(2)
数時間は眠れただろうか……
男はだるい酔いの中から起き上がった。この密室の中には彼女の姿は無い。
「……!」
男は慌てて、ポケットの中身をテーブルの上に並べた。
財布……ある。カードや定期の類も……揃っている。スマホは……これは妻を拝み倒して買った、いま一番の宝物だが……ある。
昨夜小夜子がくれた小さな石のついたストラップが、スマホに引っ張られて床に落ちた。
「変わったコ……だったな。」
少し酔いの冷めた今、その会話のちぐはぐさに改めて違和感を感じる。
「これは……捨ててもいいか。」
ストラップを指ではじいたまさにその瞬間、テーブルの上でスマホが激しく振動した。
「もしもし……」
反射的に電話を取ってしまったあとで、男は後悔した。ディスプレイに表示されているそれは、見たこともない番号……。
電話の向こうから聞こえてきたのは、昨夜の彼女の冷静な声。
「それは捨てるな。」
「ええっ、どこかで見てる?」
「見てはいない。人間の行動パターンを解析した結果だ。」
やっぱり変わったコだ。
「あのー、昨夜のことなんですけどね。奥さんにばれると……」
「『オクサン』には興味がない。とりあえず、こちらの言うとおりにしろ。」
「言う通りにすれば昨夜のことは?」
一瞬、電話の向こうでおかしな間があった。
「ああ、オクサンに言われると困るんだったな。ならば黙っていよう。」
「じゃあ、言うとおりにするよ。何をすればいい?」
「今から言う事をメモしろ。そして、そこに行って宝くじを買え。」
「はい?」
「宝くじだ。まずはスクラッチから行くぞ。」
男は慌てて、手近にある紙ナプキンを引き寄せた。
電話口から聞こえる彼女も声は淡々として事務的ではあったが、強い強迫観念のようなものを男の中に植え付けた。
メモを片手にカラオケ屋を飛び出す頃には、男はすっかり洗脳されたかのように指示通り、駅ビルを目指して走り出した。
通勤のサラリーマンを狙ったその売り場の朝は、早い。
ちょうどシャッターを開けている売り場のおばちゃんに、男は早口でまくしたてた。
「スクラッチ、バラの、上から三枚目のを!」
おばちゃんは愛想のよい笑顔と、慣れた手つきでくじ券を男に渡した。
男は一気に、柔らかい銀色を削り落す。そこには、同じ絵柄が3つ。
慌てて配当表を見る。絵柄を確認する。そして、驚きの表情を浮かべるおばちゃんの顔を見るに至って、男は初めてそのことを実感した。
「一等ですよね。」
「はい!おめでとうございます。」
男は改めてあたりのくじ券を、そして、少しよれっとした紙ナプキンのメモを見た。
これはもしかして、本当に?
男の頭からはこれから行かなくてはならない会社のことも、そして、妻に外泊の言い訳を電話しなくてはいけない事も、きれいさっぱり消え去った。
「今日は忙しくなるぞ!」
男は、電車に乗るために走り出した。
もちろん、紙ナプキンのメモに書かれた次の目的地を確かめながら。




