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ご隠居さん、不運に見舞われる

ちょっとだけ、軍隊時代のお話をいれてみました。

そのうち、この三人の過去のなれそめも入れてみたいです。

明け透けな女は嫌いじゃない。

お互いに欲を晴らす道具と割りきれる関係は、自分の性に合っているし、愛だ恋だと騒ぎ立てない間柄は居心地が良かった。


誘われれば、それに乗る。


それだけの単純な話のはずだったのに。



「全く…何やってるんだか…」


ユージィーンはぼんやりと夜空を見上げながら一人ごちた。

その服は夜目には分かりづらかったが、所々血が滲み、その足元には、柄の良くない男たちがごろごろと転がっていた。


先程までユージィーンに絡んでいた、破落戸ごろつきのなれの果てである。


誘われていた女のベッドでもなく、ましてや娼館でもなく、一人夜の街をさ迷うなんて、全く自分らしくない行いをしたせいで降りかかった、わかりやすい不運。


しかし、男たちも運がなかった。


曲がりなりにも軍隊あがり、しかも死神隊長と恐れられた不死身の師団に属していただけあって、ユージィーンはそれなりに強かった。


周りが異常に戦闘能力が高いせいで、荒事からは遠ざかっていたが、体は血の臭いをしっかりと覚えていた。


身体を駆け巡るその記憶は、一時全てを忘れるにはちょうど良くて。

気がつけば、誰一人起き上ってこれないほど、痛めつけてしまう結果になってしまったのは…さすがにやりすぎだったけれど。


血と硝煙の香りは、かつてなによりも近しいものだった。

あの時代には、ほぼそれしかユージィーンの回りの世界にはなかったから。


それを変えたのは、たった一人の男であり、その男の持つ力であった。


ユージィーンにとってその男は、一言でいえば「迷惑な男」だった。

国でも指折りの貴族の息子ということで、入隊当初から色眼鏡で見られていた彼。

実技も、座学も特に秀でたところのない彼は、どこの隊でもお荷物扱いで、本人もその扱いを特に不満には思ってなかった。


ユージィーンが軍隊に入隊したのは、単純に大きすぎる家というものが窮屈だっただけで、そこから一時でも抜け出せるならどこでもよかった。

かといって、愛国心なんてかけらもなく、死に急ぎたいわけでもなかった彼は、後方支援部隊で適当に、楽ができればそれでオーケーという、まったくやる気も志もない兵士であった。


そんな彼が、ひょんなことで「死神」ともあだ名された国で随一の将軍に見初められたのは、とある間違いがきっかけだった。


どんなに形勢が不利でも、かならず勝利をあげて帰ってくる、国で随一の将軍。

めずらしい青い瞳と、黒い髪をもつその男は、一見したところではそのあだ名を覆すような、快活で明朗な人情家であった。

しかしひとたび戦場に立てば、鬼人のごとき活躍で、敵に相対した時の冷酷無比さは、敵はおろか味方にさえも恐れられていた。


そんな彼の部隊に、名前が似ていた違う兵士と取り違えられて、配属されてしまったのである。

死神とも評された不死身の将軍が率いる師団、それはもちろん最前線で活躍する切込み部隊であった。


名前がにているからといって、そうそう取り違えなど起こるわけがない。

誰かの作為を感じることではあったが、それはユージィーンにはどうでもよいことだった。


作為であろうとなかろうと、配属された以上はそこで、生き残る算段をつけなくてはいけない。

仕方なく、ユージィーンはかぶっていた分厚い羊の皮を、外す羽目になったのだ。


後方の支援部隊との退路を断たれ孤立し、苦戦をしいられていた将軍に、ユージィーンは奇策を進言した。

夜陰に乗じた奇襲。しかも崖くだりである。


まともな神経の持ち主なら、即座に却下だろう。

まず、相当な夜目が効くものでなければ敢行できず、普通に考えれば部隊をあたらに全滅させかねない。

しかし、相手は普通の将軍ではなかった。


彼は、ひっそりと影のように従っている、彼とそっくりの黒髪に青い瞳の副官に、一言。


「ま、どのみちここで終わりなら、ひと暴れして死ぬのも一興だな」


こともなげに話す上官に、副官は眉すらしかめずため息だけをついた。


「あなたが死んだら、私が叱られます」


誰に、という部分は伝えられなかったけど、その言葉で一気に将軍の青い瞳が和んだから、どうやらこの人の大事なだれかであることは察せられて。


彼はあっけにとられた。


部下とはいえ、まだ良く知りもしない相手に、さらりとそんな自分の弱いところを晒してくる、不思議な人物に。


人の揚げ足取りにかけては、おそろしいほどの巧みさをみせる貴族社会に生きてきた、ユージィーンにとってはカルチャーショックともいえる衝撃だった。


「で、どうやるんだ?」


まるで料理のレシピかなにかのように、人殺しの算段を聞いてくる、将軍に。

ユージィーンは初めての感覚を覚えていた。


この男は、予期できない。


自分の予想を超えてくる「面倒くさい」男。

それは全ての状況を予測し、把握し、最小限の力で乗り切ることを目標にしてきたユージィーンにとっては、初めて出会うイレギュラーの存在であった。


そうやって、ペースを乱されていつのまにか、彼はその部隊の参謀としてこの、面倒くさい男のお気に入りになっていった。


全くのぞんでいないことであるのに。


そうして、結局生き残るために、頭を使い続けて。

いつの間にか、その部隊の仲間たちに親近感や連帯感、そしてもっと厄介な感情をもってしまったから。


皆の目をしのんで、重ねた逢瀬。

星の光を吸い込んだように煌めくその瞳には、きれいなものしか映らないのだと。

語る言葉は真実だけなのだと、信じ切っていた愚かな自分。


その結果、彼は清算できない罪を抱え、ジークは得たくない力を得ることになり。

将軍は一番大事にしていた人を失った。


かわりに得た強靭な力で得たものは、すこしだけゆがんでかなえられた願いと玉座。

金師子王として、建国の父とあがめられながら、結局あの人が幸せだったのかどうか。

結局、ユージィーンにはわからなかった。


しかし、彼が興した国という形を守るために、ジークは望まなかった玉座に座り、自分はその補佐になった。


言葉にしてみればそれだけの、やる気も、志もない、ユージィーンらしい理由。


それでも彼女は、そこに良心を見出そうとするのだ。


「私には、悪い人にはおもえない」


そういう彼女のことばに、どれだけ驚いたかなんて彼女にはわからないだろう。

それは黒狼王についてのことなのに、まるで自分にたいする信頼のように感じた。


そんな風に無邪気に、自分を肯定されて。

そんな他愛もないことを、とても嬉しく感じている自分がいて。


それはあの時に感じていた、あたたかい感情に似ていて。


それがユージィーンを揺らがせる。


信じる、ということがどれほど儚く、そしてあっけなく裏切られる気持ちかわかっていながら。

他人の心なんて不確定な要素に左右されることが、どれほど滑稽なことかわかっていながら。


知らぬ間に、浸食されていることが、恐ろしかった。


マリカをこの腕に抱いたときに感じた、圧倒的な違和感。

あの時に感じた、焦燥にも似た切迫した欲求など感じようもなかった。


結局、唇すら重ねず突き放したことで、マリカの怒りは確実だったが、フォローするほどの余裕すらなく、ユージィーンはその場を離れた。


いつのまにか、こんなにも心どころか体まで支配されている自分。

それを実感させられて、動揺していた。


その憂さを晴らすために、自分がやったことの結果をユージィーンは改めて眺めて、ため息をついた。


ほとんどが自分のものではないとはいえ、むせ返るような血の香りが染みついている身体。

多少は自分が傷ついてないと言い訳にならないか、とあえてかすらせた脇腹と肘の傷からもわずかではあるが血が流れていた。


とりあえず、ひどい有様であることは間違いない。


「…はやいとこ、片づけて…風呂入ろう」


ユージィーンはため息がてらひとりごちて、憲兵を探すべく立ち上がった。



血みどろの姿に、憮然と受付にすわっていたマリカが叫びだすのを制して、ユージィーンは共同浴場の行き方を尋ねる。

このあたりの宿屋が共同でつかうそれは、運が良いことにまだ開いていた。

なんでもついさっき利用者がいたので、沸かしなおしたばかりらしい。


不運続きの今日だったが、最後の最後で幸運に恵まれた、と安堵するユージィーンに。


「あ、でも今…」


となにか伝えたそうなマリカの声は届いていなかった。


とりあえず部屋に帰って着替えをとってこよう、と考えたユージィーンは可能な限り息をひそめて部屋の扉を開ける。

寝息は聞こえなかったものの、彼女の布団がすこしだけ盛り上がっていることに安堵し、物音をたてないように着替えをとると、急ぎ足で浴場に向かう。


貴族の館とちがって、川の水を沸かして風呂にしている共同浴場は、川沿いに設けられた一人分の樽に、一人ずつ入るつくりになっていた。

開放的なのはいいのだが、外気がダイレクトで寒いのが玉に瑕。

まあ、軍隊では風呂なしもざらだし、あっても川で水浴びくらいなものだったから、ユージィーンにはこれでも上等な部類だ。


手前にある簡易な脱衣所で服を脱いだユージィーンが、そそくさとその樽に足を向けた時。

立ち込めた湯気の向こうにある人影に足を止めた。


「あー…極楽極楽…」


至福に満ちた声で発せられる、なぞの単語。

気持ちよさそうに目を閉じて入っている姿は、一層小動物めいていて。


それは間違えようもなく彼女で。


幸運かと思っていたが、これが一番の不運だったんじゃないか…?


そして思わず、ユージィーンが後退った瞬間。

足元にあった手桶がガランと音を立てた。


その瞬間、ユージィーンは考えることをあきらめていた。


声もなく、見開かれた黒い瞳を見つめ返しながら。


「…やあ」


そう、にっこりと彼女にほほ笑んだ。



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