〈2〉
少年が最初に要求したことは『呼び方』だった。
「タケ。タケって呼んでよ。」
「そんな気やすい呼び方は、親密なもの同士がするものだろう。」
「いいんだよ。だって僕も『小夜子』って呼んでいいんでしょう?」
「そんな気やすい呼び方をしろとは……うむ、言ったな。確かに。」
タケは声をあげて笑った。
タケはよく笑う。大きく息を吸って、また笑う。
回診に来た医者に軽口を叩いては笑う。売店のおばちゃんにからかわれては笑う。そして、友人たちにも。
今もタケは見舞いに来た友人たちの輪の中で、ひときわ大きな声で笑っている。小夜子はそんな彼を、つぶさに『観察』した。
友人たちはこぞってタケを笑わせようとしているかのように喋り続ける。その内容は実にたわい無いものだ。
クラスメイトの失敗談。ゲームやドラマの話題。先生のモノマネなんて裏技もあって、タケは笑い続ける。
小夜子はそんな彼の笑顔を真似ようと、顔の筋肉を動かしてみた。目じりをグッと引き下げ、口角はくいっと引き上げる。
「小夜子、ひっどい顔になってる!」
タケと友人たちは腹を抱えるようにして笑い転げた。
「そうか、ひどいか。」
笑顔を無表情に戻す見事な早技に、笑いはさらに大きくなった。短い面会時間が終わるまで、彼らはひたすらアホのように笑い続ける。
小夜子だけが、その場に漂う小さな違和感に心をとらわれていた。
「お前、早く帰ってこいよな!」
帰り際、友人がタケに言った言葉に、小夜子の中の違和感は確信に変わった。
「お前は、あいつらに本当のことを言わないつもりか。」
「言わないよ。あいつらには最期まで笑っていて欲しいんだ。」
「ふむ。誰かを泣かすのがいやなんだな。お前は良い人間だ。」
タケはひときわ大きく息を吸って笑った。それは先ほどとは全く異質な、小夜子には理解できない『自嘲』の響きを含んでいた。
「良い人間な訳ないじゃん。僕は残された時間を、自分が楽しい気持ちで過ごしたいだけなんだから。」
「不可解だな。笑うのはあいつらなのに、楽しいのはお前なのか。」
「そうそう。そうして楽しい気分で僕がいなくなった後に、あいつらは僕のために泣くんだ。ひどい人間だろ?」
「お前の気持ちは……矛盾しているな。誰かを泣かせたくない気持ちは本当だ。だが、自分のために泣いて欲しい、とも思っている。」
彼は笑顔を消して、真剣なまなざしを小夜子に向けた。
「小夜子、教えてよ。僕は死んだら天国へ行くの?」
「そんなものは人間が勝手にイメージした幻想だ。死は、全てを等しく無に帰す。」
「夢も希望もないなぁ。『無』かよ。……でも、本当に無になるならいいのに……」
「無になれるぞ。この私が言うのだから、間違いない。」
「そうだね。僕は『無』になるんだろうね。でも、本当の『無』には……」
タケは小夜子からついと目線を外し、どこか遠くを見るように中空を睨んだ。
それを見ている小夜子の胸にざわめく、なんだか落ち着かないような気持ち。それが不安だという事に彼女は気付かなかった。
「タケ、笑え。楽しい事をしよう!欲しいものは何でも出してやるぞ。」
彼はいつものバカ笑いとは違う、静かな笑みを小夜子に向けた。




