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異世界の作法 予習編

間隔が空きまして、申し訳ありませんでした。

またチビチビ更新しますので、お付き合いいただけたら幸いです。


旅立ちは、予定していた日付よりも少し遅れることとなった。

せっかくなら、エレインさんの余所行きの服も仕立て直してしまおう、ということになったのだ。


「よそ行きなんて、着ていく機会がないじゃないの」


と、渋る新妻を、ジークさんがなんと説き伏せたのかは謎だが、戻ってきたエレインさんの顔がこれ以上なく赤かったことを思えば、聞かぬが仏ということなのだろう。


それなら、王都の人たちにお土産を用意しようと、いついかなる時も無駄を嫌う合理的領主さまの号令のもと、私は嬉々として走り回ることになった。


今は私が驚かされた一面黄色のあの花。

紅花の摘み取りを手伝っているところだった。


こうした作業をしながら、私にエレインさんはこの世界の知識を教えてくれた。


紅花がその名の通り赤くなるのは、乾燥した後の花だけであること。

刈り取られていた穀物は、ひえという雑穀の一種で、戦争で荒れ果ててしまったこの国ではとても重宝される生命力が強い植物であること。


そう、見渡す限り緑の大地が広がるこの領地でも、ほんの数十年まえまでは戦争で荒れ果てていたのだと聞いて、私は本当に驚いた。


「昔は小さな種族が多くて、それが所々で領地を巡って争っている状態だったの」


それを収めたのが、金獅子王と呼ばれる人で、どこからともなく現れたこの人が、あっという間に大小の民族を一つにしてできたのが、このアムルニアという国らしい。

しかし、この王様は短命だった。


ある日突然、亡くなった金獅子王にとってかわったのが、その片腕とも評されていた部下。

黒狼王の名付けられたこの王は、前王の子供に当たる王子を惨殺、玉座を簒奪したのだという。


「うーん…下剋上ってやつですね」


異世界といえども権力の集まるところ、やることは同じってことかな。

私の言葉にゲコクジョウ?と可愛らしく首を傾げたエレインさんだったが。


「まぁ、結局その時、心ある人が王子を逃がしていてね。今度は黒狼王が暗殺されてまた国が荒れるって瀬戸際の時に戻ってきて、それが今の国王様ってわけ」


おおぅ…因果応報ってやつですかね?!

でもなんだか…


「それって、なんか王子様は棚から牡丹餅的な…」


主君を倒す、という正しいのかどうかは別として、アクションを起こした黒狼王に対して、あまりに受け身の王様な気がして私は首をひねる。

結局、逃げて隠れているうちは何もしなかったのに、敵がいなくなったらそそくさ帰ってくるなんて。


私の微妙な表情に心を読んだのか、エレインさんが笑いをこらえながら教えてくれた。


私のように考える人は多くて、現在の国王についてはまだ様子見という民も多いらしい。

しかし、内政面でいえば確実に成果は表れているようで、治安は日に日によくなり、以前は外出困難だった土地でも、日のあるうちであれば出かけられるようになったり、王宮自体が民衆に開放されて、意見を陳述できる対面室というものも設けられたりもしているのだとか。


「あー。要望を聞くっていうのは大事ですよね」


私は思わず激しく頷いてしまう。

結婚業界もそこは一番の大事ポイントだ。

実際はそんなに融通は聞かなかったりするのだが、相手に要望をきく姿勢がありますよと伝えるのは、信頼関係構築にとても役に立つ手法だ。


「徳川正宗もやってたやつですから、確かにいい王様なのかも」


さっきとは一転して支持モードに入る私に、エレインさんは苦笑している。


「何よりね、国王様はとっても美しい方なの。あなたもみたらびっくりするわよ」


そんな見た目の良さも相まって、若い女性の間では圧倒的に支持されているらしい。

ま、私にはジークのがかっこよく見えるけど、という言わずものがなな情報を付け加えて、一人照れているエレインさんを他所に、私は俄然盛り上がっていた。


美形で王様キャラ。もう完全に乙女ゲームの世界だし!


「うーん!早くお目にかかりたいッ」


そしてそこで、私は重要なことに気づいた。

不本意ながら、私の旅の道連れにしてオブサーバー的な立場であるあの、オールブラウンのいけ好かない男は確か。


「ユージィーン…様は確か…」


前政権の宰相だから、今は隠居中って言っていた気がするんだけど。

前政権といえば、黒狼王の時代とイコールで、すなわち今の王様にとっては殺されかけた相手につかえていた男ということになるんじゃないだろうか。


どう考えても、歓待してくれる雰囲気じゃないでしょう…

半ば枯れている私ですけど、さすがにイケメンにしょっぱなから嫌われるのは、ダメージがでかすぎるのですが。


私の疑問にエレインさんは腕にたくさんの花を抱えながら、笑った。


「大丈夫。彼がそこを考えてないわけがないわ」


そういわれてつい、私も納得してしまう。

あのちっとも笑ってない、笑顔の男は、そんな初歩的なところで躓くような策略家ではない。

ということは彼なりの策があってのことなのだろう。


まー、なんかジークさんに一任してそうな雰囲気ありありだけど。


最初は脅されているのかとも思った二人だったが、こうして数日間観察してみるとそれが間違っていたことはすぐわかった。


ジークさんと一緒にいる時のユージィーンは、心の底から楽しそうだ。

屈託のないいたずらっ子のような雰囲気で、ジークさんがそれをいさめるお兄さんのよう。


どんな間柄なのか聞いてみたら、ジークさんは少し考えて。


「腐れ縁だ」


と端的に答えてくれて。ユージィーンは。


「軍隊時代の同輩なんだ。その時から俺の面倒見係なの」


とそこに補足してたけど。

しかし、ジークさんはともかくユージィーンと軍隊はまったくつながらない。

この人と規律は正反対のところにある気がする。


その物思いは顔に出まくっていたらしく、ジークさんはこっそりと答えを教えてくれた。


「上官も破天荒だったからな」


うーん、なんていうかいるよね?こういうどっちに転んでも得する人。

ユージィーンの場合、そこにも作為が働いてるんじゃないかと勘繰らされるけど。


それでも二人が気が合う、ということに変わりはないらしく、こうして領地にいる間、ユージィーンはほぼジークさんの作業小屋に押しかけていた。


ちょっと妬けます?と悪戯心で尋ねてみたら、エレインさんが赤面して押し黙ってしまったので、私は聞くんじゃなかった、と思いながら空を仰いだ。


こうして見上げる異世界の空は、異世界だとおもうからなのか、日本で見る空よりもきれいな、青い色をしているように思えた。


いつかこの空が、私にとって懐かしい色に変わってしまう時がくるのだろうか。

日本ではない、この世界が。


突如として襲ってきたその不安は。

エレインさんやジークさん、それにユージィーンやこの世界そのものに、慣れつつあった私を脅かしていた。


「…はやく、帰らないと」


思わず、小さくつぶやいた私に、エレインさんは少し驚いたようにその菫の瞳を開いた後。


「じゃあ明日の朝、出発の準備を整えるわ」

「え?」


貴方が手伝ってくれたおかげでお礼も準備できたし、私の服もできるし、と指折り確認して彼女は私に微笑みかける。


「だから、今日はパーッとお祝いしましょうね!」

「え、あ…ハイ」


大変有能な彼女のおかげで、その日中に出立の準備が整えられ、さらには本当に晩餐まで用意してもらったのである。


もう一度言おう。晩餐、である。


「一応、領主らしくやるから、おしゃれしてきてね」


とウィンクとともに送り出されて、途方に暮れること数分。

有能にして優しいエレインさんが送ってくれた、紅華さんの助けを借りて、30分くらい。


「うー…くるし…」


私は、淑女の身だしなみというやつと奮闘していた。

悪名高いコルセット、というやつである。

現代でもウェディングドレス着用の際に、花嫁につけたりするのだが、ここまで荒削りのものは初めてだった。


一応絹が巻き付いているけど、なにかの動物の骨のようなごつごつしたものが、胸と言わず腰と言わず締め付けてくるこれ。


これで食事をしろというのが拷問だろう、と思ってしまう代物に私は既に疲労困憊であった。


そんな私とは反対に、紅華ちゃんは目を輝かせている。


「でもとってもお綺麗です…!」

「あ、ありがとう…」


郷に入りては郷に従え、という言葉がある。


確かに、繊細な金糸の紋様が入った綺麗な新緑のドレスは広がってこそ美しい。

高く結い上げられた髪も、普段は着けないイヤリングだって、薄くとはいえ施された化粧にだって、女である以上、心は踊る。


締め付けられたせいで、いつもの幼児体系にも若干の凸凹が生まれているし、初めて出来た谷間に光る、白い石のネックレスも一段と輝いてさえ見えるのにも。


この矯正効果たるや、目眩すら感じるほどだ。

まぁ目眩は酸欠の疑いを捨てきれないけどね!


でも!ここまで絞めなくてもよくない?!

せめて、ご飯分は緩めて欲しいんですけど…


「…あの、もう少しだけ…」


緩めてくれない?という私の願いを、軽やかなノックの音が遮る。


「はい、ただ今!」


小走りになった紅華ちゃんが、急いで開いたドアの向こう。

そこにいた、オールブラウンの男に、私はぽかんと口を開けていた。


以前に一度みたものよりも、更に貴族らしい凝った意匠のある服を着ているのに、どこか普段通り飄々としたその男。


さらり、とさりげなく全身を辿るオーク色の瞳に、妙に落ち着かなくて、私は知らずにドレスの裾を握りしめていた。


「…ふーん。やっぱり馬子にも衣装ってとこかな。素晴らしいお手並みだね、紅華」

「ありがとうございます!でも、ここまでお綺麗なのは、ユキさんが持ってるものが素晴らしかったからですから」


にっこりと微笑んだユージィーンの賛辞に、あんまりにも嬉しそうに紅華ちゃんが微笑むので、私は思わず突っ込み損ねてしまった。


何か嫌みでもいってやろうかと思ったけど、この男になにか褒められたところで素直に受け取れるはずもなく。


だからといって、そのままにしても、おさまるわけではない気持ちを目力にこめる。


まぁ、そんなこと位で、揺らぐような相手でもないと思ったのに。


ユージィーンはそのオーク色の瞳をついっと直ぐに反らした。


あら?意外と突っかかってこない?

拍子抜けするんですけど…。


そんな微妙な表情の私に。


「ほら、行くよ」


そういって、差し出された腕に、私は戸惑う。


え?どうするのこれ??


固まる私にユージィーンは肩を竦めて、私の手を取り、それを自分の腕にかけさせた。


「わかってると思うけど、これ予習だからね」


手をつなぐ、というよりもずっと密着したその体勢に、思わず赤面してしまう私に、あきれたようなユージィーンのため息が降ってきた。


その言葉でふわふわと落ち着かなかった地面が、急にちゃんと感じられるようになる。


そうだ。私はこれから王様にも、皇帝にも、会いに行くんだ。

そのためにはここでの、正式な作法を学んでおく必要がある。

そのための授業なんだ、と。


正装するのだって、こうしてエスコートされるのだって義務でしかない。

そう割り切れば、私の背筋はきちんと伸びた。


「…わかってるわ。貴方が主人で、私はその商品」


挑むように茶色の瞳を見れば、それは不思議な虹彩を放っていた。


「その通り。だからこそ、俺は君を守るよ」


その誓いは、不誠実であるからこそ、信頼に足るものに見えた。

彼は彼の利益のために、私は私の帰り道のために。


利害が一致しただけの、それだけの関係なら。


「…思いっきり、高く売りつけてもらうわよ」


私の言葉に、ユージィーンはにやりと微笑む。


「…勿論、そのつもりだ」


私は思わず、小さく嘆息した。

この人ならば、どんな手を使っても私を皇帝のところまで連れていくだろう。


例え敵の手を借りることになっても。


そのオーク色の瞳には、その揺るぎない決意が浮かんでいた。

その意思と、行動力だけは信頼してもいい気がして。


私は彼の腕に回した手に、少しだけ力を込めた。


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