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翌日、男はコンビニのレジで『愛想』を売っていた。
目の前の客はもう三十分もわめき続けている。
男は怒りを腹に押し込み、笑顔を装備した。
「申し訳ございませんでした。」
何度こうして頭を下げただろう。そして、すでに退勤の時間を大幅に過ぎた俺は、いつ帰れるのだろうか……
ふつふつとした怒りと戦いつつ、男はさらに深く頭を下げる。
彼が店で笑顔の仮面を脱ぐことは無い。それも仕事の内だという事は重々承知だ。
たとえ同じ話を延々とリピートするクレーマーに会おうとも、決して笑顔を崩さない事がプロの証だと彼は考えていた。
「ともかく、返金してもらえるんだろうね!」
クレーマーはやっと終わりの言葉を口にした。
「はい、そのように対応させていただきます。」
男は手早くレジを繰った。
「本当に申し訳ありませんでした。今後はこのようなことが無いよう……」
「いいよ!もう二度と来ないから。」
客はマニュアル通りの詫びの言葉を終わりまで聞こうともせず、大股で店を去った。
男はもう一つのレジを打っている若いバイトに声をかけた。
「こっち、終わったから。おれ、もうあがるから。」
「あ~、お疲れっす。」
男は気の抜けた挨拶を終わりまで聞こうともせず、大股でその場を去った。
更衣室に飛び込み、引きちぎるように制服を脱ぎ捨てると、ポケットに入れておいたブレスレットが床に転がり落ちる。
男はそれを拾い上げ怒りのままに壁に投げつけようとした。
だが、大きく振りかぶった腕を振り切ることはしない。
いくら更衣室とはいえ、ここはまだ店の中だ。
男は、その中で一番輝いて見える石をパチンと指ではじいて、荒れ狂う心を慰めた。




