エピローグ 二ヵ月後。
着替えをもって、母に会いに行った。しかし、病室はもぬけのからだった。人が暮らしていたとは思えないほど、綺麗に片付けられている。
「…………」
目の前の光景が理解出来なくて、思わず、郁はカンバスを手にしたまま呆然と立ちすくんでしまった。
そこへ、いつぞやの看護婦がやってくる。目が合った。
「母がどこだか知りませんか?」
「希望通り大部屋へ移しましたよ。5029号室です」
大部屋?
ああ、そういえば、そんなことも言っていたような記憶がある。
言われた病室に移動する。母は、同室の人たちと朗らかに会話していた。
「ああ、郁。いらっしゃい。あら、何を持っているの?」
母の視線が郁の手元に注がれる。郁は苦笑しながらも持っていたカンバスを母に見せた。
描かれているのは、裸足の少女。顔は煤けていて、服はぼろぼろの布切れ同然。ごたごたしたビル街の真ん中で、無気力に佇んでいる。しかし、その目は生き生きとしていた。不幸など微塵も感じたことが無いような眼差しで、絵を見るものをまっすぐに見つめ返してくる。
「…いい、……絵じゃない。なんだか暖かい気持ちにさせられるわ」
母が簡単の溜息を漏らす。
「うん。この前コンクールで優勝したんだ。それは複製だけど」
「複製?」
「うん。基本的に、応募した作品は返ってこないから」
「ふぅん」
母は何か呟き、それからまじまじと郁を見つめた。
「郁、何か良いことがあったの?」
「え? …うん、あったと言えば、あったかな」
少し話をしようと、郁は思った。
それは、とある喫茶店の店員と、不思議な女の子との物語。主人公の店員は、突然の事故で父を失います。病弱な母を助けるために夢を諦めたけれど、それは言い訳で、新しい世界に足を踏み入れることに臆病になっていただけでした。店員の母親は、暗に、「自分は一人でもやっていけるから、もう私の心配はせずに、自分の夢を追いかけなさい」と、言いますが、その店員はその言葉が聞こえない振りをしていました。そんなある日、乞食の様にみすぼらしい、しかしとても綺麗な瞳をした女の子が店にやってきます。その女の子に勇気をもらった店員は、紆余曲折の末、もう一度夢を追いかけると誓ったのでした。
この物語のシメは、こうしようと思う。
それは、あの少女が店に顔を出さなかった理由。その微笑ましい種明かし。
十二日目にして漸くやってきた女の子は、千二百円のスペシャルケーキセットを注文したのでした―――
更新が遅れて申し訳ありません。
急遽実家に帰らなくてはいけなくなり、バタバタとしていました。
作品自体はずっと前に完成していたので、データも実家に持って帰っていれば更新できたのだと、今更気が付いたり……
それはともかく、これにて「夏のわらし」―――
完結です!