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悪い王様の家来

すっかり仲良くなったエレインさんと、ジークさんに見送られ、私とユージィーンは仕立ててもらった馬車に乗って、一路王都を目指していた。


ザイフリートさんはそのまま、船を動かして王都に向かうと言うことで、馬車には二人きり。


今までは、ジークさんや、エレインさんや、紅華ちゃんもいて話題には困らなかったんだけど、久しぶりにユージィーンと二人になると何を話していいのかさっぱりだった。


ましてや、あんなことがあったあとで。


私は思わず盛大に赤面して、それをみたユージィーンにため息をつかれた。


「あのね…いい加減その反応やめてくれる?」

「ご…ごめんなさい…」


昨日のほにゃららがあったせいで、つい彼を見ると唇に目が行ってしまって、そのたびに赤面してしまい、私はそのたびにユージィーンから小言を頂戴していた。


「ていうか、初めてにしても引きずりすぎでしょ?」

「ギャー!初めてじゃない!!」

「じゃあ、いつ誰としたの?」

「なっ!なんでそんなこと言わなきゃいけないの?!」


私の抗議に、ユージィーンは目を細めた。


「…ホントかどうか、気になる」


どこまでも失礼なやつ!


嘘はついていない。ただし、幼稚園の頃の話だけど。

それこそ、そのときは「ユキちゃんとケッコンする」とべったりだった幼馴染みとした、遊びの延長のキス。


私は思わず遠い目になってしまう。

その言葉を信じていたわけではないけど、その初恋を引きずってるうちにずるずると機会を無くして。


私はいつの間にか、そうしたことに気後れするほどに年を重ねてしまった。

初めてという言葉が相手に喜びというよりは、重たさを与えてしまうくらいには。


「もう、その話やめっ!そんなことより王都ってどのくらいで着くのよ?」


私の切り返しに若干不満そうながら、ユージィーンは答える。


「この足なら二日ってところだね。日が暮れると城門がしまってしまうから、今日は別の街に一泊して、また次の日に王都に入る形になるかな」


その答えに頷きながら、私はずっと疑問だったことをきいてみる。


「ユージィーンは、普通にお城に入れるの?」


前王朝の要職についていた彼が、現王に歓迎される可能性は限りなく低いと思うのだが。


その私の疑問に、ユージィーンは瞳を細めた。


「…いや。でも他の手は考えてあるから大丈夫」


まぁ彼がこう言うからにはなんとかなる、のだろう。

どちらかというと、なんとかするって感じだけど。


そう言えば。


「ユージィーンはなんで、黒狼王の宰相をしてたの?」

「…え?」


私の素朴な疑問に、ユージィーンは意表をつかれたように目を見開いている。


その驚きようが少し可笑しくて、私は微笑みを堪えながら言葉を継ぐ。


「命令されたからやるってタイプには見えないし、自分からやるっていうタイプにも見えないから」


地位にも、お金にも頓着するとはおもえないのに、そんな苦労が多そうな要職についていたことが私にはどうしても納得できなかったのだ。


私の誉めているような貶しているような言葉に、ユージィーンは苦笑いを浮かべた。


「意外と鋭いんだね。ユキは」

「意外は余計よ!」


嫌味を嫌味で返されて、きぃっとなる私に笑って、ユージィーンは答える。


「彼には…借りがあったから」

「…借り?」

「弱味、とも言うけど。昔、俺がやらかした事の、尻拭いをしてくれたことがあってね」


私はその言葉に驚いた。

ユージィーンにも弱味がある、ということてはなく、弱味があることを私に見せたことに対して。


「やらかしたことって?」


思わず突っ込んだ私に、ユージィーンは何時もの笑いで答える。


「それをいったら、君にも弱みを握られることになる。まぁ、若気の至りってやつ、とだけいっておこう」

「…録なことじゃないわけね」


私の納得に、肯定でも否定でもなく、少しだけ唇の端をあげて答えてくれる。


「それでも、面倒を引き受けようと思うほどには、恩義を感じてた訳なのね」

「…ほっといたら、そのまま死んじゃいそうな奴だったから」


そう肯定するユージィーンの声は、どこか柔らかくて、私は今度こそ堪えきれず吹き出した。


「…なに?突然…?」


そんな私の反応に、ユージィーンは眉をひそめている。


そんな姿さえ、どこか可笑しくて。


「…ユージィーンは本当に、黒狼王が好きなんだなって思っただけ」

「…は?」


本人は気づいていないに違いないけれど。

ユージィーンは、本当に好きな人にはどこか甘い。


憎まれ口を叩きながらも、世間的には悪役の王様を、この人は喜んで支えていたんだろう。


「そもそも、なんで残虐王って名前なの?」

「それは、前の王様の子供を惨殺したから…」

「でも、結局、殺してなかったんだから、セーフでしょ?もっとこう、反対する人を皆殺しにするとか、村を焼き払うとかそういうことはしてないんでしょ?」


前の王様の子供を殺すのなんて、戦国時代には当たり前だったことだ。


「だから、私はなんとなく…悪い人にはおもえないんだ」


そもそも、そんな野蛮なだけの王様なら、目の前のこの人は喜んで仕えたりしないだろうから。


私のそんな目線を避けるように、ユージィーンはついと窓のそとに目を向けた。


既に長閑な田園風景はなりをひそめ、いまやゴツゴツとした石造りの塀が、その枠の中に映っていた。


「…そろそろ、街に着きそうだ」


ユージィーンの宣言とおり、馬車はほどなく止まり、私はユージィーンの助けを借りてそこから降り立った。


これまでとは違う、石畳の道の両側には店屋とおぼしき建物が並び、活気に溢れた物売りの声が聞こえていた。


圧倒されて立ち竦んでしまった私に、ユージィーンが笑いながら手を差し伸べてくれる。


「さ、今日の宿を探さないと」


その言葉と手に勇気付けられるように、私は未知の世界に踏み込んだ。




ユージィーンの言葉を信じるならば、そこはアムルニアでも中規模くらいにあたる街であるらしかった。


取り分け賑やかな露店ゾーンをぬけると、人もすこし落ち着いて、ようやく私は息をついた。

平均身長の高いこの国にあって、相当な小柄にあたる私は、ほとんど埋もれたまま人波を掻き分けることになって、手を握るユージィーンがいなかったら、いきたい方向には何時間かかってもたどり着かなかっただろう。


「もー…なんでこんなデカイひとばかりのとこに飛ばされたかな…」


紅華ちゃんの好意に甘えて、スリングのように肩掛けで抱えられる薬用養命酒入れを作ってもらっておいてよかった。


これがなければ、押されて圧死もあり得たかも。


「今はちょうど、夕飯時だからね」


ユージィーンの声に、私のお腹も反応する。


…恥ずかしくて穴に入りたい。

でも、あんなにいい匂いがそこかしこからしたら、それはお腹も減りますって。


「まぁ、時間もあるし…何か食べようか」


私の腹の訴えに、口許をひくつかせたユージィーンが私の手を引いて案内してくれたのは、大きな食堂のようなところだった。


ユージィーンには馴染みのお店らしく。


「あら、お久しぶりね」


こんもりともりあがった胸を強調するような服を着たお姉さんが、反面爽やかな笑いで出迎えてくれた。

軽く抱きついて頬にキスをする彼女をいなしながら、ユージィーンが笑う。


「マリカ、ゆっくり話したいんだけど、連れがとにかくハラヘリでね」


…なるほど。こんなことばかりしてるから、あんな指導になるわけね?


私の白い目に気づいたのか、マリカと呼ばれた娘は、こいつなに?という露骨な目線を向けてくる。


あの、争う気はいっさいないので。

なんなら熨斗つけてくれてやりたいくらいですが。


「あと、上まだ空いてる?空いてたら取っといてくれるかな?」


ユージィーンの言葉に、マリカはにこりと微笑んで、その胸元をつついた。


「空いてるわよ。…いいわ。取っといてあげる。その代わり…」


耳元に囁く彼女に、ユージィーンはゆったりとした微笑みを返して頷く。


…こいつ…やっぱり私とは態度違うんじゃない!

なんなんだ、その無駄な色気は!


なんだか無性にムカついたせいか、お腹が一層切ない音を立てるものだから、マリカには吹き出され、ユージィーンには苦笑された。


し、自然現象なんだからね!


でも結局、そのお陰でまだまだ触れあいたかっただろうマリカが本来の仕事に戻って、私たちを席に案内してくれたから、結果オーライだ。


「じゃ、またあとでね」


投げキッスとともに去っていくマリカ。

それを余裕で見送るユージィーン。


うん、たらし確定だわ。


こうやって、コルセットをあんだけ素早く緩められるようになってるわけね。


と思わずジト目になる私に。


「…なに?」

「…何でもないです」


ユージィーンが他の女に優しいことが分かって、それで私に何か影響する訳ではないのに。


妙に感じるモヤモヤを振り払うように、私は頭をふった。


通りすぎる度に、色気を振り撒いていく給仕は

ともかく、料理はどれもおいしかった。


「あー、おいしかった!ご馳走さまでした」


スッカリ満足!という顔をした私が可笑しかったのか、すこし唇を歪めているユージィーンと席をたつと、マリカが近づいてきて、その手に鍵を落とした。


「いい部屋にしといたわ」

「恩に着るよ」

「…じゃあ後で」


色気ムンムンな会話を交わして、二人は軽く抱き合い、離れた。


何だろう…ジークさんたちと違って、素直に祝福できない。

恋人…というのとは明らかに違うこの二人は、どこか夜の香りが強くするせいだろうか。


それとも。


「ユキ?行くよ」


思わず、立ち止まった私にユージィーンは手を差し出す。

それはいつものことなのに、私はその手を取らなかった。

代わりにズンズンと先に立って歩き始めた私に、ユージィーンは少し呆れたように肩を竦めて。


「そっちじゃなくて、こっち」


それでも、もう一度手を差し出すことはなく、私の後を付いてきた。



案内された部屋はシンプルな作りだった。

清潔そうなシーツのかかったベッドが二つに、書き物をする机と椅子があるくらい。


「って言うか!一緒の部屋に泊まるの?!」

「当たり前。二部屋とるなんて金の無駄でしょ?大体女一人で泊まるなんて、危なくてできないから」


ベッドの数に驚く私に、ユージィーンは事も無げにいい放つ。


そ、それはそうかもしれないけど…!

しかし、あんなエロご隠居と、同じ部屋なんて安心できる訳ないんですが…!


疑いの眼差しを向ける私に、ユージィーンは呆れたようにため息をついた。


「何もしないから平気だよ。俺、そんなに相手に不自由してないし」


なにそれ?!どういう意味だ?!

思わず目が三角になる私に、ユージィーンはぷっと吹き出すと。


ふわっと頭を撫でられた。


「今日は一日、乗りっぱなしで疲れたでしょ?早いとこ横になった方がいいよ」


ぐっ…実は乗りっぱなしの馬車で少しだけ、腰が痛かったことを見抜かれていたらしい。

それにお腹も一杯になって、正直瞼も重かった。

なにより、優しく頭を撫でられるのが心地よくて、私はいつになく素直に頷いていた。


「…うん」


その瞬間にぱっとユージィーンの手が離れて、くるりと背中を向けられてしまう。


「…ユージィーン?」

「…ちょっと出掛けてくる。ユキはこの部屋にいて。ここはマシな方だけど、夜の街は危ないから外に出るのはダメだからね」


まるで子供にたいするような注意に、私は思わず頬を膨らませた。


「そのくらい、わかってるわ!」


その声にひらひらと手を振って、ユージィーンは出ていってしまった。


一人になったとたん、急に静けさが身に染みて、私は思わず自分の体を抱き締めた。


後でね、といったマリカの蠱惑的な瞳。


ユージィーンの行き先なんて、火を見るより明らかだけど。


そんなことは私には関係ない。

私たちはただの、共犯者の関係だ。


「…ふーんだ…どこかいいのよ、あんなエロご隠居…!」


それでもどこかザラツク気持ちを、自分でもて余しながら、私はベッドに飛び込んだ。


お日様の匂いがするそれは、とても気持ち良く、そしてどこか懐かしくて。


私はいつしか苛立ちを忘れ、あっという間に夢の世界に旅立っていた。

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