俺が先輩を愛せない理由
さて、どうしたもんか。
この雨じゃ逃げられないしなぁ。
「何を考えてるの?」
「いえ、この状況からどうやって逃げ出そうかと」
「逃げる必要なんてないじゃない」
「そうですね。先輩にはないでしょうね」
俺にはあるんです。
喫茶店で勉強なんかするんじゃなかったなぁ。
まさか先輩が入ってくるとは。
「なによ。私と居るのがそんなに不満なわけ?」
「まぁ……」
「不満なの!?」
「不満と言うか、居心地悪いというか」
「あなたねぇ。もっとオブラートに包んだ表現は出来ないの?」
「包んだところでオブラートはすぐに溶けますから」
「相手からすれば飲み込みやすいと思わない?」
「良薬は口に苦しと言いますから」
「ホントにあなたって」
屁理屈ばかり。
いいじゃないか。こっちは関わらないようにと思っているのだ。
容姿端麗な先輩が俺を相手にしていたら何を言われるかわかりませんよ。
「なんて言ってもなぁ」
「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」
「先輩は美人ですね」
「そう。ありがとう」
ああ、面倒くさい。
雨が上がればさっさと出て行けるのに。
この状況、会話、空気。
本当に面倒くさいことばかりだ。
「なにか面白い話はないの?」
「ありませんし、あってもするつもりはありません」
「しなさいよ」
「なんでですか」
「暇じゃないの」
「俺は勉強があるので」
さて、物理を片付けるか。
どうも苦手なんだよなぁ。
期末は挽回しないと。
「物理が苦手なの?」
「あ、すみませーん。カモミールティーを下さい」
「ちょっと! 話を聞きなさいよ!」
「あとチーズケーキも」
「店員さん! 同じものをお願いします!」
「えぇー……」
「文句あるの?」
「いや、個人の自由なんで俺には何も言えないですけど」
「じゃあその顔はなによ」
単純に面倒くさいんですよ。
しかもちゃっかり居座る気満々じゃないですか。
やだー。
「あ、おいしい」
「……」
「カモミールってリラックス効果があるんだっけ?」
「……」
「ねぇ」
「そうらしいですよ」
「昔から好きなのよ。この香り」
「そうですか」
「あなたも?」
「まぁ……」
親父の影響で。
おっと、危ない危ない。
さすがにこれは喋り過ぎになるな。
「私はお父さんが好きでね。その影響かしら」
「……そうですか」
「なによ、いまの間は」
「パパっ子ですか」
「違うわよ!」
話を逸らせたか。
ああ、びっくりした。
この人は知ってるのかと思った。
そんなはずはないのに。
あの人が今の幸せな状態を自分から崩せるような人ではない事くらい知っている。
「あなたは?」
「えっ?」
「あなたも好きなんでしょ? これ」
「……似たようなものですね」
まずいな。
興味を持たれないようにしてきたのに。
雨は……まだまだ止みそうもないか。
「先輩はなんで俺に話しかけるんですか?」
「気になるから」
「単純明快ですね」
「迷惑かしら?」
「そうですね」
「少しショックね。理由を聞いても?」
「……周囲の妬みが酷いんですよ」
これは事実だし、嘘は言ってない。
実際に三年の先輩から生意気だと言われたこともあるし。
勿論、根底は他にある。
「ああ、付き合ってるのか。みたいな?」
「付き合ってるのかみたいな」
「どう答えるの?」
「事実無根です」
「相手は?」
「すごく疑い深い顔をして去っていきますね」
「そう……」
「先輩、美人ですから」
「……ありがと」
顔が赤いなぁ。
さっきと同じセリフを言っただけなのに。
……まさかね。
嫌な予感しかしないけど、気のせいだよな?
「ねぇ。あなたは彼女とかいるの?」
「いませんね」
「好きな子は?」
「いません」
「気になる子……」
「いません」
「そう……」
やばい。
これはやばい。
これ以上ここにいてはいけない。
「それなら、私と……」
「すみません。用事を思い出したので失礼します」
「え!? ちょっと」
会計を済ませて外へ飛び出す。
まだまだ空は泣きやむ様子がない。
「だから避けてきたのに」
母親が違うだけの姉弟。
それが俺に知らされた真実。
「冗談じゃない」
「そっけなくするしかないじゃないか」
ずぶ濡れだけどもう走る気も起きないや。
笑えないよなぁ。
「好きだなんて言えるわけがないじゃないか」
雨が降っていてよかった。
涙か雨かわからないや。
いや、雨が降ってなければこんなことにはならなかったか。
「あーあ。ホント面倒くさいなぁ」




