(4)
「不可解だ。」
小夜子がこのセリフを口にするのは、果たして何回目だろう。
彼女は今、ファーストフード店の二階席から隣のビルを覗き込んでいた。
もちろん、人間の視力で考えてはいけない。彼女は隣のビルの、おしゃれなレストランの八番席に座っている女を、ピンポイントで観察している。
女は涙で声を震わせながら、彼の浮気に耐えた日々を若い男に語っている。相手の男は彼氏の仕事の後輩で、実にまじめで実直そうな青年だ。
「昨日も彼ったら、あなたの家にいるなんて嘘を……」
涙ながらの女の言葉に、小夜子は小さな違和感を感じた。その正体を確かめようと、窓に顔を近づける。
窓ガラスに顔をすりつけている可憐な少女の背後で、聞きなれた声がした。
「少しは人間らしい振る舞いってのも学んでくれよ。」
ハネを隠し、ハンバーガーを山ほど乗せたトレーを抱えた彼は、どこからどう見ても普通の男子。彼女を待たせたお詫びに、ハンバーガーで機嫌を取ろうとしている彼氏、といった風情だ。
「ああ、チャラ男。いいところにきたな。」
「何が?」
少年は小夜子の隣に陣取ると、一つ目のバーガーの包みを開けた。
「幸せになりたいと言うから、あの男と会えるように運命を操作した。」
「ふん?なんでカレ?」
「あの男はあの女に好意を持っている。彼女もそれに気づいているようだ。以前に告白があったのかもしれない。」
少年は二つ目の包みに手をつける。
「それに彼女の話に共感して、腹を立てている。自分なら決して浮気はしないと何度も言っている。彼ならあの女を哀しい目に合わせることはなさそうなのだが?」
「すごいねぇ。名探偵みたいだねぇ。」
少年の言葉にちょっと呆れたような響きがあったのは、決して気のせいではないだろう。
「で、名探偵さん。あの女の人は今どんな気持ちなんですか。」
その女は明らかに泣いている。相手の男が差し出すハンカチを受け取りながらも、彼氏の悪口だけを吐きだし続けている。
「泣いているんだから、哀しい?いや、微かに喜びの赤……黄色も見えるような気がするんだが……」
「ヒントをあげよっか?」
少年は小夜子に三つ目の包みを差し出す。小夜子は素直にそれを受け取った。
「あの女はぁ『私ってかわいそうなのよ』ってことをアピールすることで、他人から同情してもらう事が大好きですぅ。」
「ふむ、やはり幸せにはなりたくないんだな。」
「ノンノン。幸せになりたいのは本当だよ。『私はこういう幸せを理想としています』ってのはあって、その幸せに到達できない自分がかわいそうだと思ってるんだよ。」
「ふむ、不可……」
「はいはい、不可解だよね。とりあえずそれ、食べれば。」
小夜子にとってハンバーガーは脂質と脂肪と炭水化物、そして何種類かの微量成分の味しかしなかった




