(3)
「あんまりそういう『力』を使うなよ。」
女を見送る少女の傍らに、コウモリのハネが降り立った。
「あれを受け取ってもらうためには仕方がないだろう。」
少女は相変わらずの無表情に見える。が、少年はその些細な変化を見逃さなかった。
「もしかして、イラッとした?」
「イラッと……する、か。」
少女は漆黒の瞳を閉じて、頭の中でその単語を反芻した。
「自分の思い通りに行かないときに発生する感情だな。確かに自分の思い通りにはいかない状況ではあったな。」
「そうじゃなくて!『イラッとした』かって聞いてるんだ。」
少年は、いつものようにへらへらと笑ってはいなかった。
「お前の質問は……不可解だな。」
小夜子の顔はすでに、完全なる無表情を取り戻している。
「そうだよね。不可解だよね。」
少年は取り繕うかのように、ヘラっとわらった。だが、少女の堅い表情には何の反応もない。
小夜子は規則正しい歩調で歩きだした。
「あれ、どっか行くの?」
「観察だ。人間をよく見ろと言ったのはお前だろう。」
「そうでしたネ。ま、がんばって。」
コウモリのハネが大きくはためき、少年の姿を、星すらも見えない都会の空へと連れ去った。そして、小夜子の足取りは何者にも乱されることなく、その姿を星のように輝く街明かりの中へと連れ去った。




