヒトは笑った。


「捕まえられた奴らは、オールブラウンの人当たりのいい男を襲ったら返り討ちにあった、っていってるんだと」

「…。」

「…。」


その言葉にクリスとシオンはお互いに目を見合わせた。

オールブラウンの一見、人当たりのいい男なら彼らには嫌というほど心当たりがあったが。


「…ないですね」

「…ないな」


その可能性を主従は一蹴した。


「え?え?俺の報告は無視かよ?」

「だってあのユージィーンだぞ?仕事はいかにさぼってこなすかが身上の、あのユージィーンだぞ?」

「そんな人が、こんな面倒くさいに巻き込まれた上に、さらに面倒なことをやるなんて」

「「ありえない」です」


ものすごいシンクロ率を見せたクリスとシオンに、リヒトはあきれたようにため息をつく。


「俺の前任者ってそんなかよ…」

「だからといって、さぼるなよ。お前は」

「やらねーよ!なめんなよ!」

「まあ、あれで仕事はこなす人ですけど…それに姉上から知らせが来てから、だいぶ経ちますからね…位置的にはあそこにいらしてもおかしくはない方ですけど」


クリスの言葉に、シオンは考え込む。


「しかし、あいつ…どうやってくるつもりかね?」


国内有数の貴族といえども、ユージィーンは隠居中とはいえ、前王の宰相だった男である。

よほどのことでなければ、表門から正々堂々と入る訳にはいかないはずで。


「…まぁあいつのことだから、何とかするんだろうな」

「…そうですね」


例えそれが周りにはどんな迷惑でも。

ひと度心を決めたらやり遂げる。


それがあの男なのだから。


シオンは思わずふっと微笑んだ。

予定調和の日々に、少しだけ空く風穴の予感に。


「お手並み拝見、といこうか」


その風穴が予想以上に大きく、そして自身の及びもしないところに開くことになるのを、この時彼はまだ知らなかった。


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