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ご隠居さん、開き直る

ユキはいつも、俺が予想もつかないことをやってのける。


丁度、あの男がそうだったように。

次の行動が読めない、はた迷惑なやつだ。


気がつくと振り回されて、感情を揺さぶられている自分がいる。

ユージィーンにとっては、とても落ち着かない、そんな状況に彼は苛立っていた。


ついさっきまでは。


腹の傷を労る女は一杯いた。

慰めてあげる、と妖しく白い指でなぞる。

それ以上のことも、もちろん。


でも、その傷の由来を気にして、突っ込んできたのは彼女だけだった。

子供のように恐れもなく、こちらの心に踏み込んでくる黒い瞳に。


「俺は、君が気に入ってるらしい」


ついぽろりと、こぼれたそんな言葉に、ユージィーンは自分で納得する。


そうか、俺は彼女を気に入ってるのか、と。

その癖、いつもと違って手出しはしなかったから。


それはどこか歪な形であったから、無理やり作った形であったから。

小さな揺れが、大きく揺れているように感じたのかもしれない。


…隠居生活でそっちのアンテナも、鈍っていたのかも。

ユージィーンは思わず苦笑いした。


いつものお前なら、とっくにモノにしてる。


まったく、あの友人の言葉は正しい。


なんで、そうしなかったんだろう。

いつだって、自分の気の向くままに動いてきた。

他人の気持ちだって、意向だって。


それなりの策を弄すればいつだって、そんなものは容易く意のままにできることだった。

それをユキにだけ躊躇ったのは、なぜか。


それは彼女が異世界の人間である、という予測不可能の要素を持っている人間だったから。

勝てない賭けはしない主義だ。


異世界から来た、この国でのしがらみを全く持たないユキ。

今までのように身分や、地位が効かない彼女には。


ユージィーン自身が受け入れられるかどうかの、判断しかないから。


それを、自分はどうも本能的に恐れていたらしい。

今までの女性たちすべてが、それらを目当てにしていたとは思いたくないが。

かなりの割合でそれを餌にしていた自分を知っているだけに、まったく影響してないとも言えない。


でも、今日初めて彼は、この勝負の勝率が見えた気がした。


腹の傷が今つけられたものだと勘違いして、自分の恰好も気にせず飛んできたユキに。

その今にも泣き出しそうに、歪んでいた瞳に。


(ユージィーンが死んじゃう…!)


その言葉に今まで持てなかった確信が、すとんと胸に落ちてきた。


ユキは少なくとも、俺のことを保護者として頼りにはしている。

突然、死なれたら自分が路頭に迷う、という心配からだったのかもしれないけど。

それでも、そのくらいの親近感は彼女に芽生えてるのだと知ったら。


ユージィーンは、隣でもぞもぞと動く布団を見つめた。

貧乳を指摘されたユキはふてくされてもぐっているその小山を。


確かに彼女の乳は小さかった。

いままで付き合ってきた成熟した女性のものとは、くらべものにならないくらい。

でも、その控えめな様子を思い出すだけで、ちょっと体に変調をきたすくらいにはそそられた自分。

まぎれもなく巨乳派を自負していた男としては、異常事態である。


彼女を気に入ってる、なんてものじゃない。

俺は彼女が欲しいんだ。

それが性的になのか、はたまた違う意味なのか分からないけれど。


でも欲しいと思ったものを、指をくわえて見ていられるような、そんな可愛い性格じゃない。


少しだけこんもりとしているそれが、時々動くところを見ると、まだ眠ってはいないらしい。

これだけくるまっていたら、こっちの言葉なんて彼女には聞こえないだろう。


「…ユキ。俺は君とゲームをすることにしたから」


振り回されるのは、それが俺の場じゃないからだ。

不確定要素だからだ。

それなら、自分の場にしてしまえばいい。


それが、俺があの人との付き合いで学んだこと。


幸い、恋愛ゲームなら大得意だ。

プレゼントに、甘い言葉に、かなえる気のない約束。

そんなものを駆使すれば、どんな花でも手折ることは容易かった。


「俺と君とで、鬼ごっこをしよう。俺が鬼で、君は逃げるほうだよ?」


異世界に帰り着くまでに捕まえられなかったら、ユキの勝ち。

それより前に、俺に捕まったら。


手折った花のそのあとなんて、気にしたことはないが。

もし、ユキがこの手に入るなら、その時は自分の手元に置くことを考えるのもやぶさかではない。


もぞもぞとしていた布団は、もはやピクリとも動かない。

きっと、くるまっているうちに寝てしまったのだろう彼女に微笑む。


違う寝台とはいえ、これほど近くにいても寝てしまえるほど。

今はまだ、彼女にとって男ではない、自分。


「…それでも、俺は君を必ず捕まえる」


一度決めたことは、どんな手を使ってもやり抜く。

それがユージィーン、という男なのだから。


かくして、一方的なゲームの火蓋はユキの知らぬ間に、いつのまにか切られていたのである。




ふわふわと蝶のようなものが、顔の周りを飛んでいる。

お花畑に遊ぶような、止まっては離れる気まぐれな動き。


私のところにきても、花の蜜なんかでないのにな。

ちょっとおとぼけなちょうちょだなー…


そんなのどかな空想に、ユキは思わず微笑んだ時。

ふわふわと飛んでいた蝶がしゃべった。


「いい加減、起きないとセカンドキスも奪うけど?」


その言葉に、眠気が一気に吹っ飛んだ。

ぱちっと開いた目に映ったのは、妖しい微笑みのままこちらをみているユージィーンで。

その顔がありえない至近距離、前回なし崩しに奪われたあの時の位置にあることに気づいて、ユキは跳ね起きた。

その衝撃に、寝台に腰かけていたユージィーンも揺れて、おっとっと…と言いながらバランスをとっているのを赤面してにらみつつ。


「なッ…!何?!何か用?!」

「ん?可愛い顔で寝てたから、キスしたくなっただけ」


は?

聞き間違い?そうだよね?まさかユージィーンが、そんな…素直な褒め言葉をくれるなんて。

雪がふるのかしら、今日?


驚いて固まる私の唇を、ユージィーンの指がなでていく。

昨日のお風呂の焼き直しのように。


「ユキの唇、好きだな…癖になる」


オーク色の瞳に色気をたたえて、ユージィーンが微笑む。

その甘い雰囲気に、背筋がぞくぞくして、身がすくむ。


「…俺のモノになったら、毎日キスするのに」


男に触られるのなら、慣れているほうだ。

幼馴染の彼にだって、小さな接触ならたくさんされた。

さりげなくものを貸し借りする時に触れる指先。

今の彼女とうまくいったときだって、喜びのあまり抱き付かれた。


でも、その時の彼の瞳に、今のユージィーンの瞳の中にあるみたいな、そんな熾火のような光を見たことはなかった。

こちらにまで火をつけようとするかのような、そんな光。


「…なんで?そんな突然…」

「気に入った、って言ったでしょ?」


そんな台詞をはきながら、ユージィーンは私の髪を一房、顔に寄せた。

まるでキスの代わりのように、そこに唇を寄せられて、体がかっと熱くなる。


「ちょっと!勝手に…!」

「ね?俺のものになってみない?」


にっこりとほほ笑む顔は、いつものいじわる猫の笑顔じゃない。

どこかいたずらっ子のような、ほっとけない気分にさせられるやんちゃな笑顔で。

図らずも胸がどきん、と跳ね上がった。


と、同時に心のどこかで、固い石がうまれた。


ユージィーンは、恋愛すらも意のままにできる。


そう忠告してくれたマリカの、心配そうだった目が思い出された。

まさか、その対象がこちらにくるとは予想もしなかったけれど。


ユキは、髪に口づけたままこちらを見つめるユージィーンの、オーク色の瞳を見つめ返した。

どこまでもきれいに光をはじいているそれ。

本当のうそつきは、嘘をつくときに目をそらしたりしないのだな、とユキは思って微笑む。

そして。


「…ぜっっったいに、嫌」


あらん限りの力を込めて、そう答えると憤然と寝台から立ち上がった。

その彼女の姿に、ユージィーンが一瞬目を見開いて。


それからとても嬉しそうに微笑んだことには気づかぬまま。

もちろん。


「なんとも…燃えるね」


といういかにも楽しくてたまらないという囁きも、その耳には届いていなかった。



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