〈4〉
漆黒の闇空でそのコウモリは待ち構えていた。
「よう、小夜子ちゃん。」
「何か用か。チャラ男」
「やだなあ。小夜子ちゃんのことが心配で、来たに決まってるじゃん?」
「心配されることなど何もない。」
小夜子は羽音を立てて飛び上がった。ここからはタケの病室の中がよく見える。消灯後の、やさしい闇の中で彼は安らかな寝息を立てていた。
「そう。何も……ない。」
「ふぅん?ま、いいや。どう?人間観察は。」
「難しいな。人間には矛盾が多すぎる。『嬉しい』のに泣く。『怒り』を感じているのに笑う。それに……」
小夜子は窓の中の青白い寝顔を見つめた。
「その矛盾が許せないんだ?」
「ああ、許せんな。タケには楽しい気持ちでいてもらわないと困る。」
小夜子は羽を大きく震わせた。
「よりよい『楽』を、私は手に入れなくてはならない。」
「本当に、それだけ?」
「それだけだ。私の中に矛盾は無い。」
凛とした小夜子の横顔は、何者にも揺るがされることはないように見える。
「矛盾は無い……か。それなら結構なんじゃない?」
コウモリは見えない月に向けて大きく羽を動かした。
「ムルシエラゴ!」
久しぶりに呼ばれた、異界での自分の名前に振り向いた彼の眼には、小夜子が何だか小さく見えた。
「タケは……どうしても死ぬのか。」
「何言ってるんだよ。その瞬間がいつなのか、まで解っているはずだろ。」
「……解っている。確認のためだ。」
「運命に書きこまれた死の瞬間は、何者にも変えられはしないんだぞ?」
「解っていると言っているだろう。本当に確認のためだ!」
コウモリの目が、優しい三日月のように、すうっと細くなった。
「クルエボ……お前は優しすぎるよ。」
月の無い夜を、その残り少ない命で照らそうとでもしているかのように、タケの寝顔は白く、静かだった。




