〈5〉
数日もすると、小夜子の存在は『タケの彼女』という事で周りに知れわたった。
彼女は『カレシ』のそばに常に寄り添い、その笑顔を飽くことなく『観察』した。
タケは相変わらず笑っていた。そんな彼のもとへは人が集まる。今日は隣の病室の、若いあんちゃんが話相手だ。
「それにしても、どうやってこんな美人の彼女、捕まえたんだよ。」
「ナンパですよ。ま、ウチの場合は逆ナンですけど?」
あんちゃんは「ぎゃはは」と、豪快に笑った。
「俺を差し置いて、おいしい目、見てんじゃねぇよ。」
ちょっと乱暴なスキンシップに、タケは笑顔で応えた。
「僕、病人ですよ。もっと優しくしてくださいよ。」
「俺だって病人だよ!」
「あ、そうでしたっけ。」
笑い声がより大きくはじけた。
小夜子はそんな笑いのさなかにいて、にこりともしない。ただじっとタケの楽しげな姿を見つめていた。
昼食の時間になり、あんちゃんは自分の部屋へ帰って行った。
タケと小夜子、二人だけの病室は静かだ。
小夜子は昼食を頬張るタケから目をそらさず、唐突に聞いた。
「ちゅー位はした方がいいのか?」
タケがゴフっとむせた。
「ちゅーなら機能的にも問題は無いぞ。私は『彼女』なのだから、そのくらいはした方がよいのだろう?」
「その言い方は、萌えるって言うか、萎えるって言うか……」
「どっちなんだ?」
「いや、いいよ。そこまでしてくれなくて。」
小夜子はずいっとタケに詰め寄った。
「ならば、何をすればいい?何をすればお前は楽しくなる?」
「今のままで、十分楽しいよ。ほら、僕、笑ってるよ。」
「ウソをつくな。お前は笑っている最中に、すごく哀しそうな顔をする。」
タケが力なく「ははっ」と笑い声を吐いた。
「良く見てんなぁ。敵わないよ。」
「あれは、楽しいのか、哀しいのか、どっちなんだ?」
「どっちもだよ。」
「どっちもじゃだめだ。タケには、楽しい気分でいてもらわないと困る。そのためなら何でもしてやるぞ。何をすればいい?」
タケの首筋で、チョーカーの石がチカリと青く光った。
その光はタケが小夜子に向けた、とびきり明るい笑顔にまぎれて消えた。
「じゃあさ、もうこれなら絶対楽しいって、鉄板の物があるんだけど。」
タケは部屋の隅にある冷蔵庫からカップのアイスを取り出すと、小夜子のすぐ隣に腰を下ろす。
「これ、ちょーうまくってさあ。でもなかなか売っていない、とっておきのレアモノなんだよね。」
「それを食べると、楽しくなるのか?」
「美味しいものはさぁ、誰かが一緒に食べてくれると、もっと楽しくなるよ。」
タケはその、ひと匙を小夜子の形良い唇に流し込んだ。
いつものように成分を味わっている余裕はなかった。小夜子の口の中でとろけていくそれは、冷たく、あまく、そして、タケの笑顔がほろ苦い。
「うまい……」
小夜子の言葉に満足そうに頷くタケをみていると、何だか鼻の奥がしょっぱいような、そんな気持ちになる。
小夜子は意味もなく窓の外へ視線をそらした。




