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次の日も、彼はコンビニで愛想を『売って』いた。
ニコニコと笑顔でレジを打つ彼の耳に、耳障りな怒声が聞こえる。
振り返ると隣のレジでは、弁当の空き容器を振りかざしたおばちゃんが、若いバイト君を怒鳴りつけている最中だ。
「だから、ここの店で買ったものだって言っているでしょ!」
男はグッと笑顔に力を込めた。
「お客様、お話は私がお伺いいたします。」
その声に、おばちゃんはバイト君から男へと標的を移した。
「ここで買った弁当、腐ってたんだけどねえ!」
「失礼ですがお客様、そちらはいつお買い上げのものですか?」
「そんなこといちいち覚えてないわよ!だから、レジやってた人を呼んでって言ってるの!覚えているはずだから。」
言ってることがむちゃくちゃだ。こっちの都合なんて一つも考えちゃくれない。
それでも、彼はプロとしてのプライドと、その笑顔だけは決して崩すつもりはなかった。
「レシートはお持ちじゃないですか?基本的に返金の際は……」
「レシートはもらわないの。財布がパンパンになっちゃうでしょう。」
おばちゃんはこちらの話を聞く気は毛頭ないようだ。早口気味にまくしたてる。
それは店への苦言に始まり、旦那の愚痴、店の話に戻ったと思ったら、今度は近所付き合いの愚痴……とりとめがない。
彼はその笑顔に、よりいっそうの力を込めた。
「失礼ですが、お客様……」
それにつづく言葉は彼にとっては全くの予想外。おそらく、その場にいる誰にとってもそうであっただろう。
「レシートがなきゃあ確認の取りようがないだろうよ。常識もないのかよ。」
店内の空気が一瞬にして凍りついた。おばちゃんはアホみたいに口を開けたまま、立ちつくしている。
男の表情が笑顔のままひきつった。
「その弁当だって、冷蔵庫に入れたまま忘れてただけだろ。いくら防腐剤まみれだって、それじゃあ腐るのは当たり前だろうが!」
店では決して見せなかった彼の本音が今、それを押しこめていた腹の中からあふれて逆流している。
「あほみたいにこっち見てんじゃねーよ。お前も、お前も、おまえもだ!」
口では悪態をつきながらも彼のプライドだけが、かろうじて笑顔を保っていた。
騒ぎを聞きつけた店長が奥からひょこっと顔を出す。
「無能店長!やっとお出ましかよ。いつもいつも、面倒事は俺に押しつけやがって……」
男は固く口を押さえ、カウンターを飛び越えた。
もはや笑顔は砕け散り、男は泣き顔だ。
店を飛び出し、走る。
すれ違う人にぶつかり、よろよろと車をよけながら……彼がたどり着いたのは駐車場の、自分の車の前だった。




