始まりの夜
始まりの夜
申し分のない月明かりが、その夜を明るく照らしていた。
こんな夜には、人ならざる者たちが宵闇の中に降臨する。
今まさに、一人の少女が地上に足をつけようとしていた。
背中には巨大な鳥の翼が生えている。漆黒のソレは、異界より羽ばたき続けて疲れ切ってはいたが、ふわりと優しく地上に降り立った。
「よう、クルエボ。相変わらず美しい羽根だな。」
コウモリの羽をひらめかせて隣に降り立った少年に、彼女は感情の無いガラス玉のような瞳で答えた。
「ここではその名前は不自然だ。『小夜子』と呼んでくれ。」
「小夜子ちゃんねぇ。美しい名前だな。俺にもこっち風の名前、つけてくれよ。」
「『チャラ男』」
少女はそれだけ言い放つと、少年への興味を全く失ったかのようにそっぽを向き、何かをつぶやき始めた。その小さな唇の中であらしが吹き荒れるような音がもれ、巨大な翼がみるみる内に縮んで……ついには消えた。
翼を持たない姿は、どこにでもいるごく普通の少女と何ら変わりない。
よほど構って欲しいのか、その『変身』をじっと見ていた少年が、再び口を開いた。
「しっかし、めんどくさい事させられてんな。人間の『喜怒哀楽』を回収するんだっけ?」
「仕方ないだろう。人間の魂は、その大半が感情と言う成分でできている。だが、私にはいまだに『感情』というものが理解できない。」
「そうだな、だから落ちこぼれたんだもんな。」
ストレートな悪口にも、少女はその美しい眉ひとつ動かさない。
「まあ、どうしてもダメなら?俺が嫁にもらってやるよ。」
「ありがとう、チャラ男。そうならないように善処する。」
「つれないねえ。ま、俺はその辺で適当に仕事をしてるから、困ったことがあればすぐに連絡してくれよ。」
「仕事は適当にやるものじゃない。」
「はいはい。『善処します』よ。」
少年はいかにもチャラいしぐさで、ひらひらと手を振って飛び立った。
すでに都会のネオンを移している彼女のガラスの瞳には、そんな彼の姿は映らなかった。




