表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜中の烏  作者: アザとー
第2章
9/23

[4]

 次の日も、彼はコンビニで愛想を『売って』いた。

 ニコニコと笑顔でレジを打つ彼の耳に、耳障りな怒声が聞こえる。

 振り返ると隣のレジでは、弁当の空き容器を振りかざしたおばちゃんが、若いバイト君を怒鳴りつけている最中だ。

「だから、ここの店で買ったものだって言っているでしょ!」

 男はグッと笑顔に力を込めた。

「お客様、お話は私がお伺いいたします。」

 その声に、おばちゃんはバイト君から男へと標的を移した。

「ここで買った弁当、腐ってたんだけどねえ!」

「失礼ですがお客様、そちらはいつお買い上げのものですか?」

「そんなこといちいち覚えてないわよ!だから、レジやってた人を呼んでって言ってるの!覚えているはずだから。」

 言ってることがむちゃくちゃだ。こっちの都合なんて一つも考えちゃくれない。

 それでも、彼はプロとしてのプライドと、その笑顔だけは決して崩すつもりはなかった。

「レシートはお持ちじゃないですか?基本的に返金の際は……」

「レシートはもらわないの。財布がパンパンになっちゃうでしょう。」

 おばちゃんはこちらの話を聞く気は毛頭ないようだ。早口気味にまくしたてる。

 それは店への苦言に始まり、旦那の愚痴、店の話に戻ったと思ったら、今度は近所付き合いの愚痴……とりとめがない。

 彼はその笑顔に、よりいっそうの力を込めた。

「失礼ですが、お客様……」

 それにつづく言葉は彼にとっては全くの予想外。おそらく、その場にいる誰にとってもそうであっただろう。

「レシートがなきゃあ確認の取りようがないだろうよ。常識もないのかよ。」

 店内の空気が一瞬にして凍りついた。おばちゃんはアホみたいに口を開けたまま、立ちつくしている。

 男の表情が笑顔のままひきつった。

「その弁当だって、冷蔵庫に入れたまま忘れてただけだろ。いくら防腐剤まみれだって、それじゃあ腐るのは当たり前だろうが!」

 店では決して見せなかった彼の本音が今、それを押しこめていた腹の中からあふれて逆流している。

「あほみたいにこっち見てんじゃねーよ。お前も、お前も、おまえもだ!」

 口では悪態をつきながらも彼のプライドだけが、かろうじて笑顔を保っていた。

 騒ぎを聞きつけた店長が奥からひょこっと顔を出す。

「無能店長!やっとお出ましかよ。いつもいつも、面倒事は俺に押しつけやがって……」 

 男は固く口を押さえ、カウンターを飛び越えた。

 もはや笑顔は砕け散り、男は泣き顔だ。

 店を飛び出し、走る。

 すれ違う人にぶつかり、よろよろと車をよけながら……彼がたどり着いたのは駐車場の、自分の車の前だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ