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神様はアンダースロー(かなり強め)

予定してたヒルダより先に、ユージィーンのが出来たので、上げてみます。


超が、つく不定期更新の予定ですが、必ず完結にもってきます。


いつもで申し訳ありませんが、気長にお付き合い下されば幸いです。



「…どうしても、黒にして」


一瞬、聞き間違えかな、と思う位の声で。

それでもキッパリと言いきると、その声の主は再びスマホに目を落としてしまった。


隣に座らされている若い男も同じく。


そう、まさしく座らされている二人。

そして、それに対峙する私。


社長が常々自慢する、うららかな日差しが気持ちいい、ガーデンで。


私は途方に暮れていた。



ここは、いい言い方をすると自然溢れる山のなかにある、白亜の邸宅を模した結婚式場だ。


気候のいいときは自慢の庭で行うガーデンパーティー。

天気の悪いときは地下のフロアで行う披露宴と、どちらにも対応でき、一日に一組、最高でも二組までしかやらない、という特別感が受けてそこそこ繁盛しているらしい。


らしい、というのは、私、春川 雪 がまだぺーぺー社員で、雑用は山のように回ってくれども、会社の経営的な情報なんて、はいってくるわけない立場だからだ。


しかし、会社といえども社員はたったの二人。

もう一人は会計担当の事務方の人だから、実働部隊は私一人だ。


アルバイト…?そんなものは本番のみだ。

世の中は便利に出来ていて、結婚式場を専門に回るアルバイト会社もあるのである。


しかし、うちはその会社でとても評判が悪かった。


何せ社長がワンマンなのだ。

頼んでもらってきてる立場なのに、居丈高に指示されて、遅いだの、温いだの、あうんの呼吸がないだの無茶苦茶言われるのだから、当然といえば当然だ。


つまり、人員は常にギリギリ、キッチンに至っては包丁すら握れるのか?と聞きたいくらいの元エンジニアの社長の旦那が立ってるくらいだ。

衛生基準法大丈夫か?と心配になるくらいだが、本番は仕込みだけきちんとした料理人がきて、旦那さんは暖めるだけだからセーフらしい。


…ほんとか?


つまり、その位ここの人員は火の車であり、即ち社畜である私は、連日の過労と寝不足とストレスがお友達と化していた。


そこへきてこの、黒発言である。


因みにこれは、花嫁のドレスに合わせた、会場のテーブルクロスの色決めでの発言である。


葬儀場じゃないから!


喉元まで出掛かったその台詞を、社長の鬼の形相を思うことで飲み込む。


流石、あの社長をして、手に終えない!と切れさせる逸材。


拝んどこうかな…お帰りください…って。


目線を下に下ろして、私はため息を圧し殺す。

まぁ、無理なんだろうな…。

最近は授かり婚ともいうらしいけど。


この場合は、できちゃった、だよね…。


明らかに若すぎる、たぶん高校生であろう二人に私はアタマを抱える。


新婦のお腹は、すでにかなり大きい。

大きくなってから発覚して、無理矢理親に責任を取らされてここにいます。


そんな看板が透けて見えるほど、二人にやる気はない。


これから幸せになれるのか、そもそもなる気があるのか。


そこに愛はあるのかい。


大昔のテレビドラマの決め台詞よろしく。

甚だ疑問な二人に、途方もない虚脱感を感じながら、私は必死にテーブルクロス見本表をめくった。



「あー…今日もしんどかった…」


結局、あのあと30分かけて、新婦には黒に物凄く近い、濃紺のテーブルクロスで納得していただいた。

これから出す招待状やら、その返事の集計、式次第など決めることは盛りだくさんなのに、こんなことで間に合うのか…。


やはり臨月に近い新婦に配慮して、式はかなりタイトなスケジューリングだ。

直前の衣装直しが入りそうなことも含めればギリギリのところ。


私は今から胃が痛む気がして、思わずお腹を押さえてしまう。


幸せになるひとの後押しがしたい。


そんな気持ちで入ったはずのブライダル業界。


しかし、その裏側はけして、いいものではなかった。


時として、幸せになるために結婚式を上げるはずなのに、相手のなによりも醜い顔を見てしまうこともある。


愛し合って結婚するはずの二人なのに、新郎から最後の火遊びでも…なんて囁かれることも少なくない。


お前はよくても此方はよくない!


しかし、相手はお客様。

笑顔で交わすしかなくて、新婦に色目を使うなと怒鳴られることも多々ある。


ここにいると愛だの恋だの。

更には結婚にすら夢がなくなるのが、現実だ。

さらには。


私は吊り下げてある新緑のドレスを見て、ため息をついた。


まさか初めて給料で買った、お気に入りのそれを着る結婚式が、幼馴染みのアイツの式とは。


「男女の友情は成立しないなんていうけど、俺らは違うよな?」


屈託というものを全く感じさせない、その笑顔を見ては。


私は違うのだ、とは否定できなくて。


その結果、明日彼は結婚する。


そしてそれを、ずっと傍らで励まし続けてきた私は、二人に祝いの言葉を贈る大役を仰せつかっていた。


仕事で出れませんよね…?と。


恐る恐るお伺いをたてる私に、何故か女王陛下は気まぐれにも。


「いってらっしゃい。他の式場を偵察するのもいい経験だし」


と仰られ、逃げ場のない私は引き受けるしかなかった。

根が真面目に出来ていると、こういうときに嘘をつくというスキルがないから、こまる。



出来ちゃった夫婦の無気力が移ったのか、なにもする気が起きず、這いずるように風呂に入り、パジャマがわりのキャミソールと短パンをきたところで、私はふとその存在を思い出した。


勤め先があまりに多忙で連絡がつかない私を心配して、お母さんが送ってくれた赤い箱。


中から出てきたのは茶色の一升瓶と、小さな計量カップ。


箱にはでかでかと「薬用 養命酒」と筆字が踊る。


冷え性の私は、成人してからはすっかりこの、薬用養命酒のお世話になっていた。

薬臭い独特の臭いも、不自然にアマイ味も慣れればそれはそれで乙なものだ。


なによりこれを飲むと、からだがポカポカしてよく眠れるのがよかった。


「せめて、夢くらいは…好きにさせてほしいもの」


愛だの恋だの、結婚だの。

そんな存在に、ひとかけらの夢を持ちたかった。


「運命の…出会いとかね…フフ」


誰に聞かれるわけでもないが、自分の乙女発言に照れて、風呂上がりの濡れ髪を適当にタオルで拭きながら、私はそれを台所であけた。


否、開けようとした瞬間。


「え?!あ…?、なに??」


ふわっとなにかに持ち上げられる感覚に、私は焦った。


どういうこと??!


焦る間も身体はつまみ上げられる。

そして、なにかが振りかぶった気配がして。


「え…まさか…嘘よね…?」


ぶーーんと、私はなにかに投げられた。


わー、神様はアンダースローなんだなー

しかも結構飛ぶね!私ってば最近体重落ちたもんねー!減ったのは胸だったけど!!


人って許容範囲を越えると、現実逃避に走るんだなー、なんて。


しかし、覚悟した衝撃はいつまでもやってこず、私は薬用養命酒をしっかり抱き締めたまま、そのうちに気を失っていた。



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