(2)
彼女は十分に哀しい女だ。
ともかく男運がない。初めは優しい顔をして近づく男たちは、しばらくすると必ず浮気か暴力で彼女を苦しめる。親切な顔をして相談に乗ってくれる男も結局は体目当てで、一度寝ては捨てられる。
彼女の男遍歴はその経験値とは裏腹に、実りの無いものだった。
そしてイマ彼も……彼女は今、彼のマンションの真下にいた。
見上げると二階の彼の部屋の窓には、温かな光がともっている。
夜風に冷えた体を温めてくれるそのぬくもりに向けて、彼女は携帯をかけた。
電話に出た男の声には、軽い違和感の香り。
「どうしたんだよ、こんな時間に……」
「あのね、友だちとお茶してたら終電終わっちゃって。今から行ってもいいかな?」
「今?今……今からはまずいな。」
「どぉして?」
「えーと、武田!知ってるだろ、後輩の武田。今あいつン家にいてさあ、家行っても誰もいないから!」
「ふーん。そうなんだぁ」
「そうそう!だから無理。ごめんな。」
見上げた窓の明かりが白々しく消えた。
彼が決して合鍵をくれなかった意味を、そして、訪問の前には必ず電話させるその意味を彼女は薄々気づいていた。そして、あの温かい光が彼女を受け入れなかったその意味も。
携帯をぱたんと閉じた彼女の瞳には、すでに涙があふれていた。
「泣いているのか。哀しいのか?」
いつからそこに立っていたのか、小夜子は女の眼前に突然現れた。
その驚きがあふれ出す涙をのみこみ、女は小さく狼狽する。
「何だ、泣かないのか。哀しくなくなったのか?」
小夜子の無遠慮な質問にどうこたえていいのか分からず、女は立ちつくしていた。
「お前は、なぜわざわざ哀しくなることをするんだ?いきなりここにきても拒絶されることを知っているんだろう。哀しいのが好きなのか?」
質問ばかりの小夜子に、彼女のボルテージがパラメータを振り切った。相手は見ず知らずの、しかも年端もいかない少女だという事もお構いなしに、わめき散らす。
「私だって幸せになりたいのよ!なのに、寄ってくるのはあんな男ばかり……哀しいのが好きなんじゃないの!幸せになりたいの!」
「幸せになりたい……のか?」
小夜子の無表情の上にほんの一瞬だけ浮かんだそれは、明らかな困惑の表情だった。
「……本当に何を願っているのかは、石が知っている。」
小夜子は彼女にペンダントを手渡そうとした。
繊細で手の込んだ銀細工のトップは、彼女好みのエンジェルのデザイン。だがそこにはめられている石は、銀の輝きには不釣り合いなくすんだ灰色だった。
用心深い彼女は自分好みのそれにも、すぐには手を伸ばそうとしない。
「なにそれ。雑誌の後ろとかによくあるあれ?幸せを呼びます、ってあれ?」
「そういう類のものではないな。付け加えておくと、霊感商法というものでもない。ただ、これをつけて欲しいだけだ。」
「怪しすぎるでしょ!そんな怪しいものいらないわよ。」
「こっちを見ろ。」
突然の小夜子の強い口調が女の心を絡め取った。
「手を出せ。そして、これをつけろ。」
さらに強いそのまなざしが彼女を侵してゆく。
女には、小夜子に逆らうすべは無かった。




