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まだ日常

高校に入学してから早一ヶ月、そろそろ学校生活にも慣れ始める頃、滝上はいつものように慌ただしい朝を迎える。

「くそーー!!どうして買ったばかりの時計が鳴らないんだよー!!」

ウガー!!とツンツンの頭をかきむしりながら、滝上は床に散らばる制服を拾い上げてベットに放り投げた。続いて着ていた黒いパジャマを脱ぎ、パンツ一丁になってからベットに転がる制服を手に取り、腕を通す。

「くそっ、朝飯を食う時間は・・・少しあるっ」

片手で時計を持って見る、滝上の家から学校まではそう遠くない、足がそれなりに速い滝上なら飛ばして三分でつく。

滝上の通う高校の制服はブレザータイプの制服で、上は緑を基準に、下は灰色のズボンになっている。そんな制服姿になった滝上は急いでキッチンに向かった。

「こういう時こそ親が必要だよな」

滝上には両親がいない。いや、正確にはこの家にはいない。滝上の両親は二人とも移動の多い仕事をしているため、この家にいることは滅多にない、つまり実質滝上は一人暮らしを満喫しているのだ。

しかし、滝上は不幸、毎日毎日不幸に見回れている滝上にとって、この家に自分を補助してくれる人がいないことは、かなり厳しい。実際、滝上は目覚まし時計が鳴らず、慌てている、もしこんな時に親がいたら、もう少し早く起きれたかもしれないし、万が一起こしてくれなくても、朝食くらいは用意をしていてくれるはずだ。

「ゲッ!マジか、この卵腐ってんじゃん・・・」

キッチンにある冷蔵庫を開け、その中にある白い卵を持ちながら、滝上は愕然とした。

まぁ、待て落ち着け、朝飯ならほかの物でも作れるはずだ、うん。

と、滝上は自分に言い聞かせながら冷蔵庫の中を見回していく、だが、冷蔵庫の中は北極の氷の上のように真っ白だった。唯一有るものといえば、ボトルに入ったお茶くらい、育ち盛りの高校生にとって、朝食がお茶一杯なんてのはあまりにも惨すぎる。

「何もない・・・あぁもう!!昨日あんなヤンキーに構ってなければ買い物に行けたのに!!」

そう、滝上は昨日、商店街に買い物に行こうとしていたところ、久しぶりに外食でもしようとファミレスに入り、メニューを見ながら、食べてから買い物にいこうと考えを巡らせ、注文が終わったところで二人のヤンキーらしき者に絡まれている女の子を見てしまい、こういうことは絶対放っておけないタチの滝上は、なんとなく助けてやっかなーくらいの気持ちで、二人のヤンキーに特攻、止めようとしてヤンキーの腕を掴んでガンを飛ばしながら「止めろよ」と一言いって、これは明らかに喧嘩になるパターンだと予想した。

滝上にとって相手が一人ならまず負けない自信がある、二人なら、とりあえずやる、そして三人なら迷わず逃げる。それが、滝上の喧嘩のルールだった。そして目の前のヤンキーは二人、やれなくはない人数だと気合いを入れたその時、トイレからゾロゾロと数人のヤンキーが出てきた時は、固まった。

大勢でトイレに行くのは女子特性のものだと思っていました、はい。

さすがにそんな大人数を相手に喧嘩をしよう思うほど、滝上もバカではないため、一瞬でその場から逃げ出した。しかし、ヤンキーのほうもそう簡単には見逃してはくれず、一時間以上も走り回ったのだ。しかも、ファミレスでは食べてもいないのに、食い逃げ扱いされるし・・・やはり滝上は不幸なのだ。

「仕方ない、朝飯はコンビニで買って学校で食おう。えぇと財布の中身はっと」

キッチンから出て、滝上はリビングを歩き回る。脱ぎ捨てられたシャツをめくり、床に落ちていた焼きそばパンを見つけ目を輝かせながら拾い上げるが、消費期限が過ぎていることにイラッとし、ゴミ箱に焼きそばパンをスパーキング!

「やばい!急がないと遅刻しちまう!」

再び財布を探すが、なぜか見つからない。そろそろ焦りが出始め、よしとりあえず落ち着こう、とソファに座る。

「待てよ~どうして財布無いんだ、昨日まではあった。すると・・・まさかな、いや無い無いあってたまるか。え?だって俺良いことしたじゃん、人助けしたじゃん、なのに

・・・」

滝上の脳裏に昨日の記憶が蘇る。まず買い物にいこうと財布を手に取り家を出、その後はファミレスに入って注文をした。よし、そこまでは確かに財布はあった・・・となると、

「やっぱり、昨日逃げてる時に落としたのか・・・」

つまり、そういうことになある。

「ふ、不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

結論からして、やはり滝上虎午は不幸なのであった。               

「担任があたしだっていうのに、遅刻とはいい度胸じゃねーか」

ツンツン頭の少年は、担任教師の細川亜希子によって、ただいまシバかれ最中である。

細川亜希子。

滝上の担任をつとめる教師で、とても自己主張の激しい部位を持っている。身長は、滝上とあまり差はない。丸眼鏡をかけているため、どことなくおっとりとした印象を受けるが、とんでもない。なんたって自称・熱血教師なのだ。

しかし、外見が外見だけあって、どうもイマイチ乗れないものはある。

だがっ!細川をなめてはいけない、細川は、柔道をやっていたらしく、とても強い(何段かは忘れた)実際、細川の柔道によって、地に沈められた不良生徒は少なくない。

そんなトンデモ教師に、滝上は今説教を受けていた。

遅刻だ。

上条は結局、朝食抜き、財布抜き、さらに気力抜きの状態で完全登校時間を二十分遅れて登校してきた。そのため、優しそうに見える女性教師にガミガミと言われながら、名簿で頭をパシパシ叩かれている。

「すみません、いろいろあって・・・」

一応昨日と朝に何があったのか説明し、二秒ほどの同情を頂いたのだが、即座に遅刻で説教をくらい、今の滝上は頭が上がらなかった。

「そうだな、お前が不幸なのは、クラス全員がよーく分かってる」

そう、滝上が不幸な人間であるのは、少なくても同じクラスの人間なら誰でも知っている。それどころか、「あいつの近くにいたら不幸が全部あいつに行くぜ」という避雷針のような扱いにまで発展しているが、そのことは滝上は知らない。

「だがな、遅刻は遅刻だぞ、お前は不幸なんだ、それを理解し次に起こる不幸を予想して行動すれば、不幸なことは回避できるだろう」

「無理だろ」

滝上は即座にツッコム。

「そんなことできたら、今頃の俺はヒャッハーー!!してますよ」

「そうか。ならヒャッハーー!!しろ、よく言うだろう、笑う角には福来る、と」

「先生、俺のことバカにしてます?」

「そんなこと無い、あたしは生徒思いの教師なのは、君も知っているだろヒャハー君」

「誰がヒャッハー君ですか!?」

「おや?気に入らなかったか?名前だけでもヒャッハー!できたら不幸は消えると思うのだが?」

「やっぱり俺のことバカにしてますね先生」

「そろそろあたしはヒャッハー!しなければならない、滝上、お前は早くヒャッハーにヒャッハーしてヒャッハーしろよ、そしてあたしにヒャッハーする事も忘れるな。それじゃあな」

「えっ!ちょっ!先生!!」  

あはははははは!と怪盗が宝を持って逃げていくような声が聞こえるくらい、先生は走ってどこかへ行ってしまった。

気づけば今は授業中、先生がいなくなって会話の切れた職員室前は、不気味なほど静かに返っていた。

「・・・帰ろ」

滝上は小さく呟いた。


行間

滝上虎午の通う朝日高校は、通称「エチコウ」と呼ばれている。その由来は校舎の形に由来している。

朝日高校の校舎の形は上空から見ると、Hの形になっていることから、その名がついた。

Hの形から、かるく校舎について説明させてもらうと、Hという形の左側に正門があり、生徒達はそこから入ってくる。さらに左側の棒は旧校舎で学級が無い。旧校舎にあるのは室内で活動をする、部活動の部室、又は物置になっていて、朝と放課後以外、人が出入りする事は滅多にない。そしてHの右側の棒は新校舎で、学級はすべてこっちにある。

最後に棒と棒を結ぶ横棒だが、これは渡り廊下だ。旧校舎と新校舎は両方とも四階まであり、渡り廊下は二階と四階に一つずつ、計二つある。それが、この朝日高校、通称「エチコウ」なのである。


職員室の廊下に比べて、学級近くの廊下はやはり少し騒がしかった。それは、教室から漏れる教師の声や、発表をする生徒の声、さらに無意味に叫ぶ変な生徒、そんな声を微かに聞きながら、滝上は一年生の教室が立ち並ぶ廊下を自分のクラスに向かって歩いていた。

「授業始まってるし・・・」

滝上は1ー3という表札のある教室の前で、微妙に体を隠しながら中を覗く、教科は数学だ。

「行くか・・・」

そう呟いて、滝上は後ろのドアをゆっくりと、音がたたないようにゆっくりとスライドさせていく。自分がギリギリ通れるくらの隙間を開け、滝上はそこから泥棒の如く教室の中に入った。

滝上の席は、一番窓際の列の一番後ろから一つ前の所にあり、低い体勢のまま行くのには少し距離がある。さらに机と机の間は開いていて、そこから先生に見つかる可能性も高い。

ここで先生に事情を説明すればいいんじゃないか?

そう思う人もいるだろうし、そうする人もいるが、それは先生が、問答無用で大量の宿題を出さない場合のみできることで、今授業を行っている数学教師は、どんな理由であろうとも大量の宿題を出すのだ。伝説として残っているのは、親が倒れて病院に行っていたという理由で遅れたのに、大量のプリント宿題を出したことだ。

決して勉強のできる方では無い滝上にとって、それは、もはや生き地獄のようなものであり、そんな罰を受けたくない滝上は、気配をグッと消し、四つん這いになりながら自分の席へと向かう。

(なんか、スゲー遠く感じる・・・)

いつもは五歩進めば触れることのできる席が、今は旅をしなければ到着できないくらいに遠く感じる。まだ先生は滝上の存在に気づいていないようだ。

(行けるかっ・・・)

席まであと三メートル、滝上の心に希望が芽生える。

席まであと二メートル、滝上の目に光が輝く。

席まであと一メートル、滝上の手がのびる。

しかし、忘れてはいけない、


滝上虎午は不幸なのだ。


故に、

「おい、滝上、何をしているんだ?」

数学教師ではなく、クラスメイトに発見されてしまった。しかも名前まで呼ばれ、さらに少し大きな声で・・・・

「・・・・・」

滝上は固まるしかない。今すぐ逃げろ!大量の宿題が攻撃してくるぞ!という、心の声にも反応できず、さらに首も動かず、自分の名前を呼んだ憎き友の顔も見ることができない、時間が止まったかのように教室が静まりかえる、すぐ隣に先生が立っているような、幻覚にまでおそわれた。

いや、それは幻覚などではない。滝上は油の切れたロボットのようにギギギと首を動かして横を見た。

「・・・おはようございます」

ぎこちない笑みを浮かべて上条は言う。しかし、現実はそう甘くはない。先生も超絶スマイルを浮かべ、

「五十枚~~~」

ズドンッと滝上の目の前が真っ白になった。      


次の時間、教科は英語だった。そして、滝上の一番嫌いな教科だ。

「じゃぁ、この問題は・・・」

顔がカエルに似ている英語教師は、そういいながら生徒達を見る、その中に滝上はいた。

滝上にとって、英語の時間とは睡眠時間と同意、故に滝上は教科書とノートを開けず、机に頭を乗せて窓の外を見ていた。

あるとき滝上はカエル顔の先生にこう言われた。

「お前は一生外国船打ち払い令でも発令してろ」

それ以降、上条は英語の時間、無気力なのだ。

窓ガラス一枚挟んだ向こう側、そこには古びた校舎が建っていて、青い空を遮っていた。その校舎は旧校舎で、今は学級が一つもない空の学び場、その校舎は別名部室棟とも呼ばれ、室内で活動をする部活の校舎にもなっている。室内での部活となると、エチコウには吹奏楽部にバンド部、コンピューター部など様々あるのだが、その部員のほとんどが女子ということもあり、男子の間ではそれなりに人気のある校舎だったりもする。

滝上は、今はおそらく誰もいないであろう旧校舎を眺める。

「ん?」

なぜか唐突に、その校舎から何かを感じた。具体的に説明できない何かを、なにか一番近いもので説明するならば、

「・・・気配?」

のようなものだ。だがそれは一瞬だけ感じ、そして一瞬で消えたようなそんな感じ、今はもう感じない気配を探るように、滝上は旧校舎を眺めた。

木でできた木造の古びたしい壁、まるで空襲前の学校であるかのような雰囲気は、滝上の心に微かな落ち着きを与えてくれる。

「まっ、いいか」

「何が?」

「っ!」

ビクッ!と滝上の体が突然の声に震える。声の主は、滝上の隣の席に座る「歯車議 美里」という少女だ。

「急に声かけんな!ビックリするだろう!!」

声を押し殺しながら滝上は美里に言う。

「あはっ!確かにビックリしてたよね、ビクッ!て」

美里はわざとらしくクククと笑う。滝上は、うるせぇというつぶやきにも気づいていない。

歯車議 美里は、滝上が高校に入ってから知り合った女の子で、美里から話しかけてきたことから友達へと発展した。女子と男子という仲からすれば、それなりに仲がいいかもしれないと滝上は密かに思っていたりもする。授業中は、それなりに静かだが、いつもはギャーギャーとうるさい、活発な女の子の象徴ともいえるツインテールが印象的で、どことなく誰とでも仲良くなれそうな雰囲気を漂わせている。

「それで」

笑いを止めた美里は、指でシャープペンをクルクル回しながら言う。

「一体、何が「まっ、いいか」なの?」

「別になんでもねぇよ」

滝上は再び窓の外に視線を流す、そこには古びた校舎

「なんでもなく無いでしょう、何か隠してるでしょ?」

「何も隠してない、お前は授業に集中しろ」

「え~、教科書もノートも開いていない滝上ちゃんにそんな事言われるとは思わなかったな~」

滝上ちゃん、これも美里の特徴で、人の名前に「ちゃん」付けたがる、滝上もその犠牲者の中の一人である。

「別にいいだろ、俺にとって英語の時間は居眠りタイムなの」

「でも、寝てないじゃん」

「ZZZ・・・」

「窓の方見ながら口でゼットゼットゼットって言っても、寝たって事にはならないよ?」

「・・・めんどくさい、ほら先生が見てるぞ」

「うわぁ!マジだ・・・!ほぅら~先生ウチはちゃんとやってますよ~」

「俺は寝てますよ~」

滝上はそう言って、腕を枕にして、その中に顔を埋めた。

すると、先生の声が子守歌のような効果を発揮したのか、滝上はだんだんと微睡みの中に沈んで行くのだった。


「・・・ん?」

妙に焦げた臭いと、少し暖かい空気によって滝上は、目を開けた。

そして、唖然とする。

滝上の目の前には、燃えた木の家や、火の手から逃げるように走る人々、漆黒の煙に包まれた深い闇の空。

滝上はその光景に声が出なかった。比喩では無く、そのままの意味で声が出なかった。

(また、この夢・・・)

滝上は理解していた。今自分が見ている光景が、最近よく見る夢であるということに。

そう、滝上は二週間くらい前から頻繁に今と同じ夢を見る、しかもなぜか意識がハッキリとしていている。

(なんなんだ・・・この夢は)

滝上の視点は、空の上から下の町を見下ろすような感じだ。下の町は、今のような近代的な洋風なものではなく、江戸時代のような、木でできた和風の家ばかりだ。しかもその町は城下町らしく、近くには、まさに江戸時代によくありそな城が燃えながら、佇んでいた。

パチバチッと酸素を取り込みながら燃える炎が、滝上の瞳に写り込む。そして

(くる・・・)

滝上がそう思った刹那。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」

まるで獣の砲哮のように、しかしまるっきり異質な絶叫が、前からでも後ろでも下からでも上からでも無いところから、下の町と滝上の鼓膜をふるわせた。

滝上は知っていた。この声が一体どこから聞こえるのかを。二週間くらい前から、幾度となく見てきた今と同じ光景、そのなかで特に異色を放つ何者かの砲哮、それが自分から放たれていることに、滝上は知っていた。

しかし、いつから自分はここにいて、いつから自分が炎に包まれた町を見下ろし、そして、なぜ自分は地が揺れるような砲哮をしたのか、滝上は分からなかった。

が、反面、その事実をどこかで納得している自分がいることに、滝上は複雑な気持ちを抱いていた。

しばらくして、起こる事は、再びの砲哮だけだった。


パコンッ!!

という間抜けな音と共に、滝上は目を覚ました。

目覚めた滝上は、目を擦りながら周りを見る。

「おはよう、滝上君」

滝上の隣に、教科書を丸めてメガホンのようにして、笑顔を浮かべたカエル顔の先生が立っていた。

「おはようございます、先生」

滝上は、とりあえず返事をしておく。カエル顔の先生は、寝ないように、とだけ言って教卓の方へ歩いていく、滝上は、カエル顔の先生の背中から時計へと視線を移す。

そろそろ授業が終わるか。

滝上は口の中で呟く。

「バカだね~、滝上ちゃんまた点数落ちたよ~」

隣に座る美里が顔をニヤケさせながら、そんなことを言ってきた。

滝上は、まだ眠気がとれないのか、微妙に目が細い。

「うるせぇ、英語だからいいんだ。」

「でも、英語の成績が悪くて、大学受験に落ちたら嫌じゃない?」

「大学受験か、そういえば考えた事無かったな」

滝上はそう言って、再び窓の外に視線をやった。そこには空襲前のような古い校舎が、空の青を隠していた。

「まぁ、いいけどね。でも後悔はしない方がいいよ~」

「あぁ、そうだな」

滝上がそう呟いたのと、ほぼ同時に授業終了を知らせるチャイムが鳴った。すると、カエル顔の先生は、教科書をたたんで、「号令をお願いします」と言う。学級委員が号令をすると、席に着いていた生徒達は、重いおもりを外されたような顔をした。

元々おもりを付けられていない滝上は、表情にたいした違いは無いが、内心「終わったぜぇぃ~~」と緩んでいた。

それもつかの間、

「タキジョウく~ん」

うむ!!この気持ち悪い声はっ!と滝上がとっさに振り返った、その時、

「ごふぅっ!!」

腹にナックルが飛んできた。

「おはよう!滝上!!」

「・・・・」

返事もできず、腹を押さえて痛みにプルプルと震える滝上。そんな滝上にナックルをかました本人は、

「どうしたんだ?」

「テメー・・・やってくれるじゃねーか・・・」

「あれ?痛かった?」

「腹にパンチくらって、痛くない奴なんているのか・・・そもそもなぜパンチしてきやがった」

いまだに痛みが引かないのか、腹を押さえた滝上の声は、くぐもっていた。

「オレ流スキンシップ」

「やっぱりか・・・」

やっぱりか、と言うのも、滝上はこの手の挨拶をもう何回も体験している。

今までのは、顔に教科書をくらったり、顔に平手打ちをくらったり、顔に黒板消しをくらったり、顔に消しゴムの消しカスをくらったり、(あれ?顔面関係ばっかりじゃね?)その他もろもろやられてきた、しかし、今まで「腹」という部分にやられた事がないため、油断していた、だから、今回は予想以上に痛い・・・

「この野郎・・・」

「まさか、怒った?」

むしろ殴られて頭にこない人がいるのか、滝上は疑問だった。もしそんな奴がいるのなら、そいつは生粋のMだ。

そろそろこっちからもスキンシップをしてもいいよな?

と滝上は、いまだに痛む腹を押さえて思う。

滝上の腹にパンチを決めた男子は、オールバックの頭に手を当てて、全く謝罪の念などこもっていない声で、

「いや~ワリィワリィ、まさかそこまで痛がれるとは思ってなくて」

アハハハハハ!とバカみたいに笑う男子の声に、滝上の怒りが積もっていく。

「芥川竹登・・・」

「ん?なんだ?」

「ちょっといい話してやる、耳貸せ」

おお!なんだなんだ!?と、芥川竹登と呼ばれた、オールバックの少年は、滝上の静かな怒りにも、気づかず、そっと耳を滝上に近づけた。

「じつはな」

滝上は、声をひそめて続ける。

「俺もスキンシップをしたいと思っていたんだ。」

突如、滝上の右腕が風を切った。その右腕は曲線を描きながら、竹登の腹へと向かい、

「ぐぉ!!」

そして、めり込んだ。

滝上のパンチを受けた竹登は、腹をおさえながら一歩、二歩と後ずさる。滝上は右腕の拳に、西武劇の撃ち合いに勝利したガンマンのように、フゥーと息を吹きかけた。

竹登は、腹をおさえ引きつった笑顔を浮かべながら、まるで仲間に裏切られ、腹に鉛玉をぶち込まれた男のように、

「な・・・ぜ?」

「スキンシップです」

即答した。

「そ、そうか・・・・納得した」

こんな理由で納得できる竹登の常識はおかしいと思う。と、滝上は口の中で呟いた。

竹登とは、高校に入学してから一番最初に知り合った友で、信頼もそれなりにある、ただ竹登の常識は色々とおかしなところもあり、微妙に危なっかしいと滝上は思っている。滝上が竹登から聞いた話では、最近彼女と別れてしまったらしく、結構ショックを受けてるらしい。今は彼女を作ろうと頑張っていて、ちょっと悪ぶっているところもあるが、実はやさいしのだ。

「ところで、なんだか今日の竹登はやけに元気だな?」

「おお!分かるか?やっぱわかるんだな~オレの幸せオーラは、もうオレの体の中には、おさまり切らないんだ!」

片腕をダー!と掲げる竹登を見ながら、滝上は「幸せ」という単語に眉毛をピクッと反応させ、それで、と続ける。

「その幸せっていうのは、何なんだ?」

「聞きたいか?うん?」

「じゃぁ、いいや」

「おお!そんなに聞きたいか!?いいだろう聞かせてやる!!」

「おい、ぶっ殺すぞ」

「聞いて驚け!」

「人の話を聞けよ」

「実は!!この芥川竹登こと、オレ様は!!」

竹登は、何かをこらえるように、両手を強く握りしめ、その手を胸の前で固める。滝上は、頬杖をつき半眼で竹登を見て、ため息をついた。

「とうとう・・・・」

竹登の体が震え始めた。

めんどくせぇ早く言えよ。と滝上が心中呟くが、そんな事など知る由もない竹登は、いまだに体を震わせていた。

教室にいる他の生徒達は、そんな二人に気に止める事もなく、それぞれ自由な会話を繰り広げては、笑っていた。中には、校則違反であろう雑誌を広げて、四・五人で見合っている者もいた。

滝上が、そんな教室の中を見回していると、竹登が唐突に両目をカッ!と開き、胸の前で固めていた両手を天井に向けて、教室中に響き渡るほどの大声でこう告げた。

「彼女できたぜぇーーーーー!!!!」

その顔は、超絶スマイルだった。沈黙に沈む教室の中で、唯一両手を上げて笑顔の竹登に、教室中の視線が刺さる。

その事に全く気づかない程うれしいのか、竹登はその格好のままピクリとも動かない、ただ、目だけは滝上を見つめていた。どうやら、滝上の反応を待っているようだ。

「えっ・・・・と・・・・」

シラけた空間で喋り出すほど、滝上はお調子者では無い、しかし、竹登の目は明らかに滝上の反応を待っている。

いや待って無理だって。俺にはこの状況で喋り出すほどの勇気はありませんよ。

と、滝上はアイコンタクトを試みるが、竹登に届く事無く失敗。

さぁ、どうしよう。と考えを巡らせながら、滝上は教室を見渡す。そこで、

「うっ!」

と滝上の息が詰まった。なぜなら、教室にいる生徒全員が、滝上に早く何か言えー!という視線を投げかけていたのだ。みんなからのアイコンタクトを理解してしまった事に後悔しながらも、滝上は仕方なく言ってみる。

「そ、そうか、よかったな・・・」

「そうだろ!!やっぱ俺ってモテんのかな~」

竹登がそう言って、ようやく上げていた手を下げた。すると、それを合図かのように、再び教室が笑い声の飛び交う空間へと戻った。滝上は、まるで時間の止まった場所に自分だけ時間が止まっていないような錯覚に襲われた。しかし、それはすぐに消えた。

一人腕を組んで頷く竹登を、滝上は見た。

こいつは今言った。彼女ができたと。だが竹登は、

「別れたばっかりだろ?」

「ぐはぁっ!!」

そう、別れたばっかりなのだ。滝上が、竹登から泣き顔で別れてしまったと知らされたのは、最近だ。もっと詳しくするなら一週間と二日前だ。たった九日間でフラグを立てて、さらにそこからの告白、まさかの成功。

なんて軽い男なんだ・・・

滝上は、心中ため息をついた。

「な、な、なんでその事言うのかなぁ!」

竹登は、なぜか怒ってらっしゃった。

「で、その子はどんな子なんだ?」

竹登を軽く無視して、滝上は言う。だが、竹登は無視された事に気づいていないのか、それとも気づいた上で、怒る気も出ないほど幸せなのか、竹登はまるで自慢でもするように、

「それはな」

言おうとしたところで、チャイムが鳴った。竹登は、今から自慢しようとしていたのに、邪魔が入ったことに固まっていた。

黒板の前では、メガネをかけた先生が竹登の事を睨んでいた。それもそうだろう、チャイムが鳴っているという事は、すでに授業が始まっている事を意味している訳で、授業が始まっている事にも関わらず、固まって動かない竹登を睨む事は当然でもある。

「おい、お前座った方がいいぞ・・・先生こっちガン見してるし・・・」

滝上は、ささやくように言うが竹登に反応は無い。

そんなにショックなのかよ・・・と滝上は思う。

「早く座れって、話なら後で聞いてやるから」

滝上は言う。すると、竹登の体がピクッ!と動き、ゆっくりとした動作で、自分の席に向かって去っていった。

その背中は、絶対だかんな!後で絶対話すからな!!と無言の言葉を発しているように、滝上は感じた。


昼休み、教室には待ってましたーー!という雰囲気が立ちこめる中、滝上はバックの中からビニール袋に包まれた「激うま天ぷら弁当」というコンビニ弁当を取り出した。

しかし、なぜ財布の無い滝上に、コンビニ弁当が買えるのか?実は、滝上は財布以外に少し金を家に置いてあるのだ。それのおかげで、この「激うま天ぷら弁当」を買えたのである。

「おっ!今日は天ぷら弁当か?」

他人の机を借り、それを滝上と隣接させ向かい合いになっている竹登が、滝上の弁当を見て言った。

「おいしそうだね」

そう言ったのは、竹登の隣に座っている大人しそうな男子である。

三好友夜。

竹登と中学生からの付き合いらしく、滝上は竹登と知り合ったのと同時に知り合った。とにかく外見は大人しそうで小柄、頭も良さそうなのだが、実際相当のバカである。女子陣からいつも「かわいいーー!!」という声が上がっていて、竹登が静かに嫉妬をしている。

「別にうまそうでもねぇーよ、所詮コンビニ弁当だぞ」

ビリビリと弁当にまとわりつくビニールをはがしながら、滝上は言う。

三人でTの形に机を並べているため、滝上は、二人の目がバッチリ天ぷら弁当に釘ざしになっているのが見えていた。

まずい取られるかも、と危険を察知した滝上は、ただでさえ量の足りないコンビニ弁当を死守するため、先手を打っておくことにする。

「あげんからな」

二人を軽く睨むと、二人はチェッ!と同時に舌打ちをした。そして、それぞれ自分の弁当箱を出す。

滝上の通う学校には給食というものが無い。おまけに売店も無く。生徒達は、自分で弁当持参でなければならない。だが、滝上のように弁当を作るスキルが無い人は、コンビニで買っておかなければならない、しかし、滝上の両親は、転勤の多い仕事柄、家にいる日数が少ない、一ヶ月に一度も帰ってこない事など、もう当然と呼べるレベルである。そんな滝上は、毎月金を仕送りしてもらって生活している、その金も必要最低限の金額しかなく、全く贅沢ができない、つまり何が言いたいのかと言うと、

「育ち盛り、食べ盛りの高校生に昼食がコンビニ弁当一個で耐えろとは、正直ふざけんな、であります!!」

バンッ!と机を叩くと、竹登と友夜が同時にビクッ!と跳ねる。

「ど、どうしたの?」

遠慮がちに友夜が訪ねてくる。滝上は、割り箸を乱暴に割って、何でもない、と答えた。

滝上は、天ぷら弁当の中にあったエビフライを口に含んだ。

衣が妙にかたい、口が痛くなる程だ。

(所詮コンビニ弁当か・・・)

滝上は、そう思いながら冷めた白米を口に運ぶ。やはりあまりうまくない。そう思った最中、竹登が勢いよく席を立ち上がり、片手をグッ!と握り、超スマイルで、

「それではぁー!報告したいと思います!!」

と叫んだ。

滝上と三好、二人の動きが止まる。滝上は再びエビフライを口に運ぼうとして、三好は白米を口に入れた瞬間だった。

「えっと・・・・何を?」

戸惑ったように友夜が言う。

あぁ、そうかコイツさっき居なかったんだ。と、滝上は友夜にチラリと視線を流した。おそらく竹登の言う「報告」と言うのは、少し前に自慢しようとしていて、失敗した竹登の彼女のことだろう。

滝上は、小さく息を吐いてジド目で竹登を見る。

「彼女のことか・・・」

「そのとうり!!!」

ビシッィ!!と、あなたが犯人だ!と言わんばかりに、竹登が滝上を指さした。滝上は息を吐く。だが、いまいち状況を理解できていない友夜は、小動物のようにビクビク震えながら、滝上と竹登を交互に見ている。

仕方ないな~、と滝上は、頭を掻いて友夜に、竹登に彼女ができたこと、その事を今から自慢しようとしていることなどを簡単に説明した。

それに対して、友夜の反応は、

「もうできたの?別れたばかりなのに」

「ぐふっ!」

滝上と同じだった。

「どうして君たちはそう傷口をほじくるんだ!!」

別れたことが、相当悲しかったらしく、竹登は微妙に涙を浮かべていた。

「でも、もういいだろ?新しい彼女ができたんなら」

滝上は、そう言って天ぷら弁当の中にあったエビフライを口に含んだ。衣がかたく、口の中をケガしそうだ・・・

「ふっふ~ん、まぁな、オレみたいなイケメンさんなら、何人でも彼女作れるぜぃ!」

「えっ!タッくんてイケメンさんだったの?」

純粋に驚いている友夜の言葉は、竹登の心に深々と突き刺さっただろう、しかし、竹登は聞かないフリでもしているらしい。微かな涙までは、隠せていないが。

ちなみに友夜の言うタッくんとは、竹登のあだ名だ。と言っても、竹登の事をタッくんと呼んでいるのは、中学生の頃から仲のいい友夜だけだろう。

「それで」

滝上が言う。

「お前の彼女は、どんな奴なんだ?」

「フフフ、嫉妬するなよ」

「しねぇよ」

「じゃぁ教えてやろう!!」

竹登は、一拍おいて、

「聞いて驚けぇ!!!オレ様の彼女!!それは・・・胡桃ちゃんだ!!」

三人の時間が止まる。

(く、くるみ・・・胡桃って言ったのか、コイツは・・・)

だんだん滝上と友夜の口元が引きつっていく。

竹登は、二人のそんな反応を楽しんでいるかのように、薄い笑みを浮かべていた。

「い、今、胡桃って言った?」

最初に口を開いたのは、友夜だった。

だが、その表情は引きつっている。

「当然!!」

竹登は威張るように言う。しかし、友夜は、まだ信じられないと言った表情で、こう言った。

「それ、遊ばれているよ」

「なにっ!!」

竹登は、友夜の顔に三センチまで近づいて、声を張り上げた。

滝上は、二人の前で、腕を組んで二回頷く。

「俺も友夜と同意見だな」

「滝上、お前まで!!」

竹登は、バンッ!と机を叩く。

「なぜそう思う!!まさか嫉妬か!?」

「いや、そうじゃねぇよ。単純にお前みたいな奴があの胡桃と付き合える訳ないだろ」

「な、なんてこと言うんだ!!」

でもそうだよね、と友夜が続ける。

「胡桃さんっていったら、一年生のマドンナでしょ?どう考えても、ねぇ」

滝上と友夜は、目を合わせて苦笑いを浮かべる。

確かに木裸胡桃という女子は、一年生の中で一番可愛いと評判の子だ。滝上は、チラリとしか見たことが無いが、それでも記憶に残るほど可愛い。見た目は、どこかのお姫様のようで、腰まで伸びた艶のある髪をポニーテールで結わえている。顔は、言うまでもなく整っていて、肌は白い。笑った顔など、一瞬でどんな男でも砕いてしまうほど可愛い。そんな子がモテないはずが無い、伝説では、一日に二十人近い男子に告白されたというものまである。

そんな女子が竹登の彼女?

「「ないない」」

「おい!!そこの二人息が合いすぎだろ!!」

「まぁ落ち着け、な?よく考えてみろ、あの胡桃っていう女子がお前なんかと付き合うと思うか?一日二十人に告白されてもビクともしない子が、たかがお前みたいな凡人、いや変人寄りの奴に振り向くと思ってんのか?」

「お前らはどこまで友達想いじゃねぇんだよ!!いいじゃん少しは、良かったな、とか言ってくれても!!」

でもな~と滝上は頭を掻く。

どんなに言われても、信用できないのだから仕方がない。

そもそも、どうして竹登が胡桃に手を出したのかが分からない。もしかして、フラれたばっかりで気がおかしくなったのか?それとも他の理由か?

どちらにしても、どんな男子に告白されても動じない女子に、告白できるほど、竹登に度胸があるとは思えない。それに告白はれた胡桃も、なぜ竹登の告白を受け入れたのか分からない。もしかして、胡桃の方は、これ以上面倒な男子達を寄らせないために、あえて竹登の彼女にでもなったのだろうか?

う~んと考え込む滝上に、竹登の怒鳴り声が聞こえた。


「それに!!告白したのはオレじゃなくて、胡桃ちゃんの方からだったんだぞ!!!」


「「え?」」

その声は、滝上と友夜の二人だけでは無かった。

教室中から同様の声が上がっていた。それは、は?でも、ん?でも、ほぇ?でも無く、ただ一言、え?だ。

それからしばらく、教室から音が消えた。それから・・・

「「なんだとぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」」

出てきた音は、男子全員からの怒りの叫びだった。

ドドドドド!!という音と共に、竹登は一瞬で教室中の男子に囲まれていた。

「え?え?」

竹登は、戸惑いに埋もれていた。

え?という言葉を発しているのは、もはや竹登だった。他の男子は血走った目で竹登を見、無言で「死ねぇ」と言っているように滝上は感じた。

滝上と友夜は、男子に囲まれ、姿が見えなくなった竹登の言葉を思い返した。


「それに!!告白したのはオレじゃなくて、胡桃ちゃんの方からだったんだぞ!!!」


あの言葉が嘘だとは思えない。おそらく本当だろう。だが、そうなると余計に分からない事が多くなる。

なぜ胡桃は、竹登に告白をしたのだろうか?単純に好きだからと言ってしまえば簡単なのだが、それだとどうも納得できない、いや、滝上が納得できないからと言って、胡桃の本当の気持ちを否定するのはよくない。

やはり胡桃は、竹登の事が好きだったのだろう、前から好くで好きで、それなのに他の男子ばっかり寄ってくる。そのことに我慢できなくなって、胡桃は自分から竹登に告白をしたのだろうか。

それなら今まで、告白してきた全ての男子を断ってきた理由も説明がつく。

(そういう事でいいか)

滝上は、適当に結論づけた。

竹登は、未だに男子に囲まれなにやら、やられているようだ。滝上は、面倒だから放っておく事にして、まだ食べかけの天ぷら弁当に視線を落とした。

二本目のエビフライを口に運んで思う。

(これ、衣だけじゃね?)

そして、竹登の弁当箱から、いくつか食料を拝借した。


古い木の臭いが染み着いた空間に、二人の影が立っていた。一方の影は、肩のあたりまで髪が伸びていて、もう一方の影は、腰あたりまで髪が伸びている。蛍光灯はあるが、ついていない。

影は、窓の向こう側に視線を向けている。そこには、日常の世界が広がっていた。バカな事をやって笑える世界があった。

「あの子のようね」

短髪の影がそう言って、なにやらノートらしき長方形の物体を取り出した。

「ええ、そのようですの」

もう一方も答えるように言う。二人の視線の先には、一つのクラスがあった。

教室の角では、なにやら男子に囲まれている人がいた。それを止めようとしない、二人の男子と所々で固まる女子、声までは聞こえないが、おそらく楽しげな笑い声や叫び声が響いている事だろう。

「それにしても」

短髪の影が、ノートのような物を上下に振りながら、

「のんきなものよねぇ、あんなに楽しそうにしちゃって」

「仕方が無いの、あの子があんなこと知っている訳無いじゃないですの」

「それもそうか」

短髪の影はニヤリと口元を裂いた。

「ホントッ、知ってる訳ないよね」

「ええ、ですの」

短髪の影は、ノートのような物に視線を落とした。そこには、一枚の写真が張ってあり、その下にズラズラと字が並べられている。

短髪の影は、その写真に人差し指を押しつけて、


「自分の命が狙われてるなんて」


その写真には、「滝上虎午」が写っていた。


放課後になって、滝上は帰路についていた。道幅は五メートルくらいで、両脇には住宅が並んでいる。

滝上は、直線の道を歩く。

「う~ん、むなしいな」

滝上は、虚空に呟いた。

普段、部活に入ってない滝上は、同じく入部していない竹登と一緒に帰っているのだが、今日はその竹登がいない。

竹登いわく、用事があるらしいのだが、滝上の記憶には、竹登が委員会に入っていたり、係り仕事があったりする記憶は一切存在しない。

(どうせ、彼女の胡桃っていう奴と一緒に帰っているんだな)

それしか考えは浮かばなかった。竹登のテンションUPぶりは相当のものだった。一緒に帰っていると考えるのが妥当だろう。

しばらく直線の道を歩いていると、住宅が消えて交差点に出た。前方にはスーパーなどの店が並んでいる。滝上は、その交差点の横断歩道を渡り右に曲がった。後は、このまま直進すれば滝上の住むマンションだ。

右の車道には、せわしく自動車が走って、環境汚染に貢献していた。

滝上は、ぼんやりと道を歩いていると、まだ明るい空でカラスが鳴いた。いつもなら特に気にする事でも無いのだが、なぜか滝上は、空を仰いだ。

その時、滝上の視界に何か白い液体のような物が入ってきた。

(?)

それが何なのかを理解する前に、その白い液体のような物は・・・

ビチャッ!

「・・・あ?」

滝上の額に墜落した。

未だに自分の額に落ちてきた物が、何なのかが理解できない滝上は、額についた白い液体を指で拭って、見る。

「・・・・・っ」

滝上の頭が走馬燈のように、一連の出来事を巡っていく。

まず、頭上にはカラスという名の鳥。

そして、その鳥から落とされた白い液体。

ピロピロリン!!と滝上のバックが暗くなり、そこに一本の糸が横一文字に伸びた。

「・・・・・・」

ヒクヒクと滝上の口がつる。そして、その口がだんだんと「あ」の形に変わっー

「ひぃぃぃぁああああああああああああああああ!!!!!」

ーる前に声が出てしまった。

結果、やはり滝上はどこまでも不幸であった。


「あああああああああああああああああああああ!!」

ズバンッ!と滝上は、滝上一気という表札の入ったドアを勢いよく開けた。ちなみに一気とは、滝上の父の名前である。

「あああああああああああ!!」

絶叫を続けたまま、滝上は洗面所に駆け込み、水を出す。

その水を手にためて、制服に水が跳ねる事など気にも止めず、その水を顔に叩きつけた。その動作を何度も続ける。

案の定、水は制服だけではなく、床にまで跳ねていたが、額についた鳥のフンらしき物は落とす事ができた。

滝上は、左の棚からタオルを取り出して、顔についている水を拭き取る。

「くそっ、えらい目にあった・・・」

顔を拭いたタオルを洗濯カゴに投げ入れて、滝上は洗面所から出て、リビングに向かった。

「あーそうか」

滝上は、リビングを見て落胆する。なぜなら、とても散らかっていたからである。

床には、たたんだはずの洗濯物がひっくり返っていて、ゲーム機のコードはグチャグチャに混ざりあっていた。五段あるタンスの三段目は、開けっ放しになっていた、そこから靴下がはみ出している。

「そうか・・・財布が無くなったんだ」

滝上は、ため息をついて、ソファにハンドバックを投げた。

「仕方ない、いまから銀行に行くか」

滝上は、そう言ってタンスの一番上の段を開け、その奥に手を滑り込ませる。ガサゴソとタンスの奥を探っていた手を出すと、その手には預金通帳とカードが握られていた。

滝上は、それを灰色のズボンのポケットの中に突っ込むと、玄関へと向かった。そこで靴を履き、滝上は家を出た。

(帰りに飯でもかって行くか)

滝上は、そんな事をぼんやりと考えながら道を歩く。

滝上は空を仰ぐ、太陽の沈みかけた空に、鳥が飛んでいる。種類は分からない。

と、その時。

ドスン!

肩に衝撃が走った。滝上は、衝撃の走った肩を見る、そこには、滝上の鼻あたりに頭がある人がいた。

「あっ、すみません」

滝上は、肩がぶつかってしまったのだと判断して、謝った。しかし、滝上の隣にいる人は、動こうとせず、ジッと前を見据えている。

「あの・・・大丈夫ですか?」

滝上の言葉にも全く反応示さない人に、彼は不安を感じた。

(まさか・・・俺何かしちゃった?)

そう思い、滝上は隣の人をまじまじと見る。

滝上の位置からでは後頭部が見える、その人は少女のようだ。髪は肩のあたりで切りそろえられている、色は少し茶髪だった。

そこまできてようやく滝上は気づいた。その少女の服装は、上が緑、下のスカートが灰色という、朝日高校指定のセーラー服だった。

(ということは)

と滝上は考える。

(この人は、朝日高校の生徒ってことか)

滝上がそんな事を考えていると、唐突、少女がクルッと体を反転させて滝上と向き合いになり、

「ねぇ」

「は、はいっ」

いきなりの事に滝上の声は、情けなく裏がえった。

少女の顔を見た滝上は、うわぁとい声が出そうになり、あわてて口を両手で押さえる。

「なにやってんの?」

少女は、変な人でも見るような目でそう言った。滝上は、口を押さえながら、のんぅげぇぼあびばぁぜん、と言う。

滝上は思う、可愛い、と。

そう、今滝上の目の前にいる少女は、不意に思ってしまうほど可愛かった。一瞬、おとなしそうな顔立ちの少女だが、明らかに勝ち気な、活発なオーラをまとっている。肌は、微妙に焼けていて、それがまたこう・・・いい感じだ!それこそ竹登の彼女、胡桃ともいい勝負になると思う。

「いつまでそうしているつもり?」

え?と滝上は思い、今自分が自分の手で、自分の口を塞いでいる事を思い出した。滝上は、口から手をはずす。

「あんた、滝上虎午よね?」

え?

唐突に問われて、滝上はポカンとしてしまう。

「滝上虎午よね?」

今度は、少し強く言われた。

「えっと・・・そうだけど、なんで君が俺の事知ってるんだ?どこかで会ったっけ?」

「そんな訳ないでしょ、もしかしてバカ?」

「は?」

「まぁ、そんなことはどうでもいいの」

初対面の相手にバカって言われて、どうでもいいのか?

「あなたが滝上虎午なら、ウチはあなたに言うことがある」

「言うこと?」

滝上は、首を傾げる。少女は、うん!と大きく頷き、片手を腰に当て、もう片方をビシィ!と滝上に向ける。滝上は、うっ、と半歩下がる。そして少女は、ピンク色の唇を大きく開けて、叫んだ。


「あなたは、不幸!!」


は?と滝上は固まる。少女は止まらない。

「でもあなたは、幸福!!」

は?は?と滝上。

「よしっ!」

なにがよしなのか、いまいち理解に困っている滝上だが、そう言った少女が、クルリと踵を返して歩いて行こうとしたため、一時理解を中断して、

「あっ、おい!」

「なに?」

少女は止まり、首だけ回して滝上を見る。

え、えっと・・・その、呼び止めた本人は、あたふたと慌てる。呼び止めたはいいものの、いったい何を言えばいいのか分からなかった。

「何よ?」

少女の声が不機嫌になる。ウガー!と滝上は、自分のツンツン頭を抱いた、とき、ピキーン!と脳裏に言葉が浮かんだ。

「お前の名前はっ!」

「は?」

「だから、お前の名前」

「それ、言う必要ある?」

「あるっ!だってお前は俺の名前を知っているのに、俺はお前の名前を知らないなんて、なんか嫌だろ?」

「そう?でも、知りたいなら教えてあげる」

少女は、一拍おく


「鬼野カエン」


鬼野カエンと名乗った少女は、それ以降振り向く事は無かった。


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